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『収穫祭オペラ 〜いつもと変わらぬパリの街で〜 』
シェアト・レフロージュ(ea3869)&クリス・ラインハルト(ea2004)&アフィマ・クレス(ea5242)&アーシャ・イクティノス(eb6702)&鳳 双樹(eb8121)&ライラ・マグニフィセント(eb9243)&エレェナ・ヴルーベリ(ec4924)


 収穫祭。
 それは年に一度、秋の実りを喜び神に感謝の意を表する祭りとして執り行われる。その規模は様々ながら世界各地で行われる祭りであるから、収穫の喜びは万民に共通ということなのだろう。
 そしてここ、ノルマン国の都であるパリでも、秋の一大祭りとして今年も収穫祭が始まろうとしていた。
「何か俺達、こんなことばっかやってるなぁ」
 祭りと言えばまずは飾り付け。パーティと聞けばまずは飾りつけ。街の至る所に装飾が施され、見ているだけで気分が高揚するような、祭りの開始を今か今かと待ち望むような、そんな光景が広がっている。
 冒険者達も祭りの準備に駆り出され、「俺達『冒険』者、だよな」とぼやきながらも作業を行っている者も居た。
「最近冒険してないよねぇ」
「どんとでっかい仕事したいよなぁ。デビルの親玉倒しとかさぁ」
「平和を軽んじるでないぞ、少年達よ」
 危険と功績上げに憧れる冒険者達のそんな愚痴も、平穏だからこそ呟かれるものなのだろう。どこからともなく聞きつけた年長者達に諭されるのもお決まりの構図だ。
 ともあれ、若い冒険者達の力も借りつつ年々派手派手しくなっていく飾り付けも終わり、次は祭りで開かれる催し物へと人々の興味は移る。そういえば今年は仮装があるとか? いやいや大食い競争だとか。なるほど仮想大食い競争か。そんな風にして人々は口々に予想を立てながらも、その日を楽しみに待っている。
 そして。
 

 その日は、よく晴れた青空が広がり穏やかな天候に恵まれた朝を迎えていた。
 実りの一端を頂いて飛ぶ鳥たちが群がる朝の広場には、普段以上に多くの人達が集まっている。祭りの初日ともなれば多くの人々がこの広場へと押し寄せるから、少しでも早く露店の設置をしたいと考えているのだ。
「おはようございます、ライラさん」
 露台を整え数日前から仕込んでおいた菓子を並べているライラ・マグニフィセント(eb9243)は、声を掛けられて振り返り破顔した。
「おはよう、シェアト姉。朝早くから動いて大丈夫かね?」
「はい。今日はいつもより暖かいですから。…ふふ、良い匂い。さっきから、匂いに誘われるようにお腹の子が蹴るんです」
 声を掛けたシェアト・レフロージュ(ea3869)は、ゆったりとした服を着ている。腹部辺りが丸みを帯びていたが、動くのが辛いという程の見た目ではない。
「へぇ…そいつは嬉しいさね。今朝出来立てもあるからね。大人向けも子供向けもあるが…」
 言いながら、ライラは目線を下げる。シェアトの左手にしがみつくようにして、小さな子供がそこに立っていた。
「娘さんは何がいいかな?」
 零れそうなくらい目をまん丸に見開いて露台に並ぶ菓子の数々を見つめる娘を微笑ましく見やりつつ、シェアトはライラお手製菓子をひとつひとつ品定めする。
「そうですね…。こちらは?」
「あぁ、これはシュークリームさね。なかなか高級品なんだが日持ちしないのが難点かね。…お手軽なものならウーブリもあるが、こちらも生クリームを添えてみたのさね」
「どれも美味しそうで迷ってしまいますねぇ…」
 親子揃ってしげしげと眺めているうちに、周囲の露店も準備が整い始めたようだ。朝早いとは言え待ちかねた人々が既に広場に入り始めていた。
「あ! ライラお姉さんのお店発見!」
 人々の行きかう流れに沿って自然と歩いていた娘が、唐突に声を上げる。
「おや、アフィマ殿じゃないか。『お菓子屋ノワール広場臨時店』へ、ようこそ」
「アフィマさん、おはようございます。…いつもとお衣装が違うような気がしますけれど…どこかの舞台で踊りでも?」
「今のとこ、予定はないんだけどね〜。でもっ! ちょっと考えてることがあるんだ。シェアトお姉さんも乗らない?」
「あら…何でしょう?」
 問われてアフィマ・クレス(ea5242)は、にやりと笑った。
「それはね…」


