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『 悪意のサルト 』
イアル・ミラール7523)&SHIZUKU(NPCA004)


(普通の古着屋っぽいけどなぁ……)
 SHIZUKUが今日訪れているのは、中野の路地裏にある古着屋である。この店での怪奇現象の報告がいくつか上がっているのを見つけて、実際に調査に来てみたのだが。
(ハズレ、かなぁ)
 すべての籤にあたりがあるものでもなし。SHIZUKUの情報源もすべて『本物』とは限らない。ガゼの情報を掴まされることは慣れっこだ。本物を掴み取るには根気も地道な調査も必要なことを、SHIZUKUはわかっている。
(せっかくだし、何か買って帰ろうかな)
 今までとは違う視線で店内に並ぶ古着たちを見始めた途端、女性店員と目が合った。
「お客様、忘年会シーズンですし、こんな服はいかがですか? 可愛らしいお客様にお似合いかと」
「えっ……でも、これって」
「ご試着だけでも構いません。誰も他に見るものはおりませんから、思い切ってどうぞ」
「えー」
 SHIZUKUは背を押されて試着室へと入る。店員から渡されたものはどこからどう見ても、由緒正しい(?)バニーガールの衣装なのだが。
(うーん)
 仕事の衣装だったら文句言わずに着る。でも今はプライベート……しかし、こうしたコスプレ衣装的なものに憧れる気持ちがないわけでもない。
(よし、試着だけならっ)
 軽い気持ちでバニースーツに袖を通す。

 この古着屋からSHIZUKUが出てきたのを見た者は、いない。



 会員制高級クラブ『バニー教団』では、いつでもバニーガール姿の女性が出迎えてくれる。スタッフのしつけが行き届いていて、愉しみやすいと評判だ。顧客は大企業のお偉いさんから現役の政治家、一線から退いてもまだ力を持つ元政治家などの、金も権力も持っている男たち。
「相変わらずいい子が多いね。しつけも行き届いてる」
 でっぷりとした腹を揺らしながらクラブのママに告げるこの男も、そのひとり。バニーガールが好きで、今もグラスを持っていない片手でお気に入りのバニーガールの尻を撫でている。『しつけの行き届いた』バニーガールは、もちろん抵抗などしない。
「喜んでいただけて光栄です」
 笑顔で返したママだが、心中では顧客を金の成る木としか思っていないのも事実。
(魔服を着せてしまえば、しつけなんていらないから楽ちんよね〜)
 そう、この店のバニーガールたちが来ている服には魔法がかかっているのだ。着た者の心を、服装の職種に変えてしまうという魔法。本来の使い方としては経験のない者を一流にするというものだったが、服を作り出している魔女たちはどこからか連れてきた女の子たちにメイドやバニーガールの服を着せて、好事家に売り渡しているのだ。
 このクラブはバニーガール好きのための店ではあるが、表では嗜好を暴露できないお偉いさんたちの隠れ家的な接待所となっており、ここの収益もまた、魔女結社の資金源となっている。
「ママ、今夜この子を『兎鍋』にしたいんだが」
「わしは『兎狩り』を頼みたい」
 時折隠語が飛び交うこの空間。『兎鍋』は夜伽の相手を示していて、『兎狩り』は暗殺の依頼を指している。そう、ただの接待だけでなく、このふたつが一番大きな金が動く仕事。
「SHIZUKUは今まで子兎だったけど、そろそろ調教も済んだことだし……お得意様のご指名なら断れないわね。『兎狩り』デビューさせましょう」
 そう、あの古着屋の試着室で魔服であるバニースーツを着用したSHIZUKUは身も心もバニーガールとなり、女主人である魔女に連れ去られた。そしてこのクラブで働かされつつ、暗殺者として催眠術を重ねられて育て上げられていたのだ。
 初めて店に出てから数カ月後の今日、SHIZUKUは暗殺者デビューすることになった。



