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『魔法巫女ゆかり☆ふぁいと! 』
緋茉莉 ゆかりaa2534

 あくびを噛み殺して、緋茉莉 ゆかり (aa2534)はうぅん、と伸びをした。
 ――それはお正月の混雑が少し遠くなった日の、日差しの温かい昼のこと。
 参拝に訪れる人も少なくなって、それでもまだ駆け込み初詣の需要は結構あって。参拝客が訪れたはいいがお守りも何も売ってない、なんてわけにはいかないからゆかりはこうして、閑古鳥を相手に時間が流れるのをただやり過ごしていたのだ。
 その時だ。境内で何かが動いたような気がして、ゆかりは首を傾げながら社務所を出た。
 何かが物陰に滑り込んだ、ように見えたのだが。
「あ……こ、こんにちは」
 そこにいたのは、驚きに目を丸くしながらも、ぺこりと頭を下げた一人の少年。小学校に入学したくらいの年頃だろうか。どことなくバツの悪そうな少年の様子に、ゆかりは心当たりがあった。
「君、ひとりなのかな? お父さんか、お母さんは?」
「……わかんない……。さっきまで一緒にいたのに」
 やはり、迷子。
 古いものが多い境内は子供の目には退屈に映りやすいらしく、時々こういうことがあるのだ。近くに大人の姿は見当たらないけれど、子供がいないことに気がつけばすぐに社務所に来るだろう。
「あたしと一緒に、ここでお父さんたちを待ってようか! 何か飲みたいものでもあるかな?」
「――うん!」
 寒かったのだろう、小さな手が赤くなっている。温かい飲み物なら、お茶がポットに入っているはずだ。ゆかりは少年の手を引いて社務所へと戻ろうとして――はっとした顔で上空を見上げ、少年を抱えて飛び退った。
「危ない!」
 ほとんど同時に、ドスン、ともドカンともつかない音が重く響く。
 避けられたことを察したそれは、ゆかりと少年を忌々しげに睨む。
「……妖魔カイリキー!」
 それの名を叫んだゆかりは、少年の肩を掴んで顔の高さを合わせるとその目を覗き込む。
「ごめん、お茶はまた後でね。今はとにかく、逃げて!」
 ゆかりのすぐ後ろに迫る影。怯える少年に無理矢理後ろを向かせ、その背を押した。
 ごす、と。体の中から聞こえた音と、背骨を奔る衝撃はどちらが早かっただろう。
 妖魔の拳が、まともにゆかりの背に食い込んだのだ。
 まっすぐに立っていられない。思わず地面に手をついた。
 酷い痛みに、身体がバラバラになりそうだ。でも、指先の、爪先の感触はあるし、なにより、
(――あたしはまだ、倒れてないんだからね!)
 ぐっと手を握る。
 振り向き様に掴んだ石や砂を投げつけて、ゆかりは態勢を整えた。
 敵は、悪の妖魔カイリキー。
 整ったシルエットを形作る身体を武器に人々を苦しめる、戦闘特化型のパワーファイター。投げた砂はうまいこと相手の目に入ったようで、頭を振り回しながら目元を手でおさえ、呻いている。
 今のうちに。
 社務所に飛び込んで、ゆかりは飾ってあった宝剣を手に取った。
 神楽の際、依り代として使う採物だ。
 小柄なゆかりだが、緋茉莉家の次女として幼いころから神楽舞を修めている。振り回すのは造作もなかった。模造刀を使う神社も多いと聞くが、この神社に伝わっている宝剣は『本物』で――武器としての威力など考えたこともなかったけれど、徒手空拳で戦うような無謀とは比べるべくもない。
 バリバリという破壊音がした。社務所の扉が破られたのだ。
 中に乗り込んでこられたら、追いつめられてしまう!
「こっちだよ、妖魔カイリキー!」
 ゆかりは慌てて授与所の窓から飛び出した。お守りをいくつか蹴っ飛ばしてしまった気がするけれど、緊急事態だ、神様だって許してくれるに違いない。
 のっそりと社務所から引き返してきた妖魔に、ゆかりは先手必勝とばかり斬りかかる。
 だけど。
「なんて硬いの……!」
 斬りつけた手応えなどまるでなく、逆に腕が痺れそうになった。
 妖魔がにやりと笑った、ように見えた次の刹那には、ゆかりの身体は宙に浮いていた。
 おなかがいたい。
 殴られた、その衝撃で吹き飛ばされたのだと、地面に背中を強かに打ち付けてから理解した。
 目の前が霞む。
 唇から何か生暖かいものが垂れているような気がして、拳で拭う。その手を見ると、赤い液体で濡れていた。
(……あたし、何してるのかな……?)
 宝剣を――武器を手に挑んでも、圧倒的な力の差が埋まるわけじゃない。勝ち目のない戦いなのは、最初から明らかだったのだ。ゆかりは目を閉じた。
 日差しはこんなに温かいのに、体はどんどん冷たくなっていく。
 意識が少しずつ遠くなっていって、ゆかりは自分が、二度と目を覚ますことができない予感がした。