 すっかり日も高くなった正午前には、広場に収まりきらなかった露店が通りに並び始めていた。空から見下ろせば、広場から伸びる四方への道に色とりどりの露台の屋根が並ぶ様が、何かの意匠のようにも見えるかもしれない。地上は既に人々で賑わっていて、真っ直ぐに歩くことも出来ないほどだ。
 そんな大通りを、広場に向かってアーシャ・イクティノス(eb6702)が歩いていた。否、ペガサスの姿を模した防寒着を着たアーシャが、小さな騎士の格好をした幼児を肩車しながら歩きつつ、道行く人にチュロスを売っていた。
「ちょっと、ダメですよ〜! その尻尾は飾りですから! もげますから〜!」
 そのペガサスの尻尾が横揺れする度に、周囲の子供達から尻尾への体当たりを受けている。勿論子供の体当たり程度では、今は引退したとは言え元ナイトの冒険者。そんなことでは鍛え抜かれた筋肉はびくともしないのだが、肩車された幼児への振動は相当なもので、揺れに揺れていた。おもちゃの兜が落ちそうなくらい揺れているが、本人はきゃっきゃっと楽しげである。
「ママの頭をぺしぺししないで〜」
 おもちゃの剣でアーシャの額を連打するくらいには、大喜びである。
「チュロス〜。チュロスは要りませんか〜」
 子供達の突撃や息子の攻撃にもめげずに売り歩いていたアーシャだったが、広場に入ってすぐに目的の店を発見した。
「ライラさぁあああああんっ」
「…おや…? アーシャ殿じゃないか。久しぶ」
「お久しぶりです〜! ライラさんのお菓子が恋しくて恋しくてかける10倍恋しくて、来ちゃいました!」
 ライラに片手だけで抱きつきつつ、アーシャは満面の笑みで自分の思いを叫ぶ。
「それは嬉しいのさね。アーシャ殿も息災そうで何より。皆、代わる代わる店に足を運んでくれて、職人冥利に尽きるとはこの事さね」
「だってライラさんの作るお菓子はどれも美味しいですから。あ、ここ開けてもらえます〜?」
「…背中かね?」
 アーシャに促され、ライラはペガサスの背中部分にある留め金を外した。そこには、なにやら袋状のものが…。
「収納袋です! ここにいっぱい入れて帰って、夫へのお土産にするのですよ〜」
「潰れずに持って帰れると良いのさね…。えぇと、硬めで日持ちがするものを見繕おうかね…」
「お願いします〜! あ、これ美味しそうっ」
「…こんにちは、ライラさん。あの、さっきシェアトお姉ちゃんに会って…」
 そこへ、新たな来客がやってきた。ペガサスが幼児を肩車している図に、一瞬まじまじとそちらを見つめて…そして振り返ったその顔に目を見開く。
「お帰りなさい、アーシャさん」
「双樹さんっ」
 一通りの再会の挨拶と家族の話に花が咲いた後、2人はライラお手製シュークリームの頬が落ちそうな美味しさに浸りきり、しばしそれぞれの目的を忘れて楽しんだ。
「あ…! 忘れてました。シェアトお姉ちゃんから、話を聞いたんです。アフィマさんが歌劇を行うって…」
 お菓子の幸福から目を覚まし、鳳 双樹(eb8121)が唐突に話を再開する。
「オペラ…? 1人でですか?」
 まだもぐもぐしながらアーシャが問うたが、ライラは軽く頷いた。
「何人かに声を掛けているようさね。あたしは店があるから酒場に行けるのは少し遅くなると言ったがね」
「えぇ。聞きました。シェアトお姉ちゃんに私も誘われたんです。私には芸らしきものはないので…皆さんのお手伝いだけでも出来ればいいなと思って。それでアフィマさんを探しているんですが…」
「だったら、現地に行ったらどうかね? この人混みじゃ、探しても会えるとは思えないのさね」
「飛び入り参加とかも出来るんでしょうか〜?」
「興味があるならアーシャ殿も行ってみるといいのさね」
 言われて2人は頷き合う。目的の酒場まではそう遠くない。きっと、オペラの練習が始まる前には到着できるだろう。
 

