▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『秘色ノ言無シ 』
常塚咲月ja0156


 朝露に浄した血桜が涙するように。

 過去の夢路を旅した“瑠璃なる蝶”――常塚 咲月(ja0156)は、夕が暮れる時雨の中を身体と荷物二つで駆けていた。
 両腕に抱えた風呂敷を大切そうに、ぎゅっ、と胸元へ寄せて。風呂敷といってもバッグ用のリングがセットになっている物で、リングを風呂敷に通して結ぶだけでモダンな表現を醸し出していた。だが、残念ながらそのバッグも、この状況下では機能を果たせていない。

「(家、出た時はお天気良かったのに……。でも……先生の家まで、もうちょっと……)」





 時の流れは正午まで遡る。

「栗羊羹、甘納豆……おー……吹き寄せもある……」

 京都の実家から、ダンボールいっぱいに発送されてきた和菓子と野菜。
 咲月の胃袋であれば充分納まり切る量ではあったが(←)、それではどうにもつまらない。であるならば、平素より世話になっている藤宮 流架(jz0111)へお裾分けに向かおうということで。





 その道中という訳であった。
 足繁く行き来し、見慣れた風景を雨糸の視界に映した先――。
 骨董品店「春霞」。
 目的地だ。看板を目にした咲月は妙な安堵感を意識した。眠ったままであるのに、心が優しい灯火を浴びたような――“いつものこと”であるのだが。

「着いた……。
 う……? あ……桜香さん……? こんにちは……お出かけ……?」

 咲月が足早に身を寄せた時。慌ただしい足取りの一人の女性が丁度、日本家屋の玄関口から出てくる場面に出くわした。藤宮 桜香――流架の妹である。眉を顰めた彼女の目線が、手首の腕時計から咲月へと走る。

「あら? 咲月さん? 兄さんに用――って、ちょっとやだ! ずぶ濡れじゃない! 傘どうしたのよ傘!」
「忘れた……。んと……流架先生、居る……?」
「あのね、兄さんのことよりも先ずはその濡れた身体をどうにかしなくちゃ。良かったらお風呂使って? あ、お風呂場は――」
「んん……分かると思う、多分……。桜香さん、急いでるんでしょ……? ありがとう……私なら平気……」
「そう? ごめんね、お構いも出来なくって。じゃあね!」

 申し訳なさそうに笑った桜香と別れ、咲月は「お邪魔します……」と、挨拶をして敷居を跨いだ。










「――あ。やばっ、お風呂って今もしかしたら……。
 ……。
 ま、咲月さんなら乗り切れるでしょ。うん、たぶん。兄さんはめんごだけど」

 ぺろり、舌を出して。
 悪戯心を雨音に弾ませる桜香であった。



 廊下の冷が、濡れたソックスを脱いだ後の素足にひんやりと刺してくる。
 咲月は肩を竦めながら床板を早い歩調で滑っていたが、温もりのある空気を感じて、ふと、足を止めた。

「何だかほかほか……する……? それに、良い香り……」

 僅かな戸の隙間から、ほんのりと逃げてくる蒸気と香り。

「(桜香さん、お風呂沸かしてたのかな……?)」

 疑問はあったが、躊躇いは無かった。
 咲月はガラリと戸を開く。





「やや? 桜香? 友達と約束があったんじゃ――、」





 不幸中の幸いであったのは(流架のheart的にも咲月のeye的にも)、彼の下半身にはきちんとバスタオルが巻かれていたということ。
 されど――、

「あ……」
「ぃ、」
「う……?」
「え」
「おー……」

 風呂上がりの戦闘科目教師、ぴちぴちの女子生徒の目の前で布一枚というあられもない姿で。流架といえども、流石に平素の冷静さは失われていた。

「さっ、つきく……ん!? なっ、なんでっ、なななっ……!!」
「……は……これが、俗に言う……らきスケ……確か……ご馳走様……?」

 疑問と狼狽だらけの流架の表情とは対照的に、咲月の意識は淡とそのまま泳ぎ続けているような――少なくとも、彼女に恥じらいは無いようである。彼女のサムズアップのジェスチャーが何よりの証拠。

