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『【素月夏祭幻夜〜華火之誓】 』
土岐津 朔(ic0383)&アルバ・D・ポートマン(ic0381)


●炎天の逡巡

 ジージーと休むことなく、煩い蝉の声が降ってくる。
 濃い青の空には白い入道雲が湧き立つも、遠く。
 眩むような日差しが、ジリジリと照りつけていた。
 時折そよぐ風も申し訳程度で、団扇で扇いだ方がずっとマシだろう。
「雨、降りそうにねェな」
 落胆したような、安堵したような、どちらともつかない呟きが、吐く煙と共に縁側にぽつりと落ちる。
 誰に向けた訳でもない、独り言ながら。
「せっかくの大祭だからな。あとは夕立にならなければ、いいが」
 部屋の奥から、やや懸念するような返事が聞こえてきた。
「どっちかってェと、祭りの前に軽くザッと降って、この熱気を冷ましてくれる方を期待したいんだが」
「それは、分からなくもないけど……」
 苦笑とは微妙に違う、微かに柔らかな気配が声色へ混ざる。
 半身を捻り、眼鏡越しに相棒を窺えば、端正な横顔には汗の玉一つも浮かんでいない。
「朔ちゃん……そんな涼しい顔で言われても、なァ」
「え? そうかな」
 着物を整えた土岐津 朔(ic0383)は最後に首飾りの石――透き通るような水色をした雫形の宝石をそっと襟の狭間に収め、縁側へ小首を傾げた。
「暑いのは、アルバと変わらないと思うよ」
 苦手な陽光を避け、紫煙をくゆらせるジルベリアの青年の姿は、何故か悠然と涼む猫を彷彿とさせ。
「……朔ちゃん?」
 案じるアルバ・D・ポートマン(ic0381)の声に、瞬間の夢想から引き戻された。
「ぼーっとするほど暑いなら、無理しない方がいいんじゃねェ?」
「いや。ぼーっとは……少しは、していたかもしれないけど。変な話、何か家に馴染んだっていう感じが、急に」
 日陰の縁側で寛ぐ『相棒』と、その先に広がる濃い陰影で描かれた風景に目を細める。

『最終決戦』の後、アルバと共に居を移してから、三年が過ぎた。
 新しい家、新しい環境では季節も慌ただしく過ぎ、新たな人付き合いも増えた。
 近くにある神社の境内に弓道場を見つけ、腕が鈍らぬよう隅を借りて修練に励んでいれば。腕を見込んだ道場主に請われ、今ではそこの師範を勤めている。
 ――新しい『先生』は、実に教え方が上手い。
 朔の知らぬうち、門下生の間ではそんな評判が立ち、練習風景を見学に来た神職から「神楽を舞ってみないか」と誘われたのが、去年の初夏。
 神社には神楽を舞える巫女が少なく、神事の際に難儀している……そう打ち明けられ、巫女の生業など知らぬものの困っているならと、断りを入れてから承諾した。
 いざ蓋を開けてみれば、件のそれは『夏の大祭』で奉納するための神楽。
 任された以上は辞する気もなく、一心に大役を務め上げ。
 無事に終わって安堵したところで、感嘆した神職から「来年も是非に」と頭を下げられた。
 特に断る理由もなく、境内の弓道場で世話になっている恩もある。
 それに……。

「皆も楽しみにしているし、引き受けた以上はなぁ」
「朔ちゃんが平気ってんなら、止めねェけど。無理はナシでな?」
「そっちこそ。炎天下で立ち往生しても、今日は拾ってやれねぇぜ」
「とか言っといて、俺の身を案じるあまり、肝心の舞を失敗すんじゃねェぞ」
 相手への気遣いと、心配させまいとする意地と。
 返す言葉は重ねるに従って茶化し合いへと変わり、最後には顔を見合わせ、互いに吹き出した。
「そろそろ、出ないと」
 整えるように朔は着物の襟へ手をやってから立ち上がり、弓立てから袋に納めた弓を取る。
「後でな」
 弓袋を手に玄関へ向かう背へ、腰を降ろしたままでアルバが声をかけた。
 外へ出れば目も眩むような日差しに、青い瞳を細め。
 蝉時雨の下、通りに抜ける小道を弓術師の青年は歩き出す。