 その酒場は、非常に開放的な造りをしていた。
 建物の一面には大きな扉が幾つも並んでおり、暖かい季節にはその扉を全て開いて外で飲食出来るようにしてあるのだ。その為か、日中は家族連れや子供の入場も断っておらず、収穫祭のような祭りの際にはテーブルの空きが見つからないほどの賑わいとなる。
 そんな酒場の一角に陣取ろうとしていた吟遊詩人、エレェナ・ヴルーベリ(ec4924)は、対角線上に同じように座ろうとしていた同業者に気付いて顔を上げた。
「…クリスじゃないか。同じ酒場でかち合うのは珍しいね」
 自ら声を掛けると、丁度注文を取ろうと手を挙げていたクリス・ラインハルト(ea2004)は、「うん?」という表情になる。
「ここの料理、子供の口にも合うと評判なんですよね。下見で来てたんですが…何かありましたっけ?」
「…いや、商売しに来たのかと…」
「あ、そうですね。お祭りですから一曲演奏するのもいいんですが…今はご飯にしようかと」
「ご飯もいいけど、やっぱりオペラだと思うんだよね」
 クリスの隣の席には、いつの間にか娘が座っていた。更にいつ注文したのか、片手にゴブレットを持っている。隣に座っている人形も、ゴブレットっぽいものを持たされていた。
「そう思わない? アーシェン」
「ソウダヨネ。オイシイモノ、イッパイ食ベタイヨネ」
 人形のアーシェンがこくりと頷いたところで、クリスの目がきらんと輝く。
「オペラです…? 演目は何をされるんですか?」
「あぁ、それはね。こういうの考えてるんだけど…」
 ごにょごにょ。2人だけに聞こえるよう、アフィマは小声で簡単に説明をする。
「へぇ〜…巻き込み型か。それも楽しいかもね。私も参加して良いのかな?」
「もっちろん! クリスお姉さんは?」
「参加しない理由はないのです」
 冒険者だった頃は行事時に必ず歌い奏でたものだが、冒険者を辞めると皆で何かを行うという機会は少なくなる。誘われても必ず参加できるとは限らないのは昔も同じだが、家族を持つと前にも増して難しくなるものだ。
 だからこそ、時間が赦す限りは参加したい。きっと、そういうことなのだろう。
 
 そうして、収穫祭で盛り上がるパリの片隅で繰り広げられる小さな歌劇が、始まろうとしていた。
 

 パリの裏にその人ありと密かに噂される某酒場の給仕嬢アンリ・マルヌは、その日も古ワインを大量注文しようとした者達と対峙していた。彼女が投げる銀トレイを回避できた者は居ないという噂だが、その教育的指導によって、無料で戴けるからと言って他の人の分まで独り占めしてはならないという道徳的思考が身につく、らしい。だが残念なことに、祭りの時には非常識度に磨きがかかるようで…。
「ごめんなさい。もう一度おっしゃっていただけます?」
 笑顔はそのままに、銀トレイが、ゆっくりと上へ上がっていく。
「ち、違うんだ! つい癖で! いつもの癖で人数分注文しただけで!」
「あらそうなんですね。次からは間違えないでくださいね」
 語尾に音符を付けているような軽い口ぶりだったが、目は笑っていなかった。
「お取り込みの所申し訳ありませんがアンリ嬢。二階の席をお借りしても?」
 そんな緊張感漂う現場に、空気も読まず一人の男が入り込んでくる。
「はい、構いませんよ。衝立を用意しておきますね」
「お心遣い感謝します」
「久しぶりですもの。私も楽しみにしてますね」
「そうですね。本当に…。あぁ、そうだ。後、菓子屋が一軒出張販売を行いますが、宜しいでしょうか」
「仕方ありませんね。その代わり、ちゃんとワインを注文して下さいね。収穫祭なんですから」
「勿論、1樽分を注文させて頂きます」
 和やかに話しつつ、アンリは視線を酒場内に巡らせた。
 ここでオペラを行いたいとアフィマから話があったのは、つい先刻のことである。その少し後には『とてもえらい人』がお忍びでやってくるという話まで舞い込んできた。忙しい時期に突然の準備ばかりが重なるが、酒場が賑やかになるのは嬉しいことでもある。だが不審者の入場がないかには目を配らなくてはならない。まぁ、ブランシュ騎士団員が先鋒で来ているのだから、任せてしまっても良いのだが。
「あら、アルノー様。ご無沙汰しております」
 2階に上がろうとしていた男、アルノー・カロンは、階段下から声を掛けられ振り返った。
「お久しぶりです、シェアトさん。お腹のお子は順調ですか?」
「はい、お陰さまで。ありがとうございます。…お仕事…のお姿ではありませんけど、お仕事中でいらっしゃいますか?」
「そうですね…。急に、その…久方ぶりの趣味というか、どうしても外に出たいと仰せの方がいらっしゃいまして…」
 大体を察してシェアトは微笑んだ。傍に立っていたジュール・マオンは分かっていないような顔をしている。
 アルノーが2階へと去って行くのを見送り、2人は近くの席に座った。短めのマントを羽織っているジュールを見つめ、シェアトは、ふふと笑う。
「よくお似合いですよ。王子様のマントも」
「シェアトお姉さんがそうおっしゃるなら、きっと似合っているのだとは思うんですけれど…」
 酒場内には、ちらほらと仮装をしている人もいた。ジュールのそれは仮装というほどのものではないが、本人は少し気にしているようだ。
「余り仮装している人が居ないので、少し心もとない感じがします」
「そうですね…。分かりました。私も仮装しますので、見ていてくださいね」
 そして、シェアトは手提げ袋に入れていた衣装を取り出した。
 

