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『いつか、いつか 』
センダンka5722)&ka5673


 いつか――いつの日にか。
 信じてさえいれば、それは叶うような気がした。
 認めなければ、現実にならないような気がした。


 いつかまた、会える。


 そう信じること自体が、いつの日か支えになっていた。




 東方。鬼達の暮らす、とある村。その外れ。
 暮れる陽が空気ごと染める中、閏は一輪の花を手にふらりと歩く。
 他方の手は買い物帰りの紙袋を抱えており、それが彼にとってごくごく日常的なものだということが伺える。
「……セン」
 涙混じりの声で、もう此処には居ない友――センダン――を呼ぶことも。
 もう誰も居ないその場所を、閏は日課のように訪れていた。
 生ぬるい風が吹く。カラカラと、石ころが地表を転げた。
 かつて、閏の友が住んでいた家は取り壊されてしまった。その後に誰が家を建てるでなく、瓦礫を晒すのみだ。

 戦さにセンダンが駆り出され、そのまま帰ることなく六年が経っていた。
 戦場で命を落としたのだと村人から聞かされても、閏は信じることが出来ず、住処が壊されてしまった今も尚、こうして彼を待っている。
 せめて彩りを、と花を添えている。
 豪快な性格の彼は、くだらないと笑うだろうか。
 花の存在なんて気づかないまま、声を掛けて来るだろうか。腹が減ったと悪態を吐きながら……

 死んでしまったと聞かされて、月日も流れに流れてしまっているというのに、閏は想像することを止めなかった。
 友人の帰りを今日も待ち、彼が帰るであろう場所へ向かうのだ。
 
 


 生ぬるい風が吹く。夕暮れは茜から紫紺へと、ゆっくりとグラデーションを描いていた。
「……まあ、こんなもんだろうよ」
 崩れた家、残る瓦礫を眺めて呟いたのは、空気に溶けそうな楝色の髪の鬼。センダン。
 当時養っていた……子供のように思っていた少年の気配もない。すでに独り立ちしたのだろう。あれも男だ。
 センダンは戦場で深手を負い、その理由からも、郷へ戻れずにいた。あまりにも長かった。
 この村に、今も自分を覚えている者など居るだろうか?
 傷が癒え、次は西を目指すに当たり、気まぐれで立ち寄った――これが最後になるかもしれない――故郷。己の家。
(感傷か? らしくねえ)
 西へ旅立ったなら、今度こそ長く戻ることはないだろう。だから、最後に……
 深い意味も、思い入れもない。そのはずだ。
「んなこたぁどうでもいいが、これじゃ寝泊りがようやっとってところか。ヒトの家を勝手に壊しやがったのは誰だ」
 ――殺すぞ。
 口癖となっている言葉を吐き捨て、適当な場所に腰を下ろす。
「さて、これからどうするか」
 この様子なら、村人には姿を見せず旅立つのが良いのだろう。下手に騒がせるだけだ。
 だとしたら、旅支度は別の――
 考えを巡らせるセンダンの後方で、ドサリと重い何かが落ちる音がした。