   ○


 一人きりになった途端、家はにわかにガランとし、奇妙なほど静かで広く感じる。
「さて、と」
 あえて声を出して灰皿へ煙草を押し付け、支度をするためアルバは腰を上げた。
 彼の私物を納めたクローゼットの、あまり使わない引き出しの奥へゴソゴソと手を入れる。
 目当てのモノはすぐに見つかり、引っ張り出した手を開いてソレを確認し。
 改めて両手で包み込み、祈るように赤い瞳をしばし伏せた。
 それから目に付く場所へ――忘れることなぞ毛頭ないのだが、念のため――置き、今夜の祭に備えて着替え始める。
 身支度を終えると、置いた物を忘れず手に取り。
 一度は袂に仕舞いかけるも手を止め、懐へ納め直した。
 ふと目にした鏡に映り込む男の表情は、過去にまみえた強敵の、いずれを前にした時よりも緊張を帯びている。
 気付いたアルバは胸に手を置いたまま、深呼吸をした。
 改めて気合を入れ直し、玄関に揃えられた草履を引っ掛ける。
 そして地面に落ちた濃い影を選びながら、神社への道を急いだ。


●ハレの日

 面や風車を飾る店、飴や甘酒を売る店、酒や天麩羅を出す店、かんざしや紅など並べた店……この町内でも大きな神社での夏祭とあって、参道では昼間から土産物や食べ物を売る露店が軒を連ねている。
 その先、鳥居をくぐった広い境内には付近に住む人々が集っていた。
 清めの儀礼を終えた神職らが開式を告げ、参列者全員が一拝した後、本殿の御扉を開扉する。
 数人の巫女らがお供え物をのせた十台ほどの三方を次々と手送りし、顕われた御神体の前に供え、神主が朗々と祝詞を奏上する。
 やがて荘厳な雅楽の音が響き、神楽舞台に巫女たちが現れた。
 鈴を掲げた巫女らは左右に分かれ、控える様に腰を落とし。
 最後に碧と金の衣装を纏い、狐の面と弓を手に朔が中央へ進み出る。
 奏でる神楽にシャンと鈴が鳴り、緩やかに朔は弓をかざす。
 大勢の参列者がいるにもかかわらず、境内はシンと静まり返り。
 舞い手の一挙一動に、誰もが視線を奪われていた。
(……やっぱり、美人だ)
 遠目でも、眉目秀麗の艶やかさは変わらず。
 本殿から離れた木の傍らで、相方の『晴れ舞台』を眺めるアルバの顔が自然とにやけるのも致し方ない。
 同時に、無事に神楽を舞う姿に安堵して、胸を撫で下ろす。
 見守る視線に気づいたか、向こうも探していたのか。

 不意に、目が合った。

 サングラスをかけた彼を木陰に見つけ、表情が和らぐ。
 陽の光に弱いアルバにとって、夏の陽射しは「暑い」だけで済まないだろうが。
 こうして足を運び、神楽を見に来てくれた……それが、ただただ嬉しい。
 そこに居てくれること、舞える舞台があること、この場この時に到るまでの様々な出来事と縁に感謝しながら、朔は神楽を奉ずる。
 ささやかな平穏が続くよう、祈りを込め――。

 たおやかな指が弓の弦を引き鳴らし、邪気を祓う。
 そして集う人々の上に、涼やかな鈴の音がシャラシャラと降り注いだ。

 神楽の後は、榊の小枝に紙垂をつけた玉串を神主が奉奠する。
 御神体の前に供えた供物が下げられ、本殿の御扉は閉じられた。
 続いて神主が閉式を告げれば、張り詰めた境内の空気がにわかに緩む。
 ここからは、人が祭に興じる番。
 気付けば陽は西へ傾き、空も茜の色に染まっていた。


   ○


『見物場所』から動かず、境内から参道へ三々五々散っていく人々を眺めていると。
「アルバ!」
 藍色の浴衣の裾を乱さぬ程度の急ぎ足で、朔が駆け寄ってくる。
 待ち合わせ場所は、あらかじめ示し合わせていなかった。にも拘らず真っ直ぐやってきたということは、やはり舞台上からアルバを見つけていたらしい。
「神楽の着物のままでも、よかったのにさ」
「目立ち過ぎるし、暑いだろ。せっかくアルバも、浴衣なんだから」
 冗談のつもりが普通に返され、くっくと笑うアルバ。
 相手の様子に朔もからかわれたことを悟り、悔しげに上目遣いで軽く彼を睨んだ。
 その頭へ、ぽむりと手が乗せられ。
「演舞、綺麗だった」
「……うん」
 撫でる手とねぎらいの言葉で拗ねる気力も削がれ、こくりと朔は首肯する。
「夜になる前に、屋台で腹ごしらえでもするか。無事に大役を果たした御褒美だ、好きなのを買っていいからな」
「なにそれ、子供じゃねぇって。それに、屋台を気にしてんのはアルバの方だろ」
「そりゃあ待ってる間ずっと、いい匂いが漂ってくるもんだからさァ」
 そうして長くなった影を踏みつつ、賑わう参道へ向かう。

