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『そして、人は紡ぎ続ける 』
エルディン・アトワイト(ec0290)&アリスティド・メシアン(eb3084)


 やがて来る遠い未来に、伝承は伝える。
 この地に伝わる、二人のエルフの物語を。

 一人は吟遊詩人。この地に歌を広め、奏で踊る喜びを伝えたとされる。
 死ぬまでこの地に留まり、人々を見守り導き続けた。

 もう一人は神父。この地に巣食う魔を退け、人々を救い続けたとされる。
 ある時を境に更なる高みを目指し、この地を去ってより多くの人々を救う道を選んだ。

 彼らが居なければ、この地は存続し得なかっただろう。
 その功績は、碑として残り続ける。


「パリに来るのも久しぶりですね…」
 久方ぶりに感じる肌寒さに軽く身を震わせながら、彼は大聖堂の尖塔を見上げた。初冬の冷え込んだ空気が、尖塔の上空に広がる水色の空を色鮮やかに見せている。その光景から視線を街並みへと移すが、見知った光景の中に幾つもの知らない建物があることに気付く。
 どこに行っても同じことだ。エルフである彼、エルディン・アトワイト(ec0290)にとって10年程度の年数はあっという間だが、人間にとっての10年20年は長い。その間にも、彼らは次々と新しいことを始めて行くのだ。人間の3倍の長さを生きるエルフの中にはのんびり屋さんも多いが、勿論エルディンは自分がそうだとは思っていない。これでも…急いだほうだ。頑張ったほうだと思うのだが。
「おや、シャンゼリゼは余り変わってないですね」
 扉から中を覗き込んで、彼は内装を眺めた。
 シャンゼリゼは冒険者御用達酒場だ。勿論一般人だちも酒を酌み交わす場所である。流行に流された外装内装は施していないが、昔は冒険者達が季節ごとにイベントを催していましたかね、と懐かしみつつ、エルディンはゆっくりと中へと入って行った。古ワインを頼みすぎて銀盆の攻撃に見舞われる者たちは見当たらない。パリで5本指に入ろうという強靭な冒険者をも伸してしまうという噂の給仕係は、もう随分前に亡くなったと聞いた。その日は、かつての冒険者達が集ってワインを捧げたのだとか。
 テーブルの傍を歩けば、かつて冒険者の頃に足繁く通った頃とは変わったことにも気付く。多くのことが、変わった。あの頃から…80年も経てば。
「おっ…と」
 しゃきしゃきと歩いていたつもりだったが、椅子の脚に引っかかって危うく躓きかけた。それを傍に座っていた旅人らしき風情の者が慌てて支えてくれる。
「私はそんな老いぼれではありませんが…礼は言いましょう。ありがとう」
 どこか尊大にも見える態度で礼を言うと、かつてよく集ったテーブルへと向かった。
 そこにはもう、先客が1人、椅子に腰掛けている。
「…久しぶりだね、エルディン」
 腰掛けて写本を読んでいた男は、先ほどのちょっとした出来事で、エルディンが向かってきていることに気付いたのだろう。本を閉じて立ち上がり、エルディンへと微笑みかけた。
「もう10年は会っていませんかね。お久しぶりです、アリス殿」
 アリスティド・メシアン(eb3084)は軽く会釈し、再び椅子に座る。
「そうだね。10年以上になるとは思うけど、あまり覚えていないかな」
「確かに最近めっきり物忘れも増えました。この前も聖書がなくて探したら頭の上に…。侍従に怒られましたよ」
 はははと笑うエルディンは、変わっていない。そうアリスティドは思う。
「しかし、相変わらずのイケ渋ダンディーですね」
「そんな事を言うのはエルディンくらいだよ。…君も変わってない。どんな立場や環境にあっても、君は君だね」
「それ、褒めてます?」
「褒めてる」
 本来ならば、こんな風にパリの酒場の片隅で、テーブルを囲んで穏やかに談笑できるような立場ではないのだ。
 エルディンは、先日ローマ教皇となった。全白教会の頂点に立つ立場となったのだ。それは、一国の王のように気軽に会える存在ではなくなったということだ。
「まぁ今日はお忍びですからね。気楽な一人旅です」
「そう。君の家族にも会いたかったけど仕方ないね」
 外見的には多少若くも見えるが、エルディンは既に人間年齢で言えば60歳手前。ローマ教会からパリまで一人旅はさすがに無茶だろうと思う者も居るかもしれないが、月道を通って来ればすぐの話でもある。だが実際には頻繁に利用できるものでもないし、国同志の仲が悪ければ閉鎖される可能性もあった。エルディンの立場から言ってもパリに簡単に来れるものではないから、次はいつ会えるかも分からない。
「私の家族は皆エルフですからね。まだまだ皆元気ですよ。シャトーティエリーの皆はどうです?」
「アリエルの子供が…僕の孫が今度結婚するかもしれない話はしたかな?」
「聞いてませんよ。いやでももう良い歳でしたよね」
「上の子はそうなんだけど、結婚するのは2番目の子だよ。…エミールの、曾孫とね」
「はい? あれ、でもアリエル殿は確か、一時エミール殿の孫と恋仲だと聞いたような」
「エリザも昔そう言ってたね。でも執念ではないと思うよ。アリエルから別れを切り出したそうだし」
「…すっかり複雑な人間模様になってますねぇ…」
 エルフと結婚しエルフの子を持つエルディンとはあまりに違うアリスティドの話を聞きながら、エルディンは思わず呟いた。
「でもそれもこれも、君が色々と働いてくれたお陰だと思うよ。僕の家族は皆種族が異なるけれども、だからこそ生まれる喜びもあるしね」
 それ以上に多くの辛いこともあっただろうと思わないでもないが、アリスティドは昔と変わらない落ち着いた表情だ。
 人間と結婚しハーフエルフの子を持ち、そしてその子もまた伴侶に人間を選んだ。だからアリスティドの孫は、彼よりも早く亡くなるかもしれない。それでも彼は、自分の血が連なるその地に腰を下ろし、離れようとはしなかった。
「他に、シャトーティエリーで変わったことは?」
「そうだね…。先代の領主が亡くなったことは君も知ってると思うけど、あの後しばらくして次の領主も亡くなってね。今は暫定的に僕が領主代行を務めてる」
「そうでしたか。エミール殿の直系は些か体が弱いようで私も気にしていましたが…」
「エミールの次男のところに継いでもらうことにしたよ。アリエルと揃って勉強中で、まだなかなかね…引退できないかな」
「遂に、アリエル殿にラティール町長の座を譲るのですね」
「一昔前なら、到底無理だった話だ」
 ゆっくりと香草茶を飲んでいたが、その器を静かにテーブルへと置き、アリスティドは真っ直ぐエルディンを見つめる。
「ありがとう。君の宣言があったから、ハーフエルフでも役職に就くことが出来るようになった」
「えぇ…。アリエル殿には間に合ってよかったです…。本当に」
 エルディンも、ゆっくりとワインを飲み干した。その脳裏に、1人の娘の顔が過ぎる。
 だが…彼女には、間に合わなかった。
 

