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『不思議な二人の不思議なハロウィン 』
リンド=エル・ベルンフォーヘンjb4728)&草薙jc0787


 ハロウィンには霊界の門が開いて死者が蘇り、魔物がやって来て街に溢れ出すと言われている。
 彼等は生きている人間に出会うと、取り憑いたり、呪いをかけたり、そのまま何処かへ連れ去ってしまったりと、様々な悪さをすると信じられていた。
 だから人々は死者や魔物の格好を真似て、仲間のふりをするのだ。
 もし「本物」に出会っても、仲間だと思わせて難を逃れられるように。
 ハロウィンの仮装に幽霊やゾンビ、魔女、蝙蝠や吸血鬼といった「怖いもの」や「縁起の悪いもの」、或いはモンスターなどが選ばれる背景には、そんな理由がある。

 けれど、それはもう昔の話。
 現代のハロウィンは仮装をしてお菓子を貰い、楽しく騒ぐだけの、ただのお祭りだ。
 浮かれてはしゃぐ魔物達の中に本物が混ざっていることなど――


「ありえない、とも言い切れないのが流石に久遠ヶ原なのだな」
 本物のひとり、リンド=エル・ベルンフォーヘン(jb4728)は雑踏に紛れ、流されるままに通りを彷徨っていた。
 ここ久遠ヶ原島も、今夜はハロウィンカラーの黒とオレンジに染まっている。
 街に溢れる仮装をした生徒達の中には、わざわざ仮装する必要もない「本物」も、石を投げれば当たる程度には含まれているだろう。
 かく言う彼自身も、そのままでも魔物として違和感がないだろうことは自覚していた。
 だが折角のハロウィン、普段と同じでは面白くない。
「かなり頑張った、と、思うのだが」
 彼女の目にはどう映るだろう。
 自分だとわかるだろうか。
 ちゃんと見付けてもらえるだろうか。

 彼女、メル=ティーナ・ウィルナ(jc0787)とは、今夜どこかで会う約束をしていた。
 ただ、時間も場所も決めていない。
 どんな姿をしているのかも聞いていなかった。
 しかし、この雑踏のどこかにいる――それだけは間違いない。

『どんな姿をしていても、私は私。貴方には見付けられるかしら?』
 
 いつか言っていた、そんな言葉が甦る。
 あれはまだ、彼女が別の衣装を纏っていた頃のこと。
 それを脱ぎ去り、今はどんな姿でいるのか――リンドは知らなかった。
 けれど、それでも。
「絶対に見付けるのだ。見た目がどんなに変わっていても、俺にはわかるのだぞ」
 根拠はないが、自信がある。
 ハロウィンの街は仮装した人々で溢れ、例え一緒に歩いていても手を離したらあっという間にはぐれてしまいそうだ。
 そんな中で、どこにいるとも知れないたったひとりを見つけ出すのは不可能にも思える。
 いっそ迷子のアナウンスでもしてもらった方が早くて確実だろうという気もした。
 しかし、それは違う。
「俺は頭が良くないが、大事な事だけは間違えないのだ」
 出会うことが運命なら、必ず会える。
 以前交わした、あの約束を果たすためにも。

 沿道にはカボチャのランタンが揺れ、ロウソクの炎が周囲を淡いオレンジに染めている。
 仮装をした人々の中にも、ランタンを提げている者の姿がちらほらと見受けられた。
「あれは……ジャックオランタンと言うのだったな」
 覚えている。
 あれは、道しるべ。
 大切な誰かに出会うための、道を照らす明かり。

「そこのお兄さんも、ひとつ持って行かない?」
 その声に振り返ると、カボチャのランタンばかりが並んだ屋台の後ろで魔女が手を振っていた。
「これは、売っているのか?」
 そう尋ねたリンドに、魔女は首を振りながらランタンをひとつ差し出す。
「お代はいらないよ、お祭り気分を盛り上げるために趣味でやってるものだからね」
 魔女の中身は久遠ヶ原の学生だろうか。
 いかにも「らしい」ノリだ。
「さ、どうぞ。誰かを探してるんでしょ?」
 これを持っていれば、きっと会える。
 魔女はそう言って、リンドの手に小さなランタンを押し付けた。
「ありがとう、恩に着るぞ」
「上手くいくと良いね、がんばれー!」
 その声を背に、リンドは再び雑踏の中へ。

 ランタンをかざして歩くと、人の波が自然と脇に引いていく。
 それはまるで、目の前に道が開かれていくようで――本当に、このランタンが彼女のところへ導いてくれるような気がした。
 いや、気のせいではない。
 だんだんと、少しずつだが、彼女に近付いているという実感があった。
「そうだ、この角を曲がって……」
 小さな広場の、オレンジ色にライトアップされた噴水の前。
 ランタンの明かりがふっと消える。
 代わりに、目の前に大きな光が溢れた。


「メル、か」
 その名を呼んだリンドに、ミニ丈の黒いワンピースを着てコウモリの羽根を背負った少女は――いや、もう少女ではない。
 リンドよりも年下に見えることは変わりないが、その姿はもう充分に大人だった。
「待ってたわ、リンド」
 メルはその顔に薄い笑みを浮かべて、僅かに首を傾げる。
「少し遅かったけど、まあ合格ね」
 その反応は、あくまでクールかつ淡泊。
 感動の再会――とはいかないところが、いかにも彼女らしい。
 そう、この女性は紛れもなく「彼女」だ。
 リンドの記憶にある姿とは全く違っているが、それでも。
「で、その格好は?」
「元々怪物のような見た目だろう、迷いに迷ったのだが……似合うか?」
 今日のリンドは包帯を全身に巻き付けたミイラ男だ。
 その絶妙なほどけ具合と汚し加工に、気負いの程が伺える。
「格好いいわよ、リンド」
 くすりと笑い、メルはそう言った。
 どうやら気に入ってもらえたようだ。
「さ、行きましょ? せっかくのハロウィンだもの、楽しまなくちゃ」
 メルはリンドの腕をとって歩き出す。
 目的は特にない。
 どこか高級な店に入って食事をするでもなく、映画を見るでもなく、ショッピングに興じるでもなく。
 こうして、二人でハロウィンの街を漂う……あてもなく、気ままに。
 ただそれだけの時間が、何よりも大切で、最高の贅沢だった。

