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『●参鬼抄 』
センダンka5722)&帳 金哉ka5666)&ka5673

 ――むかしむかし、人間と鬼との間にいまだ大きな遺恨と垣根があったころ。
 結界の中で人間たちが生きるだけならぬくぬくと過ごしていたその時代、鬼達は古来からそうして来た通りに森や川に住み着き、時に集落を形成し、独自の生活を営んでいたそうな。
 歪虚の汚染で森も川も大きな汚染の影響を受けていたが、それでもご先祖様が選んだ道だからと、不満はあっても口には出さず、彼等は乱世を生きていた。
 そんな鬼の集落に、1人の少年がおった。
 少年――名を帳 金哉(ka5666)と言ふが、お世辞にも裕福とはいい難い集落に産まれた少年、幼い頃より独り身で両親はおらず、家も無く、ただただその命を守るために日々を生きていた。
 襤褸のようになりながらも、生きる事のみをこの世に生を受けた意味として、少年は動乱の時代をひたすらに耐えていた。
 それから暫くして、少年は1人の男と出合った。
 男は自分と同じ鬼の血を引く者で、楝色の髪が印象的な無愛想な男であった。
 学は無く、品も無い。
 だからこそと言うべきか深い事は考えず、身寄りの無い少年を、そうするのが当たり前のように引き取って自らの小屋へと迎え入れていた。
 少年もまた生きるを知る上でそれを断る由もなく、この無愛想な男の小屋へと着の身着のまま転がり込むことにしたそうな。
 男――その名をセンダン(ka5722)と言ふが、これがなかなか見た目通り想像通りの口下手な男で、腕っ節には自信があったが家事も子育てもてんで能が無かった。
 そこは少年、生きる事には一日の長があったが故に、男の代わりに家の仕事を引き受けていた。
 その分男は得意の腕っ節を振るい生きる糧を手に入れて、少年と分け合う事でその生活は成り立っていたと言ふ。
 男にはたった1人の友が居た。
 名を閏(ka5673)と言ふこの青年、須らく鬼の血を引くものであるが他の者に比べ少々「根」が弱く、気性も大人しい。
 鍛えぬいた体躯の代わりに磨きぬいた頭脳を持ち、手を動かすよりも口を動かすのを得意としていた。
 一見相容れぬ2人に見えるが、これがなかなか2枚貝のごとく上手くかみ合うもので、金哉も大層懐いた事もあり、時に男の小屋を訪れては口下手な男の代わりに少年の話し相手となり、遊び相手となっていた。
 
