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『ゴーストタウン・アドベンチャー 』
シグリッド=リンドベリjb5318)&カーディス=キャットフィールドja7927)&華桜りりかjb6883)&ゼロ=シュバイツァーjb7501


 その街から人の姿が消えてから、どれだけの月日が流れただろう。
 かつては温かな光に溢れていた窓の奥には闇が広がり、楽しげな笑い声は隙間を抜ける風のヒュウヒュウという悲しげな声に取って代わられた。
 壁が崩れ、屋根が抜け落ちた家もある。
 季節の花が咲き乱れていた庭は、人の背丈よりも高い雑草に覆われていた。
 商店街の錆びた看板は外れかけ、今にも落ちそうになりながらキイキイと音を立てている。
 ガラスが割れたショーウィンドウの向こうからは、腕の取れたマネキンが誰もいない通りに虚ろな微笑みを向けていた。
 乾いた空気の中、年末のセールを知らせる色褪せたチラシがカサカサと音を立てて道路を横切っていく――


「……という設定になっているらしいのです」
 解説文を読み上げたシグリッド=リンドベリ(jb5318)は、兎の耳が生えたシルクハットの鍔を片手で押さえながら振り向いた。
 今日はハロウィン、オープンから二年目となるここ久遠ヶ原ドリームランドは、今年もオレンジ色に染まっていた。
 そして今年の目玉となる新アトラクションが、この「ゴーストタウン・アドベンチャー」だ。
 この街に入り込んだ者は、街のあちこちに隠された秘密のスタンプを全て集めなければ外に出ることが出来ない。
 しかも、ただ集めれば良いというわけではない。
 追いかけて来る鬼に捕まったら、せっかく集めたスタンプを全て奪われてしまうのだ。
 逃げる獲物が先にスタンプを集めて脱出するか、それとも鬼が全てを横取りして行くか――外に出られるのはどちらか片方のみという、サバイバルスタンプラリー。
 勿論、勝負が決まった後は負けた方もちゃんと出られますので、ご安心を。
「誰が鬼になるかは参加者の中で自由に決められるみたいなのです」
「なるほど、なら決まりやな!」
 死神のコスプレをしている筈なのに、何故か普段とあまり変わった気がしないゼロ=シュバイツァー(jb7501)が悪い顔で笑う。
「楽しいところに俺はいる!」
 鬼ごっこで最も楽しい、そして美味しいポジション、それは鬼。
「俺が鬼にならずして誰がなるんや!」
 擦り切れた黒いローブに身を包み、血飛沫を噴き出す大鎌を構えた死神は、その顔に満面の笑みを湛える。
 それはそれは、怖ろしい姿だった。


 なお本日の入園にはコスプレが必須。
 ということで、華桜りりか(jb6883)は三角帽子からヴェールを垂らした魔女っ子仮装だった。
 三段重ねの黒いミニスカートは、道化師の衣装のような先の尖った逆三角形の布が鱗状に重なり、その先端にはオレンジ色の丸いポンポンが付いている。
 上は黒い編み上げベストに白いブラウス、下は黒のニーハイソックスに爪先が反り返った魔女の靴。
「似合うの……です?」
 魔法のステッキを手に、くるりと回って見せる。
「すごく可愛いのです……!」
 シグリッドがこくこくと頷く。
「うん、似合ってるな」
 問いかけるような視線を向けられて門木章治(jz0029)も頷くが、「とても二十歳とは思えない」という台詞は喉から出かかったところで慌てて呑み込んだ。
「ありがとうございます、なの。章治兄さまも仮装しましょう、です」
「ぼくたちが選んであげるのですよ……!」
 何が良いだろうかと貸衣装のコーナーを物色する姉妹(?)は、「童話の世界」とタイトルが付けられた一角で足を止める。
「兄さまには、これが似合いそうなの……」
 りりかが選んだのは、アリスの帽子屋。
 膝上まであるロング丈のグレーのベストに、黒ベースに細い紺色のストライプが入ったパンツと、折り返しが付いた黒のブーツ。
 ケープが付いた黒のコートに臙脂の蝶ネクタイ、そして頭には黒いシルクハット。
「いつもの眼鏡はモノクルにすると格好いいのです……!」
 そしてまだ衣装を決めていなかったシグリッドは、三月兎と時計兎で迷った末に――
「こっちが良いのです」
 手にとったのは時計兎、だってシルクハットがお揃いだから!
 青いベストに濃いグレーのハーフパンツを合わせ、白いブラウスの首元にはパンツと同色のリボン、黒のニーハイブーツに紺色のジャケットの上から大きな懐中時計型ショルダーバッグをたすき掛け。
 そして勿論、頭にはシルクハット――ただし、こちらは両脇にぴょこんと白い兎の耳が生えているけれど。
「んぅ……兄さまにも、お耳がほしいの、ですね……?」
 猫の付け耳を持ってきたりりかは、それを門木のシルクハットにくっつける。
「トリック…オア…トリート……です?」
 うん、可愛い。
「私はもちろん、もふもふ黒猫忍者ですの!」
 カーディス=キャットフィールド(ja7927)は、いつもの黒猫さんだ。
 しかし、たまーに人の姿でいると「ヒトの着ぐるみを着ている猫」と認識されるレベルで黒猫姿が定着している彼のこと、それは誰にもコスプレとは認識されなかった。
「それなら、こうしますの!」
 赤いアイマスクとマフラーを装着すれば、ほらだいじょ〜ぶ!
「って、それは色違いですの……と言うかこのネタがわかる方はいらっしゃるのでしょうか〜」
 それはともかく、これで全員コスプレ完了。
 いざゴーストタウンへ!



