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『眠らぬ夜と留まる灯 』
小野友真ja6901


 色彩のない草原に、オレンジ色の灯りが浮かぶ。
 輪郭は次第に明確になり、お化け南瓜の姿をとって、名もなき街への道を作る。

 ハロウィン。有象無象の行列が無秩序に夜を遊ぶ。
 『あちら』と『こちら』の境界が、非常に曖昧となる日のひとつ。

 どこへ行くこともできない男は紫の瞳を微かに揺らし、暖かな明かりをついと見上げた。




 悪魔を祓うために、悪魔より恐ろしい仮装で街を練り歩く一団の姿は、良い意味で滑稽だ。
 あらゆる勢力に属さない境界の街が、色を帯びる数少ない季節。
 米倉創平は何を見るでなくゆったりとした足取りで街中を歩く。
 季節の概念、時の流れも忘れてしまいそうな空間。
 輪廻転生という言葉は知っているが、ならばなぜ自分は此処に留まり続けるのかがわからない。
 ヒトを捨てた時に、輪から外れてしまったのだろうか。寂しくはない、ふと疑問に感じただけだ。
 何やら懐かしい香りが鼻先をくすぐり首を巡らせば、いつぞやの狼とヤギが七輪で秋刀魚を焼いていた。
「米倉さん、見ぃーつけた!!」
 ……がしっ
 何者かが気配なく背後から突撃、右腕に抱き付かれて米倉は体勢を崩す。
「良かった、会えた……!」
「小野」
 少し、背が伸びたであろうか?
 いつ会っても変わらない人好きのする笑顔で、小野友真は米倉を見上げていた。
「ほら、あの、去年に『来年』てゆーてくれたやないですか、……覚えてる?」
「忘れていたな」
「えっ……」
「お前は、物好きだった。……そんな言葉の為に、わざわざ?」
「! もちろん、大事な大事な約束ですから!!」
 もっと、季節の節目節目に遊びに来たかった。作れるだけの思い出を重ねたかった。
 古い友人の手伝いやらでどうにも忙しくて、ままならなかった……
 あっ、その友人てのがですね……――
 友真が堰を切ったように話し始める。
「楽しそうだな」
「むっちゃ楽しいですよ! ……大学生が、こない忙しいとは思わへんかった」
「一般的な大学であっても、そこは自発的に学ぶ場だからな」
 撃退士であれば、いかばかりか。
「そいじゃ、今日は日頃の忙しさを忘れて! ハロウィンしましょう?」
 俺ね、衣装の準備出来てるんすよ。
 目を輝かせ、友真は脇に抱えていた紙袋を取り出す。
「……仮装か」
「仮装です。あっ、俺に着て欲しいんがあるなら着ますけど…… はいすみません冗談です」
 米倉の思案顔から眼差しに冷たいものが混じるのを感じ取って、友真は慌てて撤回を。
「今年も、お互い秘密で着替えてからびっくりどーんしましょ!!」
 反論を許さず、友真は米倉の背をグイグイ押して、いつぞやの衣装屋へ。
「お、ラインナップ変わっとる」
「ファイアーレーベンか。懐かしいな、復刻版か?」
「……京都の歴史を大事にするお店ですね……」
 見覚えのある着ぐるみだと思ったら。
(歴代サーバント揃えてます、新作入荷しました、なんてことないよな……?)
 それはそれで面白そう。
 試着室のある二階へ上がる米倉を見送りつつ、友真は近くの衣装を引っ張り出しては楽しんだ。
(……米倉さん、去年は儀礼服やったよな……。今年何着るんやろ。……社会人時代の服とかでもいいんやけどな)
 わくわくそわそわ、階上を気に掛けながら。
「はっ。俺も着替えな!!」