 それは…少し前の話だ。
「ちっがーう! シェアトお姉さんにはこっち! この衣装がおすすめ!」
 アフィマの強力な推しによって決まった衣装を持たされるシェアトだったが、隣では双樹が奇抜な色合いの着物を持って困惑していた。
「皆さんの雑用をしようと思って来たんですが…」
「甘いっ! 雑用も大事だけどね。でも、舞台の上だけで行う劇にはしたくなかったんだ。見ている人もつい巻き込まれちゃう感じの…誰でも参加型で出来るのが一番いいんだけどね」
 最低限劇として成り立たせる為には、観客は観客として存在することが必要だ。だが観客と近い距離から始めることで、周囲の人々もより臨場感を感じることが出来るだろう。
「演じるのは久しぶりだね。私は騎士の扮装にしようかと思うんだけど」
「エレェナお姉さんは騎士かぁ…。鎧はないから…革の服でそれっぽく見せる? 白い布のほうがいいかなぁ」
「そですね。こっちを腰に巻いて…。エレェナさんは舞台から出るんですよね? だったら目立つ格好じゃなくてもいいかもです」
 クリスも一緒になって衣装を選んでいる。衣装と小物を一通り全員分決め、簡単に打ち合わせを行った。きちんとした脚本はない。だが最終的に目指す方向は確認し、全員の出場順を決めた。練習も通し稽古もない、ぶっつけ本番である。
 1人不安げな双樹の肩を軽くエレェナが叩き、シェアトがその手を取って微笑みかけた。今はもう冒険者を辞めた者、休んでいる者も居るが、それでも仲間との絆は変わらない。それぞれが支え合い補い合ってひとつの目的を果たす。何も言わなくても、誰が指示を出さなくても、自然と団結し進んで行ける。それだけの時を、彼らは共に歩んできたのだから。


