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『理想と憧れ 』
戸蔵 悠市 jb5251

 ――天魔との大きな戦いを終え、久遠ヶ原には安息の時が流れていた。
 生徒たちはその安息の中で戦いの傷を癒し、そして高ぶり、または冷え切った心を日常の平穏の中へと戻してゆく。
 戦士である前に学生であり青少年である彼らにとって、それは何よりも大切なこと。
 日常のありがたさを知らぬ物に、戦場で正気は保てはしない。
「変わらぬ朝におはようー」
 大きな欠伸で目じりを擦るルドルフ・ストゥルルソン(ja0051)は、うんと背骨を伸ばすと、朝の学生食堂のテーブルにぐったりと上半身を横たえていた。
「みっともないぞルドルフ……朝食くらいちゃんと食べられないのか」
 一足先に食事を済ませていた戸蔵 悠市 (jb5251)が、食後のコーヒー片手に本のページをめくる。
 落とした視線はそのままでルドルフを叱咤したその言葉に、当の本人は気の無い返事を返すと、目の前の皿に乗ったこんがりキツネ色に焼けたトーストにかぶりついた。
「あんなに大変な戦いが終わった後なんだし、少しぐらいだらけたって良いじゃん」
 そうぶつくさ口にはしても悠市はそれ以上言及する事はなく、ルドルフもまたそれを望んでいるわけではない。
 ただの聞き流すような戯言――ありきたりな『日常』がそこにはあるのだ。
「――時にルドルフ、午前中は空いているか?」
 相変わらず本のページをめくりながら呼びかけた悠市へ、頬張ったトーストをむしゃりと咀嚼しながらルドルフは頷く。
「んっと……先生が休みらしいから、休講って話だけど?」
「そうか、それは都合が良かった」
 そう言うと、悠市はぱたんと厚手の表紙を閉じて残りのコーヒーを一口で煽る。
「なら、少し付き合ってくれないか」
「いいけど、どこに行くの?」
「……救護棟だ」
「救護――ああ……」
 場所を聞いてピンと来たのか、ルドルフは大きく顎をしゃくるように頷きながらごくりと最後のひとかけらを飲み込んだ。
「いいよ、俺も気になってたし。そうだなぁ……購買でお菓子か何かでも買って行ってあげようか」
 人差し指をした唇に当ててうーんと唸るルドルフであったが、手早く食器と悠市のカップの後片付けを済ませると、最初にそうしたようにも一つうんと伸びあがって長い髪を耳の後ろへと掻き上げてみせた。
「じゃあ行こっか――お見舞い」
 悠市は言葉も無くただ静かに頷くと、すくりと規律の取れた動作で立ち上がってルドルフの後を追うのであった。

 彼らが少女と出会ったのは、先の戦いの中。
 激しい戦闘の末、天魔をようやくの所で退け生を実感していた所で、2人はその「声」を聞いた。
 天魔との戦いの中では、一般人に被害が出てしまうということは決して珍しい事ではない。
 もちろんそうならないために彼ら撃退士は戦っているのだろうが、それでも防ぐことのできない犠牲というものは嫌でも直面してしまうもの。
 戦争孤児――彼女のことを的確かつ端的な言葉で表現してしまえば、そう言うのが正しいのだろう。
 荒れた戦場で、ただただ泣きじゃくる彼女の姿を見つけ、保護したのがつい先日。
 泣きつかれたのか、命が助かって安心したのか、学園の医療施設で眠るように気を失っていた彼女がようやく目を覚ました。
 悠市は、助けた張本人であるからとその知らせを救護班から受け取っていたのだった。
「――様子としては、安定しているとは思うのですが」
 救護室についた彼らはスタッフからそれだけ説明を受けると、彼女が休んでいるという問診室の扉へと手を掛けていた。
 戦地で両親の姿は見ていない。
 瓦礫の下になってしまったのか、はたまたディアボロ化などしてしまっていたのか、その真意は定かでは無いがただ一つ確かな事は今の少女には身寄りが無いということ。
 開いた扉の先、簡素なパイプ椅子に俯くように、その少女は一人、虚空を見つめていた。
「――ぁ」
 2人の気配を捉え、生気の薄い大きな瞳で2人の姿を捉えた少女は一瞬驚いたような、こわばったような複雑な表情を浮かべて見せる。
 が、すぐに困ったような笑顔を浮かべて2人の入室を受け入れていた。
「やぁ、元気? これお見舞い。甘いもの好き?」
 言いながらルドルフが手渡したビニール袋の中にはチョコレートや飴などのお菓子類。
 その中身を見て、少女は「わぁ」と大きく目を輝かせると、今度は屈託のない笑顔で彼の方へと向き直った。
「おじさんたち、ありがとう!」
「おじ――」
 思いのほか、言葉を詰まらせたのは悠市であった。
「こーら、こっちの人はともかく俺はまだ『おじさん』なんて年じゃないぞー」
「ルドルフ、あのな……」
 が……思えば、そう若いとも言っていられない歳に近づいている自分を思い返し、どこか引っ掛かりを覚えながらも腑に落ちざるを得ない微妙な心境でずり落ちた眼鏡の「つる」を持ち上げる。
 三十路に足は踏み入れても、線はまだ超えてはいない。
「どうしたのおじさん?」
「そうだよ、お・じ・さ・ん?」
 首をかしげる少女につられて、同じように首をかしげて見せるルドルフ。
「……後で覚えていろよ、ルドルフ」
 それだけ言葉を残して、悠市は大きなため息で場を流していた。
 
