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『囚われの彪 』
彪姫 千代jb0742


 その日、彼の世界から色彩が消えた。
 ただひとつ、胸の内から流れ出る真っ赤な血の色を除いて。

 世界で一番、大好きだった人。
 どんな事があっても味方だと思っていた人。
 絶対に裏切ったりしないと……いや、そもそも自分が誰かに裏切られることなど想像もしなかった。出来なかった。
 世界は優しく善意に満ちて、誰もが自分に好意を抱いていると信じていた。
 裏切りや恐怖、嫌悪など、自分には縁がないものと思っていた。

 けれど、違った。
 そいつは、うそつきだった。
 裏切者だった。



 学園都市、久遠ヶ原。
 その一角にある学生寮の屋根に、彪姫 千代(jb0742)の姿があった。
 陽射しはぽかぽかと温かく、見上げた空は爽やかに青い。
 以前の彼なら、そのままそこに寝転がって気持ちよく昼寝に興じていたことだろう。

 しかし、今は違う。

 薄汚れて濁った空と、弱々しく今にも消えそうな光を放つ冷たい太陽。
 それが今、彼の目に見えている世界だった。

 どこまでも青く明るく澄み渡っていた空も、力強く道を照らしてくれていた太陽も、もうどこにもない。
 世界はただぼんやりと霞んで濁り、そこから染み出してくるカビのような何かが千代の身体にじっとりと絡み付く。

 それを振り払おうともせずに、彼はじっと蹲っていた。
 膝を抱え、フードを目深に被ったまま、呟く。
「消えろ……」
 消えてなくなれ。
 人も、鳥や獣も、自分自身も。
 この世界もろとも、全てなくなってしまえばいい。

 優しくない世界なんか、いらない。
 嫌われ者の自分なんか、いらない。



 ふと耳にした、とある陰口。
 その一言で全てが変わってしまった。
「俺のこと、怖いと思ってたのか? 嫌いだったのか?」
 気付かなかった。
 好かれていると思っていた。
「だって、俺の前じゃずっとニコニコしてたじゃないか」
 騙したのか。
 全部嘘だったのか。
 完全に信じきって、心を許して、疑おうともしない自分を馬鹿にしていたのか。
「大好きだったのに」
 本当にただ純粋に好きだったのに。
 ただ、それだけなのに。
 それは「あいつ」も知っていたはずなのに。
 自分には甘い言葉を言っておきながら、本当は拒絶していたなんて。
 なぜ。
 どうして。
「なんで、そんなことが出来る?」
 そんな残酷なことを。

 嫌いだからか。
 本当は大嫌いだったからか。

 凹んだ時は慰めて、嬉しい時は一緒に喜んでくれた。
 転んだ時には手を差し伸べて、優しく助け起こしてくれた。
 痛くないよと笑ってくれると、本当に痛みが消えていくように感じた。
 なのに……あれは全部、自分を騙すための芝居だったのか。
 まんまと騙された自分を影で嗤っていたのか。

 許さないし、許せない。
 ずっと一生、絶対に。

 嫌いなのに、ニコニコして。
 怖いのに、平気なふりをして。
 騙して、傷付けて。

 あいつだけが、そうなのか。
 それとも……ヒトという生き物は皆そうなのか。

「……俺も、同じなのか?」

 いやだ。
 そんなの、いやだ。

 そんな世界いらない。

 拒絶には拒絶を。
 憎しみには憎しみを。

 恨んで呪って、憎しみで心を満たそう。
 もう誰も信じない、信じられない。
 自分自身さえ。

『 た す け て 』

 心の奥底から微かに聞こえる声に耳を塞ぎ、憎しみの底に沈めて。
 手を差し伸べても、どうせ誰にも届かない。
 届いたとしても、その裏にある醜い顔を知ってしまったから。

 そうではない人も、いるかもしれない。
 けれど、その人はもういない。
 自分のせいで、いられなくなってしまった。
 叫べば聞こえるかもしれない。
 戻って来てくれるかもしれない。
 でも、これ以上の迷惑はかけられないから。

 それに――もし拒絶されたら?
 そんな筈はないと信じたい、けれど。
 無邪気に信じた結果が、これだ。
「もう、信じない」
 信じたいけれど、信じるわけにはいかない。
 最後に残った微かな希望の糸まで絶ち切られたら、もう完全に終わってしまうから。

 だから、知らなくていい。
 知りたくない。

 見えない糸を指に絡め取り、胸に当てる。
 そこからは絶えず、真っ赤な血がどくどくと溢れ出していた。
 憎しみで心を満たしたいのに、いくら注ぎ込んでも一杯にならない。
 それはまるで、穴の開いたバケツに水を溜めようとしているようだった。

 でも、どうすればいい。
 恨みも憎しみも、この穴を塞いではくれない。
 手で押さえても止まらない。
 他の何かを注いでみればいいのだろうか。
「……何を?」
 わからない。
 今の彼にあるのは恨みと憎しみ、怒り、悔しさ、嫌悪感――
 どれも全部、心の中を素通りしてしまう。
 けれど今の千代には、それを流し続けることしか出来なかった。

 からっぽの心が叫び出さないように。
 タスケテの言葉がこぼれ落ちないように。



 胸の傷口から血は流れ続ける。
 全てが崩壊する、その瞬間まで――永遠に。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 jb0742 / 彪姫 千代 / 男性 / 16歳 / ナイトウォーカー 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はご依頼ありがとうございました、お待たせして申し訳ありません。

PC様に何があったのか、事情は何も存じ上げませんが……それを踏まえた上での敢えてのご指名なのだろうと解釈させていただきました。
ですので、詳しい事情は調べておりません。マイページからわかる範囲の情報のみで書かせていただきました。
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エリュシオン
2015年12月14日

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