 SHIZUKUと知り合ってから数ヶ月が経つ。イアル・ミラールは携帯電話のカレンダーを見つめた。
 これまで彼女が行方知れずになったことは何度かあったけれど、最終的にはイアルが彼女を見つけて救出することができていた。
 今回もまた、何かに巻き込まれているに違いない――数ヶ月間失踪状態になっているSHIZUKUを思う。彼女が自ら姿を消すなんてことは考えられない。何かに巻き込まれる以外に、彼女が失踪する理由がないのだ。
(手がかりがなさすぎるわ)
 彼女が最後に調べていたのが中野あたりだということまではわかった。けれどもそれ以外の情報は皆無なのである。
 東京には、彼女を隠してしまえる場所がたくさんある。面積の問題ではなく、『広い』のだ。
 イアルはここ数ヶ月、昼間ばかりでなく深夜も都内を歩き回っていた。だが、これまでは全く収穫がなく、ただ時間が過ぎ去るだけだった。
 これまでは。

 ――ぐうっ……。

 偶然耳にしたのは、ぐももったうめき声と何かがドサリドサリと倒れる音。そして言葉にしかけては、強制的に途切れさせられる声。
(何?)
 SHIZUKUとは関係ない可能性は高い。だが、イアルの本能が殺意を知覚していた。誰かがもめている――否、一方的に痛めつけられている音がする。
 イアルは音のした方へとかけ出した。何が起こっているのかは分からないが力になれるかもしれない、そう思った。
 何よりも、本能が行くべきだと告げていた。
「い、命だけは……た、助け……」
 街灯から離れた住宅街の路地。停まっているのは黒塗りのリムジンだ。その周りに、黒服の男が数人倒れている。気絶させられただけで、息はあるようだ。後部座席の扉は開いていて、ずり落ちるように腰を抜かした老人が、何者かに命乞いをしているのがわかった。
(あの老人が何をして狙われているのかはわからないけれど)
 老人を狙う人影が持つ刃が、月の光に鈍く光った。獲物の首筋にかぶりついて一息で絶命させる猟犬――そんなイメージがイアルの頭の中に走る。イアルの身体は反射的に動いていた。素早く老人の前に滑り込み、喚んだロングソードで刃を受ける。

 ガッ――。

 深夜の住宅街に刃同士のぶつかった音が響いた。敵はすぐに後ろに飛び退き、塀の上へと飛び乗ってイアルと距離をとった。だがそうすることで、敵の顔はイアルの位置から丸見えになって――。
「SHIZUKU!?」
 イアルの上げた声は悲鳴に似ていた。老人を殺そうとしていた謎の存在は、何故かバニーガールの衣装に身を包んだSHIZUKUだったのだ。
「……」
 しかしSHIZUKUはイアルの呼びかけに反応しない。塀の上からの跳躍で、一気に間合いを詰めようとする。彼女が手に持っているのは鋭くはあるが刀身の短い短剣。投擲以外では接近しなければ傷を与えることはできない。
「しず……っ!」
 落下速度と体重の乗った一撃を、カイトシールドで受ける。そのまま押すようにして、イアルはSHIZUKUを老人から引き離そうと試みる。
「SHIZUKU!」
 呼びかけにも揺らがない瞳はいつものSHIZUKUの瞳をしていなくて。まるで何かに操られているようだ。
 シールドで思い切りSHIZUKUを突き放すと、イアルは彼我の距離を詰めた。彼女を傷つけるつもりはなかったが、何が洗脳を解くきっかけになるかわからない。ブロードソードを振るう――手応えはあった。
 といってもSHIZUKUはイアルの刃が狙った横腹に短剣を立てるようにして構え、横薙ぎを短剣で受けた。だが、反動を完全に抑えることができず、体勢を崩す。
(今のうち――)
 イアルはカイトシールドに全体重をのせるようにして、SHIZUKUに体当たりをした。そのまま倒れてくれれば、押さえ込める――そう考えたのだが。
 アスファルトに倒れこんだSHIZUKUは、まるで兎が跳ねるように膝をついて一瞬で体勢を立て直した。そしてイアルとの距離を詰める。
(いけないっ!)
 どう考えてもSHIZUKUを傷つけられないイアルのほうが分が悪い。本気を出して殺す気で戦えば、イアルが勝つだろう。だが、それは……。
 短剣の先を受け止めるべく、イアルはカイトシールドを構えた。だが、いつまでたっても衝撃はこない。
「……!」
 視線を上げれば、長い耳を揺らしたSHIZUKUの後ろ姿が遠ざかっていく。イアルがいる限り老人を殺害することができないと考え、撤退することにしたのだろう。
「待って!」
 イアルも急いでSHIZUKUの後を追った。漸く見つけたのだから、見失ったりなどするものか。



