『強く美しくあれ 』

レヴェリー・ルナルクス（ka4723）

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「新しい服が欲しくて」
　一緒に行きましょう？
　エリス・カルディコット（ka2572）に誘われれば行くに決まっている。もし仕事が入っていたとしても、それをキャンセルしてでもエリスを優先する……それだけの気概がクルス・ルナ・フレア（ka4723）にはあった。
　二人だけで、仕事も絡まないプライベートな時間……どれだけ貴重な機会だろうか。ハンター同士、覚醒者同士。友人関係に近い今でも、過去に染みついた癖のようなものは抜けていない自覚があったから。
（それにしても、様になっていらっしゃいますよね）
　フリルのついた服もためらいなく身に着けるエリスがどこか眩しい。感慨深いとでも言えばいいだろうか。……口にすることはないけれど、胸の内では、服を活かし、自らの持つ女らしい部分を引き立てているエリスに感嘆の言葉を溢れさせていた。
「この色なんてどうかな、これなんかクルスには似合うと思うよ♪」
　そうしている時間はそう長くなかったはずだけれど。エリスは自身の服だけでなく、クルスにあいそうな服まで選びだしてきている。
「ありがとうございます……あ、私の好きな色……」
「だと思った」
「でも」
　いつも着るようにしている服よりも、布面積が多い。
（正直にそう言ってもいいものでしょうか）
　仮面の下で視線を彷徨わせる。気がねすべきかどうか判断に迷った。
　必要だからこそ選んでいる装束だ。恥じらいは二の次で、自分だって今の服を着慣れてしまった。
（私も、様になっているのでしょうか）
　だとすれば幸いだ。
　だが、この服への答えをどうすべきだろう？

（やっぱり気にしているみたい）
　言葉を選ぶような素振りのクルスを見て、エリスも心中ではすすめたことを後悔すべきか迷っていた。
　好きな色だろうと思ったのは本当だ。デザインも、嫌わないだろうこと、似合うだろうと思ったから選んだのだ。
　普段の服装を知っているからこそ、という心づもりではあったのだけれど。反応を見る限り、気を使わせてしまったのだろうか。
（でも……たまには）
　違う印象の服を着こなしてもいいのではないだろうか、そう思ったのだ。クルスは家族のようなものだから、姉のように思っているから。
　ほんの少しでも気を紛らわせる手伝いが出来れば……そんな意図もあって、今日だって買い物に連れ出したのだ。
（服が欲しいというのも本当だけどね）
　女性の服はずっと同じというわけにもいかないから。
「その服に近いものが良ければ、選び直すよ？」
　クルスのイメージを変えるのも、忍びないからねと続けて一度差し出した服を下げる。そのエリスの言葉にか、離れた服にか。クルスの手が伸びた。
　くすっ
（よかった）
　小さな笑みはクルスも気づいて、はっと気づいたように手が引き戻される。けれどその手にハンガーごとの服を渡して、エリスはふわりと微笑んだ。
「気に入らないわけじゃないなら、検討中ってことで、持っておいたらどうかな？」
　そう告げればクルスも素直に受け取った。
「そう、ですね……ありがとうございます」
「選んだ甲斐があるってものだしね♪」
　感謝の言葉に嬉しくなって、改めて服の並びへと視線を戻すエリス。次は自分の服を探そう。
「エリスにも、私が選んで構いませんか？」
「本当？　それは嬉しいな。自分で選ぶだけじゃ限界があるからね」

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「エリス、貴女にはこれも似合うと思います」
　シンプルなデザインにリボンのワンポイント、要所にレースアップがほどこされ体の線を強調するもの、肩を出して色香を演出するもの、フリルを散らし可愛らしさを追加するタイプ、転じて落ち着いた色で大人びた雰囲気を助けるもの。
　一度選び出すと止まらない。髪を長く伸ばしたエリスは母親に似ていることもあって、それこそ様々なデザインの服が似合うのだ。
　クルスから見れば、これでもまだ数を絞った方だ。エリスが『多い』と文句を言うようなことが無いとはわかっているのだが……一度考え出すと止まらない。着てみてほしい、そう思う服が多すぎた。
「試着していただけますか」
　買うかともかくとして、着るだけなら。先ほどエリスが言った言葉が今度はエリスに向けられる。
「それから買うかどうか決めても、遅くはありませんでしょう」
　着飾らせることが楽しい、つい、そう思ってしまうのだ。

