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『歌う事を教えてくれた、あなたと 』
アリスティド・メシアン(eb3084)&ラテリカ・ラートベル(ea1641)&エルディン・アトワイト(ec0290)


 暖炉に薪がくべられ穏やかな火が暖める室内で、彼はペンを取っていた。真新しい羽が美しく揃えられたペンの先も新品だ。使い慣れたペンではないから最初の一文の文字が硬く、彼は小さく首を傾げる。
 彼が夜遅くにこうしてペンを走らせているのは、知り合いたちが四方八方に散らばっている為、連絡手段が手紙しかないからだった。急がなければ、場所によっては雪が降り始めてしまう。このシャトーティエリー領だって、じきに雪が降る季節になるだろう。
 余り大げさに知り合いたちを呼んでは、各地で目を光らせている異端審問官や教会関係者の注意勧告を受けるかもしれない。一般人ならばともかく、彼らは近い将来、ひとつの大きな町を治める長となる予定だ。神の教えを厳格に伝える立場に居る者達と事を構えるのは得策ではない。急なことでもあったから手紙を出す全員が来れるとも限らないのだが、かつて何度か目を付けられたこともある土地柄だから、やはりささやかにするべきだろうと彼は思う。
 本当は…彼女の為にも、皆に祝福されて結婚式を挙げたいのだが。
「…遅くまでお疲れ様…。もう寝ないと、身体にも障るわ」
 控えめに扉をノックする音がして、少し経ったところで娘が入ってきた。盆に香草茶を入れた器を乗せている。
「そうだね、無理はしないでおくよ。…お茶、淹れてくれたんだ。ありがとう」
「あ、待ってっ」
 微笑みながら器を取ろうとしたアリスティド・メシアン(eb3084)を見て、慌てて娘…エリザベートは、盆を引いた。
「ん…? 何?」
 不思議そうに首を傾げたアリスティドだったが、エリザベートは頬を赤く染めている。勿論今更、アリスティドの天使のような微笑み(エリザベート談)を間近で見たから動揺した、というわけでは余り無い。
「その…不味いと思うの」
「そう? 良い香りがするよ」
「薬草園を造られた冒険者の方の香草茶とか、パリでお店を構えている方のお菓子とか、卓越した才能の方々の食べ物ばっかり食べてたんでしょう? 私なんて、そんなの何ひとつ…」
「色々な意味で『そんなことないよ』と言いたいんだけど」
 苦笑を滲ませた笑みを浮かべつつ、彼は立ち上がってエリザベートの背を右手で軽くさすった。少し安堵したようにアリスティドを見上げたエリザベートの隙を狙ったかのように、左手で器を手に取る。
「あっ…アリス、だから…」
「おいしいよ」
 即座にそう返されては、自信がないほうとしてもそれ以上文句は言えないだろう。
「でも私、料理とかも余りだし…」
「エリザは長い間『お嬢様』として生きてきたのに、今は一通り料理できるよね。努力したからだと僕は思ってるよ。僕は長い間冒険者だったけれど、料理は得意じゃないし」
「でも、お弟子さんとか…」
「あの子も今は結婚しているからね」
 結婚して料理の腕が上達したかどうかは知らないが、その辺りは言う必要もない話だ。他人と比べてばかりの彼女には、自分自身という存在の尊さを知って貰いたい。
「あと1人書いたら寝るよ。気にしないで、先に眠ってて」
 軽く頭を撫でると、エリザベートは小さく頷いて部屋を出て行った。
 2人は冬が始まる前に結婚式を挙げようと決めている。その式に知り合いを招待しようと、アリスティドは手紙を書いているところだった。今は隣同士の家に暮らしている2人だが、実は地下で行き来が出来るということを町の人々は知らない。そうして世間的には関係性を隠していることを装っているのは、エルフと人間という異なる種族同士の結婚を、神はお許しにならないからだった。そして、エルフと人間の間に生まれる子供、ハーフエルフという存在は、全面的な祝福を受けることが出来ない。
 それでも多くの異種族婚が行われつつある昨今、冒険者達の活躍もあって、各地で少しずつ改善されてきているとは聞く。
 今はまだ、人々の盛大な祝福を受けることは出来ないだろう。だが全面的に改善されるまで待っていては、彼女の幸せには結びつかない。そう考えて、アリスティドはエリザベートと結婚式を挙げることを決めたのだった。
 勿論、結婚式を挙げるともなれば、協力者が必要である。
 だが2人には、頼れる協力者が身近に1人居た。
 