「ジャック・オ・ランタンの正体、覚えている?」
 腕を組んで歩きながら、メルが尋ねる。
 リンドの手には、ロウソクの火が消えたランタンが静かに揺れていた。
 それはまだ、メルが今の姿ではなかった頃に共に過ごしたハロウィンの記憶。
「優しい悪魔の贈り物、なのだったよな」
 ちゃんと覚えていると、リンドは頷いた。

 むかしむかし。
 アイルランドにジャックという名前の、大酒飲みが住んでいました。
 ジャックは生きている間にたくさんの悪いことをしたために、死んだ後も天国には行けませんでした。
 では、地獄に落ちたのかと言うと……彼は悪魔さえも騙したことがあったので、そんな悪党はお断りと、そこでも門前払いにされてしまいます。
 天国にも行けず、地獄にも行けず、かといって現世にとどまることも出来ません。
『俺はいったい、どうすればいいのだ』
 宙ぶらりんのジャックは途方に暮れていました。
 そんな彼を哀れに思ったひとりの悪魔が、彼に小さな火種を分けてやります。
『それを頼りに進むが良い。いずれはどこか、お前がいるべき場所に辿り着くだろう』
 ジャックはカブをくり抜いて作った器にその火を入れて、ランタンを作りました。
 その小さな明かりに照らされた道は、どこへ続いているのでしょう。
 どこまで歩けば、そこに辿り着けるのでしょう。
 それはジャックにも、他の誰にもわかりませんでした――

「ジャックは今もまだ、どこかを彷徨い続けているのだろうか」
 それとも、心安らぐ場所を見付けることが出来たのか。
 リンドは火の消えたランタンを見つめる。
「だが、俺は見付けた」
 この火をくれたのは、悪魔ではなくて魔女だったけれど。
 これがなくても、絶対に見付ける自信があったけれど。
「私に火をくれたのも、優しい悪魔だったわ」
 メルは立ち止まり、リンドの瞳を覗き込んだ。
「だから、私はまだここにいる」
 彼がそれを望んだから。
 消えそうな心を、彼が繋ぎ止めてくれたから。
「『私』を見つけてくれて……有難う。リンド」
 だから。
「呼んで。私の『真名』を。貴方の声で」
 彼女の真名、それは――

「……草薙」
 世界でただひとり、彼だけが呼ぶことを許された名前。
 そう呼びかけた瞬間、すました顔が甘くとろける。
 ほんの一瞬のことだったけれど、その柔らかな表情はリンドの心に焼き付いた。

 感謝している。
 再び会いに来てくれたこと。
 こうして自分の側にいてくれること。

 ずっと悩んでいた。
 この気持ちをどう表現すればいいのだろうと。
 自分が彼女にしてあげられることは何だろうと。

 その答えは、ここにあった。

「ありがとう、草薙」
 周囲の喧噪も、人の気配も、照れも恥ずかしさも消え失せる。
 ただ唇に、しっとりと柔らかく、温かな感触だけが残った。
「約束、果たせただろうか」
 あの日から決めていた。
 今度こそ自分から唇にキスをしに行こうと。
「そうね」
 メルはまだはっきりと感触の残る唇に指先を触れる。
「でも――大人のキスは、こうするものよ?」
 リンドの首に両腕を回し、顔を寄せた。
 瞼を閉じて、唇を重ねる。
 より深く、熱く……そして長く。

「どうして、俺だとわかった?」
 暫しの余韻を味わった後、リンドはメルの長い銀糸の髪をそっと撫でながら、ふと思い出したように尋ねた。
 今日の扮装はミイラ男、顔の大部分も包帯で覆われている。
 角か、それとも僅かに見える竜の鱗か。
 或いは見た目ではなく魂に惹かれたのか――自分がメルを見付けた時のように。
 しかし、メルの答えは意外なものだった。

「だって、たい焼きの匂いがしたもの」

 言われてみれば、たい焼きはいつも肌身離さず持ち歩いている必須の携行アイテム。
 今も懐にいくつか忍ばせてある。
「食べるか? ここのたい焼きは冷めても美味いのだぞ」
「そうね、いただくわ」
 大人のデートとしてそれはどうなのと、思わなくもないけれど。
 それが大切な人の、大好きなものならば。

 半分こしたたい焼きは、冷めているのに何故かほっこりと温かく、そして――舌がとろけそうなほどに、甘かった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 jb4728 / リンド=エル・ベルンフォーヘン / 男性 / 21歳 / たい焼き香るミイラ男 】
【 jc0787 / メル=ティーナ・ウィルナ / 女性 / 18歳 / 目指せ、脱バラエティ枠 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております、STANZAです。
この度はご依頼ありがとうございました。

お二人は、このハロウィンで初めて再会を果たしたという設定で書かせて頂きました。
最後まで落ち着いた雰囲気の、しっとりシリアス路線で行く……筈だったのですが。
オチを付けずにはいられない性分でした(

リテイクはご遠慮なく。
お楽しみ頂ければ幸いです。
ゴーストタウンのノベル -
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エリュシオン
2015年12月21日

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