『とある、ありふれた特別な一日 』

桐生　凪（ja3398）

●朝

「よかったですね！　直哉さん、今日一日晴れだそうです！」
　学生寮『ジルエット』ラウンジ。テーブルの上に置かれていた新聞紙の天気予報欄を眺めていた桐生　凪（ja3398）が嬉しそうな声をあげた。
　今日は一日、快晴が続くらしい。
　彼女の嬉しそうな顔を桐生　直哉(ja3043)は
「雨の日というのも悪くはない。傘を差して並び歩いて、映画館や喫茶店に入ったりするのも良い」
「た、確かにそれも捨てがたいですが、でも今日はお買い物で本格的なお出かけなので！」
　二人は最近恋愛結婚したばかりの『新婚夫婦』。といっても、住まいは変わらずこのジルエットだし、身分だって学生のまま。
　この場所が好きだし、ずっと一緒に居られるんだから何も問題はない。でも、変わらないからこそ余計に二人っきりの『お出かけ』がたまらなく楽しみで、特別なものになった。
　凪はもう何日も前から、こっそり雑誌を眺めて気になるお店をリサーチしたり、ネットで調べてみたり。気合いを入れたわけではなく、自然にしてしまっていた行動だった。
　その結果、リストアップしたお店の数が凄いことになってしまったけれど、それもそれでとても楽しかったからよかった。

　もう一度忘れ物がないかを確認して、さぁ出かけようとした、その時、鳴り響いた電話。
「はい、ジルエットのさわ……桐生です！」
　しまった。言い間違えた。用件は来週の一限目が変更になったからという連絡だったが、電話越しの友人が面白がるような声音で何度も執拗に『桐生さん』と繰り返すから、凪の表情は何度も何度も熟したリンゴのように真っ赤に染まっていた。
「ああ……やっちゃったぁああ……」
　受話器をおろし、真っ赤な顔のまま俯き打ちひしがれていた凪だが、すぐに直哉がこちらを見ていることに気付く。
「さっさと行きますよ！」
「別にいいじゃないか」
　照れ隠しとばかりに慌ててやってきた凪は直哉の腕をぎゅうっと掴む。
　ぷくっとふくれた頬。少し赤みがかった表情。とても可愛らしくて、直哉の頬も緩む。
「だな、行きますか」



●
　そもそも今日出かけようと思ったのは夫婦茶碗を買おうと思ったからだ。
　ふたりで揃えるものは折角だから特別なものが良い。
　ならば、休日をまるっと一日使って、本格的にお揃いの食器を探してみようということになったのだ。


　二人が訪れたのはこの間、下校途中で偶然通りがかり見つけた雑貨屋。
　かわいらしさや華やかさよりも、落ち着いた和の雰囲気が感じられる雑貨を多く扱っているようだ。

「食器……食器は、えーっと……あ！　こっちみたいですね」
「見てみよう。凪は何かイメージはあるか？」
　直哉の質問に凪はむーっと首を傾げて、暫く考えてから口を開いた。
「実は、あまり考えていませんでした。行けばいいのが見つかるかなと思っていたので。特に予定はないですけど、こうやって実際に色々見て決めるのもいいなーと思ってましたから」
「確かにな。それにしても、数が多い」
　そうして、ふたりで売り場に並ぶ茶碗とにらめっこ。
　夫婦茶碗になりそうなものでも、その種類もそれなりにあった全てを確認するのも少し時間がかかる。
（ん……何だろう、この植物柄）
　直哉が手に取ったのは生成り色の地に赤く丸い実をつけた植物の図柄が描かれた茶碗。
　赤い実を付けた枝。何処かで見覚えがある。
「直哉さん、それ南天ですよ」
「南天っていうのか」
　眺めていたら凪が声を掛けてみた。
　その名前は何だか聞き覚えがある。そう、これが南天なのかと納得した直哉は頷いた。
「南天って『なんてん』って読みから、難を転じるっていう語呂合わせで縁起の良い植物だって言われてるんですよ」
　叔父家族が指物師であるから凪もこういった図柄に対する知識も持ち合わせていた。
　凪の説明にますます関心した直哉は茶碗の図柄をじっと見つめる。
「へー、それで縁起の良い植物って言われているのか」
「ですです。なので、よく庭にも植えられてるんです。鬼門とか裏鬼門に魔除けとして。あと、門松なんかにもよく飾られていますね！　あれは冬の間に手に入りやすい植物で色合いがいいからっていう理由もあるようですが」
「確かに、だから何処かで見覚えがあるような感じがしたのか」
　自分の中で感じていた疑問がひとつ払拭された。そして、頷いた直哉に凪は。
「長く使うには素敵ながらだと思います！」
「いいな……うん、これにしよう」
「えへへ、決まりですね。後、お箸なんですけど……」
「それは、これでどうだろうか。茶碗と揃いのデザインだ」
　凪の問いに直哉が差し出したのは南天の意匠が施された箸だ。丁度赤と紺の二種類が置いてあった。
「お茶碗とお揃いって素敵ですねっ」
　凪は笑顔で頷いて、赤色の箸を嬉しそうに手にとった。

