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『心做しのピチカート 』
和紗・S・ルフトハイトjb6970)&砂原・ジェンティアン・竜胆jb7192


 東の遠い空。
 唐墨のパレットに降る白練の時刻だった。

 バーテンダー見習いのアルバイトが終わった深夜。住込みとして自分に設けられた二階の部屋へ向かう足取りは、過去にない軽やかさで。

 ガチャリ。

 現在(いま)にある理由を、樒 和紗(jb6970)は心の秘色に鍵音を重ねた。





 いつもの肌寒い部屋。
 肩に掛けていた鞄を床へ、とすん。鞄へは目もくれず、和紗の目線はそのまま“ある一点”を見つめたまま。手を伸ばした腕は暖房をそろりと横切って、クローゼットへ。

 Tick Tack、Tick Tack……。

 秒針が無心に仕掛ける。

 トクントクン、トクントクン……。

 その胸に耳を押し当ててみれば、心の音まで聞こえてしまいそうで。

 きゅっ。

 定まらない表情の中、唇を引き結ぶ。

「さ、触っていいのでしょうか。――ああ、いえ、もう何度も触っていますよね、俺。ええと、先ずは落ち着きましょうか。……落ち着く? 緊張しているのでしょうか、俺は」

 まるで、御経を拝聴するかの如き姿勢の良い正座で。ふと。
 問いかける。
 誰に?
 今は一人の空間。和紗だけの時間。

 だから、誰にも邪魔されないよ?
 テーブルの上で澄まして眠る“菫姫”が、和紗の弾み奏でる瞬間(とき)に夢路から囁きかけたようであった。

「そうですよね。遠慮などしなくて……いいのですよね。竜胆兄もいませんし」

 ひどい。byはばねろめがね

 さあ、心をきらきら。鼓動を取り戻して。
 目の前のテーブルを彩る幸せ色は、和紗へのプレゼントの洋服であった。アルバイト先の先輩バーテンダーからの“リボン”を結んだ“贈り物”。

 じー。

 空の星屑が、和紗の紫水晶の瞳へ帯びたかのような輝きでもって。
 暫く、膨らんだままの幸せを視線で堪能した。

 ――ふぅ。

 小息をつく。
 そして、膝の上に置いていた握り拳を、ぐーぱーぐーぱー、ほぐした。熱で汗ばんでしまっていたようだ。掌ぴらぴら、泳がせる。

 じっ、きらきらきら、
 ――両腕を伸ばし。
 ちらっ、
 ――確かめるように洋服の全体へ目線を落として。
 そ〜〜〜〜、
 ――両肩部分にあたる布地へ微動する指先で。
 そっ、
 ――丁寧に摘まみ上げた。

「…………」

 いい。

「すてきだと、思います」

 和紗の琴線に触れる。そう、何度でも。

「ぜんぶ」

 バタフライスリーブのチュニックが、菫な蝶のようにひらひらと宙で微笑んだ。
 和紗は瞳を揺るがせる。そして、瞬息置き、波打つ双眸を弓形に細めた。心に灯る、光の足跡。目尻の温もりが妙に熱い。

「とても、とても大切にします。俺の宝物です」

 応えて、応えられたような気がした。
 だってこんなにも――触れた指先へ架かる虹のように、繋いだ心の空は青く晴れているから。



 翌日。
 明後日。
 明明後日。
 そしてそれはもう後日と呼ぼう。

 部屋での時間、空気、温度、鼓動、色――和紗の毎日は変わることなく羅列されていく。

 いつものように、クローゼットから菫色のチュニックを取り出す。
 いつものように、テーブルの上に置くと正座で暫く眺めて。
 いつものように、手に持って宙へ広げてみる。
 いつものように、またテーブルへ置いて今度は拝んでみたり。
 いつものように、鏡の前で身体に洋服を当てて――時折、表情をしゅんと翳らせるのは、

「(……本当に、俺に似合うのでしょうか。俺は、この宝物に相応しいと……そう言えるのでしょうか)」

 ひとり不安。

 鏡界の自分を菫で染めながら、視線はゆるゆると足下に。
 … … … … …。
 うん。

「その時、困ればいいのですよね」

 さっぱりとリターン。
 そしてその繰り返し。和紗にとってはそれが“いつものように”当たり前となってしまったから、あの時“彼”に見られてしまったのかもしれない。

 ――シアワセの背中を。





 しとしとしと。
 その日は鼠色の雨が優しく降っていた。

 アルバイトは休み。
 授業も終わり、夕方に帰宅。いつもより早い。けれど。

 そそそ……。

 和紗は誘われるようにクローゼットへ。
 やることがあるシアワセ。今日も繰り返して、繰り返して、リターンくるくる――、

 は。

「何故ここに」

 バッチリ見てましたよ、可愛いはとこの可愛い姿を後ろから控えめにね。

「ん? 和紗今日休みだし、ママが上行って良いって」

 彼女の動揺にあっけらかんと返答して。

「鍵開いてたもん」
「う……」

 背後に気配を感じたように、ふと、和紗が首を動かした時には既に遅くて。珍しく表情を乱した彼女は、手の内にあった洋服を、ぎゅぅ、強く胸へ寄せていた。例え、無意識の行為であっても。