「さあ行くでぇ、追い付かれんよう気合い入れて逃げや!」
 鬼に追い立てられて、獲物達は一斉に走り出した。
 スタンプ帳はグループに一冊、隠されたスタンプの数は108個。
「ずいぶん数が多いの……」
「でも四人もいるんですから、手分けして探せばきっとすぐに集まるのです……たぶん」
 ちょっと自信なさげなシグリッドの提案で、四人は別々の方角に別れた。
「私が囮になりますの!」
 スタンプ帳を預かった黒猫赤忍者は、ニンジャヒーローで鬼の目を惹き付ける。
「今のうちにスタンプを探して、場所を覚えておくといいですの!」
 後で全部まとめて押して、鬼に奪われないうちに逃げ切る作戦だ。
「鬼さんこちら、ですのー!」
 スタンプ帳を持った手をぶんぶん振りながら、黒猫赤忍者は走る。
 しかし、鬼の足は忍者よりも速かった!
「速いで〜この鬼さんは早いで〜!」
 先回りして進路を塞ぐ!
 しかし黒猫赤忍者も負けてはいない、忍者のプライドを賭けて本気の黒猫忍者パワー全開!
「なら、これでどうですの!」
 分身の術で三人に増えた黒猫赤忍者は、壁走りと水上歩行を駆使して道なき道を逃げる!
「はっはっは! そんなもんでこの俺の目を誤魔化せると思うたか!」
 それに、この鬼には翼があるのだ。
 行き止まりの壁も橋のない川も、何の障害にもならなかった。
「本物はこれや!」
 しかし、伸ばした手は虚しく空を掴む。
「ふっ、なかなかやるやないか」
 相手にとって不足はない。
「残る二人、どっちが本物や……?」

