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『【2023, One day】 』
ハンナ・ルーベンス(ga5138)


●From the end of the war, 10 years

 その日は、晴れ渡った青空が広がっていた。
 雲も高層に薄く白くたなびくのみで、視界は良好。
 降り注ぐ暖かな陽射しは、ヘルメットを片手に天を仰いだ女性パイロットの影を、くっきりと駐機場のアスファルトに刻む。
 肩の辺りで切った茶の髪を、渡ってきた風がふわりと揺らし。
「はぁ……いつ見ても、綺麗な人だなぁ……」
「だよな。グラビアのモデルとか、そんなんと違って、こう……神々しいというか」
「そうそう。でも『女神サマ〜♪』とか軽々しく言っちゃうのも、おこがましい感じで……」
「お前ら、口ばっかり動かしてねぇで、手を動かせ!」
 しゃがれた錆声の一喝に、車輪や牽引車の陰から窺っていた若い整備スタッフ達が一斉に飛び上がった。
 怒声に視線を向けたハンナ・ルーベンス(ga5138)は、わたふたと持ち場へ散っていくスタッフの姿に小さく笑んで、憤慨する老齢の整備チーフへ歩み寄る。
「すまんな、まだひよっこ共だ」
「いいえ。今日は、よろしくお願いします」
 帽子を取った老チーフの謝罪に頭を振り、ハンナは陽光を弾く白い機体を見上げた。
 幾多の戦場を共に駆け抜けてきた愛機、ナイトフォーゲルEPW−2400 ピュアホワイト――愛称、フラウ・ジャンヌ・クローデル。
 空を取り戻す数々の戦いから10年を経た今もなお、現役で戦えるKVだ。
「先に送った資料の通り、今回のオーダーは改良型エンジンの耐久テストとなる。あんたと『お嬢さん』なら、無茶をしてフッ飛ばす事もないと思うがな」
「このテストの結果次第で、他の旧式KVも安心して更に長く飛べるようになるのですね」
 様々な型式のKVが並ぶ格納庫へ、ハンナは感慨深げな眼差しを向ける。
 新たな技術を応用した新型機に乗り換えていく能力者達がいる一方、手塩にかけた愛着ある旧世代KVにこだわるKV乗り達も少なからず存在する。
 そんな能力者を支えるため、新旧機体の性能差を埋めようとパーツの開発・改善や整備に心血を注ぐ物好きな技術者も、世界にはまだまだ残っていた。
「……皆様に、感謝致します」
 ひんやりとした機体に手を触れ、静かにハンナは瞑目する。
 今も昔も、能力者は独りで飛んではいない。
 沢山の期待と祈りと夢と……そして、希望を託されて。
「では、行って参ります」
 若い整備スタッフ達へいつもの様に声をかけてから、コクピットへ乗り込み、ヘルメットを装着する。
「それから……整備班の皆様に、主の祝福と御加護を」
「シスターも、幸運を」
 修道女の祈りに、離れるタラップから整備スタッフも礼を返し、キャノピーが閉じた。
 整列したスタッフ達に見送られ、管制塔の指示を受けたピュアホワイトは駐機場から滑走路へと移動する。
 飛行形態の白い機体は、そこから一気に加速を始め。
 轟くジェットエンジンの音を残し、青い空へと舞い上がっていった。

「……けど、チーフ」
「何だ」
「あの人、本当に……変わらないですよね」
 見送った新人スタッフ達が格納庫内へ戻る中、そろそろ勤務年数が片手を越える中堅のスタッフは『大先輩』の背中へ声をかける。
「歳を取っても綺麗な人って普通にいますけど、そんなレベルじゃないっていうか。何年経っても……俺が初めてラストホープに来た頃から、全然老けないっていうか」
「あの人が背負っとるのは、人を助ける力と引き換えに発現した『代償』の一つの形だ。無闇に詮索していいモンじゃあねぇ」
 帽子のつばを目深に引き下ろし、老チーフは格納庫内の事務所へ向かう。
 機体の影も見えなくなった空を中堅スタッフは仰ぎ、最近小さくなった気がする後ろ姿を追った。


