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『胸に咲く花、なんの花 』
シャロン・S・グリーヴka1260


 うららかな日差しの秋の日だった。
 すっかり葉を落とした庭木達は、まるで転寝をしているよう。

 パチン。

 〆垣 師人のハサミが、裸の枝を切り落とした。
 師人はいつも通りの庭仕事を続けながら、目の端を行ったり来たりする金髪の小さな影の様子を伺っていた。
(お嬢は一体何を……?)
 師人がお嬢と呼ぶのはただひとり。雇い主であるグリーヴ家の末っ子、シャロン・S・グリーヴだけである。

 庭師である師人は、仕事熱心だが無骨な男だった。
 自分が人間であることを時々忘れているのではないかと思えるほど、人間との付き合いよりも植物に触れていることを好んでいた。
 だがこのマナーハウスの仕事を任されてからは、人の優しさ、暖かさに触れ、師人の中にも「他人」に対する微かな興味のような物が生まれつつあった。
 その一番の原因が、シャロンである。

 シャロンは家じゅうの者に大切にされている、好奇心旺盛な少女だった。
 愛されて素直に育った娘なので、物怖じしない。
 だから、無口であまり愛想の良くない師人のことも敬遠したりしないのだ。
 師人も初めのうちは面食らって、どう扱えばいいのか困惑した。だが今では質問攻めで仕事を邪魔されることにもすっかり慣れてしまった。

 そのシャロンが、今日は師人につきまとうこともなく、ずっと庭をうろうろと歩き回っているのである。
 たぶん何かを探しているのだろう。
(どうしたものか……)
 庭での探しものなら、隅々まで知っている師人が一番役に立つ。
 それはシャロンもわかっているのだから、用があれば声をかけて来るだろう――そう思って放っておいたのだが、シャロンはずっと歩きまわっている。

 パチン。

 また枝を切り落として、師人は溜息をついた。
 以前の彼なら無視できたかもしれないが、どうにも落ち着かない。
 さりげなく場所を変えるふりをして、金髪の頭が植え込みを回ってくる方へ先回りしてみた。
 思った通り、うつむいて歩くシャロンと鉢合わせになる。
「きゃっ……!」
 余程何かを思い詰めていたのか、ほとんどぶつかりそうになるまでシャロンは気付かなかったようだ。
 だが今度は、師人がぎょっとする番だった。
「師人……」
 師人を見上げるシャロンは、大きな緑の瞳いっぱいに涙を溜めていたのだ。



 内心では大いに動揺しているのだが、師人の表情は一見いつも通りだった。
「どうしました、お嬢。こんな所で」
 シャロンは今にも泣き出しそうに肩を震わせる。
「あのね……あのね、師人……」
 ――勘弁してくれ。
 迷惑というより困惑から、師人は心の底からそう思った。
「あのね、にーさまがおけがなされたの……」
「ああ、そういえば……」
 グリーヴ家はシャロンの上に兄が4人もいる。そのうちのひとりが先日結構な大怪我をしたとかで、屋敷で療養中だということは聞いていた。

「はやくおけががなおるように、わたくし、なにかできることはないかしらとおもって。だからね、おみまいにおすきだっていってたおはなをさしあげようとおもったの」
「花、ですか」
 師人の表情はやはりいつも通りだが、心中には嫌な予感がじわじわと広がりつつあった。
 なんといっても今は時期が悪い。
 暖かいとはいえ晩秋のこと、花らしい花はもう庭には見当たらないのだ。
「そうなの。でもみつからなくて、ずっとさがしてるのよ。しらないかしら?」
 縋るような少女の瞳。
「ねえ、師人はおはなのことならなんでもしっているでしょう? おねがい、おはなをみつけてほしいの!」
「え、と……」

 無理です。

 とは、死んでも言えない状況だった。
 師人は可憐なお願いに、僅かに口元を緩める。
「……わかりました。あるかどうかわかりませんが、俺も探してみます」
「ほんとうに!? ありがとう師人! うれしいわ!」
 花が咲くように明るくなる可愛いお嬢さんの表情とは対照的に、師人の心はどんよりと重くなっていく……。



 落ち葉の山を片付け、師人は溜息をついた。
「参った……」
 お仕えしている家の少女の頼み事とはいえ、ないものはない。
 シャロンは家人から『白薔薇姫』と呼ばれていた。
 というわけで、どの兄にせよ白いバラなら大いに好むだろう。それは分かっているのだが。
「ちょっと時期が遅かった……」
 師人は頭を抱えて座り込んでしまった。
 彼の前には、既に来年の春に向けて綺麗に剪定を終えたバラの枝がずらりと並んでいる。
 あとちょっと前ならば。四季咲きのバラがまだかなり残っていたのだ。
 きっとそれを知っていたから、シャロンも庭中を歩き回っていたのだろう。
 だがバラだって年中咲かせていては弱ってしまう。適当なところで刈りこんで冬を乗り切る体力をつけてこそ、春に最高に美しい花を……。

