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『剣士たちのお仕事 』
フェイト・−8636)&I・07(8751)&鬼鮫(NPCA018)


 その男は、物として扱われていた。
 大柄な全身を拘束衣でがんじがらめにされたまま、立てたベッドのような形状の台車に縛り付けられている。まるで荷物だ。
 台車を押し進めているのは、2人の係員。
 その周辺を警護しているのは、黒いスーツに身を包んだ5人の男。全員、拳銃を携行したIO2エージェントである。
 うち1人が、フェイトだった。
「……あんた、今度は何をやらかしたんだ」
「お仕事よ。ちょいとばかり、頑張り過ぎちまってなあ」
 荷物の如く運ばれながら、男がニヤリと笑う。
 白い牙が見えた。歯ではなく牙だ、とフェイトは思った。
「おめえさんも頑張ってたようじゃねえか? 停職中だってのに、給料の出ねえお仕事をよ」
「そうとも、給料は出ない。だから仕事じゃないよ。俺の、自己満足さ」
 停職明けのフェイトが、最初に拝命した仕事。それが、この男の警護である。
 筋骨たくましい身体を縛る拘束衣は、人間用のものではない。ジーンキャリア用の特殊素材製品だが、それでも果たして、この男の動きを本当に封じておけるものなのか。
 この男が万一、拘束衣を引きちぎって暴れ出すような事があれば、即座に射殺する。それがフェイトの、今回の任務だ。
 霧嶋徳治。それが、この男の本名である。
 それはしかしフェイトにとっての工藤勇太と同じで、ここでは誰もそうは呼ばない。
 エージェントネーム・鬼鮫。
 精鋭揃いと言われるIO2日本支部において、最も危険な男。大勢のエージェントに、そう認識されている人物だ。
「……おめえさんの妹もな、頑張ってたぜえ」
 鬼鮫が言った。
「停職喰らってる兄貴の分まで、なんて事ぁ口にゃ出さねえがな。ありゃ間違いなく2人分の仕事はしてた。立派なもんだぜ? もう俺が教える事なんざぁ何にもねえ」
「……あいつにも、迷惑かけちゃったからな」
 フェイトのいない間、この鬼鮫と組んで仕事をする事も多かったようである。
「で、鬼鮫さん……あんたは一体、何をやらかしてこんな」
「言ったろ? 頑張り過ぎたって」
 懲罰房へと護送されつつある男が、にやりと牙を剥く。
 この男が頑張り過ぎたという事は、少なからず人死にが出たという事だろう。
 人死になら自分も出している、とフェイトは思った。
 それも、任務の巻き添えで死なせたという類のものではない。
「俺が、インドでやらかした事を調べてもらえば……俺だって、懲罰ものだよな」
「はっはっは。おめえさんが懲罰房行きなんて事になりゃあ、あいつが黙っちゃいねえ。ここの職員だろうが何だろうが誰彼構わず叩ッ斬って、愛しい兄貴を助けに来るだろうぜ」
「兄貴……ね」
 兄と呼ばれるような事など、自分は彼女のために、何もしていない。してやれる事が、何かあるのだろうか。
 あの少女が望んでいるもの。それは復讐である。
 それに可能な限り力を貸してやるのは良いとして、結果、上手く復讐を遂げてしまった場合。彼女は、IO2エージェントを続けるのか。辞めてしまうのか。
 IO2エージェントではない、イオナの姿というものを、フェイトは時折、想像してみない事もなかった。


「お兄様、お兄様ってば! もう、起きて下さい!」
 布団を剥ぎ取られた。
「お休みだからって寝過ぎです! 規則正しい生活をしないと、明日からのお仕事に響きますよ」
「……………………誰?」
 目を覚ますと同時に、フェイトはそんな言葉を発していた。
 寝ぼけ眼に映るのは、自分よりも5、6歳は年下の少女である。
 可憐な美貌に、海賊のような黒のアイパッチが痛々しい。
 その顔が、ずいとフェイトに近づけられる。緑色の隻眼が、じっと睨み据えてくる。
「妹の顔を忘れるくらいに寝ぼけるなんて。まずは冷たい水で、お顔を洗って下さい」
「妹……」
 誰だ、などと訊くまでもない。目の前にいるのはイオナである。寝ぼけた頭でも、そのくらいはわかる。
「え……と。何で、イオナが……ここに、いるのかな……」
「兄妹なんだから、一緒に住むのは当たり前でしょう」
 22歳の独身男と、15歳の少女である。いくら兄妹でも、当たり前に同棲するのはどうなのか。
 そう思いかけて、フェイトは気付いた。そもそも自分たちは、本当に兄妹なのか。
「朝ごはん作っておきましたから。洗い物は、しておいて下さいね」
 言いつつイオナが、くるりと背を向けた。艶やかな黒いポニーテールが、勢い良く舞った。
「私、行きます。今日バイト早番だから……はい、二度寝しないようにっ!」
 部屋を出て行こうとしながら、イオナがもう1度振り向いた。
 布団の中に沈みかけたフェイトを、エメラルドグリーンの隻眼が射すくめた。


