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『名残紅 』
ヘルマン・S・ウォルターjb5517



 ずっと、知りたかったことがある


 きっと分からぬままでよいのだと思いながらも
 出口の無い迷路の中で立ちつくすように

 ――おい、ヘルマン

 自分を呼ぶ声に、ヘルマン・S・ウォルターふと目を開いた。
 霧がかった視界に人影が浮かび上がる。
「楓……殿………」
 その名を呼ぶ声が震え、言葉がうまく出ない。
「どうした、狐につままれたみたいな顔して」
 こちらをのぞき込む紅い瞳が、どこかおかしそうに細められる。
「なぜ、ここに……」
「お前が呼んだからだろ?」
 当たり前のように返され、唐突に理解する。
 ああ、これは夢なのだ。
 あまりに貴方を想う己の心が、きっと白昼夢を見せているのだ。
 手放すことを選んだ、最愛の人。

 現世と常世の狭間で、八塚 楓が微笑った。


●それは夢

 二人だけが息づく世界。
 楓は足下に敷き詰められた紅葉を拾い、懐かしむように散らす。
「子供の頃、兄さんとよくこうやって遊んだ」
 深く色づいた葉が、ひらりひらりと舞い落ちる。その様子を見守りながら、ヘルマンは頷いてみせ。
「ええ。その光景が目に浮かびます」
 同じ顔をした双子がまぶたの裏で駆けてゆく。楓は紅葉が舞うさまをひとしきり眺めてから、口を開いた。
「何か俺に用があったんじゃないのか」
 問われたヘルマンは、すぐには返せず沈黙してしまう。
 けれど、これは己が見せる幻。
 ほんの少しのわがままなら、許されるだろうか。
「……楓殿」
「うん?」
 小首を傾げる楓の前で、ヘルマンは一度逡巡するように手元を見つめた後。
「私は……少しでも貴方を幸せに出来ましたかな?」
 こちらを向くまなざしへ、遠慮がちに問う。
「ご迷惑をおかけしていなかったかと……それだけが、心に引っかかっているのです」
 ずっと訊きたいと思っていた。
 けれど自身を語るのが苦手な相手に尋ねる事は憚られ、最期まで問うことはできなかった。
 私は少しでも、貴方に温かなものを届けられたのだろうか。
 喜びを感じていただけたのか。
「貴方は最後に――」
 言いかけて、かぶりを振る。
 その心は永遠に分からぬままでよいのだと、敢えて明らかにすべきものではないと、自分に言い聞かせてきたけれど。

 しばらくの間、楓はこちらを見つめたまま沈黙していた。
 彼の瞳にどんな色が揺らいでいるのか、ヘルマンはのぞき込めないでいる。
 燃えるような紅。
 言葉で語らぬとも、その瞳が何より雄弁であることを知っているから。