 その頃、残る三人は廃墟の中でスタンプを探し歩いていた。
 寂れた空気はまるで屋外型のお化け屋敷といった風情だが、シグリッドは動じることなくスタンプの場所を確認していく。
 手の中に握り込めばすっぽり隠れてしまいそうなほどに小さな円筒形のスタンプは、よくあるインクが内蔵されたものではない。
 ここ久遠ヶ原ドリームランドは超ハイテク遊園地、遊びの仕掛けも超ハイテクだった。
「なるほど、ノートにスタンプを押すとその情報が管制室に送られるようになっているのですね……」
 スタンプ帳も一見すると普通のノートだが、そのページは紙のように薄いフレキシブルディスプレイで出来ていた。
 それは追われる側の獲物として登録された以外の人物、つまり鬼の手が触れたことを感知すると、それまでに押されたスタンプのデータが全て消去され、鬼の得点として加算される仕組みになっているのだ。
 なお各所に設置された中継ポイントの端末にノートをかざすと、それまでに押したことのあるスタンプの所在地と、残りのスタンプ数が表示されるらしい。
「ノートを奪った鬼が新しいスタンプを押した場合も、鬼の得点になってしまうのですね」
 奪われないように、気を付けないと。
 シグリッドは恐る恐る、一件の怪しげな廃屋に足を踏み入れた。
 玄関脇に置かれた植木鉢の下にひとつ、靴箱の中にひとつ、茶の間に上がったところでちゃぶ台の下と炊飯器の中、台所のシンク下、子供部屋の机の引き出し――
 確認の為にドアや襖を開ける度に何か飛び出して来たりしないかとドキドキものだが、オバケの類なら大丈夫。
「びっくり系の遊びじゃなければ平気なので……、……きゃあぁっ!?」
 出た!
 なんか出た!
「って、ゼロおにーさん!?」
 スタンプの場所を確認して廃屋を出ようとしたシグリッドの目の前に、鬼が現れた。
「え、だって今ねこさんが囮になってくれてる筈じゃ……!」
「甘いなシグ坊、分身の術が使えるんが忍者だけやと思うたら大間違いやで?」
 そんな馬鹿な。
「で、でも、ぼくを捕まえてもしょうがないのですよ?」
 スタンプ帳は持ってないし。
「この鬼ごっこでは、鬼はスタンプ集めの邪魔するのが目的なのですよね?」
 しかし鬼はシグリッドの言葉に実に悪い顔で微笑んだ。
「ええやん、そんなんどうでも」
「ええっ!?」
「俺はみんなに楽しく遊んでもらえたらそれでええんや」
 主に俺が。
 それに、それまで一度もノートを奪われずにいたとしても、残り一個のところで鬼に奪われ、そのまま最後のスタンプを押されてしまえば、鬼の大逆転勝利となるのだ。
 最後の最後でノートを奪い取り、ラスト一個をみんなの目の前でバーンと押す、それがゼロの作戦だった。
 だからそれまでは、普通に鬼ごっこを楽しむ!
「ほれシグ坊、気合い入れて逃げんと花火巻いて打ち上げるで!」
 いつの間にか、鬼の両手には花火の束が握られていた。
 しかも火が点いてバチバチいってる。
「ええぇぇぇっっっ!!?」
 ちょ、やめて、それ鬼ごっこじゃない、って言うかゼロさんから逃げられる気がしないんだけど!
「スーちゃん呼ぶのは………駄目ですよねやっぱり」
 スレイプニルの足があれば何とか……いや、それでも逃げ切れる気がしないのは何故ですかー!
「ゼロおにーさんの移動力、ぜったい何か間違ってるのです……!」

 一方、鬼の目を逃れた黒猫赤忍者はスタンプを探す仲間達のところへこっそり忍び寄る。
「華桜さん、スタンプ帳ですの!」
 錆びた遊具がひっそりと佇む公園で、それをりりかに手渡した。
「シグリッドさんがゼロさんを引き付けてくれておりますの、今のうちに見付けたスタンプを押すのです!」
「なら当分は安心なの、ですね……」
 心の中でひっそり応援しつつ、頷いたりりかはスタンプを押していく。
 サビだらけになった滑り台の手摺り、片方の鎖が切れたブランコの下、バネが折れて傾いた木馬の足、座席の板が真っ二つに割れたベンチの裏……そして切れかかった蛍光灯が不気味に瞬く女子トイレ。
「男子トイレのほうにも、ありそうな気がするの……」
 しかし、如何にだいまおー様と言えども男子トイレには入れない。
 昨今では堂々と入るオバチャン化した女子もいるようだが、りりかは花も恥じらう乙女なのである。
 というわけで。
「かーでぃすさん、お願いします……です」
 スタンプ帳を手渡すと、そーっと、しかし力を込めて、りりかは黒猫赤忍者の背中を押した。
「お、お邪魔しますの……」
 そこに足を踏み入れた途端、冷凍庫に閉じ込められたような凄まじい冷気に襲われる。
 もふもふの黒猫赤忍者でなかったら、寒さに凍えて身動きが取れなくなっていたことだろう。
「それでも長居は禁物ですの、早くスタンプを見付けて脱出……っくしゅん!」
 黒い体に降りた霜を振り落としながら、黒猫赤忍者は薄暗いトイレの中を調べていく。
 水が出ない蛇口にぶら下がったものがひとつ、落書きだらけの壁の模様に紛れるようにひとつ。
「ここにもありそうな気がしますの……」
 黒猫赤忍者は個室のドアに震える手をかけた。
 大丈夫、大丈夫、ここはお化け屋敷じゃない……はず……
 ギイィっと重たい音がして、個室のドアが開く。
 ギュっと閉じた目をそぉーっと開くと、そこには――