「失敗して逃げ帰ってきたのか! 役立たずめ!」
 クラブの地下。そこはさながら何かの研究室か実験室のよう。ママに髪を引きずられたSHIZUKUは、大きなプールの中に放り込まれた。そして次にママの魔力によってプールサイドに戻ってきたSHIZUKUは、無残にもカチカチに凍りついていた。プールの中は液体窒素だったのである。
「役立たずは足がつかないうちに始末するしかないねぇ」
 ママがハンマーを振り上げ、怒りを込めて振り下ろす!
「……ぁ?」
 だがそのハンマーがSHIZUKUにぶつかることはなかった。寸前でSHIZUKUの氷像が消えたのだった。
「! 侵入者か!」
 ママは氷像を壊すことを愉しみにしているのだろう。愉しみに没頭するあまり、つけてきたイアルの存在に気が付かなかったのだ。
(今は戦っている時間はないわ。SHIZUKUを元に戻さなきゃ……)
 SHIZUKUを抱えたイアルは足早に店を出る。本来なら魔女であるママを倒しておきたいところだったが、SHIZUKUの命を助けるには全力で逃げるしかなかった。急ぎ、近くのビジネスホテルへと入る。多少不審がられるのは致し方無い。何より時間がないのだ。フロント係を急かして、急いであてがわれた部屋へ向かう。
 室内に入って一番に向かうのはバスルーム。ユニットバスだったが、それは瑣末なこと。蛇口を最大まで開き、水をためながら凍りついたSHIZUKUを入れる。
(瞬間的に凍りついたものは、すぐ水につければ戻ることがあるはず……お願い)
 後は幸運に頼るしかなかった。彼女の生命力に頼るしかなかった。イアルの想いが届くことを祈るしかなかった。


 半解凍状態になったSHIZUKUをベッドへと運ぶ。最初ほどではないが、まだSHIZUKUの肌は冷たい。このままではまずいことは確かだった。
「……」
 イアルは思い切って着衣を脱ぎ捨てた。そして冷たいSHIZUKUの隣に入り、布団をありったけかける。
 冷たい彼女を抱きしめて、人肌で温めていくのだ。
 自分の体温はいくらでも持って行かれてもいい、彼女があたたまるなら――祈るような思いで彼女を抱きしめ、少しでもあたたまるようにと脚に脚を絡める。
「SHIZUKU……」
 ともすればイアルのほうが凍えてしまいそうだった。けれども、彼女はSHIZUKUを離さなかった。時折その名を呼びながら、彼女が応えてくれるまで。
「し……SHIZUKU……」

「……イアル、ちゃん?」

 どれほど経っただろうか、気がつけばイアルよりSHIZUKUの身体のほうが暖かく感じるようになっていて。
 震えたまつげ、開かれた瞳。紡がれた言葉にイアルは、目を細めた。







■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■

【7523/イアル・ミラール様/女性/20歳/裸足の王女】



■         ライター通信          ■

 この度はお届けが遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
 またのご依頼ありがとうございました。
 とても嬉しく思います。
 毎回、SHIZUKUはイアル様に迷惑をかけているなー、なんて思いつつ、それでも助けに来て下さるイアル様が素敵だと思っています。
 もちろん、今回もまた、楽しく書かせていただきました。
 少しでもご希望に沿うものになっていたらと願うばかりです。
 この度は書かせていただき、ありがとうございました。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
みゆ クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年12月04日

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