 ローマ出身でもない者が教皇となったのは、異例の出来事だった。異例の大抜擢、大出世と言ってもいい。
 それほどまでに、エルディンがローマ教皇となったことは事件のように大騒ぎとなった。彼の就任後の『宣言』の後は一層と。
「ハーフエルフも神に祝福されている。特別視し優遇するわけではなく、我々と同様に扱うことを宣言する」
 眼下に控える人々に向かって高らかとそう宣言した日から、エルディンは度々命を狙われることもあった。だが神の力を借りて行使する、その圧倒的な力量の前には皆、ひれ伏すしかない。そうして彼は数ヶ月かけて教会の意思を統合させ、人々に浸透させるべくようやく一歩を踏み出そうとしたところだった。
 エルフだから出来るのだと彼は思う。輝くイケメンぶり(本人談。実際に歯が輝くときはあったと言う)と物腰の柔らかさという、外見に品の良さを演出し、デビル退治の戦績で信者の絶大な信頼を得て数十年かけ自分の支持者を増やし、遂に教皇の座に登りつめた。彼にとっても長い戦いだったが、これからまだ何十年と掛けて、人々の意識を変えていかなくてはならないだろう。
「まだまだ生きますよ。少なくとも後50年…出来れば90年くらいは生きたいものですね」
 60年もあれば、人間ひとり分の一生だ。エルフにとっては20年程度に過ぎないが、人間たちの意識を変えるには充分だろう。反対派を懐柔し、いつか本当に種族の垣根さえも越えさせたい。
「私が死ぬまでには…異種族婚も認めさせたいものです」
「そうですね。…私達の孫が結婚を決める頃までには」
 シャトーティエリーで出会い結婚した妻は、そう言っていた。彼女も昔は同族以外での結婚なんて考えたこともないと言っていたが、アリスティドの家族を見ていて色々と考えも変わったらしい。
 総ての種族が、この大地の上で、この空の下で、平等に、当たり前のように隣人でなくてはならない。
 エルディンの思いは、強い思いは、1人の娘がきっかけとなっていた。
 

