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『秋の夜は、長く 』
雪代 誠二郎jb5808)&風羽 千尋ja8222


 事の起源は、遥か西洋の宗教行事であったとか。
 『然るべき本来』の姿が『携わる者たち』によって変化してゆくなんて、往々にしてあることだ。
 秋の深まる夜のこと。
 今日は、世にいうハロウィンという奴らしい。




 窓の外、闇夜に揺れる枝の音。
 古めかしい館にお誂え向きの、ゴーストナイト。ハロウィンの夜。
 寮生たちは仮装して友人の部屋を訪問し、楽しげに笑う。
 賑やかだ――賑やかなのに。喧噪に消えてしまいそうな風の音が、風羽 千尋の胸に緊張を呼び掛けていた。
(いや……別に。行事だし)
 誰だってやっている。楽しんでいる。不自然なことなんてない。だから、緊張する必要だってない。
 ただ、あの人はどうだろう。
 こういったイベントごとを、楽しむだろうか。鼻で笑うだろうか。弁舌巧みに事の由来を語っては煙に巻くだろうか。

 ――少年も暇だなあ

 いつかの夏の、あの人の声が甦る。あの時のように、呆れるだろうか。
 低く透る声も、スラリとした長身も、千尋にはない。
 色素が薄く、西洋の磁器人形のような印象を与える顔立ちに紳士の如き物腰だというのに、口を開けば舌先三寸口八丁。
 どこまでが真意で、どこからが戯れともつかない彼の存在が、千尋は気になって仕方がなかった。
 尊敬?
 憧れ?
 親しみ?
 ……いずれの言葉も、どうもしっくりこない。
 いつの間にか、その存在を目で追っていた。その声に耳をそばだてた。
 何事かを問いかけ、その返答に緊張した。
 笑ってくれると、胸のずっとずっと奥が疼くような気がした。
 その表情のまま近くの女性へと振り向くと、違う疼きが走るようになったのは、いつからだろう?
(どうしてだろう)
 答えは見えているような気がする。認めたくない気がする。
 だって、相手は雪代 誠二郎なのだ。
 ひと回り以上も年上。経歴不詳で、話の内容の8割は虚言ではなかろうかと思うことだって。
(なのに)
 問いに答えを求めたところで見当たらないのが、既に答えなのかもしれない。
 赤らむ頬を擦り、千尋はハロウィンで賑わう寮の廊下を進んだ。
 彼の人の部屋へと。




 長い睫毛が誠二郎の目元に影を落とす。
 図書館で見つけた書は思いのほか興味深く、珍しく昼夜を通して読み耽っていた。
 秋らしいといえば、秋らしい。
 地獄のような夏が終わり、こうして自室で読書に集中できるようになるとは目出度き事哉。
 だから、彼は気づいていなかった。
 いつになく寮内が浮足立っていたこと。廊下から漏れ聞こえる声。

「トリックオアトリート! 雪代さん、居る?」

 耳に馴染んだ少年の声とともに、ドアがノックされるまでは。


 誠二郎が書物の世界から現実世界へと引き戻されるのに、二秒ほど。
 紐栞を挟んで本を閉じ、ゆるりとソファから腰を上げる。
「嗚呼、少年か。眠る時間じゃないのかい」
「まだ9時だよ! 小学生じゃないってば!!」
「冗談だ」
 ドアを開けてやれば、想像通りに頬を膨らましこちらを見上げる大きな瞳。千尋だ。
 一杯一杯に威嚇をする猫のよう。
「えっ、わ、……わわわ!?」
「お菓子が欲しいんだろう、少年?」
 そんな少年猫の手元に、どさどさどさと駄菓子の雨が降る。吃驚し、千尋は慌ててそれらを受け止める。
「駄菓子屋で物珍しくて買ったはいいが、思えば俺が好んで食べる部類じゃない」
「ていのいい押し付けかよ……!!」
「きっと美味しい。味見はしていないがね。茶を淹れよう、食べて行き給え」
「えっ」
「うん?」
「……あがっていいの?」
「其処で立ったまま茶を飲みたいというのなら、尊重するが」
「…………おじゃまします」
 今度は借りてきた猫か。見飽きないものだと、誠二郎は喉を鳴らして笑った。

 ひと回り以上も年下。詳細は知らないが、きっとごく一般的な人生を歩んできた少年。
 口調は乱暴だが目上は立てるし、根は素直だ。揶揄えば、面白いように噛付いてくる。
 彼が何くれとなく誠二郎を訪ねるようになったのは、声を掛けるようになったのは、さて何が切っ掛けだったろう。
 何が楽しくて……
(嗚呼。そういえば……最近は、よく顔を見るようになった)
 窓の外には、風の音。
 ふと、誠二郎は雨の降る初夏を思い出していた。
 薄暗い朝。
 何くれとなく訪れた千尋と、何を話すでなく本を読んだ日のこと。
 切っ掛けがあるとしたなら……その頃辺りだろうか?
「今日はハロウィンだったか。失念していたよ。他の部屋も廻って来たのかい?」
「ううん、雪代さんがはじめてのひと」
 先ほどまで誠二郎がいたソファに体を沈め、千尋は駄菓子の一つを手に取った。
「それで、さいごのひとかな。こんなにお菓子を貰ったら、どこにも行けないよ」
 どれだけ買い込んだの。
 少年は屈託なく笑い、ラムネ菓子を口に放り込んだ。
 美味しいのに、勿体無い。
 そういって、やはり笑うのだった。




