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『この手でも─── 』
エミナ・トライアルフォーaa1379hero001

 エミナ・トライアルフォー(aa1379hero001) は、その本を開いた。
 H.O.P.E.東京海上支部の職員から借りたその本は、編み物の入門書だ。
 図解や写真による説明だけでなく、解り易い言葉を選んで書かれた文章にはコツや初心者が陥り易いミスへの注意、対処方法もあり、インターネットでは情報が多過ぎて逆にどれを参考にすればいいのか困っていたエミナにはありがたかった。
「頭での理解と、実践は違いますが……」
 エミナは知識イコール出来るようになるとは思っていない。
 どの分野でも、解っているが身体が伴わないというのはよくある話だ。
 だが、それでも、解らなければ動かしようもないのも事実なので、やっぱりこういうものは必要だ。
「本選びで躓かなかったのは、幸運かもしれません」
 エミナは入門書を貸してくれた職員へ返却の際しっかりお礼を言わなければと心に決めた。

 何故、エミナが編み物を志すようになったかと言えば、自身と誓約を成立させた友人の存在が大きい。
 機械をいじる友人はとても楽しそうで、いじっていない時もちょっとしたことでアイディアを閃かせたりしているみたいだし、その方面の本も読んでいる。
 エミナはそれだけの拘りが生まれる『生み出す』という行為に興味を持ち、どんな気持ちになるだろうと考えた結果、想像しても始まらないので作ってみようとなったのである。
(寒くなってきたと言っていましたから……)
 エミナは自分が作ったものを、最も身近な友人に贈りたい、それを使って貰いたい……何にしようかと思った時にそれが頭に過ぎった。
 冬はやっぱり寒い、と首を竦ませていた姿を見て、マフラーとなり、マフラーは作れるのかと調べた結果、編み物に行き着いた訳だが、インターネットには編み物講座サイトは山のようにあり、どれがいいのか解らない。解り易いサイトとそうでないサイトの区別もつかず、本屋で入門書と銘打たれているものの方がいいかもしれないと本屋に行ったら、たまたま近所に住んでいた職員とばったり会い、事情を話したエミナへ解り易い本を持っていると貸してくれたのである。
 そして、今、エミナはその入門書片手にマフラーを頑張って編んでいるという訳だ。

「言うは易し、とも言いましょうか……」
 エミナは編み棒手に悪戦苦闘。
 贈る物を本人の前で編むのは何となく照れてしまうから、学校から帰ってくるまでが作業時間。
 教室に通ったらバレてしまいそうで、入門書だけの独学は決して順風満帆ではない。
「いけませんね。編み目が飛んでしまいました……」
 エミナは右手の甲にある窓にやってしまったという感情を表す顔文字を表示させる。
 不器用ではない(エミナは自覚していないが寧ろ器用な方だ)と思うが、やはり、初めて行うものは、熟練者とは異なり要領よくいかないものだ。
 内緒だからこっそり、ゆっくりでもいいから自分だけで完成させたい……そう思うから、要領よくいかなくとも、投げ出したいと思わないのだろう。
「……だから、夢中になるのかもしれませんね」
 エミナは、あの楽しそうな顔を思い出して呟く。
 周囲の声なんて聞こえてないのではと思う位夢中になっていじっている様子も、いいアイディアが思いついた時の輝いた目も……上達する楽しさがあり、完成する喜びがあり、それが何物にも変え難いならば、そうなるだろう。
 贈りたい、使って貰いたい……だから、編む自分とは方向が違うかもしれないが、でも、自分が編んだマフラーで喜んで貰えたら、日常的に使って貰えたら……それはきっとすごく嬉しいことと思うから。
「……編み目ひとつひとつ、想いを込めるのでしたっけ」
 本を貸してくれた職員の言葉を反芻してみる。
 誰かに贈るのなら、編み目ひとつひとつに想いを込めるつもりで。
 苦労した分だけ、贈った人は喜んでくれる。
 だから、出来の良し悪しは問題ではない。
 手作りで大事なのは、相手を想う心、と。
 入門書にはないその教えも、エミナには大きかった。
 物を作る気持ちとは、何故楽しいと思えるのか、それらを知りたいと思わせてくれた友人にこそ、贈りたいと思ったから。
 上手く作れなかった、と、喜ばれない、はイコールではない。
 エミナの価値観になかったそれは、ゆっくりでもいいから自分だけで編もうという気持ちを後押ししてくれた。
(……温かくなってほしいですね)
 エミナは入門書を見ながら、ゆっくりゆっくり編み棒を動かす。
 焦らず、想いを込めて。

「出来ました……」
 エミナがその呟きを漏らした時は、12月の中頃。
 学校は終業式とのことで、それまでには間に合わなかったが、マフラーは無事に完成した。
 客観的に言えば、すごく出来のいいマフラーではないだろう。
 編み目が飛んだりはしていないが、入門書にある完成品写真のようなクオリティはない。
 けれど、自分だけでマフラーを編めたというのが、エミナには嬉しく、右手の甲の窓には歓喜を示す顔文字で埋め尽くされている。
「私にも、編めました……編むことが、出来たんですね」
 この世界に来るまで、自分は意思こそあったが医療用の機械でしかなかった。
 『治療』という事後の行為を行うだけ……それも、自分で駆けつけることは出来ず、患者が来るのを待つことしか出来なかった自分は、この世界に来て人の形を取り、命を救う事前行動が出来るようになったけれど……それだけでないことも、自分の力で出来たのだ。
 表情も声もやっぱりこの身に沸き起こる喜びを少しも伝えてくれないけれど、右の手の甲にエミナは喜びを表示させ、その喜びの顔文字を慈しむかのように撫でた。
 と、玄関が、賑やかになる。
「帰ってきたようですね」
 どうやら、終業式だけあり、学校は早く終わったらしい。
 エミナはマフラーを手に立ち上がる。
 ラッピングなんて出来てないが、今はそれよりも出来上がったばかりのマフラーを贈りたい。首に巻きつけ、感謝したい。
「生み出す楽しさを教えてくれてありがとうございます」

 私が生み出した初めての物、世界でたったひとつのマフラーはあなたへ。
 この手は、生み出すことも出来る手。
 エミナの名をくれた友よ、この心をくれた友よ───ありがとう、あなたと共に在れて良かった。

 ひとつひとつの編み目には、エミナの想いが込められている。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【エミナ・トライアルフォー(aa1379hero001) / 女性 / 14歳 / 英雄(バトルメディック)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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真名木風由です。
この度はご発注いただきましてありがとうございます。
物を作るという行為に興味を持ち、その気持ちはどういうものだろうかという思いから、それならば『最も身近な友人』に使って貰えるものをということで、マフラーを編まれるということでしたので、回想や編むという行為を通して感じたこと、編み上がったマフラーに関する喜びを描写させていただきました。
新学期、エミナさんが贈られたマフラーが大活躍することを願っております。
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2016年01月04日

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