 蓋を閉じた便座の上に、何か黒くて丸い物が置かれていた。
 キリキリと音を立てて回転を始めたそれは、死神の生首。
 黒猫赤忍者に向き直ると、口の端から赤黒い血を滴らせてニヤリと笑った。

「トリック、オア……トリート?」

「きいぃやあぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっっっ!!!」
 真っ黄色な声を上げ、個室のドアをぶち破る勢いで飛び出して来た黒猫赤忍者。
 驚いた勢いでスタンプ帳を放り出し、勿論便座の蓋の裏に隠されていたスタンプの存在も忘れて、一目散に逃げる。
「おーい、忘れもんやでー?」
 物質透過で便座と一体化していたゼロがノートを拾い上げると、そこに押されていたスタンプが薄いグレーの表示に変わる。
 それは「一度は押したものの鬼に奪われ、再び押しに戻る必要がある」という事を示す表示だった。
「しゃーない、ここの分は押しといたるか」
 そーれ、ぽちっとな。
 薄いグレーの表示で「53」と書かれたスタンプの文字が浮かび上がった。

「ゼロさん、ノートを返してくださいなの……ですよ?」
 トイレから出て来たゼロの前に、りりかが立ちはだかる。
 だいまおー様に逆らおうなどと愚の骨頂、ここは素直に渡すべきか。
 しかしこれはゲームだ、遊びだ。
「作戦変更や、取り返せるもんなら俺に追い付いてみぃ!」
 ノートを持ったまま逃げる鬼、まさかの攻守交代だ!
「そんなの聞いてないの、ですよ?」
「当たり前や、言うとらんのやからな!」
 たった今、思い付いた事だし。
「んと、この場合後ろから輝夜でどつく……わけにはいかないの、ですね」
 仕方ない、ここは――

 りりかは たすけを よんだ !

 しぐりっど が あらわれた !
 かーでぃす が あらわれた !
 しょうじ が あらわれた !

 > どうしますか?

「章治兄さま、ノートを取り返してほしいの……」
「わかった」
 足には自信があると頷いた門木は、そう言っただけのことはあった。
 あっという間にゼロに追い付き、並ぶ。
「それは返してもらうぞ」
「おっ、流石やなきっつぁん!」
 しかし、そう簡単に渡すわけにはいかないとゼロは更に加速する。
 門木も負けじとそれに追いすがった――かに見えたのだ、が。
 彼の全力疾走は、十秒と保たなかった。
「すまん、スタミナが……!」
 百メートル走なら撃退士さえぶっちぎれるが、四百メートルは無理、マラソンなんて走ったら死ぬ。
「章兄、今度ぼく焼肉おごりますから……」
 ぽむ、追い付いたシグリッドがその肩を叩いた。
「乗ってください、一緒にゼロおにーさんを追いかけるのですよ……!」
 よくよく思い出してみたら、ルールには召喚獣を呼んではいけないとは書かれていなかった――呼んで良いとも書かれていなかったけれど。
 普通の遊園地ならわざわざ書くことでもないだろうが、ここは久遠ヶ原。
 ならばきっと、呼んでも良いのだ。
「だめだったら、係の人が飛んで来るのです」
 というわけでスレイプニルの背に乗って、逃げるゼロを追いかける。
 行く手には恐怖から立ち直った黒猫赤忍者が先回りしていた。
「ここは通しません、ノートおいてけーですの!」
 忍法、影縛の術!
「そんなもん俺には効かへんでぇ!」
 と思ったら――
「忍法、じゃないけど影踏みの術なのです……!」
 おまけに踏むのは影じゃなくて本体だけど、手加減するから大丈夫ですよね、ゼロさんですし。
 スレイプニルに軽く踏まれてぺしょっと潰れたところで、りりかがその手からノートを奪い返した。
「さあ、スタンプ集めを再開しましょう……です」
 にっこり。