 酒場内の喧騒は益々広がっていた。空き席も殆どない盛況ぶりだが、冒険者御用達酒場でもあるから半数近くが冒険者のようで、時折全身もこもこな姿の者も見かけられるが、あれは防寒着である。
 舞台を覆い隠すようにして幕が垂れ下がっている光景は平常通りだったから、幕の奥で誰かが動いている気配がしようが誰も気にしてないようだった。酒場内のあちこちで吟遊詩人たちが奏でる音に耳を傾けていると、その中の1人が明るい声を弾ませる。
「実りの秋を祝う、酒場の催しをご堪能あれ〜」
 リュートをかき鳴らすクリスの声は、近くに居る者達にしか聞こえなかった。だがそれに応じるようにして、不意に少し離れた場所に座っていた少女が立ち上がる。いや…あれは、人形だろうか。禍々しい模様が描かれた衣装を着た人形がふらりふらりと揺れ、それについて行くように少女は舞台へ向かってゆっくりと歩き出した。少女はその外見に似つかわしくない大仰な貴族服(しかも男性物)を着ている。まるで人形に操られているかのようにも見えるその動きに、周囲の人々は自然とそちらへ目を向けた。
「ふふ…皆、祭りで浮かれているようだな…」
 アフィマの声は、普段とはがらりと異なっている。どこか不吉ささえ漂わせた声音に、クリスの声が重なった。
「おぉ〜? 早速の悪役登場だぁ〜」
 おどろおどろしい音を鳴らしつつ、クリスは舞台下へと進んでいく。劇を効果的に盛り上げるため、人々の視線を集めにくい場所へと向かったのだ。
「平和…平穏…そんなものに何の価値があるのかね…? ぬるま湯に浸かるような仲良しな世界よりも、この世の中、他人を出し抜き勝ち上がることが総てだよ。そう…思わないかな?」
 そう言って視線を向けた先には、ペガサスの着ぐるみと肩車されている小さい騎士が。
「あーあーだーだー、きゃっきゃっ♪」
 小さな騎士は、そう述べた。
「『ノルマンを脅かす悪は成敗するぞ〜♪』と言ってます」
 アーシャが皆にそう通訳する。
「おっと〜、勇気ある子供さんが舞台に乱入〜」
「脅かす悪の何が悪いのかな。力こそ総てだ。たとえデビルに魂捧げても」
「デビルに魂を渡すとは、聞き捨てならないね」
 不意に舞台の幕が落ち、ランタンの光を仄かに浴びながら、軽装の騎士風な格好のエレェナが現れた。
「おぉ〜、これは、流浪の騎士さまだ〜」
「確かに力は必要だ。私も力を得んと、あてなく放浪し今も修行中の身。だが…これはどうやら、ノルマンの危機のようだ」
「…ノルマンの危機…。故郷を離れて安住の地を求めて来たのに…」
「異邦の娘も登場か〜? 次々と取り巻く人間模様〜、さぁ、どうなる〜?」
 舞台の下から現れた双樹は、ゆっくりと舞台に上がってエレェナの所へ向かう。だが、服の中から細い棒を取り出したアフィマがそれを伸ばし、不意に床を蹴って棒を支えに飛び上がった。わぁという歓声と共に舞台上に軽く降りたアフィマは、くるくると舞台上で転がって双樹をがしっと捕らえる。
「きゃあ」
「ふはは〜、この娘はもらっていくぞ〜」
「させるか!」
 エレェナが剣を抜き払うと、双樹を小脇に抱えようにも身長的に無理だったアフィマは、双樹にそっと棒を握らせ、助走を付けて棒を床に突き、一気に2人で飛び上がろうとして…。
 ばきっ。
 棒は折れた。
「きゃっ」
「いたたた…」
 勿論誰もが予測済みの結果ではあったのだが、盛大に床に尻餅を突いたアフィマと、つい着地してしまった双樹がそこに居た。
「大丈夫か? 今、助けに行く」
「は、はいっ。偶然、怪我せずに済んだみたいですっ」
 わざと失敗したアフィマがじろりと2人を見やると、別の方向から赤と黒のマントに身を纏った娘がやって来る。
