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『 血染めの音符は踊る 』
イアル・ミラール7523)&SHIZUKU(NPCA004)


神聖都学園内を歩くSHIZUKUの足取りは軽い。かなりの間悩まされていた魔法のコールコールの酷い匂いも消え、わざわざ強めのフレグランスをつけて隠す必要もなくなったのだ。フレグランスの香りが苦手だったり、強すぎる香りで迷惑を掛けたことは申し訳ないと一応思っている。けれどもあの臭いを隠すためにはそれしか手段を思いつかなくて。
「でも、もうおさらばだー!!」
 気持ちよさそうに伸びをしながら思わず喜びで漏れたその声をかき消すようにして、響いてきたのは――悲鳴。

「きゃぁぁぁぁぁ!」
「いやぁぁぁぁぁっ!」

 それは女子生徒たちの声。SHIZUKUは反射的に悲鳴の上がった方へとかけ出した。心配よりも興味のほうが勝ちかけているのを抑えるようにして、廊下を駆けて行く。この辺りは音楽室がいくつかある界隈で、今は部活動の時間のはずだ。コーラス部や軽音部や吹奏楽部が活動しているはず。
「どうしたの!?」
 その中でSHIZUKUが駆けつけたのは、吹奏楽部が使用している第九音楽室。ガラリと扉を開けて、一見しただけでその異様さは伝わってきた。
 身を寄せあって泣いている女子部員たちが、震える指で指す先に浮かんでいるのは、有名音楽家の肖像画からとひ出してきたような格好をした男性。どの有名音楽家の肖像とも似つかない顔をしているが、彼も音楽家なのだろう――ただし、身体は半透明に透け、どす黒いオーラを放ってはいるが。
「え? 何? 何があったのかな!?」
 明らかに尋常できないことはわかるのだが、SHIZUKUには事態がつかめない。改めて室内を見回してみれば、泣き続ける女子たちと怪しい半透明の音楽家と、散乱した楽譜と楽器たち――ん?
「あれ、この楽器……」
 よく見てみれば、散乱した楽器たちはどれも『人間がそのまま姿を変えられたような』形をしている。
「……!」
 それに気づいてしまったSHIZUKUの背筋に何かが走った。ぶるりと身体を震わせる。それが嫌悪感だったのか恐怖だったのか歓喜だったのかは分からないが、怪奇現象好きの血が騒がないわけがなかった。
「どうしてこんなことになったのか、教えてくれるかな?」
 泣き続ける女子たちに優しく語りかける。すると彼女たちはぽつりぽつりと事情を説明しつつ、譜面台を指した。



 吹奏楽部員である彼女たちの話を総合すればこうだ。
 楽譜を保管してある部屋で偶然、羊皮紙の楽譜を見つけた。ところどころ赤黒く変色していたが演奏するのに支障はなく、だが一見して難易度の高い曲であることがわかったため、吹奏楽部いち演奏の上手い子が挑戦したのだが――失敗するとその姿は楽器へと変えられてしまって。
 現れた音楽家の姿をした男が、誰でもどんな楽器でもいいからこの譜面を完璧に演奏できたら、楽器に変わってしまった者を元に戻してくれるというものだから、次々と部員たちは挑戦した――そして次々と楽器へ姿を変えてしまわれたのだという。
(これって、七不思議の一つの『血塗られた羊皮紙の譜面』じゃない!?)
 聞いた話を総合したSHIZUKUは興奮せずにはいられなかった。神聖都学園七不思議(ただし学園は広大なため、7つとは限らないところが玉に瑕)の一つである、どこかの音楽室に何故かあるという譜面、その七不思議の話そのものなのだ。
 この譜面は天才すぎる中世時代の音楽家が遺したものである。彼は天才過ぎるがゆえに人々にその作品を理解してもらえず、無念のまま非業の死を遂げた。そして怨霊となってこの楽譜に取り憑いている――どんな楽器でもいいので、この曲を演奏出来る者を待ちながら。
(ただし、演奏に失敗すれば、楽器になってしまう呪いをかける、だったよね)
 頭のなかでこの七不思議のあらましを再生したSHIZUKUの鼓動は、早くなりすぎて痛いほどだ。状況から見て、今、自分がその七不思議の発生現場に遭遇していることは確かだ。こんな状況でSHIZUKUが胸の昂揚を覚えぬ訳はなかった。
「その楽譜、見てもいいかな?」
「や、やめておいたほうが……」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ」
 女子部員に止められたが、SHIZUKUは軽い調子で譜面を手にとって目を通す。確かに難しい曲のようだ。初見で間違えずに弾くのは至難のように思える。けれども、そんな理由でSHIZUKUが七不思議に触れられる機会を逃すわけはなく。
「――もしもし、イアルちゃん?」
 携帯でイアル・ミラールに連絡をとったSHIZUKUは、彼女の制止も聞かずに通話を切ってしまった。