「まだや、まだまだ盛り上げが足りん!」
 ノートを奪い奪われ、スタンプを押しながらの攻防は続く。
「もしもし、わたしゼロさん。今あなたの後ろにいるの」
 振り向けば、付かず離れず追い付かずの距離で奴がそこにいる。
 シグリッドはスピードを上げて振り切ろうとするが、体力メーター満タンでも無理なのに、ガス欠寸前の今の状態で出来るはずもなかった。
「ね、ねこさんパスなのです……!」
 最後の力を振り絞り、併走する黒猫赤忍者にスタンプ帳を投げる。
「お任せくださいですのー!」
 ダイビングキャッチを華麗に決めた黒猫赤忍者は、そのまま全力で走った。
 残るスタンプはあと一個、何としても鬼より先に見付けて押さなくては!
 気が付けば廃墟の空は夕焼け色に染まり始めていた。
 廃校となった小学校の校舎から、帰りの放送が流れ始める。
『下校の時刻となりました、生徒の皆さんは車に気を付けて、早く家に帰りましょう』
 この放送が流れると、制限時間は残り10分。
 そう、この追いかけっこには制限時間があったのだ。

 中継ポイントに残ったりりかは、端末の画面に表示された地図を見ながら、黒猫赤忍者にスマホで逃走経路の指示を出す。
 そこには各メンバーと鬼の現在位置が光の点となって表示されていた。
 スタンプを探す門木に鬼を近付けさせないように――
「章治兄さま、がんばって……なの」
 りりかは祈る。
 肉体労働が無理なら頭脳労働で役に立たねばと、門木はスタンプ探しを続けていた。
 ひとつだけ抜けた数字の前後は商店街で見付けたもの、つまりはそこで何か見落としがあるということだ。
「このどこかにある筈なんだが……」
 怪しい場所は全て調べた。
 怪しくない場所も片っ端から探した。
 透過も使って調べられる場所は全て調べた。
 残る場所は、ひとつ。
「ここか……」
 衣料品店の真ん中に立つ、女性のマネキン。
 そのスカートの中だ。
 もう探していないのはここだけだ、このスカートを捲れば、そこにスタンプがある筈。
 しかし、門木は手が出せなかった。
「くっ、俺には無理だ……っ」
 べつにね、相手はマネキンですから、穿いてようがいまいが、勝負下着だろうがなかろうが、見ることに抵抗はないのです。
 ただ、こう見えて実は育ちが良いものですから、女性のスカートを捲るなんてそんな背徳的な行為は、例えマネキンが相手でも出来ないのです。
『りりか、助けてくれ……っ!』
 救援要請を受けて、りりかは走った。
 門木は何も言わなかったが、恐らくそこに最後のひとつがあるのだろうと見当を付けて、シグリッドとカーディスにも連絡を入れて――

 タイムリミットまであと一分。
「章治兄さま、ご無事なの……です?」
 現場に到着したりりかは、門木が指差したマネキンに手を伸ばす。
 しかし、そこに現れる黒い影!
「最後の一個はそこやな!」
 最後の美味しい所を遠慮の欠片もなく一切合切むしり取っていく、それがゼロさんである。

 すぱぁーん!

