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『新人訓練にも難はある 』
ミハイル・エッカートjb0544


 それはある日の、無人街での出来事。
「…で…何だってこんな所に呼び出したんだ? 俺が出なきゃならない敵でも潜んでるのか?」
「確かに敵は潜んでいるな。但し、敵はお前だが」
 唐突に呼び出されたミハイル・エッカート(jb0544)は、開口一番上司に敵呼ばわりされ、眉を顰めた。
「何の冗談だ? 俺は真面目な社畜だぜ?」
「無論知っているとも。お前がクリスマスの日も年末年始の休みも返上して仕事をこなしていたことは。同僚達が皆早々に帰宅する中、お前はひとり」
「聞けば聞くほど虚しい現実だな。それで、俺が敵って言うのは…」
 言いかけたミハイルの視界に、見慣れない顔が入り込む。建物の陰に潜んでいるようだが、あれでは丸見えだ。素人とまでは言わないが、新兵のように頼りない動きにも見える。
「…あぁそうか。もうそんな時期か…?」
「如何にも。今回は新人達の戦闘訓練をこのゴーストタウンで行う。撃退士のお前なら、ちょっとくらい当たっても全く問題なかろう」
「俺の事、機械か何かだと思ってるだろ。当たれば痛いんだぞ、俺だって!」
 一応文句も述べてみたが、勿論無視された。
「分かってはいると思うが、お前は攻撃厳禁だ。反撃もだ。ひたすら逃げ続けるのがお前の仕事だからな」
「…撃退士を何だと思ってるんだ…」
「良い機会じゃないか。撃退士としての力も社内でついでに見極めることが出来る」
 ミハイルは、某大企業の会社員である。例えどのような内容であっても、上司から仕事と言われればそれに応じるのが、正しい社畜というものである。
「俺の力はもう充分分かってるんじゃないのか」
「もしも新人達に怪我でもさせたら…分かっているな? 次の賞与から治療代を差し引かせてもらう」」
「何で俺の賞与から!? そいつらが勝手に転んだ場合はどうなるんだよ!」
「お前との距離による」
「距離!」
 そう、たとえどのように理不尽なことを命じられても、それに従うのも仕事のうちなのである…。
「…絶対近寄らせないからな…」
 勝手に躓いて転んだのに傍に居たからという理由で賞与を減額されては適わない。ぶつぶつ言いながら、ミハイルは上司から離れて無人街の中へと入って行った。


 南天に太陽が昇る正午頃。ミハイルはその街の中心部に立っていた。
 言い渡された条件は3つ。町を出てはならない。攻撃及び反撃を行ってはならない。相手を懐柔してはならない。つまり今ミハイルは手ぶらで、空を見上げているところだった。訓練開始時間は正午から日没まで。もう間も無くである。
「…早速来たか」
 サングラス越しに見ても、視野が衰えることはない。斜め前のビルの屋上に銃口を確認し、ミハイルはにやりと笑った。
「時間ぴったりだな。遅刻しないのは評価できる」
 そして彼は、軽く後方へと飛び退る。その刹那、先ほどまで居た場所に銃弾が数発撃ち込まれた。相手はきっと驚いたに違いない。ふわりと軽く飛んだように見えたミハイルの姿は、その一瞬で10mほど後方に着地したのだから。
「精度も良い。けどまぁ…この距離じゃ当てて当然。後3倍は後方から撃てないとな」
 所詮は新人。のんびりと相手してやればいいかと思いながら再度屋上を見上げたミハイルの目に、それが映りこんだ。
 『それ』を相手はしっかりと台座に固定し、口をこちらへと向ける。そしてその口が巨大な弾を吐き出した。
「肩撃ちじゃねぇのかよ!」
 対戦車用ロケットランチャーを屋上に設置するという本気度を目の当たりにし、ミハイルは全力で逃げ始める。全力で逃げても時速50km。全力で走る戦車には到底敵わない速度なのでつまり。