「おかしい……何かが、おかしい」
 ぶつぶつと呟きながら、フェイトは街を歩いていた。別に、行きたい場所があるわけではないのだが。
 朝飯は、白米のご飯と味噌汁と目玉焼きと焼鮭だった。普通に美味しかった。
「あいつ、料理なんて出来たのか。普段、錠剤とかで栄養摂ってるのに……ここ最近は、ちゃんとしたものも食べてるみたいだけど……いやいや。そういう事じゃなくて、何かがおかしい」
「はい。悩み事ですかぁ? 迷える御主人様」
 声をかけられる、と同時にフェイトは取り囲まれていた。エプロンドレスを可憐に着こなした、美少女たちに。
 メイド喫茶の客引き。以前も、同じような事があった。
 あの時は、イオナが一緒だった。今日は、フェイト1人である。
「お悩みの心、悲しい心、傷付いた心、私たちが癒しちゃいまぁす♪」
「というわけでぇ、さまよえる御主人様お1人ごあんなぁあい」
 メイド姿の少女たちが、左右からフェイトの腕を取って歩き出す。
「あ、いや……別に、悩んでるわけでも傷付いてるわけでも」
 などと言いつつフェイトは、先日の鬼鮫のように連行されていた。


「お帰りなさいませぇ、御主人様……」
 明るい声を出しながら、イオナが硬直していた。
 いくらか胸を強調するデザインの、エプロンドレスである。こんなものを着ていると、いささか凹凸に乏しい体型も、それなりには見える。
 フェイトはつい、そんな事を思ってしまった。
 黒髪のポニーテールに純白のカチューシャという組み合わせは良いとして、片目を潰す黒のアイパッチは、客の心を癒す仕事をしている身としてはどうなのか。そんな事も、思ってしまう。
「お兄様……どうして、こんな所に……」
「……うん。それは、こっちの台詞なんだな」
 フェイトは、そう言うしかなかった。
「バイトって、これの事だったんだ……」
「……私、ちゃんと言いましたよ」
「あら何、イオナちゃんのお兄様なんですかぁ?」
 メイドたちが一斉に、華やいだ声を発する。
「あ、そう言えば似てますねえ。可愛い系のイケメン御主人様♪」
「イオナちゃんってば、こんな素敵なお兄様と1つ屋根の下で暮らしてるワケ? 就業規則違反よっ」
「うちの兄貴なんて、ただの引きこもりデブなのにい」
「はいはい、私生活を持ち込まないように。ここは御主人様たちに夢を見ていただく場所なんだから」
 バイトリーダーと思われる年長者のメイドが、ぱんぱんと手を叩いた。
「今ここにいらっしゃるのは、イオナちゃんのお兄様ではなく私たちの御主人様。というわけでぇ」
「お帰りなさいませ御主人様!」
 メイドたちの声が、重なった。
 圧倒されるまま、フェイトは4人掛けの席に座り込んだ。
 圧倒されるまま、フェイトはオムライスを注文していた。朝飯を食べて、まだそれほど時間が経っていないと言うのにだ。
「お待たせいたしましたぁ、御主人様♪」
 オムライスを運んで来てくれたのは、イオナである。持たされたのだろう、とフェイトは思った。
 メイドとして完璧な営業スマイルを浮かべながら、イオナはケチャップを手に取った。
「それじゃ覚悟はいいですかぁお兄様、じゃなくて御主人様。ラブラブパワー注入いきますよぉ〜」
「やめてくれー」
 悲鳴を上げるフェイトに、イオナの『美味しくなる呪文』が炸裂していた。