「魔王様、ご無事ですか?」
「吸血鬼ではないか。さぁ、奴らを倒してしまえ」
「私は…」
 アフィマが立ち上がるのをそっと支えて手助けしたシェアトは、その言葉に2歩下がった。そしてひとつ深呼吸し、澄んだ歌声を響かせる。
「月夜に血を求めるも
 血を分けてくれる冒険者
 陽光の下で生きる人々を見るうちに
 人になる事を望み歌う
 魔王様ごめんなさい
 灰になっても構わない」
 クリスの静かな伴奏に合わせて歌い終えると、舞台を下りて双樹をアフィマの傍から引き離したエレェナが、シェアトへと手を差し伸べた。
「夜に生きる君
 昼を求めさまよう君
 共に生きよう
 いつかその身に
 光あふれる日も
 きっと来るだろう」
 エレェナの歌声は少し低いがよく響き渡る。その声に頷きシェアトは手を取った。双樹が涙ぐむように目尻を押さえ、小さく何度も頷いている。
「えぇい、どいつもこいつも!」
「だぁ〜あ〜」
 ぺしん。地団駄踏んだアフィマの額に、おもちゃの剣が当たった。
「お〜っと、健気に魔王に立ち向かった〜」
 クリスの合いの手(勿論、棒で飛んだときも折れたときも合いの手は入っていた)に、くるりとアフィマはそちらへ向き直る。
「えーい、こんな子供はこうしてやる〜」
「あれ? 捕まったぁ?!」
 小さな騎士は遊んでもらっていると思って大はしゃぎ。アフィマが抱きかかえている間も、ぺちぺちと剣で叩いている。
「えーい、痛いわー! こんな子供は、玉ころがしの刑じゃー!」
 床に置いた玉の上に子供を乗せてごろごろ転がしている周囲で、もこもこのペガサスがうろうろしている様は、何とも言いがたい光景だ。それを思わず皆が見守っていると。
「邪な野望は、皆の歌でくい止めます」
 リュートを置いたクリスがすくっと立ち上がり、先ほどまでの明るい調子の声から一転、お姉さん風な声でアフィマと玉の前に立ちはだかった。
「みんなで歌を…?」
 双樹が首を傾げると、クリスはしっかりと頷く。
「歌には力があります。皆の言葉を合わせてひとつの歌を歌うことで、邪な力に対抗できるはず」
「そうだね…。確かに、歌には力がある。さぁ、歌おう。この絆こそが真の力だ」
 エレェナも応じ、皆は頷いた。
「『私の詩』は…『私を変える想いの光』」
 シェアトは胸の前で両手を重ね、祈るように告げる。
「『私の詩』か。『愛しき日々を重ね、もうひとつの故郷を得る』」
 エレェナはその言葉の後に、双樹へと視線を送った。
「私は…『いつか皆のようになろう』『ここに居たい』です」
「『ここに居て、いつか皆のように』でしょうか」
 クリスの言葉に双樹は小さく頷く。バードのように詩的な言葉はとっさに紡げそうにはない。だから皆は凄いなぁと思うわけだが。
「私は、『デビルの脅威を退けて皆で守ろうこの国を 栄えよ永久(とわ)にノルマン王国』ですね」
 アーシャは酒場の熱気に晒されながらも防寒着のままそう述べた。
「『私の詩』は、『例え小さな願いでも 紡ぐ言の葉、寄り添えば 闇打ち払う力とならむ』。…ひとつひとつは小さな声でも、囁くような言葉でも。集まることで強い力になるのです」
 そして5人は、アフィマに向き直る。
「貴方は…? 魔王に乗っ取られ、呪縛された貴方は…貴方の本当の望みは…?」
 その言葉に、時折玉を転がしていたアフィマは頭を押さえた。
「うっ…頭が…頭がー」
「魔王さん…。本当は、言いたいことがあるんですよね…?」
 双樹に促されて頭を上げたアフィマの手から、人形が転がり落ちる。
「イタイゾー ナニスルンダー」
「さぁ、もう一息です! 皆で歌いましょう」
 そして皆は、クリスに合わせるようにして歌い始めた。
 