 パリで近況を語り合った2人は、かつての仲間達の墓参りに出かけた。
 冒険者は皆種族も違っていたが、ひとつの目標へと向かって走り続けたものだ。彼らの仲間も様々な種族が居たが、今尚生きているのはエルフくらいなものだ。冒険者達の没地がこの国とも限らない。特に他国へ嫁いでいった者達の墓は、この国にはないことも多いだろう。
 豪勢に造られた墓もあれば、誰のものか分からない墓もあった。それぞれに祈りと花を捧げ、2人はゆっくりと各地を巡る。余り遠くへは行けなかったが、既に老齢の域に入っている2人にとってはまるで冒険のような旅でもあった。
「それにしても、あの墓は相当でしたねぇ…。本人が見たら嫌がりそうなのがまた」
「意外と喜んでいるかもしれないよ」
 墓巡りの旅も終えてパリに戻ったところで、2人はある墓地へと向かう。そこには花を両手いっぱいに抱えた女性が立っていた。
「もう。パパも伯父さまも遅いんだから」
「アリエル殿。お待たせして申し訳ありません。相変わらずの美貌ぶりで何よりです」
「伯父さまも、まだまだ現役って感じでステキよ」
 アリスティドの娘であるアリエルはハーフエルフだが、エルディンが宣言を行う前からその耳を隠そうともしなかった。明るく、ハーフエルフであることを気にせず生きる様が、彼にある娘を思い起こさせる。その娘は…今は、彼らの目の前の墓に眠っているのだが。
「…エルディンが『伯父さま』で、どうして僕はまだ『パパ』なのか、毎回訊きたいと思っていたんだけどね、アリエル…」
「だってパパは別に偉くなってないじゃない」
 娘に一刀両断されつつ、アリスティドは苦笑いと共にその墓を見つめた。そこに、アリエルは花束を置く。膝を折り祈りを捧げる彼女の前で、墓石の上に置かれた花からひらりと花びらが零れ落ちた。
「ここに、この人の剣が眠っているのね」
「えぇ。あの子は異国へ嫁ぎましたからね。この国を故郷としていつでも懐かしがっていました。せめて、この愛剣だけでもと」
「色々教えてもらったな。剣のこととか…本のこととか」
「私の娘も教えてもらっていたようですね。剣のこととか、本のこととか」
「…他にも教わったことはあるんじゃないかな…」
 控えめにアリスティドが述べたが、2人はあの捧げ物にすれば良かった、こっちが良かった、最近のパリ名物を山ほど積んだほうが、などと墓を前にして喋りあっている。
 賑やかなほうが好きな娘だった。だからこれで良いのだろう。しんみりと死を悼み哀しむよりも、きっとこのほうが。
 彼女の明るさには、仲間としてもハーフエルフの親としても救われたと思いながらも、再び墓へと向き直ったエルディンへとアリスティドは視線を移した。
「遅くなりましたが…報告に来ることが出来ました。耳を隠さずに堂々と生きる世界を、ようやく作ることが出来る。貴方が生きている間に果たせず、すみません」
 声に出して詫びると、こみ上げるものを感じた。それに気付いたのか、アリスティドが静かにエルディンの肩を抱く。それへと頷き軽く抱き合い、漏れそうになる嗚咽を堪えた。
 彼女の笑顔が見たかった。ハーフエルフと言う血の呪いを背負って、それでも懸命に明るく生きる彼女が、自由に生きることが出来る世界を。その為に、教皇にまで登り詰めたというのに。
 間に合わなかったのだ。
「でも…ありがとう。貴女が居たから、この国に来てくれたから。私は生まれることが出来たんだわ」
 再びしゃがんで墓を見つめるアリエルの目には、涙はなかった。その言葉に顔を上げたエルディンの視線を感じて、彼女は微笑む。
「勿論、沢山の要因もあるし沢山の人達が助けてくれたこともあるのよ。…でも、エルディンさんがこの人の為にと思って頑張ったから、私は生きてる」
「そうだね。…沢山の人に希望を与えたと思うよ。君の言葉で、多くの人が救われた。…これからも、だろうね」
「…彼女のためには間に合いませんでした。けれども…そうですね。これからもまだまだ働きますよ。偏見を払拭するのにも相当時間がかかりますからね。でも今度こそ…きっと」
 そして、エルディンは立ち上がったアリエルへと強く頷いて見せた。
「間に合わせてみせますよ。だから…幸せになって下さい。アリエル殿」
「私は充分幸せだけど、じゃあもっと幸せになって見せようかな」
 笑いあうと、この季節には珍しく穏やかな風が吹く。冬になる前の、気まぐれのような暖かい風だ。風に揺られて花びらが舞って行くのを、彼らは見送る。
「あぁ、そうだ。シャトーティエリーには来ないの? 母の墓にも寄って欲しいな。それから…私の娘の結婚相手を紹介したいし」
「先ほど聞きましたよ。おめでとうと言いたいところですが、でもそういう事なら、しっかりお相手を見定めておかなくてはなりませんね。あのエミール殿の血筋ですし…」
「なかなか、癖のある子だよ。でもエルディンが来たら、皆腰を抜かすかな。君がシャトーティエリーを離れてからもう随分経つしね」
「ここでびしっと教皇の威厳を見せてやりましょう」
「君が来たら、きっと妻も喜ぶと思うよ」
 今度結婚する予定の孫は、亡き妻と同じ愛称の娘だ。それは、道々話すとしよう。そう思いながら、墓地を後にしつつある2人の後を追って歩きつつ、アリスティドはふと振り返った。どこか柔らかな風は、まだ周囲を舞うように吹いている。「…ありがとう」
 万感の思いをその一言に込め、そして彼も墓地を後にした。


