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『声に出さず想いを重ねる 』
志鷹 都(ib6971)&馨(ib8931)

 白い雲が浮かぶ空の青が随分と澄んできた。吹く風が時折ピュゥと高く鳴き、季節が冬支度を始めていることを告げる。
 五行の外れ、とある村。ふっさりとした穂を垂らす薄の合間を進んでいくと小さな墓地へと出る。
 午後の柔らかな陽射しの中、揺れる女郎花、撫子、竜胆……秋の花たち。流れる空気はとても静かで穏やかだ。
 墓の前に立ち馨は刻まれる名を確認した。
 半歩後ろに立つ妻の都が差し出す花束を受け取り墓前に供える。
「ご無沙汰しております……」
 此処に眠るのはかつて故郷を出奔した自分を導いてくれた師匠とその妻。
「はい、俺はまだ生きてますよ……」
 両手を広げ肩を竦めてから、表情を改める。
「今日は報告に参りました」
 背後の都を振り返ると、彼女の手を取り自分の隣へ。
「妻の都です」
 馨に紹介され都が丁寧に頭を下げる。
 師匠が生きていたらなんと言うだろうか。驚くだろうか、祝ってくれるだろうか、笑うだろうか。秋風に揺れる花束を馨は見つめた。
「子供も生まれました。双子です……」
 言い難そうに何度か口を開きかけては閉じ、それから意を決して口を開く。
「愛しい俺の家族です」
 隣で都の小さく笑う気配、今度こそ師匠の驚く顔が浮かんだ。
 妻も子も愛している。それを口にすることに躊躇いも何もない。それが事実なのだから。だが何もかも失ったと半ば自暴自棄だった頃の自分を知っている師匠に伝えるのはなんとなく気恥ずかしかった。
「『馨』として仕事も続けています……貴方にも奥方がいたのだからお互いそれは言いっこなしですよ」
 馨の仕事、それは掃除屋という名の殺し屋だ。決して褒められたものではないだろう、いつ己も同じように殺されるかわからない。家族を持つ者の仕事ではないことは承知している。
 だが馨にも矜持がある。一度選んだ道を投げ出すことはできない。それに簡単に抜け出せる道でもないのだ……。
 一瞬、空気が重くなったような気がして馨は話題を転じた。
 出産時はうろたえることしかできなかったとか、赤ん坊は存外力が強いだとか、初夏には梅を漬けただとか、家族と暮らすようになって得意料理が増えただとか、子供の話や日々の事を思いつくままに話す。そうこうしているうちに風が冷たくなってきた。
 気づけば太陽がだいぶ傾いている。
「次は……」
 果たして次があるのか、不意に浮かんだ予感めいたものに黙り込んだ馨の後を都が受ける。
「子供も連れてきます」
 軽く目を瞠る馨に都が頷いた。

 師の墓前を辞した二人は温泉宿へと向かう。
 今回の旅行は昨年の秋行きそびれた新婚旅行の代わりの意味もあった。
 尤も二人とも都の両親にたまには息抜きでもしていらっしゃい、と勧められるまでそのことを忘れていたのだが……。それほどに双子の育児に忙しかったのだ。
 両親の負担を思えば幼い子達を預けるのは気が引けるが、前々から馨の師匠への報告へも行かねばと思っていたこともあり言葉に甘えさせてもらった。
 宿の敷地には自然のままに残された木々。それらは見事に色づき、まるで宿全体が錦に埋もれているかのようだ。
 二人が通されたのは専用の風呂を持つ離れの一室。
 風呂で妻を待つ馨は窓から空を見上げた。
 母屋の喧騒も客の気配も離れまでは届くことはなく、近くを流れる小川のせせらぎと湧き出る湯の音、鳥の声くらいしか聞こえてこない。
 湯煙の向こうには紅葉と夕焼け。
「恭っ」
 パシャリ。顔に湯が掛けられた。
 驚く馨に都が「不意打ち成功」と楽しそうに笑う。
「子供みたいな悪戯を……」
 額に張り付いた髪をかき上げ呆れて見せる馨に並ぶ都。
「だって今日は二人きりなんだもの。甘えてもいいよね?」
 馨の肩に都の頭が預けられる。湯の温もりのなかでもわかる愛しい妻の体温。
 柔らかな髪に唇を寄せた。
「じゃあ、俺も今日は愛しい奥さんを独占しても構わないかな」
 勿論、と笑み交じりの声と共に指が絡められる。