「米倉コスプレー じゃじゃーん、なんつって」
 階段を下りてくる足音を聞きつけて、友真が飛び出す。
 柔らかい素材の黒スーツ、Vネックシャツ。鞄を肩から下げて右手にはビニール傘。
「…………」
「……いやほら去年儀礼服着てはったから今度は俺が、みたいな……滑ってない大丈夫……?」
 ノーリアクションの沈黙が怖くて、声がしりすぼみになっていく。
「楽屋落ちだな」
「オチとったらええんですぅー!」
 あっ、実はコレ初めてじゃなくって自前でですね。
 続けようとした友真の呼吸が止まる。
「やはり、おかしいか」
「違和感なさ過ぎて俺の血ぃ飲みませんか好きなだけ」
「どんな反応だ……」
 片や米倉は、意外なことに正統派ドラキュラのコスプレ。
 シルクハットに襟を立てた黒マント、深紅のベストに黒の蝶ネクタイ。
 禍々しい犬歯が覗かなければ、顔色の悪い紳士で通ったかもしれない。
「ワインを飲むのだろう、今年は」
「! 吸血鬼ワイン! そう、俺、7月に二十歳になりまして!!」
(覚えててくれとった!)
「時は、流れるものだな……。こちらは忘れていても」
「まっだまだ眠らせへんのですよ、ふはは」
「まったくだ。ついてこい、成人祝いだ」
 バサッとマントを翻し、米倉はランタン灯る屋台街へと誘った。


 深い赤色の吸血鬼ワイン。思っていたより甘くて、喉を通るとブドウの良い香りがフワリ。
「飲みやすいのは、トラップだ。そうやって杯を重ねて気づいた時には絡めとられている。注意しろ」
「やだー。米倉さんが俺を絡めとるんですかー」
「もう酔ったか」
 呆れ交じりの微かな笑み。それが彼の最大限の優しさだと、友真にもわかってきている。
「米倉さんは、普段はどんなお酒飲むんです?」
「飲まないな。酔う必要が無い」
「嫌なこと忘れたい時とかー。ぱーっとしたい時とかー」
「その程度で仕事の手を止める訳にいかないし、京都は守れない」
「……飲みましょう。今日は、たくさん飲みましょう。今回も奇跡に感謝の乾杯しましょう」




 今日も、会えた奇跡。
 春から会えずにいて、心配だった。
 話したいこと、聞きたいことはたくさんあるのに。
 ワイングラスを片手に、二人は街を練り歩く。
「トリックオアトリート! 今年は成人やでー!!」
 屋台を冷やかし、お菓子を貰う。気の良い鷲頭がくれたチョコレートは美味しかった。
(ああ……終わってまう)
 宙に浮かぶオレンジの灯りが、直ぐ先で途切れている。その向こうは色彩のない草原だと、友真は知っていた。
「楽しい時間が過ぎるのは、あっという間だな」
「楽しかったですか!?」
「本心から嫌なら、乗りはしない」
 米倉の返事を聞き、友真は踊り出したい気持ちを堪える。
「トリックオアトリート?」
「残念、今年は用意済みだ」
 差し出した手に、ジャック・オ・ランタンのラッピングをしたキャンディが降り注ぐ。
「飴ちゃんやー」
「だから、悪戯はなしだ」
「えー。じゃあ、米倉さんも言うてください」
「……。トリックオアトリート」
「はい! お菓子やないけど……目に甘いでしょ。……ちょい遅れたけど、『誕生日』おめでとうございます」
 友真は、そういって小さな花束を差し出した。

 ダイヤモンドリリー。花言葉は『また会う日を楽しみに』。

「飴ちゃんを食べ終わる頃に、また遊びに来てもええですか?」
「否と言っても来るのだろう?」
 目を伏せ、米倉は花一輪を抜き取る。そして、友真の胸ポケットへ差し込んだ。

 ――また会う日を楽しみに。




 たった一夜の夢幻。
 秋の終わり、冬の訪れ。
 どこまでも続く草原に座り込み、ただ一つの彩りである赤紫の花と手の中にあるキャンディと。
 その存在を確かめるように、友真はそっと手を翳した。

 あと何回、会えるのだろう?
 それでもいつか―― そう、また会う日を楽しみに。
 どこへ行くこともできないあの人に、確かな時間を感じさせられるように。




【眠らぬ夜と留まる灯 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja6901/ 小野友真 / 男 /20歳/ 成長する光】
【jz0092/ 米倉創平 / 男 /35歳/ 留まる灯】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
二度目の『誕生日』を迎えたハロウィンのお話をお届けします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
ゴーストタウンのノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年12月21日

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