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『 悪戯の日の腐れ縁 』
百目鬼 揺籠jb8361)&八鳥 羽釦jb8767


 うららかな秋の日差しを浴びて、古い旅館は静かにまどろんでいるようだった。
「紅葉も次の雨が来たら、もうおしまいですかねぇ」
 旅館『静御前』の自室の縁側に腰掛け、百目鬼 揺籠は煙管を、コン、煙草盆の灰落としに打ちつける。

 キィーッキキキ。

 百舌の甲高い鳴き声が響き、同時に真っ赤に色づいた楓の葉が数枚、音もなく落ちて行った。
 秋は深まり、冬が忍び足で近付いて来る。
 そう思うと途端に寒さを感じ、百目鬼は着流しの身体を軽く震わせた。
「おっと、こうしちゃいられねぇ。折角のお天気の、秋の夜長を逃す訳にはいきませんよっと」
 百目鬼は立ち上がると、いそいそと部屋を出た。
 旅館は広く、客以外にも住みついて寝起きしている者がいる。
 百目鬼はそんな仲間、八鳥 羽釦の部屋へ向かう。
「この時間なら、部屋にいるでしょうよ」

 目的の部屋につくと、ほとほとと襖を叩いた。
「釜さん、ちょっといいですかぃ?」
 返事はなかった。
「まだお昼の片付けでも頑張っているんでしょうかねぇ?」
 百目鬼は首を傾げながらひとりごち、廊下をひたひたと引き返して行く。
 だが炊事場にも八烏の姿はない。
 ただきれいに磨き上げられた鍋釜の類が並んでいるだけだった。
「どうしたんでしょうねぇ?」
 暫し思案の後、百目鬼は勝手口から外に出る。

 勝手口から隠し戸を通り、庭へと回った百目鬼は、ひょいと八烏の部屋を覗き込んだ。
「あれ?」
 そこには憮然とした表情で腕組みして、庭を見ている八烏の姿があったのだ。
「なんだ釜さん、手洗いでも行ってたんですかぃ? 探してたんですよ」
 百目鬼は下駄の音も軽やかに近付いて行く。
「いや実はね、釜さん。庭の紅葉もこう、いい具合に色づいてきたでしょう。今夜酒飲みに来てもいいですかぃ?」
 愛想よく声をかける。
 いつもならぶっきらぼうながらも、即了承してもらえるはずだからだ。

 だが、返事はない。
「…………」
 八烏はサングラス越しにじろりと百目鬼を見た。
 そこはいつも通りなので驚くに当たらないが、無言のまま、ふいと庭に視線を戻すではないか。
「え? 釜さん……?」
 確かに、百目鬼を一度は見たのだ。
 なのに……。
「ええと、その……あっもしかして、なにか考えごとの邪魔でもしやしたかね?」
 百目鬼の震え声に、八烏がピクリと頬をひきつらせた。
 と同時に、思わぬ音。
「……チッ」
 百目鬼は顔についたふたつの目を見開いた。
 小さい音だが、確実に舌打ちである。
「ええと……ちぃと都合が悪いようですし、ひとまずは失礼するとしましょうかね……!」
 百目鬼は踵を返し、大慌てで来た方へと戻っていった。



 八烏は、足をもつれさせるようにして走り去る百目鬼を目の端で見送った。
(……喋らねぇとか結構難しいな?)
 百目鬼の姿が完全に見えなくなってから、軽く息をつく。
「それにしても妙な行事だな」
 思い切り伸びをし、肩の凝りをほぐすように首を左右に曲げる。
 行事とはハロウィンのことだった。
 そう、今日はハロウィン当日なのである。

 旅館に住まう者どもも、何やらここ暫く浮かれていた。特に年若い連中は、それぞれに隠し事でもしているかのようなくすぐったさ。
 一応、ハロウィンが何なのかは聞いてみた。どうやらハロウィンというのは、誰かに悪戯を仕掛ける祭らしい。
 八烏には、何が面白いのか良く分からない。分からないが、やってみれば分かるかもしれない。偶には乗ってみるかと思ったのがつい昨日のことである。
「悪戯ねぇ……変な祭もあるもんだな」
 旅館の面子を順に思い浮かべた八烏は、それだけで疲れてしまった。なんといっても、悪戯なんか仕掛けた日には大騒ぎになるに決まってる連中だ。
「んー、全員にやんのはナシな。とりあえず、百目鬼にだけやっとくか」
 ある種の特別扱いだ。――やられた相手が嬉しいかどうかは別として。

 そこで八烏が考えた悪戯が「とりあえず口を利かない」というものだったのが、百目鬼の不幸であった。
 話しかけられれば、何か答えたくなる。
 それを押さえるために目を逸らし、咄嗟に口を突いて出そうになる言葉を飲みこむ。
 それもなんだか面倒になってきて思わず舌打ちしたのだが、百目鬼はそこで回れ右していなくなってしまった。
「ま、後で説明すりゃいいか」
 八烏はもう一度、大きく伸びをした。