「…………」
 神聖都学園第九音楽室へと駆けつけたイアルの表情は、一言で表せば呆れ。今回は電話で『七不思議に挑戦する』と聞いた時からこんなことになるんじゃないかということは容易に想像できたので、深くため息を付いた。予想があたってほしくないと思いつつも、当たらないはずはないと心のどこかで思っていたから。
「あははー、失敗しちゃった」
「……でしょうね」
「イアルちゃん、怒ってる?」
 怒っているというよりも呆れている。それを伝えるのも億劫なほどに。SHIZUKUが怪奇現象に関わると言ったら、何事も無く済まないのはわかっていたけれど、まさか本当にSHIZUKUの身になにか起こっているとは。
 SHIZUKUも例に漏れず演奏に失敗し、楽器へと変えられてしまっていたのだ。
 胸部までは裸身状態のSHIZUKUのまま、腹部が共鳴胴となったハープに。
「……怒ってはいないわ。事情を詳しく教えて」
 怒ってはいないが上機嫌でもなさそうなイアルに促されて、SHIZUKUは『血塗られた羊皮紙の譜面』の七不思議について語った。それが今ここにある譜面であること、そこに見える男性が作曲者であり、演奏に失敗すると奏者を楽器に変えてしまうこと。SHIZUKUも挑戦し、今に至るということ。
「……」
 今までSHIZUKUが遭った目にしては優しい方かもしれない、なんて少しでも思ってしまったのは、SHIZUKUと付き合ううちに感覚が麻痺してしまったのだろうか。事前に自分に連絡を入れるという芸当ができるようになったのだから、挑戦するのも待っていればいいのに。
(――それは、きっと無理ね)
 心の中で自分で言って自分で否定する。そしてイアルは譜面台に立てかけられた羊皮紙の譜面に近づいた。手にとって目を通す。
「これ、結構難しい曲だって見ただけでわかると思うけれど……それでも挑むほど、SHIZUKUは楽器に自信があったの?」
「うっ……」
 そう言われてしまうとSHIZUKUは返答に困る。ただ弾いてみたかっただけなんて言えない――いや、言わなくともイアルには見ぬかれていそうだが。
「この曲を引きこなせばいいのね。私がやってみ――」
「あっ、ちょっと待って!」
「……?」
 譜面台に譜面を並べようとしたイアルをSHIZUKUが制した。他に何か重大な伝達事項でもあるのかと思ったのだが。
「あそこにあたしのカメラが転がってるんだ。お願い、あれであたしたちの写真を撮って!」
「そんなことをしているよりも――」
「だってせっかくこんな怪奇現象に巻き込まれたんだから、証拠を撮っておかないとだめだよ!」
「……」
 そうだった。この子はこういう子だった。どんなにひどい目に遭っても、最終的に自分の研究や仕事につなげてしまう。転んでもただでは起きないのだ。それを思い出してイアルはもう一度ため息。
「わかったわ」
 カメラを拾い、様々な角度から楽器と化したSHIZUKUや吹奏楽部員たちを写真に収めたのだった。


 椅子に腰を掛け、SHIZUKUが変化したハープに指を這わせる。譜面台の上の羊皮紙の譜面を見ながら、イアルはそっと弦を爪弾いた。
 側では音楽家の怨霊が品定めをするように厳しい視線を向けているが、特にイアルが緊張することはない。王女であった頃は、もっとたくさんの視線の中で演奏する機会はたくさんあったのだから。
 幸いイアルは中世の王族が身につけるような芸術は一通り修めている。ハープ演奏もその一つだ。羊皮紙に書かれた曲も、素人ならば音符の羅列という見た目で難しさを感じるものだろうが、上級者であるイアルは頭の中で音符を曲としてイメージ再生しながら曲の難易度を体感していた。それでもなんとか弾ききれる、引ききらなくてはならない、そう感じてハープへと手を伸ばしたのだ。
 不思議だったのはハープの持つ体温。まるで人の身体に触れているような暖かさなのだ。そしてその音色。まるで、SHIZUKUが歌っているような音が、弦を爪弾くと漏れる。
(これは……)
 驚いたが演奏の手は止めない。むしろ、イアルが更に動かしたのは口。深く息を吸い、ハープの音色を奏でながら声を出す。
 歌詞のない曲だからすべて「Ah」と歌うだけだけれど、ハープの歌声を主旋律に、イアルはハモるように歌声を重ねる。
「すごい……」
 さっきまで身を寄せあって泣いていた、吹奏楽部の無事な少女が思わず口から零した感想。
 天から響くような、天使の旋律。天使の歌声。人々を安らがせ、旋律が続く間だけでも幸せに導くような、そんなハーモニー。
 主旋律を奏でながら別旋律を歌うのは簡単ではない。だがイアルはSHIZUKUと二重奏を奏でているつもりで音を紡いだ。
 時に激しくもあれば緩やかに、一音も間違うことなく弾くことができたとわかったのは、怨霊の顔を見たその時。

「ああ、やっと……」

 怨霊の男性は涙を流し、それまでの表情とは一変した晴れやかな顔をしていた。

「私の曲が正しく……」

 光が、彼の身体を包む。
 すぅ、と光が上昇していくとともに男の姿も消え、気がつけば楽器に変えられたSHIZUKUも吹奏楽部員たちも元の姿に戻っていた。
 血塗られた譜面は、ただの古い羊皮紙に書かれた譜面となって、譜面台の上にある。
「数百問の年を経て、この曲は漸く表に出られたのね」
「あたし、この曲を番組で紹介しようと思うんだよ、もちろん、写真と一緒にね」
 それを機に、この曲の弾き手が増えれば作曲者も喜ぶだろう。
 もう、何度練習で間違えても、楽器にされるようなことはないのだから。





■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■

【7523/イアル・ミラール様/女性/20歳/裸足の王女】



■         ライター通信          ■

 この度はお届けが遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
 またのご依頼ありがとうございました。
 とても嬉しく思います。
 今回は再び七不思議に触れるということで……ければもあまり物騒ではない解決方法ということで、いつもと違った気分で書かせていただきました。
 もちろん、今回もまた、楽しく書かせていただきました。
 少しでもご希望に沿うものになっていたらと願うばかりです。
 この度は書かせていただき、ありがとうございました。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
みゆ クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年12月04日

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