▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『月、巡り巡り丸く 』
丈 平次郎(ib5866)&柊 梓(ib7071)


 青く晴れ渡る空を、鳥が翼を広げ悠々と旋回している。
 遠くには緑の山々。吹き渡る風は畑仕事で額ににじむ汗に心地よい。
(……満ち足りている)
 丈 平次郎は耕した土に農具を突き立て、ほうと息を吐いた。


 北面志士領、とある農村。
 開拓者を辞した平次郎は、養子である柊 梓と共にこの地で新たな生活を営んでいた。
 越してきて、もう一年となる。
 農業にも慣れてきた。
 平次郎からすれば体力こそ有り余るほどだが、農作業はそればかりではない。予期せぬ天候や、深い知識も必要とされる。
 苦労も多いが、土の温かさや作物の生命力に触れることは、それ以上に心を豊かにしてくれるものだと感じていた。
 アヤカシを相手に命のやり取りをしていたことが、遠い昔のようにさえ思える。
「おとーさん、ごはん、しましょう?」
「ああ、そうだな」
 頃合いを見て、梓が遠くから呼びかけた。
 開拓者から足を洗った平次郎とは違い、少女は今も開拓者として仕事を請け負っている。とはいっても戦闘に関わらない、雑用ものだが。
 幼い彼女のなりに生活の支えの一つになろうと、頑張っているのだ。
 風が吹けば折れてしまいそうな儚い印象を与える獣人の少女もまた、日々を精いっぱいに生きている。




「梓」
「……」
「梓?」
「…………」
 暖かく平和な日々、そんなとある朝。
 朝食を終え、畑へ向う前に平次郎が梓へ声を掛けるも……珍しいかな、反応が無い。こちらへ背を向けたままだ。
(具合でも悪いか?)
「はいっっ」
 案じた平次郎が、小さな背に手を伸ばす。触れる直前で、それはビクリと跳ねた。
「ご、ごめん、なさい。ぼんやり、してました」
「夜更かしでもしていたか? ……問題が無いならいいんだ」
 垂れ耳を押さえながら、しどろもどろに謝る梓。声や顔色に、異常は見られない。ならば……
(年頃、だしな)
 親子になったとはいえ、常に全てを話せるわけではないだろう。まして、男親ならば。平次郎は、敢えて追及しなかった。
「それじゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい、おとーさん。私も、今日はお仕事なので……、お昼、一緒にできないですが」
「そうだったな。気を付けて行ってこい」
 浮かない表情の理由は、それだったのだろうか?
「はい! お夕飯は、ちゃんと、用意しますから」
 先程までの不穏な様子を吹き飛ばすように、娘は花咲く笑顔で送りだした。

「……危なかった、です」
 彼の姿が完全に見えなくなってから、梓が呟いたことを平次郎は知らない。
「もう、すこし。もうすこし、です……」
 平次郎が気が付かない場所にそっと隠してある布袋を手に、梓もまた家を後にした。




 昼時になり、平次郎は木陰で休みを取っていた。
 朝に梓が持たせてくれた握り飯を頬張り、茶を流し込む。
(男親……か)
 かつて、平次郎にも妻が居た。娘を産み落とした直後に他界し、娘は彼の手ひとつで育てた。
 そうはいっても、平次郎は記憶を失っていた時期があり、実の娘とも生き別れている。
 記憶を取り戻し実子と再会した頃には、随分と時間が過ぎていた。そんな実子も、嫁入りし再び男の手から飛び立ってしまった。
 今は、梓こそが彼の生きる意味となっている。
 自分には梓が必要だし、梓も同じく思ってくれていると感じてはいるが……これから先、多感な年頃に差し掛かった時に、果たしてどれだけ力になれるだろう。
「情けない」
 がしがしと頭をかきむしり、平次郎は背を曲げた。
 平和に慣れてしまって、些細な不安を大きく感じてしまうだけだ。
 娘の隠し事が寂しい、だなんて誰に言えるだろう。
 秘密を持つのは、大人になり始めている証拠だ。いいことではないか。
「体の動かし方が足りないのだな」
 無理やりに結論付けて、男は腰を上げた。