 エルディン・アトワイト。
 アリスティド・メシアン。
 やがて来る遠い未来にも、その功績を碑は伝える。
 彼らが居なければ、この地、シャトーティエリーは存続し続けなかっただろう。
 
 人々の生活を変えることになった2人はそれぞれに天寿を全うし、次代へと道を引き継いだ。
 その道は、今も尚続いている。

 この地に伝わる2人と、何人かの英雄。
 そして、多くの冒険者たち。
 
 貴方達がこの碑にのみ残る存在になった時代にも。
 
 私達は生きています。
 貴方達が築き繋いでくれたこの大地の上で。

 これからも、生き続けるのでしょう。
 


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

ec0290/エルディン・アトワイト/男/34歳(60歳手前)/神聖騎士(ローマ教皇)
eb3084/アリスティド・メシアン/男/28歳(50代前半)/バード(シャトーティエリー領領主代行)


 - /アリエル・メシアン/女/38歳/バード(次期ラティール町長)


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご発注頂きましてありがとうございます。呉羽でございます。
ここまで書かせて頂きましたことにまずは感謝と、そして皆さんの歴史を紡ぐことが出来て、大変嬉しく思っております。
登場人物のPCさんは現在の年齢、括弧内はノベル時点での年齢、NPCはノベル時の年齢で記載しております。又、お互いの呼称や話し方が間違っておりましたらリテイクして下さいませ。

ここで書きたいことは色々とございますが、長くなりそうなので控えさせて頂きます。
AFOの世界に幸ありますように。

ありがとうございました。
ゴーストタウンのノベル -
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Asura Fantasy Online
2015年12月22日

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