 ある日、青年がいつものように男の小屋を訪れるとそこに男の姿は無く、少年がただ一人空に桶を逆さに踏み台代わりとし、炊事場へと向かっていた。
 男の所在を目で探す青年であるが、小屋の中はもとより、外にも、裏の薪割り場にもその姿を見る事はできなんだ。
 一度中へと戻り、少年へと問ふ。
「金哉くん、センはどちらへ?」
 すると少年は、少しむすりとした表情で静かに首を横に振る。
「分からん。気がついたらおらんのじゃ」
 その言葉を聞いて青年は大きく1つため息をつき、玄関口から人影の無い外の道へと視線を走らせた。
「またですか……行き先も告げずに出て行くのはやめなさいと、何度も言っているのに」
 そんな傍ら、少年はどこぞでてに入れた根菜を1つ手に取り、両手で掴んで半分に割ろうと力を込める。
 これがなかなか実の詰まった根であったのか、少年の力では上手く割れずに見る見る顔が赤くなる。
 見れば、既に仕込みを終えた他の葉や肉も手で無理やり引きちぎったような痕が見える。
「センの小刀があるでしょう、使わないのですか?」
 薄い板を張り合わせて作られた小屋の壁。
 そこに掛けられた小さな刃を指差し、問いかける青年。
「何を切ったかも分からぬ刃物で口に入れるものを切りとうない」
 少年はすっぱりとそう言い放ち、もう一度草の根に力を込める。
 パキリと小気味のいい音がして、真っ白な根っこは2つに折れていた。
 少年も決して潔癖症と言う訳でもなければ、貧困であった過去の生活を省みれば衛生面の話をしている訳もない。
 少年の言う「何」とは即ち「誰」と置き換えても相違の無いものであり、幼い少年の口にしても、いや幼い少年の口だからこそ、他人の血を吸ったやもしれぬ刃で調理などしたくはなかったのだ。
 青年はどこか哀れむような、そして優しげな微笑を浮かべると、自らの懐に手を入れて1本の小刀を差し出す。
「俺の小刀です、お使いなさい。なに、衣類の綻びを断ったり、草を狩ったり。その程度の事にしか使ってはいませんよ」
 そう語る青年に、少年はその切れ長の瞳を向けると、迷いの無い手でそれを受け取った。
「そもそも、閏が人を斬れるとは思えぬ」
「ははは……返す言葉もありませんよ」
 困ったような笑みを浮かべる青年を他所に、少年は受け取った刃で調理を再開する。
 板の上に置いた根菜の肌へと刃を宛がい力を込めると、すとりと音を立てて真っ二つに切り分けられる。
「よい切れ味じゃ。さすが閏、手入れも行き届いている」
「ありがとうございます。よければ今度ウチに余っている小刀を一振り、金哉くんへ差し上げましょう」
「本当か!?」
 青年が提案すると、少年ははちきれんばかりに目を大きく、丸くして、青年の眼前へと迫る。
 鼻と鼻がぶつかるその勢いに、青年は気圧されたように半歩後ずさってみせるも、すぐに変わらぬ笑顔を浮かべて小さく頷き返すのである。
「ええ。どれ、俺も支度を手伝いましょう」
「それは助かるのじゃ。ところで閏、その包みじゃがもしかして……」
 言いながら、少年の視線は閏が手に持つ笹葉の包みをチラリと見やった。
「ええ、来るときに握ってきたお握りですよ。これを届けに寄ったのでした」
「やはりか! なら、それに合うご馳走を作らねばのぅ!」
 少年は見るからに嬉しそうに、野菜を切り分ける作業にも活気と勢いが出る。
 青年はそんな少年の後ろ姿を微笑みながら眺めると、切り分けられた材料を一同鍋の中へ入れて、囲炉裏の火へとくべるのであった。
 青年が炊事場から離れ、少年は傍らに置かれた笹葉の包みをちらりと横目で盗み見た。
 中身のお握り――青年の握ったそれは、少年の大の好物。
 腹もぺこぺこの手前、思わずそれに手が忍び――同時に、入り口の方へガサリとした足音が響いていた。
 2人が弾かれたように視線を向けると、そこには狭い小屋の入り口を塞ぐかのような大きな体躯の者が1人立っている。
 この小屋へ帰ってくる者と言えば、少年の青年を除けば1人を除いて他には居ない。
 男が帰ってきたのだ。
「お帰りなさい、セン。帰って早々で申し訳ないですが、ひとつ言っておかなければなら無い事が――」
 やや厳しい口調で出迎えた青年は、男の下へと近寄ろうとして、伸ばしたその手をビクリと引き戻した。
 少年もまた何も言うでも無かったが、丸く大きく目を見開いて、そして何も見なかったかのように視線を逸らし、自分の仕事に没頭していた。
 ――男の身体は数多の朱に濡れていた。
「……おぅ」
 男は青年の姿を捉えると、挨拶ともうめき声とも取れる声を上げて門戸を潜った。
 そうして形式的な挨拶を済ませるとそのままどかどかと小屋の中へ上がり込み、手にしたこれも朱に濡れほそった槍を壁に立てかけて、奥の襤褸布の布団の上にごろりと横になったのであった。
 穂先の刃が壁掛けの小刀にぶつかり、カチンとした金属音だけが静寂の中に響く。
 あっけに取られたままの2人であったが鍋から吹き零れた汁が囲炉裏の炭の上に落ち、乾いた蒸発音を立てたことではっと我に返る。
 真っ先に動いた青年が、丁寧に草履を脱いで玄の先へと揃え置き、横になった男の方へと歩み寄ってゆく。
「ほらセン、起きてください。そんな恰好で金哉くんの作ったご飯を食べるのですか?」
「ぁあ……メシだぁ……?」
 すでにまどろみ掛けていたのか、ゆする青年の手を男は鬱陶しそうに払いのけると、ため息とも深呼吸ともつかぬ深い息をついてゆっくりとその身を起こす。
 その身体に纏った朱は両人の想像の通りに、男の仕留めた獲物のものに他ならないのであるが、よくよくその姿を見てみれば、身体のあちこちに小さな引っ掻き傷のような裂傷が、蚯蚓腫れのように浮かび上がっているのが見て取れた。