 ひらり、二人の前に落ちた紅葉が一枚湯に浮かぶ。馨がそれをつまみ上げた。
 湯から上がる左腕に深々と残る傷。既に塞がった古傷だ。だが真一文字に奔った傷は蚯蚓腫れのように盛り上がり周囲の皮膚は引き攣れたまま。
 医師である都にはその傷がどれほど深いものであったか推測することができる。神経や筋が傷ついていないのは奇跡と言ってもいいだろう。
 その傷だけではない馨の体のいたるところには大小様々な傷痕が残っている。二人で遊んでいた頃にはどれも無かった傷だ。
(恭の歩んできた道は……)
 ズキリ、と痛む胸の奥。静かに手を置く。
「どうかしたのか?」
 都の視線に気づいた馨が顔を向ける。左右色の違う瞳。光を失った白濁した左の眼。その左も幼い頃は右とおなじくお月さまのような綺麗な金色だった。
 あぁ、と心の中で都は声を上げる。
 彼に無数の傷を残した道……。その始まりの傷……。
 彼を助けたかった、その痛みから守りたかった。でもあまりにも無力だった幼い頃。
 もしもあの時、都に彼の傷を癒す力があったら。少しでも負担を減らす術があったら……彼がいなくなった故郷でその「もしも」を何度考えたことだろう。例え意味がないと分かっていても、それでもなお都は自分を責めずにはいられなかった。
 今度こそ彼を守りたい、その想いが都を医師へと向かわせた。少しでも傷を癒す術を得るために。
「ううん、なんでもないわ」
 逆上せたのか、と心配そうに覗き込む馨を安心させるように口元を綻ばせ傷に手を伸ばす。
(……どんな想いで一人、生きてきたの?)
 そっと傷に重ねる手。そこだけ皮膚の質も色も違う。この傷は一生消えることはない。彼の背負った傷は一生消えることはないのだ。
 再び胸の奥が痛む。
 傷に触れていた手を滑らせ肩へと回す。彼の頭を胸へ抱き寄せた。
 自分はその痛みを肩代わりすることはできない。でも……。
 彼の鼓動を腕の中に感じ瞳を閉じる。
(これからは私が貴方を守ろう……)
 彼がこれ以上傷つかないように。
(できることなら、全ての痛みから貴方を守りたい)
 医師を志したあの幼い日の、結ばれた時の、誓いをもう一度繰り返し額を彼の額に押し当てた。
 彼自身にその言葉を誓うように。

 湯船の縁に手をつき都が窓から外を眺める。
 湯が滑る染み一つない白い肌。幼い頃も可愛らしかった。再会したときはなんと美しく成長したのだろうと驚きもした。そして母となった今、柔らかな丸みを帯び都は女性として一層輝きがましたように思える。
「裏手に遊歩道があるんだって。夕食後に少し散歩しよう?」
 縁に手を掛けたまま背を反らし都が馨に向く。玉となった雫が彼女の肌の上、夕日を浴びて輝いた。
(本当に綺麗になった……)
「聞いているの、恭?」
「あ、……あぁ、散歩だな。行こう。夜空に紅葉も楽しみだ」
 見惚れていたのを誤魔化すように夕焼けが目に染みるふりをして馨は目を細める。
「うん」
 嬉しそうに頷いてから都は再び窓の外へと視線を戻した。
「……本当に、綺麗……」
 彼女の唇から零れた言葉は独り言のようだ。
 長い睫毛が僅かに伏せられ、若草の双眸に被る。照らす夕日が彼女の横顔に影を落とす。
 いつも通りの優しい妻の顔だ。だがその瞳は窓の外の紅葉よりももっと遠く、向こうに見える夕日の先を見つめているようにも見えた。
 どこか憂いのある横顔。彼女は今何を思っているのだろう。
 僅かに引き結ばれる唇。それはまるで泣くのを我慢しているようで彼女が涙を流した夜を思い起こさせた。
 都はいつも優しく温かい笑みで自分を迎えてくれる春の陽だまりのような女性だ。確かに子供の頃からの付き合いだから泣いているところや怒っているところも知ってはいる。だがそれらは馨にとっては日向の香りがする思い出の一つだ。
 だがその夜の彼女の涙は違った。
 話の途中、不意に震える都の声。
 都は膝の上で手を握りしめ唇を結んだ。何事かと思ったとたん、彼女の瞳が潤み涙が溢れ出す。
「……どっ  し  って……うぅ……」
 呻き声にも似た声が唇から洩れた。戦慄く唇を何度となく噛みしめているのは泣くまいとしているからだろうか。それでも涙は止まらない。
 途切れ途切れに彼女が紡ぐ。救えた命、救えなかった命、そこに何の差があるのだ、と。皆等しく生きたいと望んだ命だというのに。
 医師である彼女は命の岐路に立つことが多い。時には残酷ともいえる判断を下さなくてはいけないこともある。
 できればすべての命を助けたい。だがそれは叶わぬこと。人の手でできることには限界がある。
 でも……。葛藤し苦悩し、そして決断する。その全て伴う痛み……。
「せんせぇ……あり、が……とぅ  って……」
 また皆と遊びたい、たった一つの願いすら叶えてあげることができなかったというのに。震える肩、真っ白になるまで握りしめられた手。まるで怒っているかのように真っ赤に染まった頬を次から次へと流れていく涙。
 いまだあの夜、彼女の頬を伝う涙の熱さが忘れられない。
 恥ずかしながら馨はその時初めて知ったのだ。春の陽射しのような愛する人がその胸の内に抱く苦しみと痛みを。
 きっと心が折れそうになったこともあるだろう。だが彼女は折れなかった。それどころか胸の中に痛みを抱いてなお、優しい笑みを浮かべていたのだ。
 馨を想い医師を志した彼女は……。
(俺は都の笑みにいつも救われていた……。支えられていた……)
 だが自身はどうだ。彼女の優しさに甘えていただけはないのか。
(今度は俺が君を支え、守ろう……)
 馨は都の腕を引き寄せる。
 自然と二人の唇が重なった。