「――馬鹿だな」

 苦笑めいた声音。
 顔を上げたヘルマンの前で、楓はどこか慈しげな微笑を目元に漂わせている。
「そんなこと、気にしてたのか」
 そう言って視線を横に流してから、呟くように語り始める。
「まあ、お前もわかってると思うが……最初は迷惑だった」
 一度目の邂逅は血の海の中。声をかけてきた目前の男が持つのは、多くの命を奪った自分への純粋なる怒りだけだと思っていたのに。
 邂逅を重ねるうちに、向けられる感情は憎悪どころか想像もしていないものだと気づいた。
「怖かったんだ、お前のことが」
 記憶を綴る口元は、懐かしさと苦さが半々。
 向けられるまなざしが、言葉が、あまりに真摯で迷いがなくて、受け止められなかった。
「そもそも、なんで俺なんかに構おうとするのか、全く理解できなかった。……まあ、今でもだが」
 何か言いかけたヘルマンを、やんわりと遮り。
「わかってる、理屈じゃないってことくらいは。まあその……単純に、俺のどこがいいのかって話だ」
 気恥ずかしげにそう呟いてから、楓は視線を足下に移す。
「俺は掛け値無しに向けられる優しさや気持ちや……そういったものに、慣れていない。だからどれだけ言葉で告げられても、そう簡単に信じられなかった」
 だから、気づかないふりをして逃げた。
 触れなければ傷つくこともない。裏切られることに慣れてしまった自分には、こうすることでしか己を護れなかったから。
「でもどれだけこっちが拒んでも、お前らは構わず踏み込んできたからな。こいつら頭おかしいんじゃないかと思ってたよ」
「ああ、そうでしたな」
 ヘルマンはどこかおかしそうに頷いた。あの頃の楓を思えば、随分と変わったものだと改めて感じ入る。
 楓はばつが悪そうに頭を掻いてから、すっと瞳の色を濃くする。
「そしてあの日……やっと俺は気づいた」
 追憶の天花の下で、彼らが見せたのは驚くべき切実さだった。
 本気なのだ。
 こんな自分を、彼らは本気で救おうとしているのだと。
「――たぶん、わからないだろうな」
 あの時見た、景色は。
 楓はヘルマンを振り向くと、ほんの少し笑んでみせる。
「安堵とか喜びとか、そういう話じゃないんだ」
 あの瞬間、世界が変わった。
 それはまるで、稜線から昇った朝陽が瞬く間に夜を沈黙させるように。
 鮮烈で。
 革命的で。
「悪い。俺にはどう言えばいいのか、わからない」
 もどかしげにそう呟き、一度宙を見上げ、思考を漂わせる。
 言葉になりきらず零れてしまった想いが、どれほどあっただろう。
 すべてを諦めていた自分にとって、ここが奈落の底ではないと気づいた時の感嘆を、どう伝えれば共有し得るのか。
「わかりますとも」
 返ってきた思慮深い頷きは、いつも以上に何かが込められていて。
「貴方と出会ったとき、私も同じ景色を見ました」
 命懸けで愛するということ。
 本当に失うということ。
 歓びと絶望の深度は常に同じ振れ幅で、唐突に啓かれた愛の本質はいともたやすく世界を変えてしまった。
「楓殿。私は貴方と出会い、言葉を交わし、強く焦がれました」
 微笑をたたえたヘルマンは、ひと言、ひと言、それが真実であると説き明かすように告げる。
「貴方にいただいた全てが、あらゆる時の中で一番私の胸を打つのです」
 例えその先に待つのが果てなき喪失だとしても、このひとときの熱情だけで残りの時を生きてゆける。
 それほどに貴方の存在は鮮烈で、革命的だったのだと。
「……そうか」
 楓はそれだけ言うと瞑目し、わずかに開いた唇から細く、長い息を吐いた。
 その顔は穏やかにも切なげにも見え、ヘルマンはただ見つめることしかできないでいる。
 艶やかな睫毛の下で、紅がのぞいた。
「難しいな。何かを伝えるのは」
 それが大切なものであればあるほど、想いは形を得ず言葉は儚い。
 視線を上げた楓はヘルマンに向き直ると、おもむろに口を開いた。
「なあ、ヘルマン。俺がいなくなって、哀しいか」
 思わぬ問いかけに、何と答えればよいかわからず沈黙してしまう。その様子を見た楓は、申し訳なさそうにかぶりを振る。
「すまない。わかっていて訊いた」
「いえ、楓殿が謝る必要など」
 そこまで言って、言葉は途切れてしまう。
 頬に触れる感触。細く長い指がヘルマンの左頬に伸びていた。
 燃えるような瞳に、熱情が揺らぐ。
「――幸せだったよ。これ以上ないほどに」
 ほんの少し冷たい指先と微かに体温を残すてのひらが、触れるか触れないかの繊細さでなぞり、離れていく。
 それは慈しむように、愛おしむように。
 名残惜しげな余韻を描く指先の向こうで、彼は微笑った。
「言っただろ?」
 笑みを零す唇が、醒めない夢を紡ぐ。
 言葉は儚く、されど魂を焦がす。

「俺の永遠は、お前のものだ」

 そのひと言で、世界は輝きを取り戻す。
 


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/PC名/性別/外見年齢/】

【jb5517/ヘルマン・S・ウォルター/男/78才/現世で紡ぐ者】

 参加NPC

【jz0229/八塚 楓/男/22才/常世で紡ぐ者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております、この度はご発注ありがとうございました!
お任せいただいたのをいいことに、かなり好き勝手書いてしまいましたが…(^^;
少しでもいただいたお気持ちにお応えできていれば、幸いです。
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久生夕貴 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年12月21日

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