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『罪と生きる未来 』
御鏡 雫(ib3793)&明王院 浄炎(ib0347)

 天儀の中央部分に位置する石鏡の国。
 精霊が還る場所と言われるそこは、中央の巨大な三位湖の恵みによって支えられた、天儀において最も豊かな国家である。
 アヤカシの被害も辺境においては深刻であったが、護大が去ってそれも減り……石鏡王布刀玉とその正室の主導の元、国内は穏やかな状態が続いている。

 ――かれこれ十数年程前になるだろうか。
 石鏡は、国内各地で瘴気が噴出するという事件が発生し、恐怖と混乱へと叩き落とされた。
 それは狂気の人妖師と呼ばれる賞金首の手によって起こされた事件であり、紆余曲折あった後、開拓者の調査と彼の従者による告発から彼は討伐され――。
 そして、遺された賞金首の従者であった昭吉は、主が犯した罪を償うことを決め……様々な人々の力を借りつつ贖罪の人生を歩むこととなった。

 雫が昭吉と出会ったのは、そんな『贖罪』の最中。瘴気に汚染された村の支援に行くという浄炎に、医者として同行した先でのことだった。
 10代前半の少年で、小さくてひょろひょろとしていてどこか頼りなくて……一生懸命で純朴な印象だった。
 時と共に成長し自分と変わらぬくらいに大きくなり、復興作業という力仕事に従事している為か精悍さが増して……そして、罪の重さを知っているからだろうか。どことなく影のある青年になっていた。
 雫が驚く程に立派に成長しても、贖罪への真摯な態度や一生懸命さ、優しく人懐っこい純朴な部分は変わることなく――。
 彼女が、そんな昭吉を男性として意識するようになるまで、そんなに時間はかからなかった。

 ――歳の差のこともあり色々悩みはしたものの、雫の気持ちは変わるどころか、強くなるばかりで……。
 昭吉も、雫に惹かれていたものの、それを口にすることは決してなかった。
 ……自分は『罪人』だから。贖罪に生涯を捧げると決めている人間が、誰かを娶るなど相手の負担にしかならない、そう思っていたから。
 そんな理由があり、彼女が想いを伝えても、昭吉はなかなか首を縦には振らなかった。
「雫さんほど素敵な人なら、他にいい人いるでしょう? 何も罪人の僕を選ばなくたって……」
「そんな人いないし、私は昭吉が良いって言ってるの」
「……雫さんが大事だから、これ以上巻き込みたくないんですよ」
「ここまで巻き込んでおいて何言ってるのさ。……私は昭吉の手伝いが負担だと思ったことはないよ。何度も言ってるだろ?」
「罪人の妻なんて苦労するだけですから……」
「それが苦労かどうか決めるのは私だよ。昭吉が背負ってるものを一緒に背負う。私が大事だって言うなら昭吉も覚悟を決めな」
 ……そんなやり取りを何度も繰り返して。結局、雫が押しかける形で夫婦となった。
 昭吉の希望で、祝言はごく親しい者だけを呼んで慎ましやかに済ませたのが数年前。
 彼の後見を任され、現在は雇い主でもある石鏡の貴族、星見家当主に結婚祝いとして家が与えられ、そこで暮らし始め……。
 夫婦になった今も変わらず、仕事の合間を縫っては事件の被害に遭った村に訪れ、贖罪に明け暮れる日々が続いている。