●空の標

『テスト項目、1番から5番をクリア。これでフェイズCは終了、300秒後にフェイズDを開始します』
「了解しました」
 テストの手順を指示する観測員からの指示に、ほっとハンナは肩の力を抜いた。
 今のところキメラや敵対する機影はなく、テストの進行も順調だ。
 キャノピーの外に目をやれば、機体の下にはきらめく紺碧の海が広がり、ずっと向こうで空の淡い青と交わっている。
 洋上を単機で飛ぶピュアホワイトは、まるで交差するポイントを目指す矢のようで。
「もし天上への扉があるとしたら、あの様な場所なのでしょうか。それとも、空のもっと高いところに……」
 短いインターバルを挟んだせいか、意識せず、ぽつりと呟きがコクピットに落ち。
『疲れておらんか?』
 無線を変わったのか、不意に老チーフが気遣った。
 普段そんな事は滅多になく、(珍しい)と思いつつも微笑んでハンナは返事をする。
「はい。私もフラウも、問題ありません」
『そうか』
「当該空域にも、交戦対象となる機体は感知していませんから。10年前と較べれば、ずっと平和な空になりましたね」
『そうだな……』
 短い沈黙、あるいは逡巡。
 気がかりでもあるのかと問おうとした直前、しゃがれた声が再び聞こえた。
『なぁ、シスター。あんたにとって……救済は当然だろうが。あんた自身、悔いはないのか?』
「悔い、ですか……?」
『うちの若い連中が、聞きおったよ。ナンであんたは何年経っても二十歳過ぎのまま、変わってないのか……てな』
「そうですか……すみません」
『いや、あんたが謝る事じゃあない。エミタがなきゃあ、そして適合者でなきゃあ、そんな代償を背負うこともなかったろうに。神さんも、皮肉な事をなさる』
「いいえ」
 即座に否定したハンナは一呼吸を置き、毅然とした声で再び否定した。
「いいえ。道しるべであろうと願った私には、これは恵みです」
 そう……これは、神の恩恵。
 どこか全てを悟った口調で、ハンナがその言葉を口にした途端。
『ナンでだよ! 神サンの悪戯とかいうレベルじゃあねぇだろ!』
 聞き覚えのある声が、通信に割り込んだ。
『お前ら、なに勝手にチャンネル開けてやがる!』
『違っ、俺らじゃねーよ!』
『あ、あの、チャンネル開きっ放しで、勝手に聞こえてきたんです!』
『休憩に行った技術部が、単に切り替え忘れたんじゃないか?』
『気付いたなら、切らんかッ!』
 慌てる若い整備スタッフ達と、雷を落とす老チーフの喧々囂々(けんけんごうごう)をまとめれば。テストの為にオープンにしていた無線を観測員が切り忘れ、今の会話が格納庫内に筒抜けだったらしい。
「チーフさん、あまり皆さんを怒らないで下さい。それにエミタの副作用の件について、私は恨んだり、悲観したりしていませんから」
 先程も『恵み』だと申し上げた、その言葉の通り――そう、静かにハンナは憤る地上の整備スタッフ達へ語りかける。

 無論、彼女とて最初から全てを受け入れていたわけではない。
 エミタのメンテナンスを行うULTより『副作用』について知らされた時は、少なからぬ衝撃を受けた。
 未だ、人体へ未知の影響を与えるエミタ――人類が自らに適合させた、異星の技術。
 それが彼女にもたらした副作用は、『不老』だ。
 過ぎる年月に従って歳を重ね、いずれは老いて、天に召される。
 そんな人並みな摂理すら、運命は彼女から奪った。
 愛する者達と一緒に、歳を取っていく事は出来ないけれども。

「姿形ばかりが、人の全てではありません。いずれは私も神の御許へ参りますが、その時に少し老いを忘れてきた、ただそれだけの事です」
 空の上からかけられる穏やかな諭す言葉に、若い整備スタッフ達は押し黙り。
『達観、し過ぎだよ』
 スタッフの中でも、少し年長っぽい声がぶっきらぼうに呟いた。
「まだまだ未熟ながら、神の愛を説く身ですから」
『随分な、熱の入れようだけどな』
『テストは、まだ残ってるんですよねっ。気をつけて!』
 何かを内に堪え、誤魔化すような憎まれ口。
 それを気遣う言葉が遮り、騒がしさは潮が引くように遠ざかった。
『……すまんかったな』
「いいえ。あ、チーフさん」
『んん?』
「どうか、お身体を大切に。若いスタッフさん達の為にも、長生きなさって下さいね」
『儂がおらんようになっても、旧型KVが安心して飛べるよう手を尽くしておいてやるから、安心しろ』
 老いて死ぬ身なればこそ、老いを迎えず死ぬ相手を気遣う、偏屈な憎まれ口は変わらず。
 弟子達が不器用なら、その師も負けず劣らず不器用で、微笑ましい彼らに幸あれとハンナは十字を切った。

 ピュアホワイトが機首を上げ、天の一角を目指す。
 そのまま指定の高度まで一気に駆け上がり、到達するのは空と宙の狭間。
 昼間にもかかわらず眼前には漆黒の海が広がり、天への門など何処にも存在しない。
 そして、KVの心臓たるエンジンの振動が止まった。
 背後へ残してきた青い空へ、白い機体は真っ逆さまに落ちて行く。
 重力の束縛から解き放たれる事、ほんの6秒前後。
 死の静寂と無重力の感覚を、懐かしく確かめ。
 停止させたエンジンをハンナが再起動した。
 正しく、息を吹き返したピュアホワイトは機体を立て直し、優雅に大空で弧を描く。

『最終テスト、終了です』
 何も知らぬ観測員が、試験の終了を告げた。
 天上から帰ってきたKVを、駐機場で整備スタッフ達がいつもの様に出迎える。


 その日、晴れ渡った青空はどこまでも遠く広がっていた。
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2015年12月28日

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