「は〜、忙しい忙しい」
 冬間近ともなれば、朝晩の冷え込みは厳しい。それでもそんな事を言ってもいられないのが聖職者というものだった。彼らの朝は早い。だが朝早くからばたばた走り回っていれば、寒さも吹き飛ぶのだろう。
「神父様。ワイン蔵が空ですが、宜しかったのですか?」
「構いませんよ。先日は参加賞にもなりませんでしたからね…。ここで我が教会謹製ワインがかくも美味しいのだという事を広めなくては…」
「ふふ…。面白い神父様」
「リュシー殿は、会場の設置をお願いします」
 結婚式前日。エルディン・アトワイト(ec0290)は、この上なく忙しく働いていた。通常の教会業務以外に、今回の結婚式の為、方方駆けずり回っている。
 パリに出向いては今回の結婚式は『収穫祭の後夜祭的な祭りです』と訴え、近隣の土地に在る白教会にも出向き『催し物の一環です』と根回しし、収穫祭にやって来ていた吟遊詩人たちには領内を回ってもらい、詩と共に今回の結婚式という祭りは『収穫祭の一環である』ということを広めてもらうようにした。当事者であるアリスティドが行った前準備といえば、シャトーティエリー領領主に仕えるシフールの伝令係たちを借り受けて手紙を各地に届けてもらったくらいだ。
 そんな『忙しい神父様』の噂を聞いたのだろう。この領地では最早数少ないエルフの娘が、旧ドーマン領からやって来た。人々を癒す仕事をしたいから手伝いに来たのだというその娘リュシーに準備を手伝ってもらいつつ、何とか結婚式前日を迎えることが出来たのである。
「ふわぁぁぁ…。ここが、おししょさまの結婚式会場なのです…?」
 忙しさ真っ只中の式場の入り口に、『ふわぁぁぁ』と口を開けたエルフの少女が立っていた。
「おや…ラテリカ殿ではありませんか」
 この土地では見ることが珍しい人物を視界に入れ、エルディンはそちらへと近付く。
「お久しぶりなのです。えと、おししょさまは…」
 ぺこりと大きくお辞儀したラテリカ・ラートベル(ea1641)だったが、すぐにきょろきょろと辺りを見回した。
「アリスティド殿でしたら、明日の分も纏めて今日中に町長の仕事をされるとのことで、あちこち廻っておられるかと」
「分かったのです。ラテリカも、何かお手伝いすることあるですか?」
「では、飾り付けをお願いできますか。私よりも女性のほうが綺麗にできるでしょうからね。…女性が主役の式です。女性目線のほうが喜ばれるかと」
「頑張るです!」
 白いふわふわの防寒着を脱ぎつつ、ラテリカは気合を入れる。そこへリュシーが花を抱えてやって来た。その花を受け取ってテーブルに飾る為の飾り花を作る。冒険者というものはお祝い事やパーティの演出などを行うことも多かったから、飾りつけは慣れたものだ。柱に飾られたコマドリの木彫細工。壁に幾重ものアーチを描くように飾られた花輪。教会内の後ろ半分を占めるテーブルセットは幾つかあるが、どれもに白い布を掛けてあり蝋燭が置かれている。
 そうして大きくはない教会内に飾られた結婚式の演出を、彼女は眺めた。
「明日は、あそこにおししょさまが立つですね…」
 彼女の視線の先にある聖なる神を示す飾りと、宣誓の為の小さな台。同じ時を過ごしてきた師匠と弟子だったが、遂に明日には、師匠も新しい道へと完全に旅立ってしまうのだ。
「寂しくないのです…」
 一足先に共に歩く人を見つけ、既に違う道を歩き始めているラテリカである。それでも彼が師匠である事は、永遠に変わらない。
 白に包まれた光景を見つめながら、彼女はしばらくそこに佇んでいた。
 