「……うむ。間違いなかろうな」
「ああ、やっぱりね……。自分でもそうじゃないかと思ってたけど、確証が欲しかったんだ。ありがとう」
 きっぱりと断言した浄炎に、頭を下げる雫。
 彼女は1週間ほど前から身体のだるさや吐き気を訴え、仕事や昭吉の贖罪への同行を休んでいた。
 雫の本職は医者ゆえ、己の体調不良に何となく心当たりはあったものの、昭吉は酷く心配し薬師で医療の知識もある浄炎に、雫を診てやって欲しいと頼んでいたのだ。
 何より浄炎は、常日頃から昭吉の贖罪に陰に日向に協力し、何かと相談に乗ってくれる父のような存在であり、特に頼りにしている。
 落ち着かぬ昭吉の様子にただならぬものを感じたのか、浄炎はすぐさまその声に応え、夫妻の家へとやってきて……今、この状況がある。
 そこにバタバタという足音が聞こえて、派手な音を立てて扉が開いた。
「今戻りました! あ、浄炎さんお世話になります!」
「うむ。邪魔しておるぞ」
 ぺこりと頭を下げる昭吉に頷き返す浄炎。夫の早い帰還に、雫は目を丸くする。
「おかえりなさい。随分早かったけど……村には行ってきたのかい?」
「はい。雫さんの具合が悪いって言ったら、村人の皆さんが早く帰ってやれって……お言葉に甘えて、走って帰ってきました」
「おや。心配かけてしまったみたいだねぇ」
「あぁ、雫さん、動かないで……。浄炎さんも今お茶淹れますね!」
 立ち上がって鞄を受け取ろうとする雫を制止する彼。見ると昭吉は汗だくで、息が上がっている。
 浄炎は昭吉に手ぬぐいを渡すと、徐に立ち上がる。
「……昭吉、俺に気遣いは無用だ。お前こそ疲れているだろう。茶を淹れるゆえ座っておれ」
「でも……」
「雫からお前に話があるそうだ。いいから聞いてやれ」
 昭吉の頭をぽんぽん、と撫でる浄炎。
 ――この人の手はいつも大きくて暖かくて。もういい大人になったというのについ甘えてしまう……。
 台所に向かう浄炎の大きな背中にすみません、と声をかけた昭吉は、そのまま布団の上の雫に向き直る。
「雫さん、身体の具合はどうですか? 浄炎さんは何て仰ってたんです?」
「そのことなんだけどね、昭吉」
「はい。何ですか? まさか大変な病気とか……?」
「ううん。違うのよ。子供が出来たみたい」
「あー、そうですか。こd……」
 まるで軽い風邪でも引いたかのように、さらりと言った雫。
 昭吉は聞き流しかけて、そのまま固まる。
「何か変なこといったかい?」
「いえ、あの……。今、子供っていいませんでした……?」
「言ったね」
「子供って、雫さんと僕の……?」
「他に誰がいるんだい?」
「わー! あー! そうですよね! すみません心当たりあります」
「そうでしょうよ。浄炎と私の見立てだと、生まれてくるのは秋くらいかな」
 愛しげにお腹を撫でながら言う雫を黙ったまま見つめる昭吉。
 彼が、困ったような、泣きそうな顔をしているのに気付いて、雫は首を傾げる。
「……昭吉? どうしたの?」
「……喜んでいいのか、分からないんです。だって、僕は、賞金首神村菱儀の従者で、罪人で……」
 ――そんな僕が、幸せになんて、なっていいはずがないのに。
 苦しそうに、息を吐き出すように囁く昭吉。

 ――雫は、ずっと前から気になっていた。
 昭吉が、己自身を許そうとしないことに……。
 確かに彼は罪人かもしれない。
 でも、夫はこの十数年、十二分にその勤めを果たしてきたと思う。

 彼の主である神村菱儀の被害に遭い、瘴気の実で荒れ果てた数々の村は、昭吉の贖罪が少しずつ実り、かつての村人や新たな入植者達の手によって、着実に復興を遂げてきている。
 そして、昭吉の贖罪を積極的に支援している浄炎の次女が、石鏡王の正室であり……復興活動を知った石鏡王の意向で最優先で支援が行われ、村人の為の住まいの建築の支援を始め、子供達の為の学校や医院が配備されている。
 そこに勤める為に、明王院家から独り立ちした子供達を始め、石鏡の孤児院の卒院者達が新たに入植し、それぞれが自らの育んできた様々な技術や知恵を持って、村の復興や発展に尽くしている。
 結果として村は以前より栄えて……そのきっかけを作った昭吉に感謝をしている者も多いというのに――。
 それでも昭吉は、それを認めようとはしなかった。