「…………セン?」




 懐かしい呼び方の、その声は、ひどく懐かしい人物のものだった。
 音は震え、弱弱しく、けれど芯のしっかりとした――

「おう」

 二人の間にどれだけの時間が流れていたかなんて感じさせない、センダンの返答。
 鷹揚としていて、親しみの込められた声。

「生きてたか、閏」
「……幻覚? 幻聴…… いや……」
「勝手に殺すんじゃねえよ。どうした、用があるから来たんだろ」
 双眸に涙を貯めて立ち尽くす閏に、センダンは苦く笑いながら腰を上げる。
 落とした荷物を拾い、その手に持たせる。
「閏? おい」
 あまりの反応の無さにセンダンが訝しみ、古馴染みの顔を覗き込む。
 身長は自分より少し低いくらいだが、体つきは比べ物にならないくらいヒョロッこい。
 闇夜のように濡れた黒髪に、褐色の肌。気弱そうな目元。間違いようがない、センダンのよく知る閏だ。
 取り壊された家。無人の周囲。六年の歳月の中で、故郷において自分がどのように語られていたか想像に難くない。
 そして、閏がそれを鵜呑みにできずにいたことも。
 あまりに情けない顔で彼が立ち尽くしているものだから、センダンからも毒気が抜けてゆく。
「……やれやれ。ほら、生きてんだろ」
 片手を取って、自身の心臓の上に宛ててやる。
 暖かな体温、その下で確かに鼓動が鳴っている。
「…………セン、生きて……」
「いつまで信じねえんだよ!」
 スパン!
 しびれを切らし、ついにセンダンは閏の頭を軽くはたいた。
「痛! ……痛い…… センの、手だ……」
 そこでようやく、閏にも実感がわいてきて……ぽろり、ぽろり、涙の粒が零れ落ちる。
「あっ てめえ、せっかく拾ってやったのに」
 荷物を放り出し、閏がセンダンの胸へ飛び込む。
「……俺、ずっと待っていました。センが、帰ってくるのを」
「その割には、実物見ても信じちゃいねえみたいだったが」
「だって……だって……」
 小さな子供のように泣きながら、閏はセンダンの胸板を叩く。

 寂しかった。信じてた。それでも、ずっと不安だった。

「生きているならそうと……手紙の一つでも送ったらどうですか……センの家……壊されちゃったじゃないですか……」
「こっちにも事情があったんだよ。家を壊した奴はあとで探して殺しておくから心配すんな」
「……何もかも、置き去りで……俺がどんな気持ちだったか、考えたことさえなかったでしょう」
「想像するまでもねえ、泣きながらでもどうにか生きてんだろ。ほら」
「〜〜〜〜センのばかっ」
 涙交じりの小言を聞くのも六年ぶり。
 適当に受け流しながら、センダンは閏の背をポンポン叩く。
「…………これから、どうするつもりなんですか? 家の修繕までの間は、俺の家にでも……」

「西へ行く」

 ようやく、昔のような日々が戻ってくるのだ……そう信じた閏の頭に、予想外の言葉が降り注ぐ。
 体を離して涙をぬぐっていた閏は、ぎょっとして顔を上げた。
「西!?」
「おう。まだ見ぬ物、まだ見ぬ者が、そこにあるんだろう? 面白そうじゃねえか」
「……セン、あなたって人は……」
 カラカラと笑う友へ、閏は唖然とするしかない。
「だ、だったら俺も!」
「は?」
「俺も、一緒に行きます。邪魔にはなりません。もう、心配して待っているだけなんて嫌です……」
「馬鹿いうな、邪魔でしかねえよ。まだ寝ぼけてんのか!!」
「……うっ」
 語気を荒げられ、閏はビクッと肩をすくめる。かといって、ここで引いてはいけない。
「寝ぼけてるのは、センでしょう!? 自分が一人きりだなんて思わないでください。あなたを心配してる者だっているんです。それを……」
「あーあー、わかったわかった。それより腹が減ったな。ソレ、食い物だろ?」
 口の勝負で、センダンが閏に勝てる気はしない。
 長引く前に、矛先を変える。
 料理は閏の得意とするところ、時間もちょうどいい。
「あっ、そうだ……。夕飯の準備をしましょう。俺の家へ来ますか」
「いや、ここでいい。ロクなものは残っちゃいねえが、水を汲んで火を起こせばどうにでもなンだろ」
「そうですね。センにとっては久しぶりの我が家ですよね。わかりました、俺の得意料理を振舞いますよ」
 