 夕食後、約束通り二人は遊歩道へと出かけた。所々置かれた篝火に照らし出された紅葉は陰影が濃く踊り、濡れたような紅色は昼間とは違う艶っぽさを見せる。
「もう少し厚着してくるべきだったかな」
 冷たい風に身を寄せる都の肩を馨が抱く。浴衣に丹前では流石に秋の夜風が身に染みた。
「俺はこうして歩くのも悪くないと思うが……」
「それとこれとは別。私が風邪を引いたら医者の不養生だって笑われるよ」
 いや怒られてしまうかも、と顎に人差し指を当て神妙な顔。きっと恩師である女性を思い浮かべているのだろう。
「今は他の人のことは考えない」
 それがたとえ恩師でも、と馨は都の頬を指で突く。折角二人きりなのだから、と。
「そうだね。二人でお出かけなんて本当に久しぶり……」
 楽しまないと、などと言っていた都が足を止めた。
「恭、あれ」
 彼女が指さすのは一枚の紅葉。
「あの子達がチョーダイってやっている時の手……」
「あぁ、ちょうど双子の手と同じくらい……」
 顔を見合わせてから堪らず笑い出した。
 二人きりを楽しもうなどと言っているそばから話題にあがるのは家族の話。
「お母さんたちを困らせていないかな?」
「大丈夫だろう。二人ともいい子だよ」
「お土産沢山買って帰ろうね」
「荷物持ちは俺かな?」
「頼りにしてるよ、旦那様」
 わざとらしい視線を寄こす都に「仰せのままに」と馨は恭しく頭を下げた。

 帰路、二人は夕暮れ時の海辺へと寄る。波が打ち寄せる海岸を二人並んで歩く。此処はかつて都が一人、よく訪れた場所だ。
 真っ赤な夕焼けに輝く波の間に間にいくつもの船影が浮かぶ。どこへ向かうのだろう。漁を終え家族の待つ家だろうか。
 ゆらゆらと波に揺られる小船はとても不安定で自分の行く末を重ねては日が沈むまで海を眺めていたものだ。
 無事目的地に着くことを祈りながら。
 でも今は隣に彼がいる。大海原で一人探していた彼が……。
 水平線を見つめる夫を見やる。その表情はどこか寂し気だった。
 彼は何を思っているのだろう。行く先への不安かもしれない。一人で海を見ていたあの頃の自分のように。
 都も同じように水平線へと視線をやる。
 やはり小船は波に運ばれ危なっかしい。でも大丈夫。
 声には出さず都は馨の手をそっと握った。
(一緒に未来に行こう……)
 櫂を漕ぐのは一人ではない。二人なのだ。二人ならばきっと大きな波が来ても乗り越えられる。
 心の声が通じたのか馨が手を握り返してくれた。
 茜色に染まった空と海の間、二人水平線に見たものはきっと同じ未来だろう……。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名  / 性別 / 職業】
【ib6971  / 志鷹 都 / 女  / 巫女】
【ib8931  / 馨    / 男  / 陰陽師】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました。桐崎です。

秋、互いの想いを胸に抱くご夫婦の風景はいがかだったでしょうか?
お二人が互いのことを深く思いあっているそんな雰囲気を目指してみました。
それが秋のしっとりとした空気とうまく重なっていれば幸いです。

イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。
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舵天照 -DTS-
2015年12月07日

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