「(……ああ、うん)」

 その“大切”さを目の当たりにして、砂原・ジェンティアン・竜胆(jb7192)は複雑な面を心の裏に隠した。

「それ、その洋服」

 眼鏡の奥から、ちらり、重厚な青紫と緑を覗かせて。形の良い口元には慈しみを湛えたまま、平静を装ったつもりでいたが、

「気に入ってるみたいだね」

 あまり上手くいっているとは思えなかった。
 和紗は竜胆を一刻ほど瞳に置くと、瞬きの後(のち)、彼から目線を外して伏し目がちに床へ両膝をつく。洋服を羽衣のようにふわりと畳み、膝の上へ。

「ええ、勿論。
 洋服への配慮が足りないのは俺も彼もそうですが、加えて、異性の洋服の知識など全くない彼が一生懸命選んでくれたんです。それがどんなに大変であったか、俺には分かりますから」

 ――更に加えると。
 竜胆が彼にプレゼントの提案をしてくれたことを耳にしたから。それも和紗にとっては大切な証しの理由。
 でもまさか。そんなこと、言わない。言ってあげない。

「似合うかどうかは……ですが、とても有り難いです」

 二人の彼に。

 和紗の白い指先が、蝶が咲く菫の布地をひと撫でして。
 真っ直ぐな想い心地に双眸と言で馳せているのがありありと窺えて、流せない涙を拭いたいほどに竜胆の涙堂を刺激した。

「(ま、まあね。服を贈るように勧めたのは僕だし、一緒に買い物にも行ったから分かるよ。ま、全力で置き去りにしたけど。ただ、そっか)」

 この感情は。

「……なんだ」

 ふくざつ。

「はい?」

 いや。
 そんな四文字で収められるほど軽いものじゃない。

「あの子が似合うって思って選んだんだから、似合うって自信持てばいいよ」

 いや。
 いや、いや、いや、いや、いやいやいや。

「(……何フォローしてるの僕)」

 ぐぬぬ。
 ハンカチがあったら\ ビ リ ィ ッ /歯で引き千切りたい。いえ、あるんですけどね? シルクなんで何となく気が引けて。

「(はぁ……)」

 愁いを愁い、しょんぼりと心が沈む。
 洋服選びが苦手な和紗と、左に同じの贈り主。――なるほど、と。

「(重ねてるんだね、自分に。……なんで重ねちゃうかな。いや、別に重ねてもいーんですけど! 可愛い和紗に罪があるわけじゃないんだし!?)」

 むしろ。

 ――……え? あれ?

「(僕が僕のいいように考えるのは罪なのかな)」

 もやっとしたこの気持ちは、

「(カミサマ、僕のココロはどしゃぶりです)」

 なんの罰?

「(――あ、この考え方)」

 しんどい、かも?

 腰を上げながら、和紗が怪訝そうに窺ってくる。「お茶を淹れてきますね」、その言葉が横切って行った後も竜胆は立ち尽くしたまま、ひとり相撲をしていた。

 今迄は同じマンションの隣室同士に住んでいた竜胆と和紗。それが今では、――友人の“彼”が働くバーで住込み(ぎりぃ、で以下略)
 毎日夕食を食べに行ってはいるけれど、やはり、寂しいもので。

「とってもね」

 はぁ。

 ものたりない。かなしい。

 なんだかなぁ、と。
 自分に嘘はつけない。――だからだろうか。

「……けど」

 大切な大切な、唯一無二の可愛いはとこの“あの”表情を見てしまったから。

 ぽわぽわ。
 きらきら。
 もじもじ。
 しゅん。
 でも、やっぱり。

「ぽわぽわ、してたよね。表情が乏しいとか思われてるけど、あんな百面相も出来るんだよね……和紗は」

 思い出して、微笑みが浮かばないわけがない。

「ま、結局弱いんだよね、僕。超複雑であることに変わりはないんだけど」

 掌を額に当てて、やれやれと。

「まあ、ね。“正しければ”いいってもんでもないもんね。僕にとっても和紗にとっても」

 だったら。

「いっか。今はまだ」

 足りてようが不足してようが、深かろうが浅かろうが、もし、こぼれたら、丁寧にひろってあげればいいのかな、と。そんな納得を胸に落として、竜胆は“平素”を面に、くるり。










「――和紗、僕も手伝うよ。ハバネロペコ飲みたい」
「そんな茶葉ありません」

 しと、ぴっちょん。
 時雨心地のち晴れ天気――明日に架かる虹はナニイロだろう?


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb6970 / 樒 和紗 / 女 / 18 / 菫ワルツ】
【jb7192 / 砂原・ジェンティアン・竜胆 / 男 / 22 / まほろばロンド】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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再びのご縁、ありがとうございます。愁水です。
しゅんともじもじ、きらきら開く蕾。はぁ、と心の頭を下げ、定まる微笑み。お二人はいつも素敵です。
くどくど書き過ぎず、テンポと音の表現に気をつけて書かせて頂きました。お二人の明日が鮮やかに咲きますよう、祈っております。
此度のご依頼、誠にありがとうございました!
初日の出パーティノベル -
愁水 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年01月04日

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