 星空の下。
 石組みの上の鍋からは美味そうな香り。パチパチと爆ぜる火を囲み、他愛のない会話を交わしては穏やかな時間が流れる。
 センダンは自身のことを語らなかったが、閏には話したいことが山とあった。
 ホロホロに煮込まれた肉料理を頬張りながら、センダンはそれを聞いてやる。閏は、泣きそうな顔で笑う。
「それで、セン……。西のことですが」
「うるせえな、連れて行かねえぞ」
「でも! 俺だって、いつまでも弱いままじゃないです」
「野郎の二人旅なんて、ゾッとすらぁ。駄目だったら駄目だ」
「俺が一緒なら、どんな状況でも食事の保証はできますよ。野草を美味しく調理できるだなんて、知らないでしょう?」
「それくらい、どうした」
「宿の交渉だって、上手くやってみせますよ。少なくとも押し入りと勘違いされたりなんかしない」
「……言わせておけば、お前」
 鍋のおかわりを器に注いでから視線を戻せば、閏の金の瞳は真剣にセンダンを見つめていた。
「――仕方ねぇな」
 そこで、ようやくセンダンも折れた。これ以上なにを言っても押し問答でしかない。
「セン……!!」
「……明日の朝に発つ、付いてくんなら好きにしろ」
「はい!! 好きにします!」
 泣き腫らした真っ赤な目元は、子供の頃と変わらないように見えるのに。
 月日は、確実に流れている。――子供のままではないのだ、自分も友も。
 閏を眺め、センダンはそんなことを考えていた。




 虫の音、夜行性の鳥の声が深夜の静寂に響く。
 焚火の傍、毛布を手繰り寄せ閏は身じろぎを一つ。起きる気配はない。
(っても、こういうところはガキのまんまだよな)
 無防備極まりない寝顔を見下ろし、センダンは笑いを噛み殺した。
 ケンカはてんで弱いくせに、説教となれば長い。理屈じゃ敵わない。
(作る飯は不味くはねぇし、養ってたガキがよく懐いていたな)
 好きか嫌いかで言えば、決して嫌いではない。鬱陶しくて面倒だとは、思うが。
(また泣くんだろうな)
 自分の胸の裡を伝えれば。
 そして、目を覚ましたなら。
 でも――

「お前の泣きっ面なんて、十二分に見飽きてるんだよ」

 月明かりに照らされた男の口元は、優しい笑みを浮かべていた。




 ――セン……――――!!!

 閏の叫び声に、朝を告げる鳥たちが梢から飛び立った。
 目を覚ますと、まるで最初からそこには誰も居なかったかのように……センダンの姿は消えていた。
 夢だった?
 否、自分は確かに触れたのだ、彼の心音に。久しぶりの笑顔に。声に。
「好きにしろって、言ったのに……!」
 嘘つき、馬鹿、嘘つき、馬鹿……!!
 じわじわと、視界が涙でにじんでいく。
 閏は泣きながら、声をあげてセンダンを探し回る。薄々と気づいていた、彼はもう声の届かない場所まで進んでいるだろうことを。
(でも)
 好きにしろと言った。付いてくるなら、と。
「……一緒に行く、とは言ってなかった……のかな」
 彼は嘘つきじゃない。
 彼を信じてずっと待っていたら、帰ってきてくれたじゃないか。
 だから――
 ぐい、と閏は涙をぬぐう。
 いつか――いつの日にか。
 信じてさえいれば、それは叶うような気がした。
 認めなければ、現実にならないような気がした。

「西へ行こう。そしてセンに会ったら、一発ぶん殴ってやるんだ」

 いつかまた、会える。
 朝日を受けて、閏の金の瞳はキラキラと決意に輝きを放っていた。



 二人の再会は、それから少し後のこと。




【いつか、いつか 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ka5722 /センダン/ 男 / 34歳  /舞刀士】
【 ka5673 / 閏 / 男 / 34歳  / 符術師】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
再会、語らい、別れと旅立ちのお話、お届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
ゴーストタウンのノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2016年01月04日

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