「お姉ちゃんから、離れろ……!」

 小さな悲鳴が、ゆかりの、薄れていた意識を引き戻した。
 瞼を開いて顔を上げれば、さっきの少年が泣きそうな顔で石を投げている。妖魔は鬱陶しそうに唸り声をあげ、少年を見た。
「ひっ!」
 声にならない声をあげ、少年は地面にへたり込む。
 妖魔が、その拳を少年に向けて振り上げた。
 ああ――逃げてって、言ったのに。
 まったくもう。
 仕方がないなあ。
「だからあたしは……負けられないのよ!」
 悪になんて、屈していられない。
 ずっと離さずにいた宝剣を、ゆかりは強く握りしめる。
 その時、ごうっ、と。
 宝剣から一陣の風が吹き、光があふれだした。
 渦を描くように沸き起こる風と光。輝きの中で、ゆかりは確かに見た。
 その光が、ゆかりの体に飛び込んでくるのを。
 その光が、胸の中で確かな力に変わっていくのを。
(ああ……そうか。この光は、あたしの心の、灯。妖魔なんかに負けない、あたしの、魂の光……!)
 突然の光に拳を止めた妖魔は、さっき倒したはずの少女が立ち上がるのを見た。
 いや――少女だったはずの相手が、だ。
 そこにいたのは、170センチは悠にあろうかという長身を、赤と白を基調とした巫女装束に包んだ一人の美女。その体型はぼんきゅっぼーんとして脚はすらりと長く、きりりとした怜悧な表情で妖魔を見据えている。
 魔法巫女ゆかり――そう、それが宝剣の、そしてゆかりの真の力。
 その力にたじろいだ妖魔が、一歩、また一歩と後ろに下がっていく。
 だが、魔法巫女ゆかりはそれを見逃さなかった。
「妖魔カイリキー、覚悟!」
 宝剣を構えてゆかりは走り、宝剣を水平に振りぬく。その一閃は見事、妖魔カイリキーを切り倒したのだ。
「お父さん、お母さん!」
「ああ、よかった……!」
 少年が、いつの間にそこにいたのかわからないが両親と思しき男女に飛びついて喜んでいる。
 この平穏を守ることができて良かったと、ゆかりは微笑んで宝剣を陽光にかざし、叫んだ。

「世に日輪のあるかぎり! この魔法巫女ゆかりが、悪を成敗してみせる!」

 自分の声に、ゆかりは飛び起きた。
 ――飛び起きた? 自分の動作に疑問を感じて、ゆかりは慌ててあたりを見回す。
 社務所の扉は壊れたりしていないし、宝剣も手にしていない。背中もお腹も、痛くない。
 ゆかりの体は相変わらず小柄で、170センチなんて絶対になかった。
「夢かぁー……」
 何だかいい夢を見ていた気がする。でも、夢ならもっと格好良く活躍したかった気もする。
 あと、身長は夢じゃなくていいから伸びて欲しい。伸びろ。
 頬をぷーっと膨らましてからあくびを噛み殺し、ゆかりはうぅん、と伸びをした。
 ――それはお正月の混雑が少し遠くなった日の、日差しの温かい昼のことだった。

<了>

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【緋茉莉 ゆかり (aa2534) / 女性 / 高校生です! / 生命適性】
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2016年01月04日

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