 頭から浴びた朱で隠れてこそいたものの、おびただしい量の小さな傷達を見るに、どれほどの壮絶な戦を行って来たのかが伺い知れる。
「確かに腹は減ったな……メシにするか」
 男はどかりと胡坐をかいて囲炉裏の前に座りなおすと、壁際に立て置いた瓢箪の蓋を捩じり開け、中の液体をぐいと煽った。
 男、いつもの通りに不躾で動じぬ姿ではあったが、その実身体は正直なもので、下手にこの場から立ち上がるのも面倒なほどには疲れはてていた。
 物言わぬ成れなれど、その手に残る獲物の肉を貫く感触、引き裂く感触、そして骨を打ち砕く感触は今だ冷めずに掌にじんわりと残り、じっとりとした汗が拳の中を伝う。
 その余韻を男は心地よいとすらも思い、身を浸していれば、いくら疲れ切っていたところで高鳴る鼓動を前に眠りにつくことなど到底能わなかった。
 今日もまた殺し、そして殺されなかった――その満足感と達成感が、まさしく男に生の意味を与えていた。
「あぁ……肉を持ってくるのを忘れたな」
 ふとそんな事を思い返すも今となっては時すでに遅しと、男は気にするでもなく瓢箪の酒と共に腹の奥へと流し込んでいた。
「セン、メシじゃ」
 少年がフチの欠けた椀と不揃いの竹の箸を手に、囲炉裏の傍に立ちぼうけ。
 男が手招きで「座れよ」と示すと少年は囲炉裏を挟んで向かいに腰を下ろし、椀を2人へと差し出す。
 まず隣の青年へと受け渡し、次いで向かいの男へと手渡そうとした時、カタリと揺れた手の上で踊った椀が板の間の上へと転がった。
 はっとして、慌てて拾い上げて押し付けるように男へ手渡す少年。
 男はその様子を何も言うでも無く見届けたのちに、ぽつりとつぶやくように一言だけ口にする。
「――怖いのか」
 朱に濡れた身体でニィと八重歯を見せておどろおどろしく言い放ったその言葉に、少年はビクリと肩を震わせるも、すぐに気丈を装ってぷいと視線を逸らしてみせる。
「んなわけがあるか……見慣れたもんじゃ!」
「セン……子供を怖がらせるものじゃありませんよ?」
 青年に言い止められ、乾いた笑みを浮かべながら鍋の中の汁を盛る。
 そうして、ずぞぞと豪快な音を立ててそれを啜って見せた。
「閏、握り飯は?」
「ええ、もちろん忘れていませんよ」
 輝く瞳で催促する少年に微笑みかけ、青年は傍らに置いた笹葉の包みを開く。
 そこには炊き立て握りたて――とは言わず、すでに冷めてしまっていたものの、きれいに握られたお握りが6つ、仲良く並んでいるのであった。
「はい、みんなで2つずつです」
 言いながら別の笹葉を皿代わりに、青年はお握りを配る。
 少年はそれを受け取るや否や、大きな口を開けて一心不乱にぱくついて見せた。
「んまい! やはり、閏の握った握り飯は格別じゃ!」
「それは良かった」
 笑顔でぱくつく少年を前に、自らも顔を綻ばせる青年。
「子供の笑顔を見ていると、こちらも楽しい気持ちになってきませんか、セン?」
「あぁ……? んん……そんなもんか」
 話題を振った青年に、男は気の無い返事を返すと、自分も大きな口を開けてお握りにかぶりつく。
 そんな2人の様子を傍目にしながら、こうして見ていれば血はつながってなくてもまるで親子のようにそっくりだと――青年はそう思いはしたが、口にするとまた両者から小言を返されるのでそっと心の中に仕舞い込む。
 形はどうあれ彼らは親子――家族なのだ。
 そしてこの場で席を共にできている自分自身もその輪に加わって居られる事に、無意識の幸せも感じていたものであった。
 食事を終えて男は襤褸布布団に横になり、少年と青年は囲炉裏の火の前でお手玉で遊んでいる。
 先ほどと違い男も背を向けるように横にはならず、2人の方を向いて肘立て枕に頬杖を付いてその様子を眺めていた。
 夜半、炎の明かりの中でお手玉が宙を舞っては笑顔が飛び、取り落としては笑いが弾む。
 きっとこれからもこのような日が続いていくのだろうと、青年も、少年も、そして男さえも……そう思い、心のどこかで願っていた。
 まるで悠久にも思える時の中で、彼らは今を、各々の笑顔で過ごしていたという。
 
 それからいくばくかの月日が流れ、東方は今、人の手によって開放される事など思いもせずに――

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka5722 / センダン / 男性 / 34 / 舞刀士】
【ka5666 / 帳 金哉 / 男性 / 21 / 格闘士】
【ka5673 / 閏 / 男性 / 34 / 符術師】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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大変お待たせいたしました!
3人の鬼の物語を書かせていただきましたのどかと申します。
この度のご注文、まことにありがとうございます。
個性的なお3方、東方世界の昔話と言うことで、古の草子風に書き上げてみました。
この暖かい家庭の風景から今に至るまで、どのような人生を歩まれ現在へと至るのか非常に気になるところではございますがそれはまた別のお話――と言うことで、今に至った皆々様の歩まれる物語、よき物へと進んでいきますことを心よりお祈り申し上げます!
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
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ファナティックブラッド
2016年01月05日

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