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『交わる時、動き出す世界 』
フヴェズルングaa0739hero001


 そこは色彩に乏しい世界だった。
 どんよりと薄暗く、薄紫色の霧に覆われた森。
 木々の枝は捻れ、葉は暗い影を落とし、その隙間から見える空は分厚い雲に覆われている。
 この世界は、いつもこうだ。
 フヴェズルング(aa0739hero001)、ヴェズが本来あるべき場所――魔界。
 生まれ故郷であるこの世界に、彼は一人で戻って来た。

 行く時は二人、悪友……いや、親友と一緒だった。
 彼は今頃、水を得た魚のように生き生きと、新天地での暮らしを満喫しているだろうか。
 それとも柄にもなくホームシックにかかって、故郷が恋しいと泣いて……
「ないね、うん」
 そもそも友の泣き顔など見たことがあっただろうか。
 寧ろ今は自分のほうが危ない気がする。

「まったく、どうして僕はこんなところにいるんだろうね」
 ヴェズは今、主のいない友の家に勝手に上がり込んでいた。
 勝手に上がり込むのはいつもの事だが、少し前なら無愛想な友が不機嫌を装いつつも、内心では嬉しそうに出迎えてくれた筈だ。
 しかし、この家にはもう誰もいない。
 作業場にある机の上には薬を調合する為の機材が、棚には乾燥させた薬草を摘めた瓶が整然と並んでいた。
 まるでもう戻らないことを予感していたかのように片付いているが、そうではない。
 この家はいつ来てもこんな感じなのだ。
「こういうの、片付けマニアって言うのかな」
 薬の調合で試行錯誤を繰り返している時でさえ、周囲が乱雑に散らかっている様子を見たことがなかった。
 薬も道具も材料も、全てに収まるべき定位置が決めてあったし、何度か訪ねるうちにヴェズもその場所をすっかり覚えてしまった。
 机の引き出しに書きかけのレシピノートが入っていることも知っている。
 それを見れば、簡単な傷薬程度ならヴェズにも作れるかもしれない。
「いや、無理か」
 あの薬は友の手で作られたからこそ効き目があったのだと、そんな気がする。
 偽薬?
 いいや、違う。
 その効果は本物だ。
「ただ、僕の気分的にね。そうであって欲しい、なんて」
 それは、ただの感傷。
「半ば無理やりに放り出して来たくせに、ね」
 間違っていたとは思わない。
 けれど。

「まいったね……君のいない世界がこんなにも退屈だなんて、思いもしなかったよ」
 会いに行ってみようか。
 いや、そんなことをしたら彼に無用な里心を付けてしまうかもしれない。
 いつかこの道が再び交わる時が来るとしても、それはまだ先のこと。
 それに――
「せっかく格好良く別れたのに、ここで会いに行ったら台無しだよね」
 軽く首を振り、ヴェズはきちんと整えられたベッドに仰向けに倒れ込んだ。
 自分には自分の、やるべきことがある。
 賭けの代償として友から奪った力、これを使って――

 何をするんだっけ。

「おかしいな、頭がぼんやりして……」
 考えが上手く纏まらない。
 記憶の縦糸がもつれて絡み合い、そこに思考の横糸が巻き付いて、ぐるぐる巻きの団子になって。
 それが圧縮されて鉛のように重くなり、意識の底にゆっくりと沈んでいく。
「……これは、眠気……?」
 ヴェズの身体には本来、睡眠など必要ない。
 眠ることはあるが、眠らずにいることも出来る。
 しかし、この猛烈な眠気は何だ。
 これが睡魔と呼ばれるものなのか。