「――で……どうするのさ、あの子?」
 少女と別れてその帰り道、大学舎へと戻る道すがらにルドルフは青空を見上げてぽつりと言い放った。
「どうする、と言うと?」
「連れて来たのは悠市でしょ。『今後の事』だよ」
 今後の事……つまるところ、彼女の身寄りの話だ。
「あの時の言葉のままだ……彼女は私達で保護する。自ら選び覚悟した者でない、知識も思想も与えられないままの子供が戦場に放り出される等あってはならない」
 悠市はそう言って、爪が手のひらに食い込むのも気にせずに強く拳を握りしめた。
 その時の彼の横顔を、ルドルフはよく覚えている。
 それは先の戦場で戦場に佇む彼女の姿を見つけた時、同じ言葉を口にして、彼が見せた表情そのものであったのだから。
「……そうだね、君の意見はまったく正論」
 そんな悠市を前に、ルドルフはもう一度青空を見上げると、視線の先を流れる雲を吹き消すかのように深く、息をついて見せた。
「だけど、存在しないとは言ってないだろ?」
 ルドルフのその言葉に、今度は悠市がはっとしたようにその横顔を見つめ返していた。
「怖い顔すんなってば」
 ルドルフはその表情を横目で捉えて、小さくため息。
「俺はごくごく一般的な世間の摂理の話……いや、ごめんって」
 同じ調子で言葉を続けたルドルフは、変わらず見つめ返してくる悠市の表情に思わず言葉を濁す。
「そもそも、そういう風に言えるのは君くら……だからごめんってば!」
 そこまで言って、ルドルフは手を広げて首を横に振った。
 言いたいことは分ってると、そういうポーズだった。
「その子を『どっかの誰か』の二の舞にさせないのが俺らの役目だって言いたいんだろ? そりゃもちろん、誠心誠意努力させていただきますよ」
 ルドルフはやれやれと言った様子でうなじに手をあて、首の節をポキリと抜く。
「怖い顔をした覚えはないが……まあいい」
 そんな彼を前にして今度は悠市が一つ息を吐いた。
 それで話は終わったかのように、彼らは大学舎への歩みを早める。
 変わらぬ表情の悠市に、その後ろをついて歩くややバツの悪そうな表情のルドルフ。
 ルドルフ自身も、決して悠市の語る言葉に噛みつきたいわけではないのだ。
 彼にとって悠市の語る言葉は、限りなく「あるべき世界」の“正解”に近い――言うなれば“世界の真理”であったのだから。
 ただ、その“真理”は彼にとってあまりにも天上の事柄で、まぶしくて、そして机上の論理である事もまた、彼にとっての“真理”に他ならなかった。
 ただ現実を受け入れて順応して、その上で運がよければ生き残れる、そんな子供時代を送っていた自分。
 それは彼にとっての『日常』であり当たり前。
 そのことを盾にして物事を悲観したり、他人の言葉を否定したりするような真似は決してしないが……その『日常』が形作ったルドルフという男には、悠市の語る“真理”を理解しこそすれ、同意など到底することができなかったのだ。
 そして『理解』も心の底から同じ目線で“真理”の世界を見ているわけではなく、言うなれば――悠市の語る“真理”に対する『憧れ』であることもルドルフはよく分かっていたのだ。
「わざわざ惨めな思いをしたい酔狂がいるもんかっての……家族団欒の光景なんて、羨ましくって仕方ないんだもの」
 なぜその言葉を口にしたのか、それはルドルフにも分からなかった。
 前を歩く彼に聞こえるか聞こえないかの声、そして悠市も聞こえたのか聞こえていないのか何も返答をする事無く、雲がただ空を流れていた。