 荘厳たる鐘の音が、朝靄が包む町の中に響き渡った。
 殆どの人にとってはいつもと同じ朝だが、彼らにとっては特別な朝となる。
「…どう? 結べた…?」
「はいっ。結べたのです。…エリザベートさん、本当にお綺麗なのです…」
 その日、ラテリカに手伝ってもらいながら、エリザベートは雪のような白いドレスに身を包んだ。
「ラテリカさんの花嫁姿のほうが、きっと何倍も綺麗だったと思うわ」
「そんなことないのです。花嫁さんはみんな綺麗だって、言ってたです」
 こくりと頷きながら、背中のリボンを結び終えたラテリカはエリザベートの正面へと廻る。
「誰が?」
「エルディンさんなのですよ。…あの、これ…」
 そしてラテリカは、そっと包みを取り出した。赤色のリボンで結ばれた小さな包みである。そのまま手渡されてエリザベートは微笑んだ。
「ありがとう。貴女からの贈り物なのね」
「旦那様お手製ですけど、わたしも、お手伝いしたですよ」
 包みにはレースの手袋が入っていた。結婚式は比較的急だったため、様々な衣装の制作が間に合わなかったと聞いている。手袋も用意出来ず、彼らの前に結婚した領主夫妻から借りようとしていたらしい。思わぬプレゼントにエリザベートは嬉しそうだった。
 そうして準備が整った新婦が、ラテリカに連れられて式場へと歩き始める。
「お、来たな。孫にも衣装」
「それ言うなら馬子にも衣装よね」
 花嫁用の入り口には、領主夫妻であるエミールとリリアが立っていた。エリザベートには家族が居ない。その為、父親代わりは親戚であるエミールが務める。
「本当に綺麗ですのに…」
 無礼な言い様に、ちょっぴり頬を膨らませながらラテリカは夫妻をじっと見つめた。
「いいのよ、ラテリカさん。…領主様、本日はどうぞ宜しくお願い致します」
 ラテリカからエリザベートを引き受け、エミールは頷く。
「さぁ、始めようか。お前の生涯最大級の幸福な日を」