　あらかた買うものは揃い、売り場を後にしようとした時。
「あ、このうさぎの箸置き可愛いです！」
「お、本当だ。このまま飾っておいてもいいほどだな」
　凪が手に取ったのは小さな白うさぎの箸置きだった。
　陶器のうさぎは赤色のつぶらな瞳で凪を見つめている。ちょこんと座るその姿もとても可愛らしい。
　どうやら箸置きのコーナーだったらしい。うさぎの他にも様々な可愛らしい箸置きが並べられていた。
「じゃあ、俺はこっちのたぬきにしようかな」
「それじゃ、カチカチ山じゃないですか！　うーん、じゃあこっちの亀とかはどうでしょうか？」
「それだと、うさぎが昼寝して亀に負ける話になるぞ」
　直哉の言葉に確かにと凪が残念そうに頷いて。
「うさぎが絡むと、何だかちょっとしょんぼりとした童話になっちゃいますね、因幡の白ウサギとか……というよりは童話自体そういったものが多いのでしょうか？」
　それならば揃いでうさぎの箸置きを買えばいいのではないかとも思ったが、生憎ひとつしかない。
　かといって、これを置いく気にもなれない。つぶらな瞳で見られてしまったのだ。今更棚に戻してお別れなんて、とんでもない。
　どうしようかと悩んでいた時。手が当たった。手の主は当然隣りに居た直哉だ。
「奇遇だな」
「これならセットになりますもんね」
　ふたりは互いの顔を見て笑った。
　ふたりが選んだのは、三日月の形をした箸置きだった。

「南天の夫婦茶碗ですか、いいですねー。南天の花言葉って知ってます？」
「花言葉、ですか？　それは知らないですけど」
　店員の問いに凪は素直に首を傾げた。
「良い家庭という意味があるそうですよ。夫婦茶碗にはもってこいの意匠ですよね」
　店員は微笑ましそうに言う。

　――夫婦。良い家庭。

　凪は改めて気恥ずかしくなると同時に、彼と恋人ではなく夫婦として見て貰えたのが嬉しくもあった。


●そして、帰り道
　買った品数は少ないが、不思議と感じる重みは幸せの分も含まれているからだろう。
「私も持ちます！」なんて、気を遣おうとした凪を大丈夫だからと断り、並んで寮へと帰る。

「南天の茶碗を見つけたことは偶然のようなものだったが、良い買い物が出来たな」
「はい。それに……」
　直哉の言葉に答えた凪が言葉を一度止めた。
　どうした？と言わんばかりに直哉が凪を見下ろす。すると、凪は直哉を見上げ、見つめ返し頬を赤く染めながら微笑む。
「直哉さんとお出かけ出来て、本当に楽しくて嬉しかったです。今日は最高の一日でした」
「こちらこそ」
「また、一緒にお出かけしたいです」
「態々言う程でもない。これから何度でも出かける機会はある……それに、また買わないといけないものもあるしな」
　直哉の言葉に「そうですね」と頷いた凪が「あ」と小さく驚いたような声をあげたから、直哉はどうした？と聞く。
「直哉さん、あれ……挑みませんか？」
　凪が指出したのはとある喫茶店の店先に貼られた、まるで山のようなボリュームのその名も『デラックスキングパフェ』の写真。所謂メガ盛りと呼ばれる類いのメニューだ。
　しかも、無事完食しきれば代金は無しで良いという。もう一度隣りに居る凪の様子を伺うと、彼女は張り切っていた。ふんす、と擬音が聞こえてきそうだ。
「よし、望むところだ。いっぱい食うぞ、凪！」
「はいっ！」
　ふたりで揃って気合いを入れる。
　意気揚々と喫茶店の中へと入っていった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja3398　／　桐生　凪　／　女性　／　インフィルトレイター】
【ja3043　／　桐生　直哉　／　男性　／　阿修羅】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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　ご結婚おめでとうございます！（どんぱふ）

　食器選びって楽しいですよね。別に買うわけではありませんが、雑貨屋に入るとお茶碗はついつい見てしまいます。
　同じような柄や色合いでも、それぞれだいぶ違って、同じ物には再び出会えないような、まさに一期一会と行った感じですね。

　ご発注ありがとうございました。どうぞお幸せに！

■イベントシチュエーションノベル■

水綺ゆら

エリュシオン

2015年12月01日