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『萌ゆる夢、昔日の幻 』
イアル・ミラール7523)&茂枝・萌(NPCA019)

1.
 こんなにも温かく、優しい場所があったなんて‥‥。
 茂枝萌(しげえだ・もえ)は愛しい人の腕の中でまどろみながら、幸せな時間を過ごしていた。
 とある高原リゾートホテルの一室。イアル・ミラールの腕の中。
 人と心が通じ合うことが‥‥肌を重ねることがこんなに気持ちのいいことだなんて思わなかった。
 こんなにも温かく、人の息遣いを感じることに安らぎを覚える。穏やかに眠るイアルの寝顔を見て萌は微笑む。もう一度イアルの腕の中で萌は目を瞑る。
 いい夢が見れそうだと思った。

 セピア色の夢だった。
 日本ではない。どこの国なのだろうか?
 萌は石造りの大きな屋敷の中にいた。ぐるりと見渡しても、見覚えはない。満天の星空が見えた。
 夢にしてはやけにリアルだと考えていた萌の横を、ふっと横切った者がいた。
『イアル!?』
 それはイアルだった。薄衣を纏った美しいイアル。けれどその目はどこか虚ろで生気を感じない。
 萌の姿はイアルには見えていないようだった。イアルはそのまま萌の横をすり抜けてとある部屋へと誘われるように迷わず入っていく。萌はそれを追った。
 その部屋にはベッドがあった。イアルはそのベッドに迷うことなく横たわり、誰かを待っているようだった。
 ほどなくしてその誰かはやってきた。豪華な衣装を身に纏った恰幅のよい男性だ。
「ほぅ、イアル。今日も来ていたか」
「はい、王様。今日もご寵愛を承りたく‥‥どうか‥‥」
 白い太ももを見せつけるように、イアルはベッドに寝そべって男性を誘惑する。すると男性はそれに惹かれる様にベッドへと腰を下ろす。
 甘い声を上げ始めるイアルに、萌は顔を背けた。
 こんなの、イアルじゃない。イアルはこんな媚びたことはしない。
 では‥‥なぜ?
 答えは簡単だった。イアルは操られていた。その美しさ故に男性の支配欲を誘い、支配の象徴として翻弄される運命にあった。
 やがて館は火に包まれる。それは反乱だった。王もその一族もろとも滅ぼされ、代わりに反乱を起こした摂政がその国を治めた。
 イアルは摂政の子飼いの錬金術師により、王から支配を断ち切られた。
 だが‥‥。


2.
 錬金術師は命じられた。
『イアル・ミラールを支配の象徴にせよ』
 摂政はイアルをやはり支配の象徴とした。しかし、それは王よりも酷い扱いをイアルに強いた。
 錬金術師はイアルを正気に戻したあと、魔法の水晶玉に吸収した。
『あぁぁぁぁぁぁ!!!』
 吸い込まれるイアルを萌は救うこともできず、ただ見ていた。ここは夢の世界。萌には何もできないのだ。
 やがて、水晶玉はイアルを帆船の船首に変えて吐き出した。航海の無事を願う美しい像に変えて。
「‥‥ひどい」
 萌は触れぬイアルに触れ、その痛みを少しでも取り除きたかった。しかし、触れた瞬間に萌はわかった。
「イアル‥‥あなた、感じているんだね?」
 イアルは返事をしない。けれど、萌には感じた。イアルは見えている。イアルは感じている。イアルは苦しんでいる、と。
 それは、錬金術師の強制した魔法だった。
 イアルは全てを感じていた。ただ、外に出す術を全て封じられていただけだった。
 船首で風雨にさらされ、時に唾を吐きかけられ、時に摂政への不満をぶつけられて尚そこに佇むだけ。どれほどの月日が流れ、苔生してもイアルはそれらの感覚を常に感じ続けるほかなかった。
 長い時間だった。だが、栄枯盛衰である。ある日、摂政と錬金術師は倒された。
 イアルはどうなるのか?
 萌は夢の中で酷いことにならないようにと願った。
 しかし、それは叶わない。これは夢。けれど、現実。
 イアルは船首に残されたまま石像になった。苦悶の表情を残しても余りある美しさを湛えて。
 この表情には見覚えがあった。初めて萌がイアルと出会ったあの日、あの時の船首だ。
 『裸足の王女』
 そう呼ばれた船首。イアルを見つめる萌の横をセピア色の萌が通り過ぎる。美しすぎた石像に、キスをしようとする萌の姿。
 これは夢? これは現実? 誰が見せている?
 船首は無事に取引を終え、その身柄を魔女へと移される。
 魔女はそのイアルに美しさを嫉妬する。そして征服欲に駆られる。手に入れれば絶大な力を及ぼすと魔女の本能が告げるのだ。イアルを己が物にしろと。
 イアルは、それを石像のまま受け入れるしかなかった。
 あまりにも残酷な運命の波にのまれるがまま、イアルはその身を誰かの物にされていくのだ。


3.
 魔女は買い取ったイアルを綺麗にしようとは思わなかった。
 美貌のそれが人間であったこと、今はただ石化しているだけであることも全て知ったうえで生身に戻す。
 魔女にとってイアルを人間に戻すのは造作もない事だった。魔法も進化を続けている。昔に掛けれられた魔法の解呪はあっさりとできた。
 イアルの五感が戻ってくる。石の肌は張りのある若々しい肌に変わる。
 けれど、その異臭は鼻を刺すようにイアルの周りを取り巻く。長い年月でついたコケや汚れの臭い。人間であるならばまず耐えられない。
『あ‥‥あぁぁぁぁぁ!!!!』
 肌をかきむしるように、その臭いから逃れようとイアルは必死にもがく。けれど、そう簡単にとれるものではない。
 のたうち、転げまわるイアルを魔女は嘲笑を持って眺める。
 萌はそれすらも見ているしかできない。助けたいのに、見ているだけしかできない。なんて‥‥なんて辛い事なんだろう。けれどそれ以上に、イアルはなんて過酷な道を歩んできたのだろう‥‥。
 絶望にひれ伏すイアルを魔女はさらに穢し始める。
 肌に爪を立て、無理に開かぬ場所を責め立て、快楽の海に溺れさせる。むしろ、それは海ではない。泥沼だ。二度と這い上がれぬ底なしの沼。
 イアルの涙一粒も魔女にとっては最高の楽しみで、苦痛に歪んでも魔女の与える刺激に身を悶えさせる様は極上の喜びだった。
 快楽の中で、イアルは全ての生気を魔女に吸い取られた。
 そして、イアルの体はレリーフに仕立て上げられてまたどこかへと流れていく。
 運命に流されるまま、ずっとずっと長い時間をかけて‥‥。


「何故こんな夢を‥‥」
 萌は呟く。
 心が痛い。イアルはずっとこんな運命を生きてきたのだろうか?
 私はイアルをこんな風にはしない。私がイアルを守る。ずっとずっと守る。
 美しいイアルの微笑むさまを思いだし、萌は誓う。
 あの笑顔をずっと守るのだと。

 幾星霜の年月を、イアルとずっと過ごしてきただろうか?
 愛ですべてが変わるとは思っていなかった。
 けれど、愛がなければ変わらないと思っていた。
 生身で生きた時間より、石化していた時間の方が長いイアルはまだまだ若い。
 イアルの中に眠る鏡幻龍は、1つの望みをイアルを愛する者に託す。
 願わくば‥‥。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
三咲 都李 クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年12月10日

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