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『あかくてまるい 』
帝神 緋色ja0640


 青い空には雲ひとつなく、絶好の行楽日和。
「流石わたくしたち、お天気までもが味方ですわ!」
 桜井・L・瑞穂は帽子の陰で目を細めた。
 かきあげた艶やかな黒髪が、陽光に黒絹のように煌めく。
 そしていつも通りの優雅な仕草で数歩すすもうとして……僅かに爪先が乱れた。
「瑞穂、大丈夫? ちょっと顔色が悪いんじゃない?」
 興味半分、気遣い半分という様子で帝神 緋色が顔を覗き込んでくる。
 愛くるしい少女のような大きな瞳に心が和む。
 瑞穂は最愛の婚約者に優しく微笑みかけた。
「大丈夫ですわ、緋色。空の青が余りに映えるのでそう見えるのかもしれませんわね」
 そう言って、爽やかな山の空気を胸いっぱいに吸い込む。
 ……うん、かなりましにはなった。

 橘 優希が手袋を外しながら小走りに駆けて来て、やはり瑞穂の顔色を気遣う。
「瑞穂さん、どうかなさいましたか?」
「……大丈夫ですわ、ええ。大丈夫」
 心配顔の優希にも優しく笑みを返した。

 が。
 本音を言うと、実は余り大丈夫ではない。
 というのは、ここに来るのに優希の愛車、優希の運転で来たのだが、当然ながら瑞穂や緋色が乗り慣れている高級車ではない。だがそれはそれで楽しく、最初のうちは半ばアトラクション気分ではしゃいでいた。
 ところが次第に、ドライブは半ばではなく完全にアトラクション状態になっていったのだ。……主に優希の運転によって。
「ゆ、ゆ、優希!? 今、追い抜いた車は、イタリア製のスポーツカーですわよ!?」
「はい! お陰さまでとても爽快です!」
 なんと普段おとなしく万事控え目な優希は、ハンドルを握ると変貌するタイプだったのだ。
 というよりも、運転することが楽しくて仕方がないらしい。
 それが山道に差しかかると、ほとんど安全装置のないジェットコースター。
 ヘアピンカーブには果敢に突っ込み、ゆっくり登る車は対向車線にはみ出して追い抜く。前方から迫る対向車をギリギリでかわし、タイヤを軋ませ、ガードレールすれすれを走りぬける。
「へえ♪ 優希ってば、結構上手なんだね」
 緋色は元々の動じない性格のせいか、あるいは可憐な少女のような見た目であってもやはり男ということか、結構楽しそうだ。
「ありがとうございます、緋色さん! 思ったよりも早く到着しそうですよ!」
 褒められたことで、優希の運転は益々エッジが効いてくる。
 瑞穂はもう悲鳴も出ないぐらいの状態だが、それでも上に立つ者として、自分に仕える者を不用意に咎めてはならないと「やめなさい」の言葉を飲みこんだ。
 何より、こんなことで動揺することは自分自身のプライドが許さない。

 という訳で目的地に着いた頃には、瑞穂ひとりがフラフラだったのである。
(優希は良い子ですけれど、運転手に雇うには一考が必要かもしれませんわね……!)
 瑞穂は額の汗をそっとハンカチでぬぐった。



 駐車場に続く木立を抜けると、甘い香りが漂ってきた。
「わあ、あんなにりんごが!」
 優希の歓声も無理はない。見渡す限りの緑の葉の陰には真っ赤なりんごがたわわに実っていたのだ。
「あっ、足元に注意してくださいね。ぬかるみでおみ足が汚れますよ!」
 緋色はそう言われて立ち止まり、枝を見上げる。大きくて美味しそうなりんごが誘うように生っていた。
「瑞穂、あれ取れるかな?」
「どうかしら? ……わたくしでもちょっと無理ですわね」
 手を伸ばして瑞穂が残念そうに言う。
「まかせてください! 脚立を使いましょう!」
 優希が借りて来た脚立を立てて、よじ登った。
「お気をつけなさい、優希。落としてくだされば受け止めますわ」
「はい、お願いします!」
 優希がハサミを持った手を危なっかしく伸ばし、瑞穂は落下地点で両手を差しのべた。