（生き生きしてる）
　気晴らしになっているようなら僥倖だ。クルスの差し出して来る服を試しながら狙いが成功していることに安堵する。
　着替えて、見せて。彼女の興味や意欲が満たされるならこれ位なんてこともない。
（自分の服に興味が無いという訳じゃないと思うけど）
　やはりまだ着る服は同じ系統のものを選ぶのだろうな、そう結論付ける。好みの服を好きなように着るつもりはないのだろうとはわかっていて、それでも、今自分がやっているように試着くらいはと思うのだけれど。
（言ったら着てくれるかな）
　……言い方次第では着てくれると思うけれど、それでは意味がないなと思いなおした。
「クルス、どうかな？」
　試着スペースのカーテンを開けてクルスを探す。
（おや？）
　すぐ傍に居ると思いきや、今回は違った。

（下着くらいなら）
　自分の好きなようにしてもいいだろうか。今の服は下着まですべて含めて仕事着のようなものだから、あまり印象の違うものは身につけられないのが実情だけれど。
　エリスに渡された服にちらりと視線を向ける。自分の好きな色。
（色を自分の好みに合わせるくらいは、構わないですよね）
　エリスに様々な服を試してもらう内に、印象の違う服を着る様子を見るうちに。少しだけ意識が変わっていた。それでも下着だけなのは、やはり一度決めたことを貫き通す覚悟が前提としてあるからだ。
「あ、それも可愛らしくて良いね♪」
「……っ」
　エリスが着替えている少しの間だけ、そのつもりでいたというのに。予想より長い時間をかけてしまっていたらしい。
　呼びに来たエリスの声に慌てる。
「これと、これなら……どっちがいいと思いますか？」
　咄嗟に迷っていた下着を全て、エリスの目前に差し出した。冗談でやったことではあるが、自分の顔が赤くなっていないだろうか、そんなことがちらりと頭をかすめる。
「うん……やっぱり、クルスのセンスはいいね」
　似合うと思うよ。しっかりどちらも確認した後で。服を薦める時と同じ調子で下着のデザインを褒めてくるエリス。その声が思ったよりも近くて。
　エリスは、本当は……
「え。あ、あの、えぇっと」
　知っていた事で、今も変わらず理解しているはずなのに。自分の声音から、クルスは自分が動揺しているのだと理解する。平静を装うのはまだ間に合うだろうか。
　なんとか調子を戻そうとして言葉を切ってみたけれど。深呼吸なんてしている余裕はなかった。
「……その、あ、有難うございます」
　エリスのことだから気付いているかもしれない。

（赤くなってる）
　クルスが動揺していることは一目瞭然だ。何故だろうと小さく首を傾げて、それからやっと理解する。女性下着も今では見慣れた品だから、少し気付くのが遅れたけれど。
　傍から見れば女同士の買い物だけれど、クルスにとっての自分はそうではなかったらしい。
　耳まで赤くなっている様子に、微笑ましいと思うのは失礼だろうか。
「……私の分も選んでもらっていいかな？」
　姉のようにも思っているけれど、こうして見ると妹のようにも思えるから不思議だ。
　クルスの緊張が解れるように、努めて明るい声をかけた。

