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『新入生(?)よ、これが久遠ヶ原だ! 』
カーディス=キャットフィールドja7927)&ノワール=ピースメイカーjb6016


「……しまった……!」
 ある秋の朝、クローゼットを覗き込んだカーディス=キャットフィールド(ja7927)は、そのままそっと扉を閉めた。
 そこにある筈の着ぐるみがない。
 一着もない。
「(まさか着ぐるみ全部洗ってしまっていたとは思いませんでした……不覚です!)」
 黒猫の着ぐるみは今、陽の当たるベランダにずらりと並んで日光浴の真っ最中。
 乾くまでには少なくともあと半日程度はかかるだろう。
 それを待っていては学校に遅刻してしまう。
「(まあ……たまには無くてもいいでしょう)」
 そろそろ風が冷たくなってきたこの季節、もふもふの着ぐるみがないと少しばかり肌寒い。
 しかし、生乾きの状態では却って寒いし、なにより重い。
 今日は一日、中の人で過ごしてみよう。

 カーディスはもっふもふの黒猫忍者である。
 ほぼ一年中、季節を問わず、冬にはもっふもふの冬毛仕様、夏には風通しの良い夏毛の着ぐるみを着込んでいる。
 黒猫ではないカーディスの姿が見られる事は稀だ。
 金枠に囲まれた五つ星カードの背景にキラキラのホログラムが使われるくらいのレア度だ。
 学生達の中には、本当に「中の人などいない」と信じている者も多いだろう。
 寧ろ中の人の方が「ヒトガタの着ぐるみ」で、黒猫が本体だと言われたほうが納得できるかもしれない。

 よって、その事故は起こるべくして起きたのである。


「休講、ですと……!?」
 掲示板を確認していたカーディスの膝から力が抜ける。
 午前中の予定にぽっかり穴が空いてしまった。
「さて、どうしましょう」
 どこかで時間を潰そうか、それとも何か依頼を探そうか。
「この時間なら着ぐるみも乾いているでしょうか……」
 このままでは何となく落ち着かない。
 それに今日は家を出てからこの場所に着くまで、誰にも声をかけられていないのだ。
 友人達に声をかけても「え、誰この人?」みたいな顔をされてしまうし。
「皆さん、私を私だと認識してくださらないようなのです」
 寂しい。
 これは一旦家に戻って着替えて来るべきか。

 掲示板の前に立ったまま、カーディスはじっと考え込む。
 その姿に、通りすがりの学園生ノワール=ピースメイカー(jb6016)が足を止めた。
「お! 新人さんかな?!」
 この久遠ヶ原学園は、今がちょうど新入学の時期だ。
 右も左もわからない新入生が途方に暮れている姿を見るのは珍しくない。
 そんな場面に出くわせば放っておくことなど出来ない性分のノワールは、さっそく駆け寄って後ろから軽く肩を叩いた。
「学園へようこそ!」
 きらーん!
 聞き覚えのある声に振り向いたカーディスの目に、見知ったキラキラ笑顔が飛び込んで来る。
 しかし。
「ここはでかいから迷子になっちまうからな! 俺が案内してやるぜ!」
「えっ? いやあの私は――あっ!」
 その親切な学生、ノワールは問答無用でカーディスの手を取って、ずんずん歩いて行く。
「で、どこ行きてーんだ? もしかしてまだ専攻も決めてねーのか?」
「(これはもしや私だと気づかれていないパティーン!?)」
 ノワールさん、あなたもか!
 いつもなら戦慄にもふもふの毛を逆立てて震えるところだが、今のカーディスには逆立てるべきもふもふがない。
「っと、自己紹介がまだだったな。俺はノワールだ、わかんねーことがあったら何でも訊いてくれよ!」
「あ、ありがとうございますノワールさん、でも私はカー……」
 いつもの着ぐるみの中の人であることを白状しようとしたカーディスだったが。
「(でもここでそれを言ってしまったら、ノワールさんに恥をかかせてしまうかもしれないのです)」
 英国紳士として、それは出来ない。
「カー?」
「あっ、はい、カーネル・ニャンダースと申しますの……!」
「どっかで聞いたような名前だが、まぁいっか」
 細かいことは気にしない。
「じゃあカーネル、まずはどこに行ってみたい……っつってもわかんねーか! わかんねーよな!」
 豪快に笑って、ノワールはカーディスの背中をばしばし叩いた。
「俺もどっから案内すりゃ良いのかわかんねーけど、まずは近場から行ってみっか!」