「先生、こんにちは……遊びに来たー……あ、玄関で妹さんに会ったよ……?」
「はっ? ああ、うん、分かった分かった。ええと、雨で濡れてしまったのかな? ちょっと待っておくれね、今――、」
「ん……お風呂入ってもいい……? 先生は……もう終わっちゃった……?」
「俺が今、髪拭いているのを見てただろう? 湯浴みは好きにしていいが、服を着たいから少し廊下で待っていてくれるかい?」
「えー……廊下、寒い……ここで待ってちゃ駄目……?」
「だ・め! ほら、先生を困らすものじゃないよ。良い子だから言うことを聞いておくれ」
「むぅ……。あ……先生……良い匂いする……。ぎゅー……してもいい……?」
「さつきくん!!」



 ぺこっ☆
 咲月の頭部にミニサイズの桜餅チョップが咲いたのだった。



 あれやこれやで。

 様々な出来事が、想い出が、今思えば偶然から始まる必然であったような気がしてならない。――のは、眼前の彼女の“所為”なのか、それとも“御蔭”なのか。

 好奇心にひらひらと舞う蝶のように、浮かべた微笑みに“裏”はないからなのだろうか。

「お風呂と……着替え、貸してくれてありがとう……。この着物……桜香さんの……?」
「ん? ああ、今は殆ど袖を通していない着物なんだけどね。だが、手入れは怠っていないから安心しておくれ」
「んん……素敵……。……だって、先生が選んでくれたから……」
「ふふ、君に着てもらうのだから当然だ。お古で申し訳ないがね」

 居間の膳を挟んだ対面に腰を下ろして。
 流架の点てた茶を一口含み、口元を綻ばせた咲月の目線が自分の身へそろりと下がる。若草地に小花柄の着物。そして、金の帯に朱の帯締めと、爽やかさの中にも芯とした上品さが備わっていた。対して、流架は黒地に金糸の草模様の着物にダークグリーンの帯。日常用途に着ていると云えど、“纏うからには”なりに拘りがあるのが窺える。

 ほぅ。
 無意識に、咲月の薄く整った唇から吐息が漏れた。風呂上がりの所為なのか、それとも――……。どうにも、胸の火照りが治まらない。

「……やや? どうした?」

 思慮ある声音に尋ねられ、咲月は己の膝元に落としていた視線を流架の面まで持ち上げる。大人の色気と、どこか悲哀さを秘め合わせて微笑んでいた。

「う……何でもない、よ……?」

 目元が朱に染まる前に、ふい、と、彼の正視から逃げる。そういえば、という表情を咲月は装い、風呂敷のバッグへ目をやった。

「あ……お菓子は濡れない様にしたから……大丈夫だと思う……皆で食べて……?」

 菊唐草柄の風呂敷を慣れた作法でほどいて、丁寧に見繕った和菓子と野菜を差し出した。「やや!」と、流架の発した声が俄に明るくなる。

「ふふ、お茶の時間が楽しみになるよ。野菜も新鮮で美味しそうだ。どうもありがとう。ご両親にもお礼を伝えておくれね」
「ん……分かった……。先生と、先生の家族に食べてもらえると私も嬉しいから……どういたしまして……」





 しとしと、しとしと。
 襖の色が黄昏の終わりを告げていた。次いで、止まない雨音が呆れるほど耳に響いて。しん、とした咲月の心に波紋を寄せる。

「先生に……聞きたいこと、ある……」

 そう呟くと、腰を浮かした咲月は楚々と流架の傍らに座した。不意を食らった面持ちでいる彼の片手を取って、両手で包む。

「――ねぇ、先生……ほんとに……痛くない……?」

 貴方の、眠ったままの傷――。

 どんな傷も忘れてゆける。どんな傷にも忘れてはならないことがある。確かな傷、目に見えない傷、流架を“護った”咲月の傷、心を乱して溶かした流架の傷。

 どうせなら、心のままにぶつかってきてくれればいいのに。
 傷ついている貴方も、傷つけた貴方も、どちらも受け入れるのに。でも、貴方はきっと――、

「平気。
 言っただろう? 先生は強いって」

 そう言って、彼は器用に微笑んだ。

「……? あ……そっか…」

 同じ顔をした“答え”が却って腑に落ちて、咲月は上目遣いに流架を見ながら尋ね直す。

「んと……ルカせ……さんは痛くない……?」
「――え?」

 一瞬、流架は記憶を辿るような眼差しを覗かせる。だが、すぐに「……ああ」と、得心した呟きを零した。
 鮮やかな桜に愛しい想いを馳せた蝶と、朱赤に染まる桜に懇願を馳せた鬼の夢路杜。咲月が見た、鼓動を紡ぐ切ない夢であったと認識している。

