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『黒水晶の叫び 』
ファルス・ティレイラ3733

 ティレイラのところにやってきた新たな依頼は、美術館の館長からのものだった。館長が運営している美術館で今、美術品が荒らされ、盗まれるという被害があるらしく、犯人を捕獲してほしいという依頼だった。オーダーメイドスーツを着こなした初老の紳士である館長は、依頼が成功した暁には通常の報酬の3倍を払うと約束してくれた。時価数百万の壺や指輪が被害にあっており、それぐらいの報酬を出して然るべき相手だという。館長はティレイラが10代の若者であることに不安そうだったが、ティレイラは持ち前の明るい営業トークを発揮し、依頼を受ける方向に話を進めた。だって、高額の依頼なんだから成功したら、新しい服や美味しい食べ物がたくさん買えるんだもん―――。
 美術館が閉館し、学芸員が帰宅した後の、静けさに包まれた深夜2時。事前に館長から防犯カメラに午前2時半に人影のようなものが映っていたことがあった、という情報を得ていたので、少し前にティレイラは美術館の前に来ていた。美術館の入り口のインターフォンを鳴らし、守衛室にいる警備員に入り口の鍵を開けてもらい、中に入った。
 美術館内を歩いてみると、壺や絵画の他に、食器や調理器具などの生活必需品、古びた書籍などが展示してあった。展示品のテーマは中世ヨーロッパを生きた魔女たちらしい。盗み荒らされる被害にあってから展示品はレプリカか、多く流通しているため価値の低い物しか展示していないようだ。それでも好奇心旺盛な性格だからかティレイラは犯人を捜しがてら館内を散策した。しかし無個性な壺やどこにでもありそうな生活必需品の数々の中に興味を引く物はなかった。
「せっかく魔女がテーマなら、もっと面白い物があってもいいのになぁ」
「ネー。ピンクとか水色のかわいい珠とか、若返りの薬を作ったときの壺とか、あっ、あとね、魔物を呼び出すふしぎな壺! 前まであったけど、みーんな、無くなっちゃった」
 ティレイラは真横から声がして、背筋がぞっとした。
 ゆっくり振り向くと、大きな毛糸の帽子を被った背の低い小さな女の子がニコニコ笑っていた。
「えっ、えっとね。あなたは誰?」
「チュチュ! お姉ちゃん、一緒にあそぼ? ひまなのー」
 ここは美術館で、鍵を開けてもらわないと入れなくて、防犯カメラとブザーが24時間起動してるくらい防犯システムが完備されているところで―――なんでこんな小さい子が夜中にいるの? もしかして犯人? でも小さい子だよ? でもでもだって、こんな可愛い子が―――
 ティレイラの頭の中で色々な考えがぐるぐると回っていた。そんなことお構いなしに、チュチュはティレイラの周りをぐるぐる楽しそうに踊りながら回っていた。回りながらティレイラに構ってほしそうに手をパタパタと動かしていた。その手には小さい子には不釣り合いなくらい大きな宝石の付いた指輪がはめられていた。
「鬼ごっこ! 鬼ごっこしようね! お姉ちゃん鬼だから! じゃあ!」
「ちょっと、待って! チュチュちゃんは美術品を壊したり、盗んだりする犯人、だよね」
 ティレイラは意を決して尋ねてみた。指輪のことや、警備員以外いないはずの真夜中の美術館内に突然現れた女の子はやっぱり怪しい。
「えっとね、ここに壺があるでしょ。これをね、ほら、ポーン!」
 傍に展示してあった先ほど無個性と言った壺をチュチュは手に取ると、ティレイラに向かって投げつけた。咄嗟に翼を広げて回避したティレイラの額から汗が流れていた。その様子にチュチュは声を上げて喜んでいた。壺は粉々に割れていた。
「お姉ちゃん、翼! すごい! 壺投げるより楽しい! 翼のお姉ちゃんと鬼ごっこ! チュチュ捕まらないよ!」
 脱兎のごとく駆けていったチュチュに向かってティレイラは足を踏み込み、翼を大きく羽ばたかせた。大きく広げた翼や浮き上がった体は美術品にぶつかりそうだったが、強引に突き進んだ。あっという間にチュチュに追いついたティレイラはチュチュの小さな体を抱きかかえるようにして捕まえた。捕まったチュチュは少しも悔しそうな表情もなくニコニコしていた。