 そして始まる、案内という名の校内引き回し。
「案内図とか見ても何がどこにあるかわかんねーだろ?」
 恐らく初等部から大学部までずっとこの学園に通い続けたとしても、その全てを知ることは難しいだろう。
「スマホに音声入力したらナビが出るとか、そういう便利アプリ欲しいよな」
 この学園は妙なところで時代の最先端を突っ走っているくせに、こうした地味で目立たないが、導入すれば確実に学園生活が便利で快適になる系のシステム導入は遅れがちだった。
 そこに注ぎ込む予算と人手があれば天魔対策に回すというのが、学園としては正しい在り方なのだろうが――
「まったく無駄に広すぎんだよ、この久遠ヶ原学園ってやつは」
 謎の黒ロン毛三つ編みイケ眼鏡の手を引いて歩きながら、ノワールは先輩らしく在校生しか知らないような裏話を後輩に話して聞かせる。
 学校案内に書かれているような話はもう知っているだろうし、そんなものは大抵面白くも何ともない。
 だが在校生の実体験に基づく話なら、新入生も興味を惹かれるだろう。
「この学園には人間はもちろん、天魔の生徒も大勢いる。その他にも猫とか馬とかパンダとかがいるんだぜ」
 中の人?
 そんなものいません。
「俺がよく知ってんのは黒猫の忍者だな」
 それなら今、あなたの目の前に。
「俺のダチなんだけど、こいつが良い奴でさー、よく手作りの菓子とかくれるし、それもすっげぇ美味いんだぜー」
 あの猫の手でどうやって細かい作業をこなしているのか、その謎をいつか探ってみたいものだ。
「それほどでもありませんが、お褒めに与り光栄なのですよ〜」
「ん? なんであんたが礼とか言ってんだ?」
 しかもなんか照れてるし。
「はっΣ」
 しまった、今は新入生のカーネル・ニャンダースなのだった。
「そのお方も褒められたらきっとそう言いたいだろうな〜と思って、代わりに言ってみたのです(きりり」
「へぇ、この学園には変わり者が多いが、あんたも相当変わった奴だな。面白ぇ!」
「きょ、恐縮なんですの〜」

 そして辿り着いたのは学長室。
「この学園を案内するなら、やっぱりまず最初はここだよな!」
 学園長本人は不在だが、その気配は濃厚に漂っている。
 書棚には『学園長名語録』と題されたハードカバーの本が一巻から五巻まで、ずらりと並んでいた。
「これは以下続巻でまだまだ続くらしいぜ?」
「確かに、右側にスペースが空いてますの」
 しかも10巻分くらい。
 飾り棚には百分の一フィギュアがずらりと20体ほど、それぞれに異なるポーズを取って並んでいる。
 デスクの後ろには巨大な肖像画、マントルピースの上には黄金の彫像。
「……ここは、あんまり長居するもんじゃねえな」
「同感ですの」
 学園長の残留思念のようなものに当てられて目眩がしそうだ。

 次に訪れたのは科学室。
「ここもあんまり長居は勧めねぇ、依頼を受けるならほぼ必須の場所ではあるがな」
 ドアの隙間から漏れ聞こえる、強化に失敗した学生達の阿鼻叫喚。
「入学したては資金もないだろうし、そう慌てて世話になる必要もないだろうが……こうなりたくなけりゃ、強化は慎重にするこった。まあ、いくら慎重にやっても壊れる時は壊れるんだがな!」
 壊れずに済んだと思っても突然変異の罠があるし。
「わかりました、充分に気を付けますの(がくぶる」
 そして屋上、生徒会室、美術室に転移装置と一通り施設を回り、最後に辿り着いたのは購買だった。

