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『秘密のパーティー 』
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 秋も深まる神無月も末の頃。
 オレンジ色にデコレーションされた街中を、仕事帰りの鯆はこれといった宛てもなくブラリと歩いていた。
「ハロウィンなぁ……。何処もかしこも、お祭り準備ってかー」
 トリックorトリート、遠い異国の地の民俗文化に便乗したお祭り騒ぎ。
 楽しければ何でもいいのだろう。その精神は嫌いじゃない。
 食べ物、仮装衣装、雑貨…… 少しだけ浮世離れした空気を、鼻歌交じりに男は進む。
「お、ジャックランタンのパペットか」
 ウィンドウに鎮座するそれに気づき、足を止める。
 パペット好きな契約者を思い浮かべ、買って帰ってやろうかなどと顎を撫でると、ガラスに珍妙なものが映っていることに気づいた。

 2m近くある長身の青年が、季節先取りにも程がある厚着で紙切れ片手にウロウロしている。

「……ライカ、か?」
 なかなかのインパクトある外見だ、簡単に忘れようもない。
 契約者同士が友人で、幾度か顔を合わせたことがあるЛайкаに違いない。
 こんなところに一人きり、というのが実に似合わなくて、ガラスをガン見したあと振り向いてからもしばらく彼の動向を注視してしまった。
「おーい、ライカ。何してんの、おつかい?」
 そこでようやく、声を掛ける。
「…………」
「イルカさんだよー。おーい、忘れちゃった?」
 確かに目があったはずなのに、ノーリアクション。
 へらっと笑いながら、鯆は人波をかき分けて青年へ歩み寄る。眼前でわざとらしく手を振って見せた。
「買い出しだ」
「へーえ、ハロウィンパーティーね。なるほど、そりゃ楽しそうだ。あの子が居ない間に仕込んどくわけね」
 ライカの契約者はまだまだ幼い。
 学校で勉学に励んでいる間に、彼の母君から頼まれたものを調達しにやってきたというわけだ。
「ぶはっ、狼男の着ぐるみ!? ライカちゃんが着るの?」
「……さあ」
「サイズがLだぞ、確定だろう。Lでも入るのかぁ?」
 笑いを噛み殺しながら、鯆は手のひらで自身とライカの身長差を比べ、彼の額をズビシと叩く。
「ま、面白そうだし。これだけオーダーがとっちらかってたら店を探すのも大変だろ。付き合ってやるよ」
「…………」
 頼んでいないのだが。
 青年の顔に、はっきりとそう書いてあるのを見ないふりをして鯆はライカの後ろを歩き始めた。
(……ついてくるなら好きにすればいい、か)
 ライカが胸中で嘆息するところまで、恐らくは鯆の想定内。




「お祭り行事としては馴染んできたけどよ、クリスマスみたいに『コレ』って音楽ないのがイベント的に弱いんだよなぁ」
「…………」
「あ、でも今流れた洋楽は好きだな。なんだっけ……。ライカ、知らね?」
「…………」
「泣く子はいねがーーー」
 がぶ。
 ライカが華麗にスルーを続けるものだから、鯆はワゴンに入っていた吸血鬼の牙を手にして青年の頬に齧りつく。
 首を狙いたいところだが、彼の分厚い衣服に阻まれてしまって断念。
「…………」
 無反応に思えたライカだが、他方のワゴンからそっと何やら取り出し……
「……うむ」
「何が『うむ』なの!?」
 ふわもこウサ耳を鯆さんに装着。
「首狩りウサギってのも色気ねぇよな。そーだなー、せっかくだから……」
 バニーガールの衣装へ手を伸ばしたところで、ライカが押しとどめた。
「…………鯆」
 それ以上は、ダメ、絶対。放送できません。
 静かに首を振る青年の表情は相変わらず感情が読めない。読めないが、何を考えているかはわかる。
 鯆は喉を鳴らして笑い、巨大な南瓜頭をライカに被せた。


 いい年をして、いい年をしているからこそ。子供じみた遊びが楽しい。
 その後も、鯆はちょいちょいと店先で何がしかを手にしてはライカを巻き込んで遊んだ。
「たーのしぃなー?」
「鯆。このままでは買い物が進まない」
「エー」
 たしかに、重要な課題は全く進んでいなかった。
「これで、少し大人しくしていろ」
「まじで、ライカちゃん!? ワーオ、太っ腹ー」
 食料品店で買い込んだものの中から、別会計で済ませていた酒と煙草を鯆へ与える。
 パーティー用品の予算は契約者の母親から与えられた必要経費だから、そこに手を付けるわけにはいかない。ライカのポケットマネーだ。
「大人しくしていろ」
「はぁい♪」
 改めて念を押され、軽い調子で返答してから鯆は洋酒の蓋を開けた。これは願ってもいない幸運だ。
「ん、良い香りだ。センスあるねぇ」
 目を細める鯆の先で、ライカの肩が安堵したように少しだけ下がった。