「どうしてそう思うんだい?」
「だって……先生は先生だけど……先生だけじゃないから……先生は隠すの、上手だから……」
「俺のこと、信じられない?」
「――っ! そんなこと、ない……!」
「俺が孤独を味わうかもしれない、そう思ってる?」
「やっ……やだ、そんなの……そんなこと……私がさせないよ……?」
「俺が逃げたら?」
「追いかける……何処までも……必ず、流架先生も……ルカさんも捕まえる……」

 微かな吐息を纏う笑みが流架の唇から漏れた。そして、眉宇を切なく歪めて縋るように見上げてくる咲月の頭に手を置く。「よしよし」と。

「(……?)」

 おかしい……?
 いつもと違う気がする。頭を撫でる流架の腕が“邪魔”をして、彼の表情を視界に入れられない。流架が求めたものは笑顔の裏に隠されているような――愁いと愛しさの狭間に迷っているかのようで。

「先生……?
 そうだ……先生……あの言葉は、嘘じゃないよ……?」

 彼の温もりに安堵を寄せて、咲月は睫毛を伏せる。

 そう、偽りなどあるはずが無い。
 ただ、思いの丈の真実を捧げた。

 ――私、ね……先生になら首だってなんだって渡すよ……?――

 そっ、と離れた温度に面を上げれば、心を縛るような柔らかい笑みが待っていた。
 互いの眼に宿る、互いの声。

「君の首、本当に俺にくれるのかい?」

 真意を確かめる眼差しと意地の悪い微笑が相俟って、一瞬、咲月はえも言われぬ感情が極まった気がした。

「ん……あげる……」
「君の腕も?」
「うん……」
「足も?」
「いいよ……」
「――じゃあ、此処は?」

 流架は差す。指を彼女の心臓に、視線を彼女の意思に。
 雨の音も、時計の針の音も、鼓動も――全て止まったような錯覚に陥った。

「なんてね? ふふ、ごめん。冗談が過ぎてしまった」

 何かを吹っ切るような唐突さで流架にこざっぱりと言われ、咲月は「う……?」と瞬く。彼女に返答を許さなかった――そんな意図があったような気もする。

「やや、もうこんな時間だ。良かったら夕餉を一緒にどうだい? 君が持ってきてくれた野菜で何か作ろう。帰りは先生が責任を持って君を家まで送るから。ね?」

 壁掛け時計に向けていた首を何気ない傾きで咲月へ戻し、確認をしてくる流架。
 平素通りの、物腰が柔らかい彼だった。それが、咲月のボトルグリーンの瞳には実に“不自然”に映って。

「何がいいかな。煮物は好きかい? それとも、揚げ浸しとかどうだろう。咲月君は何が食べた――、っ」

 掌を膳に、上体の重心をかけて腰を上げようとする流架の腕を、咲月がさっと掴んだ。意想外が浮かんだ彼の面を、眉宇をきりきりと寄せた咲月のやるせない表情が見据える。

「……先生……流架先生……私、嘘は言わない……先生には、言わない……」

 痛切に、訴えた。
 鏡の中の優しい言葉なんていらない。貴方の“嘘”が“真実”でも、行き場が無くなるくらいなら――。

「――……んぅ……?」

 紡ぐ瞬間、彼の人差し指が咲月の唇を制した。

「分かってる。君は嘘をつかない――つけない子だ、俺と違って」

 だけれど、何時か、

「君と同じ色の世界を泳げれば……素敵だろうね」

 咲月の瞳へ“答え”を馳せて、流架は穏やかに笑った。そして、咲月が自信のない解釈をした頃には既に、御勝手に過ぎてゆく彼の後ろ姿だけが映った。










 置き去りにされた嘘。
 どうしていつも貴方は――と、無性に抱き締めたくなる。










「(――……。――、よ……? ――……に、なら……)」

 微笑み置いて、今は隠そう。
 桜に忍ぶ鬼とまた会える、その時まで――。

 雨はまだ、止まない。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ja0156 / 常塚 咲月 / 女 / 21 / 千歳緑に色付く表】
【jz0111 / 藤宮 流架 / 男 / 26 / 翠玉に浸かった裏】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
平素よりお世話になっております。
頂戴する美味しいシーンに毎度ニヤニヤする始末……。今回の物語もとても楽しく執筆させて頂きました。
本当はサブタイトルに「〜らきスケDEドッキリ☆〜」と入れようとしましたトコロ、流架に「殺すよ?」と言われたので止めました。
此度も素敵なご縁とご依頼、誠にありがとうございました!
WTシングルノベル この商品を注文する
愁水 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年12月09日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.