 お盆にお茶を乗せて戻ってきた浄炎は、若い夫婦の前に湯飲みを置く。
「雫、昭吉。まずはこれを飲め。カミツレ茶だ。心を落ち着かせる効果がある」
「……ありがとう。確かに昭吉は落ち着いた方が良いわね」
「……すみません」
 雫に優しく背中を撫でられ、震える手でお茶を飲む昭吉。浄炎はため息をつきながら、息子のように可愛がっている青年を見つめる。
「……昭吉、良く聞け。お前が歩む道のりは、確かに長く辛いものだ。だがな、己を必要以上に責め、苦しめるのは……それは贖罪とは言わぬ」
「でも僕は罪人で……主様がしてきたことを後世に伝える義務があります。同じ過ちを、二度と繰り返さない為に……」
「罪を忘れろと言うつもりはない。ただな……お前が己の不幸を願った時、お前の隣にいる雫はどうなる? 賢いお前ならば分かるであろう。良く考えるのだ」
 浄炎の言葉にハッとする昭吉。
 ――己を責め続けることで、大事な人を傷つけることになるなんて思ってもみなかった。
 彼は目の前の妻に手をついて頭を下げる。
「雫さん……。ごめんなさい。あなたを傷つけるつもりは全然なくて……」
「……分かってる。いいんだよ。昭吉は真面目だから。元々私が無理矢理おしかけて嫁にして貰ったようなものだしね」
「良くないですよ! ……僕、雫さんには苦労をかけるから、大事にしたいと思ってるのに……!」
 自嘲的な笑みを浮かべる雫に、泣きそうな顔を向ける昭吉。
 ――幸せになりたいと願いながら、その気持ちを閉じ込めてきた。
 瘴気の木の実の被害に遭って苦しんでいる人を前に、己が幸せになるなんて失礼だと思っていたから……。
 でも、本当に赦されるのだろうか。自分のこの身勝手な願いを叶えても良いのだろうか……?
「いいんでしょうか……。僕は父親になって……幸せになっていいんでしょうか」
「良いに決まってるじゃない。贖罪と、昭吉が家庭を築くのは別問題でしょう。昭吉は子供が出来て嬉しくないの?」
「嬉しい……。嬉しいです」
「じゃあ、素直に喜べばいいんだよ。そうしてくれた方が私も嬉しい」
「……お前は、孤児達にも深い愛情を注いで接してきた。きっといい父親になろう」
 何度も頷く昭吉。己の膝の上で子供のように泣く夫を、雫は優しく受け止めて――。
 そんな二人を、浄炎もまた穏やかに見守っていた。


 ――それからというもの、昭吉は変わった。
 身重になり、あまり動けなくなった雫の分まで精力的に復興活動に勤め、今まで距離を置いて接していた村人達とも積極的に交流するようになり……。
 雫もまた、それを支えることに至上の喜びを感じるようになっていた。
 ここにきて、この二人は本当の意味で夫婦になれたのかもしれない。
 己を赦した罪人とその家族は、罪から得た教訓を語り継ぐことを忘れず……今後も更なる復興に身を投じて行くこととなる。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━・・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ib3793/御鏡 雫/女/25/聡明なる妻
ib0347/明王院 浄炎/男/45/心優しき厳父

昭吉/己を赦した罪人(NPC)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております。猫又です。
お届けまで大変お時間を戴いてしまい申し訳ございません。

石鏡の国と、その後のご夫婦のお話、いかがでしたでしょうか。
昭吉の贖罪は彼の生涯を通じて続けられていきますが、奥様や家族の支えをえて、この先明るくなっていくものと思われます。
好き勝手色々書いてしまいましたが、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクをお申し付け下さい。

ご依頼戴きありがとうございました。
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2016年01月05日

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