「さあ、これから守衛室に行くよ。美術品を盗み荒らす犯人を捕まえたって言いに行かなきゃ♪」
 上機嫌でティレイラはぎゅっとチュチュの体を抱きかかえていたが、何か体に当たる異物感に気づいた。よく見るとチュチュの臀部からコウモリのような黒い尻尾が生えている。もしかしてと思い毛糸の帽子を取ると、頭からヤギのような角が生えていた。
「え! 魔物?!」
 チュチュはニコニコ笑っていた。
「まものー。チュチュはねー、魔物だよ? もう無いけど、チュチュは壺といっしょに来たのー。もっとあそぼ、お姉ちゃん」
 腕に柔らかい物がぶつかる感触がしたと思ったら、目の前に膜が広がっていっていた。先ほどの柔らかさはなく、膜に触れると固い。抵抗する間もなく、ティレイラの体は大きな球状の膜に覆われてしまった。
「チュチュちゃん、出して!」
「イヤー。チュチュね、この封印の魔法玉でね、さっき壊れちゃった壺の代わり、ほしぃ」
 壺の代わり――先ほど粉々に割れていた壺のことを思い出した。
「こんな膜なんかに負けないよ! 小さい女の子だからって、手加減しないんだから!」
 大きな球状の膜の中で魔法を発動させようと、手を前へビシッと突き出した。
 その様子を見たチュチュはとても嬉しそうにはしゃいでいた。
「お姉ちゃんかっこいい! すごい! こんなオブジェほしぃ」
 チュチュが大きく両手を伸ばしてから下げると、先ほどまで大きかった球状の膜はみるみるうちに小さくなっていった。まるで萎む風船の中に入れられた人のようにティレイラの顔や翼、尻尾に至るまで身体中に魔法の膜が張り付いていった。慌てて、もがこうとしたが指すら動かせず、身体がまったく動かなくなってしまった。身体中を覆った膜はやがて、ティレイラの美しい漆黒の髪よりも深く黒い光沢が現れ、ティレイラを黒水晶の像のように封印した。
「つばさ、しっぽ。お姉ちゃんは竜族なのかな〜♪」
 チュチュはティレイラの身体を手でぺたぺたと触っていた。ぎゅっと抱きついたり、頬をすりすりしてみたり、まるでお気に入りのぬいぐるみのように接していた。
「チュチュの魔法すごい、お姉ちゃんを像にした」
 自画自賛してから、黒水晶の冷たく心地良い滑らかさが気に入ったのかチュチュはティレイラの身体を撫でまわした。頭の先から尻尾の先まで、くまなく撫でまわした後、チュチュは少し落ち込んでいた。
「……さっきまでお姉ちゃんの体、ふわふわでやわらかくて、あったかかったのに……。今はすべすべしてて気持ちいいけど、固くて冷たい。像なんてつまんない! もぉ、いいや」
 暗い館内にチュチュは去っていった。再び楽しくて面白い物と出会うために。
『お願い……誰か、助けて……』
 ティレイラの願いを聞くことができる者は誰一人いなかった。
 夜が明けて、朝になり、美術館の学芸員たちが出勤し始めてきた。通路の真ん中に置いてあった黒水晶のティレイラの像はその学芸員たちによって展示スペースに運ばれた。館長が誰かに相談することもなく展示物を増やしたのだと、学芸員たちは思っていた。毎日毎日展示品は壊されたり、無くなったりするので補充したのだと。
 やがて開館の時間となり、美術館にお客さんたちがやってきた。展示スペースにある黒水晶のティレイラの像を見た人々は、今にも魔法を発動させそうな勢いのある少女の迫力と像の精巧さに圧倒された。ネットを介し、その評判は瞬く間に広がっていった。
 翌日からの来館者数は鰻上りに上がり、数日後バックヤードや館外でずっと仕事をしていた館長の耳にも入ってきた。展示品はレプリカや価値の低い物ばかりのままなのに、と不思議に思っていると、今話題になっているのが黒水晶で作られた竜族の少女の像だと聞いて、館長は周りの目も気にせず、美術館内へ飛ぶように走っていった。
 今日も美術館には大勢の人々が押し寄せていた。目的は今評判の黒水晶のティレイラの像。像は人々の奇異の目に晒されていた。
『助けて……早くここから出して……』
 この声を聞くことができる者は、誰一人いなかった。

PCシチュエーションノベル(シングル) -
大木あいす クリエイターズルームへ
東京怪談
2015年12月17日

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