 等とぐるぐる考えていても仕方がない。
 師人は帽子を取り、空を仰いだ。
「代わりに造花……というわけにもいかんだろうな……あるいはポプリやドライフラワー……」
 色々と考えてみるが、そんなもので代用できるならシャロンだって半泣きで庭を歩きまわったりはしない。
「仕方がない。事情を説明するしかないな」
 立ち上がった師人は、物置小屋に向かった。


 その少し後。
 シャロンは可愛い花束に整えられた、薄い緑がかった白い花を手渡される。
「すみません、お嬢。春になるまでは、これで……」
 帽子を取った師人が生真面目にそう言って、目を伏せた。
「これは?」
「クリスマス・ローズって花です。……ローズしか合ってないんですが、今の時期はもうバラは咲いていなかったんで」
 シャロンは一瞬目を見開き、それから花に顔をうずめるようにしてうつむいた。
「ありがとう、師人。かわいいおはなね」



 シャロンは、控え目にうつむいているような白い花がしおれないうちに、急いで兄の元へ届けた。
 兄はとても喜んでくれた。たぶん、シャロンのお見舞いならなんでも喜んでくれたに違いない。
 そこで嬉しくなったシャロンだったが、兄の部屋を出たところで途端に落ち込んでしまう。
(わたくしったら、師人にむりなおねがいをしてしまったのだわ……)
 師人は自分の頼み事をいつもきいてくれるから。
 師人はなんでもできるから。
 でも、季節をひっくり返すことなんて、誰にもできないのだ。
(どうしましょう。わたくし、師人にごめんなさいをいわなくてはいけないわ)
 シャロンはしょんぼりと自分の部屋へ戻っていった。


 それから暫くは、いつも通りの日々が過ぎて行った。
 いや、お天気がいい日にもシャロンが師人の仕事の邪魔をしに来ないことは、少しいつもと違っていたのだが。

 パチン。

 枝にハサミを入れて、師人が小さく溜息をつく。
(あの花じゃやっぱり駄目だったか……)
 まあ仕方がない。
 せいぜいバラを念入りに手入れして、春にはびっくりするぐらいの綺麗な白バラを咲かせてみせよう。
 そうして仕事に集中していた師人だったが、ふと慣れた気配に気づいて振り向いた。
「お嬢……」
 庭木の陰からシャロンが師人の様子をうかがっている。
「あ、あの……!」
 シャロンは一瞬、逃げ出しそうな様子を見せたが、おずおずと近付いてきた。
 手は後ろに回したままだ。
「えっと……きょうは、きもちのいいおてんきね」
「ああ。そうですね」

 妙な間。

 師人が何か言いかけたところで、シャロンがパッと顔をあげた。
「あのね、あのね師人……ごめんなさいと、ありがとうなのよ!」
 そこで後ろ手に持っていた物を師人の手に押しつけたのだ。
「え? お嬢、その手……」
 師人には何が起きたのかすぐにはわからなかったが、ちらりと見えた白い手に、絆創膏がいっぱいに巻かれていたのが気になったのだ。
 だがそれを聞きだす前に、シャロンはくるっと後ろを振り向き、あっという間にお屋敷に駆けこんで行ってしまった。

 あとに残された師人は、しばらく茫然とするよりなかった。
 我に帰り、手に残されたものを広げてみる。
 白いハンカチだった。隅っこには、花とおぼしきモノが刺繍されている。
「これは……花だな? 白い花びらに黄色い芯……」
 決して上手とは言えない刺繍の花に、師人はふと思いつく。
「まさかこれは……」
 彼の名前と同じ、椿の花ではないか。

 ごめんなさいと、ありがとう。
 あの小さなレディは、自分の「おねがい」が師人にとって大変なことだったと知ったのだろう。
 その後どんなことを思ったのかはわからない。
 けれどお礼とお詫びをひと針ずつに籠めて、半泣きになりながら刺繍する少女の姿を思うと、師人の胸に何かがこみ上げる。

「はは……参ったな……」

 上手い言葉が見つからない。
 きっとシャロンと向き合っていたとしても、そうだろう。

「このお礼は、来年の春で勘弁して下さいよ。お嬢」

 ハンカチを大事に胸のポケットにしまいこみ、師人はバラの手入れを始めるのだった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ka1260 / シャロン・S・グリーヴ / 女 / 10 / やさしい花 】
【 ka2709 / 〆垣 師人 / 男 / 23 / 花を探して 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました。小さなレディと庭師さんの交流エピソードをお届けします。
お花についてはかなり好きに解釈させていただきました。
それぞれの花言葉なども併せて考えてみましたが、お気に召しましたら嬉しいです。
この度のご依頼、誠に有難うございました!
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ファナティックブラッド
2015年12月11日

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