 時刻はちょうど昼時、これから壮絶な戦いが始まる頃合いだ。
「いいか、昼時の購買は戦場だ」
 ノワールの表情が引き締まる。
「ここの名物、三種の手作りパンを手に入れる為にはこの戦いに勝つしかねぇ」
 それは至高にして究極の味と称される、お一人様一個限りの限定コロッケパン、焼きそばパン、そして揚げパンの三商品のことだ。
 販売開始即完売が常であるそれを手に入れる為の戦いは、とても厳しい。
 斡旋所に並ぶ危険フラグ付きの非常に難しい依頼よりも難易度が高いかもしれない。
 何故なら、周りの敵は全て歴戦の猛者、それが己の持つ技と体力、運の全てを注ぎ込んで争奪戦に挑むのだ。
「奴等、生半可な天魔よりよっぽど手強いからな……もっとも戦闘行為やスキルの行使は禁止されてるが」
 それでも尚、連日のように多数の負傷者を出すのが、この「三種の手作りパン争奪戦」なのだ。
「よし、今日はあんたの入学祝いだ。俺が何かひとつ買って来てやるぜ」
 ノワールは覚悟を決めた顔で爽やかに微笑んだ。
「三つのうちどれが手に入るかはわからねぇが、どれに当たっても絶品だ……行くぜ!」
「あっ、ノワールさん!?」
 無茶しやがって……。
 呆然とその後ろ姿を見送るカーディスは知っていた、その戦いが如何に過酷なものであるかを。
「ご武運をお祈り致します」
 いけない、危うく「ご冥福」と言ってしまうところでしたの。

 搬入と同時に、ハイエナよりも貪欲にハヤブサよりも素早く、学生達は商品に群がる。
 選んでいる余裕はない、目の前にある柔らかいものを掴んで――
「きゃあぁぁぁっ!!!」
 ばちぃーん!
 ――掴んだら、それは女子学生のおっぱいだった、なんてことも稀によくある。
 本気の平手を喰らった上に吹っ飛ばされて、後続の者達に容赦なく踏まれることも珍しくない。
 また、確率は低いがそれ以外のものを掴んでしまうこともある。
「あれ、ソーセージパンなんてあったっけ?」
 しかもパンなし?
「おいなりさんに用はない!」
 なんてことも。
 運よくそれを免れても、岩の様な巨体を誇る学生に前を塞がれて進めなくなったり、落とし穴に落ちたり、投網で絡め取られたり。
 やっとの思いで手に入れても、すぐ脇で超絶美少女(性別不明)にウルウル見つめられて、思わず譲ってしまう事故も多数報告されている。

 しかし、ノワールは帰って来た。
 その手に燦然と輝く焼きそばパンを持って!
「ノワールさん、ご無事だったのですね!」
「ああ、約束したからな……俺は、ダチとの約束は、守る、主義……っ」
 どさり。
 戦利品を握り締めたまま、勇者は倒れた。
「ノワールさん! ノワールさあぁぁぁん!!!」

 その後、ノワールは右も左もわからず専攻も決めていない筈の新入生の手で医務室に運ばれた。
 鬼道忍軍の移動力を活かし、壁走りと高速機動で最短距離を一直線に。


「ったく、恥ずかしい話でさ……」
 後日、ノワールは黒猫忍者に戻ったカーディスと昼食を共にしていた。
「大見得切ってパン買いに行って、がっつり手に入れたところまでは良かったんだけどな」
 直後に気を失って、気が付いたら医務室のベッドに寝かされていた。
「後輩に格好いいとこ見せるつもりが、とんだ道化になっちまった」
「そんなことはないのですよ、ノワールさんはとても格好良かったのです(もふ」
「ん? なんでカーディスが知ってんだ?」
「あ、それはその……とても格好良かったと、学校じゅうで噂になっておりますの!」
 言えない、自分がその時の新入生だなんて、今更そんなこと言えない。
「ああ、そうか」
 それを聞いて、ノワールは少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
「でも、後で半分こして食べた焼きそばパン、あれは美味かったなー」
「ええ、大変美味でしたの……と、それも噂になっておりますの(もふ」
「でもそれ以来、そいつの姿見てないんだよな」
 いいえ、ここにおりますの。
「うっかり連絡先とか聞くのも忘れちまったし」
 ですから、ここに。
「またいつか、どっかで会えるかな……」
 会ってますよ!

 ――と、言いたい。カミングアウトしたい。
 どうしよう、言っちゃおうかな。
「(ノワールさんならきっと笑って許してくれますの)」
 でも、でもでもでも――!

 かくして悩める黒猫忍者の二重生活は、続いたのか続かなかったのか。


 それにしてもノワールさん、声で気付かなかったのでしょうか――ね?



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja7927/カーディス=キャットフィールド/男性/外見年齢20歳/謎の新入生】
【jb6016/ノワール=ピースメイカー/女性/外見年齢16歳/頼れる先輩】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております、STANZAです。
ご依頼ありがとうございます、お待たせしました……!

真相は、もふもふの毛皮の中に?

では、お楽しみ頂ければ幸いです。
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エリュシオン
2016年01月12日

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