「ああ、ほら。金魚すくいがある。あっちは果実飴売ってるけど、アルバも食べねぇ?」
 色々と気になるものが目に入るたびに誘う朔は、本当に楽しそうで。
 中でも時おり見せる子供のような笑顔が、出会った頃と比べれば随分と棘が抜けたというか、何と言うか。
「俺はそっちの串焼きで、一杯ひっかけてェが」
 だから、そんな返事をしながらも、アルバの視線は露店の食べ物より相棒の表情に囚われている方が長かった。
 ひとしきり露店を巡って冷やかした朔が、トンと数歩先に進んで振り返る。
 反射的にアルバは浴衣の懐辺りに手をやり、そんな仕草を朔は気にせず、改めて彼を頭の天辺から足先までを『観察』した。
「……変か?」
「いや。ちゃんと着れたんだなぁ、浴衣」
「当然だろ。俺の記憶力、舐めんじゃねェ」
「つまり……人の着替えを盗み見てたって訳だ」
「何だよ、その語弊のある解釈はっ」
 幾らか棘は抜けても口の悪さは変わらないと、心の内でアルバは前言撤回。
 やり返した朔はくつくつ笑いながら喧騒を離れ、人気のない川原の方へと歩いていく。
「朔ちゃん、気をつけろ。そっちは暗いぞ」
 先を行く背中にアルバが声をかけ、サングラスを外した。
「平気だよ。じきに明るくなるからさ」
 だが遅い残照も既に消え、夜の闇が降り始めている。
「……俺が、連れ出すつもりだったんだけどなァ」
 いつも、そうだ。
 戦いの場でも先陣を切るのは自分の役で、弓を扱う朔が彼の背中を守っていた。
 もちろん、時には互いに背を預けあう時もあった。
 けれどもこんな風に相棒の後ろを歩く機会は、あまりなかったように思う。
 背を見つめるアルバの胸に去来するのは道を委ねる信頼と、見えぬ先の危険に対する不安。
 もしかすると朔はいつも、こんな風に自分の背を見守っていたのかもしれない……。
 沈む思考を遮るように、ふわりと微かな光が過ぎった。
 目を凝らせば、草陰でぽつりぽつりと光点が舞う。
「蛍、まだ飛んでるのか」
「遅れ蛍だよ。この辺りなら見れるって聞いたから、探したんだ」
 せせらぎの音と、漂う儚い光の上で。
 何の前触れもなく空の一角が明るく光り、僅かに遅れて重い振動が腹に響く。
 見上げた先では一輪の火の花が夜空で広がり、散っていった。
 人寄せの花火が上がると、夏祭りのクライマックスも近い。
「アルバ、ここにしよう」
 短い光の狭間で手招きをする朔は川縁に腰掛け、流れる水に素足をひたしていた。
 隣に座って靴を脱ぎ、同じように足へ川につけると、蒸し暑さも幾らかマシに思える。
 ほっとひと息つく視線の先で、数匹の蛍が飛び交い。
 淡い光をかき消すように、再び単発の花火が上がった。
 轟く音と共に夜空を照らす光は水面にも反射し、ゆらゆらと瞬く。
「綺麗だな」
「うん、本当に。神社の近くや橋だと見物客が多くて、ゆっくり出来なかったよな」
「一時は、どこへ連れて行かれるかと思ったが」
「もしかして、アヤカシが俺に化けて、誑かそうとしているかも……とか、考えてた?」
「あー、それはねェ。それに、俺が朔ちゃんを間違える筈がないだろ」
 アルバの即答に、朔が笑んだ。
 それは賑わう祭の喧騒で垣間見た、子供のような無邪気さを帯びた笑みではなく。
「……アルバ」
 短い沈黙の後、呼んだ名前は自分でも分かるくらい強張っていた。
 いつになく緊張した朔を気遣ってか、無言でアルバは次の言葉を待つ。
「今までは、お互いの背中を預けて闘ってきたけどさ。その闘いも、もう終わったし……」
 言葉を切り、水面を見つめていた視線を隣へ向ければ。
 蛍火の中、案じる赤い瞳が彼をじっと捉えていた。
 途端に鼓動が跳ね、それを抑えるように胸へやった手は、知らずと首から提げたブルードロップを握る。
 想いを伝え、表へ出すことへの不安は、ある。
 でもいつの間にか、自分が見る風景の中に彼がいることが当たり前になっていた。
 数年前に道場前で拾った、『行き倒れ』。
 当人は「絶賛恩返し中」とはうそぶくものの、いずれ『恩返し』が終わり、自分の前から消えてしまうかも知れない。
 それを思うと、どうしようもなく胸が騒いだ。
 今は、自分にとっての唯一の特別な存在――だからこそ。
「……隣を歩かせてよ、お前の」
 驚いたように、赤い瞳が僅かに見開いた。
「朔……」
 名を口にすると視線を彷徨わせ、言い出しにくそうに、もごもごと口の中で何かを呟き。
 意を決して、言葉にしようとした瞬間。