 真面目なお買い物になると、だんだん鯆も飽きてくる。
 最後までお付き合いする必要なんてないのだが、なんとなく青年を放っておく気にもなれず。
 荷物持ちが必要なほどヤワじゃないことは知っているから、店の位置に迷ったら軽くアドバイスを投じる程度。
 それにも飽きてきて……あとニコチンも切れて来て、視界の端にとまった喫煙所へと、ふらふら向かって行った。
「住み心地の悪い時代だよなあ。あー、癒される」
 煙を胸いっぱいに吸い込んで吐き出して、鯆は恍惚として呟いた。
 自分の気に入っている銘柄を伝えた記憶はないが、目にして覚えてくれていたのか。何も訊かれず与えられたそれは、鯆が常から愛用しているものだった。
「どなた様も、楽しければ何よりってね……。アイツも、なに考えてんだかよくわかんねぇと思っちゃいたが……」
 小さな契約者の後ろで、棒のように立っているライカ。
 鯆の記憶には、そんな姿ばかりだ。
 こうして二人きりで話したり行動したりなんて初めてで、意外な一面を見たように思う。




 仮装衣装、部屋の飾りつけ、食事の材料、etc...
 メモに書きつけてあったものを購入完了したところで、ライカが振り向けば鯆の姿が無い。
(飽きて帰ったか)
 然もありなん。そもそも、付いてくること自体が意外だったのだ。契約者同士が友人といっても、彼らを交えてのパーティーではないのだから。
(物好きな男だな)
 面白そうだと言って、首を突っ込みアレコレ騒いで。自分には理解しがたい。世界は広い、色々な奴がいるだろう。理解できないからといって嫌うこともしない。
 さて帰宅するか…… 荷物を持ち直し、踵を返せば……最寄りの喫煙所で一服している鯆の姿があった。
(……待っていたのか?)
 どうだろう。
 飽きて離れて、別れたつもりかもしれない。でも、待っているのだとしたら無言は申し訳ないだろう。

「鯆」
「ライカちゃーん、イルカさん腹減った。何か食いにいこーぜ」
「……」
「え、なに、鳩が豆鉄砲食ったような顔して。俺だって腹の一つや二つ減るよ?」
「いや……、待っていたのか」
 別れ際にひと言と思って喫煙所を開けてみれば、ご機嫌に片手を挙げられてライカは面食らう。
「待ってましたよ、付き合うって言っただろ。さ、フードコート行こうぜ。何がいいかなー」
 案外と律儀な男だ。
 そう考えるが、そんな彼が買い物に関して何か手伝ってくれたろうかと思い返してライカは無表情のまま目を伏せた。


 ピザにパスタにチキンに鉄板焼き、色々と揃うフードコートで、鯆は無難なハンバーガーを選ぶ。
 肉厚のパテにトマト、ピクルス。それからチーズが蕩けてはみ出す。カリッと揚げられたポテトフライが山盛りに添えられ、かなりのボリュームだ。
「ここのバーガー、何気に美味いんだよな。ライカは何も頼まないのか」
 買い出しで疲れているだろうに、ドリンク一つも頼んでいない。ガツガツと食事にありつく鯆の様子を、じっと見ているだけ。
「……食う?」
「…………」
 これが欲しいのだろうか。そう受け取った鯆が、ポテトを数本とってライカに差し出す。
 そういうつもりではなかったが、好意なのだからとライカも無言で口にした。
「……ッ」
「ははっ、アツアツで美味いだろーー。水飲みな、俺はコーヒーあるから大丈夫」
 舌を火傷したようなリアクションに肩をゆすって笑い、鯆は紙コップに入った水も差しだした。
「一人で食べてたって、こういうのは味気ないんだからさー」
 そう言って、紙ナプキンの上にポテトも追加して。
 



 日が暮れる前に、帰路を辿る。
 ライカは契約者の帰宅前に、悟られる前に荷物は片付けておかねばならない。
 たくさん遊んだ帰り道はどことなく物寂しくて、鯆が何事か喋りつづける。
「ホームパーティーかー。いいねぇ、楽しそう。それだけの準備ってことは、そうとう気合入ってるねぇ」
 じゃあ鯆も参加するかと言ったなら、きっと面倒だなんだと言い出すに違いないが。
「……今日は」
 別れ際。
 ライカは鯆に対し言葉を探し、見つからず、押し黙る。
 勝手についてきたのは鯆だし、結果的にライカは身銭を切って酒と煙草を買い与えているし、礼を言うのは違う気がした。
「楽しかったな!」
 そんな青年の思考を読んだのか、鯆がシンプルに言葉を繋いで笑った。
「……そう、……か?」
「『そうだな』だろう、この流れは!! 面白い奴だなー」
 鯆は小首をかしげるライカの背を遠慮なく叩き、それから上着のポケットに押し込んでいたキャンディを取り出す。
 いつの間に購入していたのか、愛らしいカボチャ型のキャンディ。
「遊んでくれた礼だよ。ガキ共には内緒な?」
 悪戯っぽく囁いて、煙草をふかす。
「…………ああ」
 楽しかった?
 遊んだ?
 内緒……
 普段の自分からはおよそ離れた言葉に戸惑いながら表情には出さず、ライカは小さく頷きを返すだけ。



 友達の友達は、友達か?
 そんな問いかけがある。

 契約者の友達の英雄は友達か?
 自分たちの場合は、どうだろう。

 ライカにとって、何を差し置いても大切な存在を抜きにした交流は、きっと無意味なものではなかったはず。
 煙草を挟んだ手を緩く振る男の背をぼんやり見送り、青年がそんなことを自覚したかは――定かではないけれど。




【秘密のパーティー 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 aa0008hero001 /Лайка/ 男 / 27歳  /ドレッドノート】
【 aa0027hero001 /  鯆  / 男 / 47歳  /ドレッドノート】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
無口な青年と愉快なアニキのささやかな交流、お届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
ゴーストタウンのノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
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2016年01月05日

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