 扉が開かれるとそこは、厳粛さと白い光に満ちた世界だった。
 集まった人々によって奏でられる音に合わせて、ラテリカが美しく高い声で賛美歌を響かせる。その歌に包まれながら進むと、白い祭壇の前で白い衣装に身を包んで立っている夫となる人が微笑みかけた。その奥には黒い衣装に身を包んだ神父が立っているが、この人の格好はいつもの通りだ。
 本当に天使のようだわと花嫁は心の中で呟く。いつでも金色の髪は日を受け止めて輝いているが、今日は窓から差し込む日の光に照らし出された白い衣装も一際輝いている。そうして微笑み自分の手を取った彼の傍で、同じように微笑むことが出来ているだろうか。幸せ過ぎて、緊張してしまう。
 賛美歌が終わり、不意に式場内に静寂が訪れた。その時を待っていたかのように、神父であるエルディンが聖なる書物を開き、口を開く。
 比較的短めの朗読の後、エルディンは書物を閉じ2人を交互に見つめた。
「汝、アリスティド・メシアン。この女、エリザベート・ラティーユを妻とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「生涯、愛と忠実と真心を尽くすことを誓います」
 エルディンの朗々たる声に、アリスティドも誓約の言葉を述べる。しっかりとエリザベートの手を握り、真っ直ぐと前を見て。
「「汝、エリザベート・ラティーユ。この男、アリスティド・メシアンを夫とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい…私の総てを以って、誓います」
「では、指輪の交換を」
 その日の為に用意された指輪では無かったが、2人の指に細い銀の指輪が嵌められた。意匠は、この領地に住まうドワーフの職人によって彫られている。
 そうして神父による認証も得た2人は、そっと誓いのキスを交わした。狭い式場内で見守る人々は多くなかったが、響き渡るほどの歓声と拍手が起こる。その声に後押しされるようにして寄り添った2人だったが、
「では、今後の抱負の言葉をどうぞ」
 と、エルディンに促される。
「…ん…? 順番としては抱負が先じゃなかった?」
「いいのですよ。演出上は、抱負や感謝の言葉を後に回したほうが盛り上がります」
「そう…?」
 演出を考えて形式を変えてしまうエルディンに首を傾げつつ、アリスティドは人々のほうへと向き直った。
「そうだね…。今日、この日を迎えることが出来たのは、みんなが居て支えてくれたお陰だと思う。急な話でもあったのに、遠方からも来て下さった方も居るね。本当にありがとう」
 普段、多くの言葉を重ねるほうではない。だがさらりと感謝の意を伝える。
「それから…エミールと、エルディンにも感謝を。この式を挙げる為に、多くの努力と尽力を惜しまず動いてくれたのだと思う。その寛大さと勇気に、心から敬意を表するよ」
「いえいえ、私は為すべきことを為したまでですよ」
「俺は約束を守っただけだ」
 神妙な顔つきで笑みが零れてしまうのを我慢するエルディンと、始めからにやにやしているエミールが、花婿の言葉に応じた。
「皆が居てくれたから、今日のこの日を迎えることが出来た。…そして、君が居てくれたから」
 その言葉のままに、エリザベートへと視線を移す。
「君が僕を、好きだと言い続けてくれたから。だから…今こうして、ここに2人で居ることができる」
「…はい」
 見つめ合い頷いたエリザベートの耳元に、そっとアリスティドは口を寄せた。
「君を心から愛していると、そう言える」
 心を籠めて伝えた言葉に、エリザベートは顔を真っ赤にして目を伏せる。そんな2人をすました顔で見つつ、エルディンは花嫁へと声を掛けた。
「では花嫁も抱負の言葉を」
「えっと…が…」
「が?」
「がんばります…」
 今にも消え入りそうな声で述べたエリザベートだったが、仕方ありませんねぇとエルディンはあっさりと2人の背中を軽く押す。
「それでは、皆さんから新郎新婦に祝いの言葉があれば、是非掛けて差し上げてください」
 参列者達へと呼びかけることでエリザベートの緊張を解そうとしたエルディンだったが、参列者達に囲まれては花嫁の緊張は更に高まるというものだ。
 だが、ちょっとうるうるとした双眸で並んでいたラテリカが傍に来ると、少し安堵したようだった。その様子を眺めながらアリスティドも笑みが零れる。
「…あの」
 口を開くと、零れそうなくらい大きな瞳のうるうる度が増した。エリザベートが微笑みながらその手を取ると、ラテリカはその手に両手を重ねる。
「おししょさまは、エリザベートさんに捨てられちゃったら、きっと一生立ち直れないのです」
「…私から捨てるなんて、そんなこと」
「わがままだったり、いじわるな時があっても、大事にしてあげてください、です。してあげて欲しいです」
「いつだって、彼は優しいわ。私にとっては勿体無いくらいの人。必ず、これまでの貴女くらい、貴女以上に、大切にします」
「はいです…」
 ぎゅうと抱き合う弟子と妻と眺めていると、急に弟子がアリスティドへと視線を向けた。
「おししょさまも、お嫁さんを泣かせたらいけないですよ!」
「泣かせないよ。彼女は沢山泣いてきたからね。ラテリカと同じように」
「ラテリカみたいな嬉し涙をいっぱいあげてくださいです」
「そうするよ。…ありがとう、ラテリカ。来てくれて。…幸せにおなり」
 まだエリザベートと軽く抱き合ったままの弟子の頭を撫でると、ラテリカの双眸からぽろぽろと涙が零れる。
「…それは…こっちの台詞なのです」
 幸せになって。幸せになって欲しい。その思いに満ちた式場内で、人々は彼女達に祝福の言葉を投げかけた。