 数日後、手続きを済ませて少女は正式に悠市の元に引き取られる事となった。
 それまでの間、ルドルフもそれに反論を示す事も無く、むしろ積極的に早く彼女と打ち解ける事ができるようにと品を変え場所を変え、彼女との関係構築に力を注いでいた。
 曰く「悠市はああだから、自分が近しい目線の存在になるしかない」のだそうだ。
「――ほんとうに、いいの?」
 新たな住居へと移るその日、仮の住まいであった救護棟を出る時になって少女はそう、不安げに呟いた。
「いーのいーの、全部俺たちに任せて頂戴よ。それとも、俺らじゃ嫌……かな?」
「ううん、そんなこと無い!」
 ルドルフの言葉に、少女はめいいっぱい首を横に振る。
 その様子を見て微笑むルドルフに少女は満面の笑みで答えると、再度心配そうな表情をして今度は悠市の方へと視線を向けていた。
「……私も、決して現実を受け入れないわけじゃない」
 不意に、悠市が口を開く。
 先日ルドルフがそうしたように、視線の先には青空を流れる雲の帯が映っていた。
「ただ、だからと言ってそれに甘んじて改善の努力をしない訳にはいかん。俺の言葉は理想像だが……目指す場所が分からないまま踏み出せはしまい」
 それはルドルフへと宛てたのか、それとも自分自身に宛てたのか、ただただ流れる雲に向かって語る彼の言葉。
「それにな……お前の憧れは、いつだって、これからだって、いくらでも手に入るんだ。自分から、手を伸ばせばな……」
 そう言って、腰を低くかがめて少女の前にしゃがみこむと、手のひらで静かにその頭を撫でて見せる。
「今日から私たちが君の家族だ。そうだな……こいつの事は、お兄ちゃんと呼んでみろ。パパでもいいぞ?」
「パパぁ!?」
 悠市の言葉に素っ頓狂な声を上げるルドルフ。
 少女はうーんと唸るようにして何かを考えると、ルドルフの方を向いて恥ずかしそうに口を開いていた。
「お……お兄ちゃん」
「う、うん。そっちの方が良いかな……あはは」
「で……ね、パパはどっちかと言うと――」
 少女の視線が、悠市の方へと向き直る。
 視線がぶつかり、悠市は一瞬豆鉄砲でも食らったかのように目を丸くして見せた。
 同時に、ルドルフが盛大に噴き出す。
「あっははは! よかったね、おじさんからパパにランクアップだって!」
「ルドルフ、お前な――」
 大笑いのルドルフを諫めるように睨みつける悠市であったが、なおも心配そうに見上げる少女の視線に気づいて、慌てて咳払いで場を濁す。
 それ以上何も言わぬ少女の無言の訴えに、最終的に折れるのは悠市の方であったのは言うまでもない。
「……まあ、呼びやすいように呼べば良い」
「うん!」
 悠市に頭を撫でられながら、少女は再度ルドルフに見せたような屈託のない笑顔で彼の事を見上げていた。
 それは、彼女と出会ってから少女が初めて悠市に見せた満面の笑みであったと言う。
 

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb5251 / 戸蔵 悠市 / 男 / バハムートテイマー】
【ja0051 / ルドルフ・ストゥルルソン / 男 / 鬼道忍軍】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、撃退士お二方の新たな出会い……しっかりと、書き留めさせていただきました。
激しさを増してゆく戦場で理想と憧れを貫き通す事は生半可な事では無いでしょう。
相当な覚悟が必要です。
だからこそその覚悟の無い者、知らない者がこの世界で生きてゆくには……お二人の様々な気持ちが交錯した書き手としてもとても書きごたえのあるご依頼でした。
少しでも楽しく、そして心に残る物語になっていましたら幸いです。
この度はありがとうございまいた!
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エリュシオン
2015年12月04日

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