 どかーん。
「だああああっ」
 直撃はしなかったものの比較的近くの道路を破壊した煽りを食らい、ミハイルはくるくると飛んで行った。
「戦争やる気か!」
 途中で反動を付けて受身を取るようにビルの壁に着地すると、壁を蹴り上げ一気に上階の窓枠へと手をかける。次の砲弾が飛んでくる前に窓から中へと入ると、がらんとした空間にコンクリートの破片が落ちているだけのフロアになっていた。そのフロアを走り抜けて逆側の窓から再び飛び降りると、ためらいもなくビルに砲弾を撃ち込んだらしく、後方から物凄い爆音と振動が起こったのを感じる。
「一体幾らで買い取ったんだ…」
 無人街とは言え、好き勝手やった事が知られれば地権者から文句も出るだろう。無法地帯というわけでもなさそうだし、管理者と交渉して買い取ったと見るのが妥当な線だ。
 ビルを降り地に足をつけたところで、ミハイルは違う殺気を感じて振り返る。
「対物狙撃銃か…」
 道路の直線上、1kmほど先だろうか。狙撃銃をしっかりと地面に立たせてこちらを見据えている姿が見えた。大口径であるところを見ると、使ってくるであろう弾は…。
「やっぱ普通弾じゃないよな!」
 火を噴いた瞬間走り出したミハイルは、着弾するであろう位置から大きく跳びあがって街路樹の枝に手を掛け、振り子のように身体を揺らして再度飛んだ。その下方では、弾が地面にめり込み粉々に粉砕している。
「徹甲榴弾かよ…本気すぎるだろ」
 確かあの型は5発しか装弾できないはずだ。立て続けに飛んできては道路を破壊し、すっかり走りにくい道をなってしまったその場から、空中をつたうようにしてミハイルは移動していく。
 新人は3人と聞いていた。その内2人はすぐに移動出来ない状態であるから、残り1人は移動しやすい銃を使ってくるだろうと考え、周囲を見回す。敵の進路を操作して自分達の思う方向へと進ませた戦略は、新人ながらになかなかのものだろう。先ほどの狙撃銃の位置からして、そろそろ次の敵が出てきそうなものなのだが…。
 ぽちっ。
「ぎゃあああ」
 普通に地雷を踏んだミハイルは、飛ばされて地面で後転した。
「…地雷地帯か…よく作ったな…」
 立ち上がって軽く埃を払うと、視界に広がる地雷帯を眺める。前方の大地は地雷で埋め尽くされて簡単には進めそうにない。ということはビルを使うしかないのだが、問題は敵の位置だった。うっかり敵の傍に出てしまってうっかり拳が出てしまったら、相手は即座にこの世の終わりを迎えてしまう。もしもそうなれば…。
「手を出さない、手を出さない、足も出さない、頭突きもしない…。よし」
 しっかりと言い聞かせ、ミハイルはビルの中へと入った。向こう何ヶ月か分を無給で働かされるかもしれない未来だけは、絶対に迎えてはならないのだ。
 1階の室内を進み内側の階段を上がると、破壊音と共に階段が大きく揺れる。壊れかけの階段を一気に跳び上がって上階へ上がると、2階の壁は所々粉々に粉砕されていた。
「…ネズミをあぶり出すには大雑把だな」
 破壊許可を取ってある場所だからこそ出来る技であって、通常こういう作戦は実行しない。こうなると、訓練なのかミハイル苛めなのか分からなくなってくる。とりあえず屋外で逃げるということか。入った側とは逆の窓際へと走り屋上へと上がる為に周囲を窺う。下ばかり走っていては、敵の良い鴨だ。
 だがそうして見回したミハイルの視界に、一瞬…何かが跳んで消えた。
「…何だ?」
 それが何だったのか探そうとしたが、もう見当たらない。向かい側のビルの隙間へと消えていったようだった。
「速いな…」
 一般人の動きとは思えない。ミハイルは表情を改めると、ぐっと全身に力を入れた。
 

 何かが去っていった場所にはすぐに到達した。隙間に入り込んで様子を窺うと、遠くで何かが跳び去って行くのが見える。訓練をこなした上級者であっても撃退士ではない一般人には出せない速さだ。