 そんな、まったりとした穏やかな空気が流れる中。
「じゃじゃじゃーん!」
 唐突に、場内の一角からエルディンの声が聞こえてきた。
「さぁ皆さん! こちらをご覧下さい! この絶妙な計算によって作られたるは、『ワインタワー』でございます!」
 明るい声と共に皆の前に披露されたのは、テーブルの上にゴブレットが三角形を成すようにして積まれたものである。ゴブレットにはワインが注がれており、一番上に置かれた1個だけのゴブレットへと、何段かに積んだ台の上に乗ったエルディンが、今まさにワインを新たに注ごうとしてる所だった。初めて見る物体に目を丸くしている人も居る中、彼はワインを注いでいく。なみなみと注がれた液体はやがて器から溢れ出し、細かい滝のように下方へと零れ流れて行く。
「さぁ、教会特製チーズもテーブルに用意してありますよ! ワインと一緒に頂いてください」
「へぇ〜、これどうなってるんだ?」
「あ、ちょっ…エミール殿、触ったらあぶ」
 言いながらエミールがゴブレットを押した事で、『ワインタワー』は一瞬にして崩れ落ちた。あらかじめその下にタライが置かれていたものの、液体は床へと飛んで赤色に染める。
「何て事するんですかっ」
「いやぁ、何かの魔法かと思って」
「教会の洗濯仕事を増やさないで下さいっ」
「ラテリカもお洗濯するですから…」
「いーえっ。不用意に何でも行うこの領主に自覚が無さ過ぎるのですっ」
 つい先日、時間と労力を掛けて作り上げた『ボーリング』を破壊された(その時は冒険者が原因だったが)こともあってか、エルディンは怒りに満ちているようにも見えた。今回もなかなかの労力を掛けて作り上げたのだ。怒っても仕方ないだろうと周囲の人々は生暖かく見守ったが、実はエルディンは本気で怒っているわけではない。この機会に領主夫妻を戒めようという気持ちが強かったのだ。『何でもとりあえず行動する』という性質を持つ似たもの夫婦だが、領主としての自覚をもっと持って貰わねば、不用意に何かしでかさないとも限らない。
 この土地を護ろうという思いは、エルディンも誰にも負けない気概で持っていた。
「とりあえず説教は後から続きを行いますから、夕方教会裏まで来て下さいねっ」
「あら。遂に禁断の呼び出しね…」
「リリア殿もわくわくしないで下さいっ」
 式の後はささやかな会食の予定だったが、何故か皆で掃除になってしまっている。花婿花嫁は座ってていいからと言われ、アリスティドとエリザベートは2人並んで座っていた。さすがに何もしないというのは申し訳ない気もしたが、皆を見ていたエリザベートが急にくすくす笑い出す。
「ふふ…エルディンさんったら、またエミールさんを怒ってる」
「エルディンも、あの塔は倒れると予測できたと思うんだけどね。…余興だったのかな」
 本人が聞けば『倒すのは余興じゃありません!』と言い返しただろうが、エルフの耳でもっても彼らの会話は聞こえていないようだった。
「私…知らなかった。こんなにも、生きるのは楽しいんだってこと」
 式場内では、エミールが掃除を嫌がって逃げ回っている。それを来客者にがっちり捕らえられているところへ、エルディンが歩み寄っているところだった。
「…そうだね。苦しいことや辛いこともあるけれど、楽しいことや嬉しいことも数多く起こる」
「ねぇ…覚えてる?」
 強制的に洗濯用の板を持たされたエミールから室内全体、そして窓の向こうにまで視線を移して、エリザベートは囁く。
「かつて、この辺りには伝承さえなかった。過去を伝えるものはなかった」
「そうだったね。貴族達の間にだけ伝わる歴史があっただけで、人々は何も知らなかった」
「伝承の担い手が居ないということは、詩を歌う人も居ないということ。人々は、奏でること、歌うことを、歌う喜びを失ってたわ」
 彼女の言葉に、アリスティドもかつて歩んできた道を思い出した。長い道のりだったようにも思う。今ここでこうして、彼女と手を繋ぎ共に歩くことを誓い合ったこの日が、奇跡であるかのように。
「でも貴方たち…かつての冒険者達が、教えてくれたんだわ。生きる喜び、歌い踊る楽しさ、この世を謳歌してもいいんだって」
 再び室内へと目を向けると、エミールが放り投げた洗濯板がラテリカの傍に落ち、首を傾げながらそれを拾おうとした彼女に他の来客者が首を振っている。
「自由に、歌ってもいいんだ、って。…彼女、ラテリカさんのように」
「僕達は切っ掛けに過ぎないよ。謳歌する歓びを皆が歌ったのは、それを受け入れることが出来た皆の優しさだと思う」
「でも、神を呪ったこともあったわ。私だけじゃない。その境遇を呪った人は、あの頃沢山居たの。でも、みんなの笑顔を見ていると、それは過去のものだと分かるわ。私も、今は感謝してます」
 そして、エリザベートはアリスティドを見つめた。アリスティドもそれを見つめ返す。
「心から、感謝します。…歌う事を教えてくれた貴方と。共に生きる喜びを与えてくれた神と、貴方と…貴方たちに」
「ありがとう、エリザ。君のその思いを伝えられたら、きっと皆喜ぶよ」
 僕だけ聞くのは勿体無いからと言いながら、アリスティドは立ち上がってエリザベートの手を握った。
「共に歩く人生の抱負にもなるんじゃないかな」
「そんな大した言葉じゃないわ」
「でも、君は歌いたいと言った」
 この世を生きる喜びを知って、未来に希望を持つことが出来るようになった。勿論そんな事は、彼女や町の人々を見ていれば分かる。活気に満ちた日常を眺めていればそれが当たり前になっている事も分かる。けれども改めてその言葉を聞くと、胸の内に安堵感が広がるものだ。
「そうね。…どちらかといえば…下手だと思うのだけど…でも、歌いたいわ。いつか…いつになるかは分からないけれど、生まれてくる子供に、沢山聞かせてあげたいの」
「教えるよ。沢山の歌を、僕達の子供が、子供達が歌ってくれるようにね」
 だから、アリスティドも伝える。自分がどれだけ彼らの変化を、そして妻であるエリザベートの変化を喜んでいるかを。
 総てが上手く行っているわけではない。だが未来は明るいのだと思える。いつか遠くない日に彼らの子供が祝福される日も、きっと来るに違いない。
 そして子供達が大人になった頃にはきっと、この地は歌であふれていることだろう。
 