 ドン、ドドンッ!

 今までの比にならない程の振動と光を伴い、いくつもの花火が空に上がった。
 不意を突かれた二人は、次々に空を彩る花火を茫然と眺める。
「なんか……緊張感、粉砕されちまったなァ」
 大きく息を吐き、肩を落としたアルバが髪を掻きあげた。
「けど、ちょうどいいか」
 ただ何かが吹っ切れた様子に、黙って朔は続きを待つ。
 そんな彼へ、真剣な表情で大きく頷いてから。
「……これからも、だ。一緒に居て貰えねえか」
 花火の音で消されるより先に、ひと息でアルバがはっきりと告げた。
 無言のまま頷き返した朔は、それまでずっと自分が息を詰めていたことに気付く。
 緊張が解けると共に青い雫を握る力が緩み、スッと手を伸ばす。
「約束」
 差し伸べられた手を前にアルバは浴衣の懐を探り、小さな箱を取り出した。
 それから朔の手を取って、もう片方の手を重ねる。
「ああ、約束だ」
 何かが触れる感触を覚え、解放された手を朔は闇にかざし、目を凝らす。
 また、花火が夜空で閃き――鮮やかな光を受け、指にはめられた指輪が煌めいた。
「……ア、ルバ……これ、って……」
「俺にとっては、さ。命の恩人で相棒で、幾多の戦を一緒に乗り越えてきた、大切な人だから。こうしてきちんとした形にするのは、初めてだよな……受け取ってくれるか、朔?」
 ――喜んでもらえるだろうか?
 そんなことを気にしても仕方がないと自分に言い聞かせても、ずっとわだかまっていたアルバの懸念は、嬉しげな笑みによって一瞬で打ち砕かれた。
「有難う……大事に、する」
 この先もずっと、肩を並べて、隣に――。

 束の間、夜空で瞬いた色とりどりの花火は、二人きりの約束を刻むかの如く、感慨を胸に残して消え去り。
 戻ってきた静寂の中、夏を惜しむ蛍火だけが舞う。
「また来年も、ここで花火を見れねぇかな」
「一緒にな」
 いつもの様に言葉を交わしながら二つの影は肩を寄せ合い、夜道を辿る。
 夏祭りの終幕を待って、空に昇った月の灯りを頼りに。
 共に暮らす、我が家への家路を。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【PCID / 名前 / 性別 / 外見年齢 / 種族 / クラス】

【ic0383/土岐津 朔/男/25/人間/弓術師】
【ic0381/アルバ・D・ポートマン/男/24/人間/サムライ】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 大変長らく、お待たせしてしまいました。ご依頼いただいた「野生のパーティノベル」を、お届け致します。夏のノベルが冬のお届けとなってしまい、申し訳ありません……!
 もしキャラクターの描写を含め、思っていたイメージと違うようでしたら、申し訳ありません。その際にはお手数をかけますが、遠慮なくリテイクをお願いします。
 このたびはノベルの発注、誠にありがとうございました。
 お届けが大変遅くなってしまったこと、重ねてお詫び申し上げます。
(担当ライター:風華弓弦)
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舵天照 -DTS-
2015年12月14日

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