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　エリスの新しい服も、クルスの下着も。冬の為の防寒具なども買い込んで。ほんの少し気が早いけれど、春を思わせるアクセサリーをおまけに添えて。
　二人が目当ての品をすべてそろえる頃には夕方も近くなっていた。
　空はまだ赤くなってはいないけれど、気を抜けばすぐに暗くなってしまう、そんな頃合い。
「いい買い物になったね？」
　クルスの充実したとばかりの表情。その口元の笑みに気付いてエリスが微笑む。
「ええ、勿論……」
　今日は誘っていただきありがとうございます、そう続く筈の言葉は人影に遮られることになった。
「姉ちゃんたちぃ」
「ちょっと顔かしてもらえないかなあ？」
　店を出て、ほんの少し脇に逸れただけ。念のために選んだ道は、それこそ脇道と呼ぶにふさわしい場所で。
　ニヤついた笑みを張り付けた男達が二人の前に立ちふさがる。
「言うこと聞いてくれりゃ、悪いようにはしないからよぅ」
「むしろお願いしてくれれば、優しーくしてやるぜ？」
　買ったばかりの服が詰め込まれた袋が、二人の手を手をふさいでいる。だからこそ有利だと思ったのだろうか。
　エリスの可愛らしい外見か、クルスの纏う色香か、女子供と侮ったのか、その真偽は誰も知らない所ではあるけれど。
「「……」」
　二人が黙ったままなのをいいことに、更ににじり寄ってくる男達。数も有利とみているのか、その気持ち悪い笑顔は崩れることが無い。
「……本当、この手合いは滅びないものですね」
「絶滅危惧種になったとしても、誰も保護しないと思いますけれど」
　二人がそう言いながら、動きやすいよう足の位置を変えたことに気付いたものは残念ながら、居ない。
「なぁに言ってるんだこのアマぁ」
「ナマ言ってると俺らも黙っちゃいないぜぇ？」
　大きい声で言ってごら〜ん？　ふざけた動作で耳を寄せてくる男の余裕、それは隙以外の何物でもないと分かるからこそ。
「……不愉快です」
　はっきりと告げたのはクルス。だが聞き間違えたと言うように煽ってくる男。
「なんだってぇ？」
「……不運です」
　同じ事は二度言うつもりはない。その思いがクルスの言葉を変えた。
「心配しねぇでも、絶頂につれてってやるよ？」
　下品な笑いとともにクルスの胸元に手を伸ばそうとする男。その息には酒臭い香りが混じっている。油断だらけだ。
「よくも、よくも水をさしてくださいましたね……！」
　バシン
　その手を叩き落とす力の強さに、男たちの沸点が下がる。
「優しくしてやろうと思えばつけあがりやがって！」
「痛い目にあいたいらしいな！　泣いても許してやらねぇお仕置が必要だなあ？」
　酔っ払いの定型句が続く中、叩き落した超本人、エリスが男達に向けて笑みを浮かべた。
「その言葉、そっくりそのままお返ししますね」
　頭一つは差があるだろう、幅も倍はあるだろう体格の男達に対して怖気づきもせず。
「貴方達が１００人居ようと対処できる自信はございますよ？」
　好きなようにかかってきなさい。挑発のハンドサインが合図になった。

　一般人相手に、覚醒者が劣る事態になるわけもなく。
「あっけなかったね？」
　二人に全く歯の立たなかった男達は、今もまだ脇道で倒れているのだろう。
　山積みにした男達の伸びた様子を思い出す。いいストレス発散になった。
「準備運動くらい、だったかな……クルスはどうだった？」
　怪我の心配はしていない、互いに技量も知っている。ただ、買い物の後にこんな事態で機嫌が悪くなっていないだろうか、それが気にかかった。
「服も汚れていない？」
「……大丈夫です」
「なら良かった」
　買ったばかりだものね、その言葉にはゆるりと首を振るクルス。
「何か不都合があった？」
「いえ……何も」
　エリスに心配いらないと首を振るクルス、その心中はひとつの安堵が芽吹いていた。
（確実に、強さを手に入れていらっしゃるのですね）
　ハンターとして、覚醒者として、一人の人間として。その実感が嬉しくて、けれどどこか遠くに行ってしまったように思えて。
　けれど今隣に居るのは確かにエリスだ。
「エリス、この先に美味しいと評判の店があると聞いています」
　食事もしていきませんか？
「クルスの情報なら確かだね、是非行こう♪」
　指し示す先の店に歩を進めるエリス、その背を追うクルスの口元には、誇らしげな笑みが浮かんでいた。

■イベントシチュエーションノベル■

石田まきば

ファナティックブラッド

2016年01月04日