 逃げるように炊事場に戻り、百目鬼はまだドキドキしている胸を押さえる。
「釜さんてば、一体なんなんでしょうねぇ?」
 じろりと睨まれたり、雑に扱われたり、通りすがりに腹パン食らったりは日常茶飯事だが、こんな反応は初めてだ。
「なんか怒らせましたっけねぇ……?」
 腕組みして考えこむ百目鬼。その表情は真剣そのもの。
「あれですかねぇ。勝手にぱそこん触ったやつ?」
 ……それは普通に怒られるだろう。
「でもあの後、黙って腹に一発食らいましたからねぇ。アレで手打ちでしょう」
 ……そうなのか?
「あ、あれですかねぇ。ど深夜に帰った後、部屋を訪ねたやつ?」
 ……八烏の朝は他の者よりかなり早い。これも絶対あかんやつや!
「でもあのときも直ぐに蹴り飛ばされて、庭に転がされましたからねぇ……」
 他にもつまみ食いしたこととか、酔っぱらって大事な釜をひっくり返したこととか、いろいろ思い出す百目鬼。
 それでも、これまで黙って無視されたことは一度もなかった。
 百目鬼は上り框に座りこみ、頭を抱える。
「……これはいよいよ愛想尽かされましたかねぇ……?」

 長く続いてきた腐れ縁。
 これまでも、そしてこれからもずっとそうだと、無意識のうちに信じていた。
 それだけにもし本気で怒らせてこれきりということになれば、百目鬼にとって大きな痛手だった。
「こうしていても埒があかねぇ」
 百目鬼は顔を上げる。
「なにかやらかしたにせよ、ひとまずは理由を聞いて。心の底から謝りゃ、釜さんだって許してくれるでしょうよ」
 意を決し、今度はまるで戦場へ向かうかのような表情で、廊下から八烏の部屋へと向かう。

 その少し後。
 腰を抜かしたように八烏の部屋の襖に縋りつく百目鬼の姿が見られたとか、見られなかったとか……。



 細い月が空の端にかかっている。
 雨戸を立てず、障子も開け放した部屋の中で、百目鬼は笑っていた。
「もー本気でひやひやしたんですからね! 脅かすんなら事前に言っといてくだせぇよ!」
 泣いているかのように笑いながら、そう言って八烏の肩を小突く。
「先に言ったら悪戯にならねえだろうが」
 八烏が突かれるままにぼそり。
 いつもなら一発お見舞いしているところだが、流石に今回は手も出ない。

 よくよく聞いてみれば他愛もないこと。
 誰がハロウィンの話を間違って教えたのかは知らないが、八烏なりに考えついた悪戯が余りに彼らしくて、百目鬼はそれを思うとまた笑ってしまう。
「いいですかぃ? ハロウィンてぇのは、お菓子をくれなかったら悪戯するぞって言うんですよ。お菓子をもらう方がホントの目的なんですから」
 そう言って百目鬼は杯を差し出した。
「ほら、悪戯はよしてくださいよ。釜さんには菓子よりこっちでしょう」
「百目鬼、変な酔い方すんじゃねえぞ」
 じろりと一瞥しながら、八烏は杯を受け取る。

 数えきれない夜を、こんな風に過ごしてきた。
 飲む酒も、見る景色も、時代とともに移り変わっていったけれど。
 秋の夜長よりも長い長い夜も、一緒にいたから今日まで笑っていられたのだろう。

「ねぇ釜さん、そういや釜さんに振り回されたのは、今日が初めてな気がしますねぇ」

 大体は百目鬼が何か騒動を起こし、八烏が巻き込まれる。
 それでも八烏は長い間の道連れだった。
 あまりにも長い間一緒に生きて来たので、声をかければ返事してくれるのが当たり前だと思っていた。
 気持ちの良い夜には、こうして一緒に酒を酌み交わすのも――。

「偶にはそういうのもいいだろ。……って、おい?」
 ふいに大人しくなった百目鬼は八烏にもたれかかり、そのままずるずると床に倒れ込んで行った。
「あーあ、しょうがねぇなあ……」
 八烏はぼやきながら立ち上がり、押入れから毛布を取り出して百目鬼に掛けてやる。
「風邪なんざひきゃしねぇとは思うけどな」
 苦笑いで傍に座りなおし、八烏は手酌で杯に酒を注ぐ。

 静かな夜だった。
 色々なことを思い返すにも、ひとりでは寂しすぎる程の。
 愛想を尽かされるなんて思ってもみなかった。
 だから大事な友人を失う怖さを、今まで考えようとしなかった。
 ほろ酔いの眠りの中でも、その底なしの恐ろしさは冷たい指で百目鬼に触れる。

「……羽釦さん」
 毛布の端から手が伸びて、八烏のシャツの裾に触れた。
「寝てろ。ここにいるから」
 馴染んだ声。
 毛布の上から、軽く肩を叩く手。

 百目鬼は今度こそ安心して、心地よい眠りに身を任せるのだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb8361 / 百目鬼 揺籠 / 男 / 25 / 意外と心配症】
【jb8767 / 八鳥 羽釦 / 男 / 25 / 馴染みゆえの】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、ちょっと変則(?)ハロウィンの一幕になります。
少し大人しめになりましたが、秋の夜の情景ということで。
ご依頼のイメージから大きく逸れていなければ幸いです。
この度はご依頼いただきまして、誠に有難うございました。
ゴーストタウンのノベル -
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エリュシオン
2015年12月24日

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