 鉛玉のような意識は更に深く沈み、出口のない闇に呑み込まれていった。


 ・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥


 それから、どれほどの時が経っただろう。
 一瞬かもしれないし、永遠に近いかもしれない。

 ぺちぺち。
 ぺちん。

 頬を叩く軽い刺激に、ヴェズの意識は揺り起こされた。
 目を開けようとすると、頭の後ろまで突き抜けるような強烈な光が眼球を貫く。
「なんだ……?」
 痛みにも似た眩しさに耐えながら、瞼を押し開く。
 視界に飛び込んで来たのは、鮮やかな若葉の色と、揺れる木漏れ日の白さだった。
「ここは……」
 ○○○に似ている。
 いや、○○○とは何だ。
 何処かに似ている、見覚えがある気がするのに、思い出せない。
 つい先程まで自分がいた場所ではない。
 しかし、その場所が何処だったのかも、どんな景色が広がっていたのかも思い出せなかった。
 代わりに浮かんで来たのが、喉元にせり上がるような焦燥感。
「ヤバイ、僕このままだと死ぬ」
 どうしてそう思ったのか、わからない。
 いや、知っている?
「そうだ、この世界のルールを僕は知ってる」
 自分が置かれた境遇も一瞬で理解した。
「僕は英雄……そんなガラじゃないけど、そう呼ばれる存在……」
 どこか異世界から飛ばされて来た、器を持たない思念。
 器を見付けなければ、自分はこのまま――元の世界に帰ることも出来ずに消えてしまう。
「探さなきゃ」
 先程、頬に感じた刺激。
 実体を持たない筈の自分に触れた者がいる。
 それは能力者の素質を持った、しかも相性の良い特別な存在である筈だ。
「どこに行った?」
 ヴェズは起き上がり、周囲を見回した。
 そこは明るく風通しの良い森。
 聞こえるのは鳥の囀りと――
「音楽?」
 風に乗って運ばれて来る、軽快なメロディ。
 全く知らない筈なのに、何故か懐かしくなる旋律に誘われるように、ヴェズは歩き出した。

 森を抜けると、そこには街が広がっていた。
 石畳の広場には篝火が焚かれ、それを囲むように人々が歌い踊っている。
 まだ昼間だというのに大きなビールのジョッキを傾けている者も多かった。
 彼等が食べているのはラクレット、ジャガイモにチーズを絡めた大晦日の定番料理だ。
「ジルヴェスターか」
 知らない筈の言葉が口を衝いて出る。
「でも、あの時とは違うね」
 知らない筈なのに、そんな気がする。
 人々の服装や持ち物も、広場に並ぶ屋台の設備も、建物の様子も、何もかもが「あの時」とは違う。
 けれど、これは確かにジルヴェスターの祭だ。
 そしてここはドイツと呼ばれる国の片田舎。

 雑踏の中を暫し歩いたヴェズの目に、鉛占いの屋台が飛び込んでくる。
 その時、初めて気が付いた。
 自分が手の中に何かを握り締めていることに。

 それはいつかの、船の形をした鉛の塊。
「ねえ、僕も辿り着いたみたいだよ」
 新たな岸へ。
「そして見付けた……君と同じ色の魂を」
 背後に人の気配がする。

 振り向けば、そこに君がいるのだろう。
 この世界に存在する君の分身が、小さな手を差し伸べているのだろう。
「君が導いてくれたのかな」
 ヴェズは手の中に包み込んだ宝物に話しかけてみる。

 もう一度、友達になろう。
 きっとこれから、退屈しない日々が始まる。
 そう思うと、自然と笑みが溢れてきた。

 ああ、こんなに気持ちよく笑うのは久しぶりだ――



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa0739hero001/フヴェズルング/男性/外見年齢23歳/漂着者】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております、STANZAです。
いつもありがとうございます、そして相変わらずお待たせして申し訳ありません。

今回は英雄お一人様のご依頼ということで、登録PCであるその契約者を連想させる存在を直接描写することは控えさせていただきました。
それでも、なるべく意図された状況に近付くことが出来るように書いてみたつもりですが――

口調や設定等、齟齬がありましたらご遠慮なくリテイクをお申し付けください。
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2016年01月05日

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