 私を変える想いの光
 たとえ小さな願いでも
 紡ぐ言の葉寄り添えば
 闇打ち払う力となろう
 いとしき日々を重ねて
 あなたももうひとつの
 故郷を得る
 ここに居ていつか
 皆のように脅威を退け
 守ろうこの国を
 栄えよ永久に
 歌おう永久に
 
「うわーーーーっ」
 歌が終わると同時に、操り人形の糸が切れたかのようにかくんと床に座り込んだアフィマだったが。
「魔王さん…?」
「…はっ」
 我に返ったかのように、慌てて立ち上がる。
「こここ、ここは…?」
「良かった。正気に戻られたんですね」
「君に人の心が残っていて良かった」
「はい、本当に…」
「お子様騎士さんは返してくださいねー」
「『貴方の詩』。貴方の言葉を聞かせてください。もう、魔王なんかに乗っ取られないように」
 クリスに促され、アフィマは首を傾げた。
「あたしは…。たくさん悪戯して、たくさん笑顔を作った。あたしは太陽になれたんだっ」
 ぐっと拳を振り上げる。
「悪戯…」
「ふふ。今回ばかりは随分と大きい悪戯だったさね」
 円になっていた皆の後方から、ライラが籠と盆を持って現れた。
「さぁ、欲も争いも忘れて、今は召し上がれさね。美味しい料理とお菓子は人を幸福にして絆を繋ぐのさね。争いも欲も忘れさせるのさ」
「わぁ…なに、なに?」
「こっちはグリエ・プーレ・ソース・ディアブル。そっちは蕪と卵のタルトさね。すっかりお腹も空いただろう?」
 香りに誘われるようにして、観客たちも籠を覗き込む。
「お菓子が良ければ向こうに用意してあるのさね。その代わり…いつも古ワインを飲んでいる皆も、今日くらいはワインを飲んでおくれよ」
「えー」
 不満の声を上げてみせたアフィマだったが、ライラの後方に鬼か悪魔のような気配を感じて笑顔のまま黙り込んだ。
「これにて、酒場の催し物は終劇〜。ご視聴いただきまして、ありがとうございました〜。後は皆さん、思う存分おいしい料理と飲み物で楽しんでくださいね〜」
 うやむやの内に終わってしまいそうな気配を感じて、クリスが締めくくりの声を上げる。その声には、拍手と歓声が返ってきた。
 そして皆は、ライラの料理とお菓子に舌鼓を打ちつつ、酒場の飲み物を頼んで事なきを得、その夜を観客達と一緒に盛り上がって過ごしたのだった。
 

「は〜、楽しかった」
 食べすぎ飲みすぎで夜を明かしたその後も、収穫祭は続く。
 皆は個々に楽しんだり、同じ仲間たちで遊び歩いたり、家族と楽しい時間を過ごしたり、それぞれに楽しんだ。
「そういえば…オペラの時に、気になる人が観ていたな」
 吟遊詩人としての仕事に戻りながらも、エレェナが思い出したように呟く。
「気になる人ですか? みんながあちこちで見ていたのは知ってましたけど…。ちょっと恥ずかしかったです…」
「ふふ…双樹ちゃんの演技も素敵でしたよ」
「そんな…本当に全然で…」
「自称よしゅあす様も、みんなでいらしてましたよね」
「え? いました? いたら目立つと思うんですけど」
「2階に」
「みんなってみんな? 騎士がぞろぞろしてたらすぐにバレちゃうと思うんだけどなぁ」
「夫も来ていたようさね。仕事だったようだから、護衛だろうかね」
「…楽しまれていたなら何よりなのです」
 その割には、ひとり離れていたようだったけれどな…。
 エレェナは目撃した人物に一瞬思いを馳せたが歌を頼まれ、すぐに微笑を浮かべてリュートを奏で始めた。


 
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

ea3869/シェアト・レフロージュ/女/24歳/バード(吟遊詩人)
ea2004/クリス・ラインハルト/女/28歳/バード(吟遊詩人)
ea5242/アフィマ・クレス/女/25歳/ジプシー(人形使い)
eb6702/アーシャ・イクティノス/女/24歳/ナイト(警護)
eb8121/鳳 双樹/女/24歳/侍(調香師)
eb9243/ライラ・マグニフィセント/女/27歳/ファイター(お菓子作り職人)
ec4924/エレェナ・ヴルーベリ/女/26歳/バード(吟遊詩人)

ez0037/アンリ・マルヌ/女/29歳/ウエイトレス
ez1133/ジュール・マオン/男/18歳/神聖騎士
 - /アルノー・カロン/男/34歳/ブランシュ騎士団橙分隊員



ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご発注頂きましてありがとうございます。呉羽でございます。
長い時を経て再びこの世界を紡がせて頂きまして、ありがとうございました。
お互いの呼称や話し方が間違っておりましたらリテイク下さいませ。

こちらは『お店側編』となります。
同時発注頂きました『お客様編』と同じ時、同じ場所を描いておりますが、こちら側ではお客様側がどのような事になっているかは分からないようになっています。
是非、併せてご覧下さいませ。お客様編につきましては、もう少しお待ち下さい。

今回は、かつてパリでよく見かけた劇系依頼を思い出しつつ、懐かしい気持ちで書かせて頂きました。
台詞過多で申し訳ありませんが、オペラに関しては一通り入れることが出来たかなと思っております。

今回で皆さんを書かせて頂くのは最後となりますが、最後の機会を頂けましたこと、本当に嬉しく思います。
これからも、変わらぬパリでありますように。
皆様のご多幸をお祈り致しております。
ゴーストタウンのノベル -
呉羽 クリエイターズルームへ
Asura Fantasy Online
2016年01月05日

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