 
 やがて来る遠い未来に、伝承は伝える。
 この地に伝わる、二人のエルフの物語を。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

eb3084/アリスティド・メシアン/男/28歳/バード(新郎/町長候補)
ea1641/ラテリカ・ラートベル/女/16歳/バード(奥様)
ec0290/エルディン・アトワイト/男/34歳/神聖騎士(ラティール教会神父)

 - /エリザベート・ラティーユ/女/22歳/一般人(新婦)
 - /エミール・シャトーティルユ/男/32歳/シャトーティエリー領領主
 - /リリア・シャトーティルユ/女/28歳/シャトーティエリー領領主の妻
 - /リュシー/女/28歳/一般人(クレリック見習い)
 
 
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご発注頂きましてありがとうございます。呉羽でございます。
再びのご注文を頂きましてありがとうございます。
登場人物のPCさんは現在の年齢、NPCはノベル時の年齢で記載しております。このノベル時は、4年(人間基準)差し引いた年齢にPCさんはなるかと思われます。
又、お互いの呼称や話し方が間違っておりましたらリテイク下さいませ。

今回は結婚式ということで砂糖ざらざらを目指してみましたが、以前に頂きました数年後の結婚式同様、余り甘くならなかったようです。
もしもその面を期待して頂いていたなら申し訳なく…。
もう少しお話を書く機会を頂いておりますので、次に繋がるように書かせて頂いてもおります。

今回はご発注を頂きましてありがとうございました。
次の話につきましては、もう少しお待ちくださいませ。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
呉羽 クリエイターズルームへ
Asura Fantasy Online
2015年11月30日

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