 一瞬の躊躇もなく豪快に捲られるマネキンのスカート。
 だがその中には――

『ハズレ』

 そう書かれた紙切れがひらりと一枚。
 そしてここでタイムアップ、終わりのチャイムが鳴り響いた。



「結局、最後のひとつはどこにあったのでしょう……」
 スイーツバイキング@ハロウィンスペシャルの会場で取り皿に山のようなスイーツを盛りながら、シグリッドが首を傾げる。
「確かにあの周辺はくまなく探した筈なんだがな」
 その隣で控えめに盛りながら、門木も一緒に首を傾げた。
「んぅ、章治兄さまにも見付からなかったなら、きっとあそこにはなかったと思うの……」
 りりかの皿には当然の如くチョコ系ばかりが盛られている。
「でも走り回ったお陰で良い汗かきましたの」
 スイーツがより美味しく感じられると、カーディスは紅茶のポットを手に取った。
 そんな中、ゼロはソースの香りを漂わせながら、ニヤリと口元を歪める。
「なんや、誰も気付かんかったんか」
「何をです?」
 問い返したシグリッドの皿にたこ焼きをトッピングしながら、ゼロは言った。
「店ん中に昔ながらの蛍光灯があったやろ」
「あの、紐を引っ張ってスイッチを付けるの……です?」
 それならりりかも見た。
「私も見ましたの」
 皆のカップにお茶を注ぎながら、カーディスも頷いた。
「あの紐の先にぶら下がっとった、あれがそうや」
 言われて、四人は顔を見合わせる。
 そして一斉に溜息を吐いた。
「やられた……」
 確かに見ていた筈なのにと、門木は頭を抱える。
「仕方ないの、ですよ?」
 りりかは翼を広げたコウモリの形をした甘さ控えめのチョコを差し出した。
「章治兄さま、あーん、なの」
 シグリッドには黒猫の顔にホワイトチョコで目が書かれた甘いチョコ、カーディスにはオレンジ色のカボチャ型チョコを、あーん。
「ゼロさんも、あーんなのですよ……?」
 オバケの形をしたホワイトチョコを差し出してみる。
 大丈夫、毒なんか入ってないし。
「たくさん走って疲れた時には、甘いものが良いの、ですよ……?」
 と言うかゼロさんは何故、スイーツバイキングでたこ焼きなんですか。
 しかも何気に厨房に入ってるんですけど。
「決まっとるやろ、たこ焼き神だからや!」
「はいはい、お疲れ様なのですよー」
 そんなゼロを軽くあしらい、盛られたたこ焼きを脇にどけて、シグリッドはスイーツの物色を続ける。
「ゼロおにーさんにはだいぶ鍛えられたので、もう少しのことでは動じないのです」
 多分。
 それよりも、そこに並んだ猫モチーフのお菓子が気に成って仕方がない。
「ねこさんのお菓子がいっぱいなのです……!」
 猫耳の付いたドーナツや、肉球型の饅頭、猫の顔をしたぷにぷにマシュマロ、グラスの縁からチョコで出来た黒猫が顔を覗かせているパフェもある。
 しかし、何と言っても一番可愛いのは――

 それは和菓子のコーナーにあった。
 いや、いたと言った方が良いかもしれない。
「練り切りの猫さんですの!」
 カーディスがほうっと溜息を吐く。
 それは箸置きのような丸っこい形にデフォルメされた、コロンとした猫達。
 招き猫のポーズをしていたり、ひっくり返ってお腹を見せていたり、ごめん寝だったり……こんなソフビのマスコットがあってもおかしくないというくらい、完成度が高い。
 シグリッドは三毛猫を、りりかはピンクの猫、カーディスはもちろん黒猫を、皆それぞれにお気に入りの子を手に取ってはみたものの。
「か、可愛すぎるのです……」
「可愛くて食べれないの……」
「なんと罪深いお菓子なのでしょう……」
 がっくり。

「食い物は腹に入れてなんぼやろ」
 ゼロは思う。
 いっそ彼等の手から取り上げて、頭からむしゃむしゃ食べてやろうかとも考えた。
 しかし、実行に移す前に踏み留まった。

 だって、そんなことしたらきっと血の雨が降る――!


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb5318/シグリッド=リンドベリ/男性/外見年齢13歳/時計兎】
【ja7927/カーディス=キャットフィールド/男性/外見年齢20歳/黒猫赤忍者】
【jb6883/華桜りりか/女性/外見年齢14歳/魔女】
【jb7501/ゼロ=シュバイツァー/男性/外見年齢31歳/死神】
【jz0029/門木章治/男性/外見年齢41歳/帽子屋】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
お世話になっております、STANZAです。
いつもありがとうございます、お待たせしました……!

某、池袋にある屋内型テーマパーク。あれが実は大好きで、昔は季節ごとに1〜2回程度は遊びに行っていました。
今はもう、そんな気力も体力もありませんが……
スタンプラリーは、そこで行われているものを参考にしてみました。

では、お楽しみ頂ければ幸いです。
ゴーストタウンのノベル -
STANZA クリエイターズルームへ
エリュシオン
2015年12月28日

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