「準備OKですわ、優希!」
「お願いします!」
 チョキン。
 その時、気まぐれな風が不意に強く吹きぬける。
「うひゃっ?」
「お任せなさい! 緋色の目をつけたりんご、しっかり受け止めて見せますわ!!」
 瑞穂は風向きを瞬時に見定め、回り込む。が、若干目測がずれた。
「きゃっ!?」

 ぼゆん。

 りんごが、瑞穂の豊かなん胸元に当たってジャンプしたのだ。
「ナイスキャッチだね、瑞穂」
 クスッと笑い、緋色が跳ねたりんごを受け止めようと手を伸ばす。
「酷いですわ、緋色。って、ひい、ろ……!?」
「……あれ?」
 緋色がぐらりと姿勢を崩す。木の根に躓いたのだ。
 だが普段通りの表情のままで、冷静に、身体を支えようとしている緋色。
 そこにあるのはりんごではなく、もっと暖かく、弾力のある……
「ひゃぁん♪」
 細い指がしっかりとしがみ付く感触に、思わず瑞穂が声を漏らす。
 その光景と瑞穂の声に、優希が動揺しないはずがない。
「ひゃっ……! あ、え、うわ……!!」
 顔を真っ赤にした優希が脚立の上でバランスを崩し、倒れ込む。
「きゃああああ!?」
「ひゃああああ!?」
 山間に悲鳴がこだました。

 緋色は手だけではなく、顔まで暖かな谷間に埋めてくすくす笑っていた。
「瑞穂、大丈夫?」
「だ、大丈夫な訳、ありませんわ!! 緋色ったら、わざとですの!?」
 緋色の悪戯っぽい声が密着した身体からじかに伝わるようで、瑞穂は声を荒げつつ身を捩る。
「ふふ、どうかな? ああ、優希は大丈夫?」
「だ、だいじょうぶ、です……」
 優希は両手で顔を覆って、瑞穂の足元でぶるぶる震えていた。
「そう。みんなに怪我がないなら良かったよ。りんごも無事みたいだしね」
 緋色は何もなかったかのようにりんごを拾い上げ、愛らしい頬を寄せた。



 散々なりんご狩りだったが、収穫したりんごはどれも美味しそうだ。
「近くの山荘が借りられました!」
 優希が手配した山荘で休憩することになる。
「さっそくお茶受けを用意しますね」
 持ち込んだクーラーボックスを誇らしげに叩く優希。
「僕も手伝うよ」
「はい、お願いします!」
 緋色と優希はキッチンに向かった。
「じゃあわたくしも」
 立ちあがった瑞穂を、緋色が手で制する。
「瑞穂はちょっと疲れてるみたいだから、そこで休んでいてよ」
 こういう気遣いは、本当に有難い。
 気ままなようで緋色は実に周囲をよく見ている。
「……ではお言葉に甘えさせていただきますわ」
 瑞穂は改めて、やはり緋色には叶わないと思うのだ。

 キッチンで優希は手早く材料を広げる。
「何を作るのかな」
「アップルパイを焼こうと思うんです。生地は持参しました!」
「いいね、瑞穂も好きだよ。じゃありんごをカットするのを手伝おうかな」
「申し訳ありません、緋色さんもお疲れではないですか?」
 優希は申し訳ないと思いながらも、緋色と一緒にキッチンに立つのが楽しくて仕方がない。
 そしてやはり、自分が将来仕えるのは緋色と瑞穂以外にいないと改めて思う。


 テラスの瑞穂は、籐製の椅子の上で大きく伸びをする。
「ふう、散々な目に遭いましたわ」
 けれど疲れは不思議と身体に心地良い。
 愛する婚約者と、可愛い従者と。自然の中、心を許した存在とゆっくり過ごす休日は、緊張を強いられる日々の中何よりの慰めだった。
「あら、いい匂いですわね」
 その言葉を待っていたかのように、緋色が入ってきて隣に座った。
「優希がアップルパイを焼いたんだよ。瑞穂も好きでしょ?」
「まあ、素敵ですわ!」
 パッと顔を輝かせる瑞穂に、緋色が満足そうに目を細めた。