 同じ寮に住んでいる。
 それ以外に、二人の共通点は少ない。
 校舎こそ同じ大学部だが、学年があまりにも離れている。
 構内で会うより、寮の方が確実だ。
 誠二郎が茶の支度をする、湯が沸くまでの間。雨垂れのように、会話はぽつりぽつりと心もとなく交わされる。
 沈黙が訪れると、心なしか少年の視線を背に感じるようになった。
 物珍しいものを置いている部屋で無し、他に見るものもないのか。
 否、テレビくらいはある。あの日のように、好きに電源を入れたってかまわないだろうに。
 足元。腰。背。うなじ。
 じりじり、じりじり、焼けるような眼差しは……気のせいだろうか。
 さりげない動作で振り向けば、仰々しい動作で顔を逸らしているから、気のせいではないのだろう。
 可笑しな服装をしているつもりはない。それに何かあれば、鬼の首を取ったかのように指摘して来るだろう。
「……少年」
 折れたのは、誠二郎だった。
 微妙な空気だと思うなら、崩してしまえばいい。
「そういえば、夏の間に件の人とはどこかに行ったのかね」
「え? ……」

 ――少年には『そういう人』はいるのかい

 そんな会話をしたのも、あの雨の日だった。
 今年の夏は寮のエアコンが壊れてしまって、誠二郎はほとんど自室に寄りつかなかった。
 たった一度、千尋を連れて馴染みの喫茶店へ行ったくらいか。それ以外の、少年の動向は知らない。
 軽く突いただけで慌てふためくような、淡い可愛らしい恋をしているのだろうと思う。
 幼い顔立ちからついつい『少年』などと呼びかけているが、彼も大学生だ。流石に初恋ということはないだろうが……
「えー、あー、喫茶店行ってきたよ、二人で」
「ほう」
 明るい色の髪をかきむしり、深く項垂れ、それからゆっくりと体を起こし、ソファとセットになっているクッションを抱きしめながら、視線だけは横に逸らして少年は話し始めた。
「その人の馴染みの店で、店の雰囲気がよく似合ってて」
 相手は、年上だろうか。
 何の気なしに、誠二郎は考える。
 彼らの年頃で『喫茶店』という選択は珍しい気がする。自分は、よく行くけれど。
「…………煙草を吸う仕草が様になってて……、綺麗だった」
 やや間を置いて、腹の底から吐き出すように千尋は告げる。そのまま、クッションへ顔をうずめた。恥じらいからか、うなじが赤くなっている。
「……ふうん」
 煙草を吸う、年上の女性。行きつけの喫茶店。――と、少年。
 誠二郎は想像し、違和感を覚えて首をかしげる。
(其れは俺だな?)
 女ではないが、千尋はそもそも女性だとは一言もいっていない。
 寮のエアコンが壊れた最初の日の事を、少年もまた思い出して引き合いにしたのだろう。
 ――余程、気恥ずかしくて冗談で誤魔化したかったのか。
 なんと微笑ましいことか。
「其れは、美しい経験だったね。憧れは美しいが、少年はまだ煙草はよしておき給え」
「そういうんじゃないし!!」
 むきになって顔を上げる、その表情は誠二郎が知るいつもの千尋だった。




(気づかれたら、どうしよう)
 どう、するのだろう。自分は。
 クッションを抱きしめる千尋の腕に力がこもる。
 誠二郎に話を振られた時にこそ、ようやく千尋は自身の感情の名前に気づいた。
 だからといって、なにができるわけでもない。
 無意識のうちに後姿を目で追っていたことを、不自然に思われたのだろうか。
 だから、揺さぶるように聞いてきたのだろうか。
 どう答えるのが正解か迷いながら、しかし千尋は咄嗟に嘘を吐けるほど器用じゃない。誠二郎とは違うのだ。
 少しずつぼかしながら打ち明けた胸の裡。
 吐き出してから、こわごわと顔を上げれば……何事もなかったかのようなリアクション。
(別の誰かの話だと思ってる? それとも、これも演技?)
 表向きとしては、気づかれなかった……。安心したような、何処か残念なような。複雑な感情が、入り混じる。

「お菓子はやったろ、悪戯はなしだ」

 千尋の思考を、柔らかな声が遮断する。ティーカップを運んでくる誠二郎の表情は優しいもので。
 冗談めかした誠二郎の言葉で、それまでの話は軽く流された。
(今は騙されておいても良いかな……)
 片や誠二郎は騙されていて、くれるだろうか。
 いつか気づいてほしいような、きちんと自分から伝えたいような…… むずがゆさを心の奥底に沈めて、千尋は暖かなカップを受け取った。


 『然るべき本来』の姿が『携わる者たち』によって変化してゆくなんて、往々にしてあることだ。
 たとえば、ささやかな感情。名前のない関係。長い長い時を経て、予想もしなかった方向へ進むかもしれない。
 そんな予感を孕む、秋の深まる夜のこと。




【秋の夜は、長く 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 jb5808 /雪代 誠二郎 / 男 / 35歳  /インフィルトレイター】
【 ja8222 / 風羽 千尋 / 男 / 16歳  /アストラルヴァンガード】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
ゆっくりゆっくり、変化してゆくお話。お届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
ゴーストタウンのノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年12月17日

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