 まぁるいものが、好き。
 お月様や鞠のように真ん丸なものが良い。
 どうして? と聞かれると梓は上手く答えられないけれど、なんだか胸の奥があったかく、満たされるような気持になるのだ。
 おとーさんと一緒に居るときも、そう。
 あったかくて、やさしい気持ちになる。
 怖いこと、寂しいことでぽっかり空いた穴に、幸せな何かが流れ込んで埋めてくれる。そんな感じだ。
 梓にとって、この世界に怖いものはまだまだたくさんある。
 だけど、おとーさんが一緒だと思うとがんばれる。

 いってらっしゃい、いってきます
 ただいま、おかえりなさい

 なにげない日々のやり取りが、とてもとても尊いものに感じるのだ。
 だから…… だから、今日は。今日という日を。




 久しぶりに限界近くまで体を酷使した平次郎を、梓は笑顔で出迎えた。
「おかえりなさい、おとーさん!」
「あ、ああ…… ……?」
 朝とはまるで違う雰囲気だ。思わず平次郎は小首を傾げる。
「どうかしたのか」
 朝には口にできなかった言葉が、するりと出てくる。
 娘の隠し事が自分にとって寂しいように、自分が何かを悩んでいるなら娘も察してしまうんじゃないか。体を動かしながら、そんなことを考えていたのだ。
 『男親だからわからない』のなら、それなりの歩み寄りも必要ではないか。
 ぶつかったり、すれ違ったりするかもしれないが、それこそ『親子』なら自然なことではないか。
 悟ったふりをして大切なものを見失う方が、よほど怖い……。
「えへへっ」
 照れた風に梓は笑い、後ろ手に持っていた布袋を差し出した。端に月の刺繍が施してある。

「今日は、私がおとーさんの娘になってから一年経った日です。いっつも、ありがとう」

 今度こそ、平次郎は言葉を失った。
 一年…… 今日? ……今日!!
「私を家族にしてくれて、ありがとう。開拓者のお仕事をするのを許してくれて、ありがとう。それから、ね。たっくさんたっくさん、ありがとう、です」
「〜〜〜〜〜〜っ、梓、俺は」
 平次郎は流れる日常の幸せこそ噛みしめていたが、指折り数えてはいなかった。
 それなのに、梓は。
「……開けてみて、良いか?」
「はいっ」
 喜んで、貰えるかな。
 澄んだ蒼い双眸が、緊張気味に平次郎を見上げる。
 袋からは、石の首飾りと……
「これは……梓の手作りか? それに」
「覚えていて、くれましたか?」
 添えられていたのは、饅頭が二つ。平次郎が梓へ初めてあげた菓子だ。
「首飾りに使った石は、月の光を受けると、きらきら、するのです。きっと、おとーさんを守ってくれます」
 見つけるのに、きっと苦労しただろう。綺麗な球形の石は、青みがかっていて美しい。
 梓の様子がおかしいと感じたのは、贈り物の準備があったからだと合点がいった。
「ありがとう。……ありがとう、梓」
 父の武骨な手が、娘の小さな頭を優しく撫でた。




 夕暮れ時、深い青に空気が染められていく。山向こうには白い月が昇り始めていた。
 虫の音に耳を澄ませながら、縁側に腰掛ける父娘の姿がある。
 思い出の饅頭を片手に語らうのは、昔の話、今の話、ちょっとだけ未来の話。
 一年前のこの日、この場所から始まったこと。
 きっと、この先も続いていくこと。

 長く生きてきた男は、幾つもの波乱を乗り越えてきた。もう何もないと思った道の先に、小さな灯りを得た。
 幼くして両親を失った少女は、ようやく心を預けられる『父』を得た。



 日が沈み、月が昇り、そして沈んで日が昇り。
 繰り返し繰り返し、日々は紡がれていく。思い出は重なり、経験となり、糧となる。
 二人の細やかな幸せな日々は、これからも続いていくだろう。





【月、巡り巡り丸く 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【 ib5866 / 丈 平次郎 / 男 / 48歳  /サムライ】
【 ib7071 / 柊 梓 / 女 / 15歳  / 巫女 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼、ありがとうございました。
優しく暖かな親子の日々、お届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
WTツインノベル この商品を注文する
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2015年12月24日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.