「お待たせしました!」
 熱々のパイがテーブルに置かれる。
「有難う、優希。とっても美味しそうですわ」
 優希はその言葉だけで嬉しくなるのだ。動作の端々に、褒められた子犬のように喜びがあふれている。
「すぐに切り分けますね! あ、飲み物も持って来なくちゃ」
 ぱたぱたと走りまわり、手早くあれこれと世話を焼く。
「ふふ、優希ったら。もっとゆっくりでいいよ。でないとまた……」
 緋色の言葉はまるで予言のように。
 優希が振り向いたときに、事件が起きた。
「ミルクはちゃんと人肌に温めましたからね! このとおり、……うわっ!?」
 部屋とテラスの敷居に躓いて、優希の身体が僅かに宙を舞う。
「え?」
「きゃ……!」

 ばしゃーん!
 がたっ、どさり。
 様々な物音が一斉に鳴り、そして静かになった。

「も……申し訳、ありま、せん……!」
 床にうつぶせ大の字で転がった優希が呻いている。
「け、怪我がなくて、何よりですわ」
 頭からミルクをかぶって、自慢の黒髪もお気に入りの水色のチェックのワンピースもびしょびしょになった瑞穂が、それでも気丈にシャンと背筋を伸ばし座っていた。
「アップルパイも無事だからね」
 前髪から雫を垂らして、緋色はアップルパイのお皿を頭上に掲げている。
 咄嗟にこれだけは死守したらしい。
「流石ですわ、緋色」
「本当に申し訳ありませんーーー!!!!」
 泣かんばかりの優希に、緋色と瑞穂は困ったように笑いながら、肩をすくめる。
 ちょっとドジで、でもいつでも一生懸命で。
 誰が優希を嫌いになれるだろう。
「大丈夫だよ。ここのシャワーを借りて、改めてお茶にしようよ」


 苦労の後に、楽しみあり。
 ちょっとところどころが残念な感じになってしまったが、それでも三人で囲むテーブルは素晴らしかった。
「アップルパイもとても美味しいですわ。有難う優希、そして緋色」
 瑞穂が優雅な手つきで銀のフォークを操る。
 秋の日に照らされた白い頬は神々しいばかりで、優希はしばし見とれてしまうのだった。

 そんな瑞穂だったが、内心には少しだけ不安を抱えている。
 幼少の頃より表情をコントロールする訓練を積んでいるので、見た目ではほとんど誰にもわからないだろう。
 だが、僅かに傾きつつある太陽の光を見ているうちに、瑞穂の背中に何かがぞわりと走ったのだ。
(帰りにはまた、あの車に乗らなくてはならないのですわね……!?)

 ふと、緋色と目が合う。
 この瞳の前では、何も隠し事はできない。
 恐らくは、緋色にはすべてお見通しなのだろう。
 悔しいような、けれどちょっと嬉しいような。瑞穂はそんな気持ちを持てあまして、つんと顔を逸らした。
 緋色がいつもの調子で小さく笑う。
「瑞穂ってば、いつでも本当に可愛いね」
「なっ……! 突然、何を言いだしますの!?」
「何って? 思った通りのことを言っただけだよ」
「もうっ、緋色ってば!!」

 澄まし顔の緋色に対して、瑞穂の頬がりんごのようにみるみる赤く染まる。
 それはまるで、山をゆっくりと染めてゆく赤くて丸い夕陽のようでもあって。
 優希にはその赤は、とてもとても幸せな色に思えるのだった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ja0640 / 帝神 緋色 / 男 / 16 / おおむね元凶 】
【 ja0027 / 桜井・L・瑞穂 / 女 / 20 / おおむね被害者 】
【 jb0497 / 橘 優希 / 男 / 19 / 天然走り屋 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、賑やかなりんご狩りの一日になります。
意外な方の意外な一面もあり、お約束のハプニングもありの休日は如何でしたでしょうか。
ご依頼のイメージを損なっておりませんようでしたら幸いです。
またのご依頼、誠に有難うございました!
■イベントシチュエーションノベル■ -
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エリュシオン
2015年12月10日

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