 呪文が効いたわけでもなかろうが、美味いオムライスであった。
 朝食がまだ腹に残っていたが、苦しい思いをする事もなく、フェイトはがつがつと平らげてしまった。
「ふう……これ、美味かったよ。メイド喫茶だからって、偏見があったわけじゃないけど」
「当店のシェフお勧めの一品でございます、御主人様」
 言いつつイオナが一礼し、声を潜める。
「それで、あの……お兄様に、シェフを御紹介したいのですが」
「シェフを呼べってやつ? メイド喫茶で美食家を気取るつもりはないんだけどな」
「いえ、ぜひ紹介させて下さい。私、そのシェフと……お付き合い、していますので」
 イオナが何を言っているのか、フェイトは一瞬、理解出来なかった。
「えー、お付き合いって……ああ、お料理とか教わってるって事? 確かに俺、イオナがあんなに料理出来るなんて思わなかったもんな」
「そうではなくて、お付き合いしているんです私……デートとか、したり」
「何だってぇえええええええ!?」
 店内で、フェイトはつい大声を出してしまった。
「お、おい誰なんだ一体! 事によっては、事によっては」
 許さないぞ、などとフェイトは言ってしまいそうになった。
 何かがおかしい、と朝から思っていた。なんの事はない、自分が一番おかしいのだ。
「落ち着いてください、お兄様。オムライス食べてわかったでしょう? きちんと手に職を持った、仕事の出来る人です……どうぞ、こちらへ」
 イオナの言葉に導かれ、シェフは現れた。
 純白のコックコートに、筋骨隆々たる胸板や腹筋の形が浮かび上がっている。
 凶猛な顔面が、フェイトに向かってニヤリと牙を剥いた。
 人間を捌いて料理してしまいかねないシェフの巨体に、イオナが少し恥ずかしそうに寄り添ってゆく。
「紹介します、お兄様。私の大切な人……当店の、鬼鮫料理長です」
「イオナ嬢の兄上でごぜえますか。早速のお控え、ありがとうござんす」
「いや、控えてないから……って言うか、控えるって何を」
 フェイトの言葉を無視して、鬼鮫は一方的に仁義を切った。
「包丁一本さらしに巻いて旅から旅へ修業の身なれど、オーナー様の御厚意を賜りまして板場を任せていただいております。姓は霧嶋、名は徳治、またの名を鬼鮫と発します、しがない渡世料理人にござんす。腕を磨いて添い遂げる、それまで待ってておくれと言えりゃあいいが、しばしの別れも耐えられず……イオナ嬢に尻ひっぱたいてもらわにゃあ包丁も握れねえ、未練な男でござんす。へえ、どうかお赦しなすって」
 凶猛な顔を、ぽっ……と赤らめながら鬼鮫は、悪鬼のように力強い腕でイオナの細身を抱き寄せた。
「お兄様と……お呼びして、よろしゅうござんすか?」


「いいわけないだろぉおおおおおおおッッ!」
 叫びながら、フェイトは目を覚ました。
 IO2日本支部、事務室である。パソコンの近くで、フェイトは机に突っ伏していた。
 おぼろげに思い出す。ちょっとした書類を、作らなければならないのだ。
 ちょっとしたデスクワークの最中に、フェイトは力尽きていた。書類関係の仕事は、やはり苦手だ。
「停職中も仕事をしていたようだな、お兄様。疲れが、溜まっているのではないか?」
 イオナが、お茶を持って来てくれた。
 エメラルドグリーンの隻眼が、フェイトに向かって、冷ややかな輝きを湛えている。
「うなされていた、だけではない。突然、叫び出したり笑ったり……大丈夫なのだろうな? お兄様」
「俺……笑ってた?」
「にやにやと、下品に……な」
 氷のような刃のような視線に耐えながら、フェイトはお茶を啜った。
「あのさ、イオナ……鬼鮫さんと、もしかして付き合ってたり……する?」
「もちろん、付き合っているとも」
 イオナは、さらりと即答した。
「鬼鮫師範は、私に付きっきりで剣撃戦闘を指導してくれる。早く懲罰房から出て来てもらわなければ、腕が鈍る一方だ」
「そういう意味か……」
 安心してしまった理由が、フェイトはわからなかった。
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2015年12月25日

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