「…まさか、敵か…?」
 攻撃してくる気配はないが、どちらにしても何者か見定める必要がある。訓練生は3人ともアウルの力は持っていないから、第三者の介入であることは間違いないのだが…。
「…どっちだ…」
 後を追ったがすぐに見失う。だが見失った場所から離れた場所で、再びそれはこちらを嘲笑うかのように動くのだ。すぐに見失うのは、相手が小さいからである。子供くらいの大きさしかないが、ひらひらと服が翻って残像を見せていた。
 何が目的かと問い質したい気持ちを抑え動き出したミハイルの耳に、唐突に声が届く。
『緊急事態発生だ。直ちに全員戦闘を中止し、この場を離脱せよ」
「あぁ…やっぱりそうか。さっき影を確認したところだ。だが離脱は早いだろ。俺が」
『お前も離脱だ、ミハイル。このままではおま…』
「ん…? どうした? 聞こえないぞ。何があった」
 首元のマイクを押さえて上司へと問いかけるが、それ以上の返答はなかった。
「ちっ…こういう時に故障かよ」
 すぐに諦めて、ミハイルはビルの上方を仰ぐ。緊急事態と言うからには、他の誰でもない。撃退士である自分が解決すべきだろう。訓練時に万が一銃を抜いてしまわないよう、すぐ出せる場所に武器を収納してはいない。靴の底を開いて折りたたみ式ナイフを取り出し、背中側の腰に付けていたベルトポーチから分解してあった小型の拳銃を出して組み立てる。そして、時折見える相手の姿から次の位置を逆算し、走り出した。
 相手は常に上空に居て、ビルの凸凹に手を掛けてひらりひらりと移動している。銃で撃ち落とすほうが早いが、相手の目的も分からないのにその身体に撃ち込むわけには行かないだろう。まぁ…相手も自分と同じ力を持つなら、弾など当たっても死にはしないのだが。
「落ちて来い…!」
 地面からでは射程距離が足りないので、助走を付けて壁を走り相手の下方から狙いを定めて引き金を引くと、弾は相手の移動先となる壁に当たった。鋭い音と共に動きが止まった相手のほうへと、そのまま壁を蹴って跳び上がる。一度、二度蹴り上げて跳べば、その場に止まってぶらりとぶら下がっている相手を上から覗き込める位置まで跳べる…のだ、が。
「キー」
「!?」
 確かに、顔は見えた。白いふんわりとした帽子を被り、赤いスカートに桃色のニットを着ている。スカートの下にはタイツを穿いているのだが、靴は履いていなかった。だがそんなことより何より。
 屋上へと降り立ったミハイルは、ゆっくりと振り返る。
 今のは一体何だったのか。
 確かに服を着ていた。帽子も被っていた。だがあの顔はどう見ても…どう好意的に見ても…。
「ウキー」
「やっぱ猿か!」
 猿顔の人ではない。人の格好をしている猿だ。問題は、何故こんなところに猿が居るのか、ということだ。いや、百歩譲って猿がここに住んでいてもいいとして、では何故今、その猿がこっちに跳んでこようとしているのか…。
「ぎゃあああああ」


「…あの…今、叫び声のようなものが聞こえたんですけど…」
「あぁ大丈夫ですよ。捕獲に行った社員の声でしょう」
「本当に大丈夫かしら。ハナちゃん、ちょっぴりお転婆だから、怪我していないか心配だわ…」
 その頃、無人街の外れに、1人の女性が立っていた。その後方にはミハイルの上司と撤退してきた新人3人が微妙な表情で控えている。
「…ところで…何故ここにいらっしゃったのかお聞きしても…?」
 女性は、取引先の重役の妻だった。家族でハナという名の猿を飼っている。他の猿とのお見合いの為に豪華な写真集を作るくらい大事にされているらしいのだが…。
「えぇ。この前、家にいらっしゃったでしょう? お仕事の話で」
「伺いましたな」
「その時にミハイルさんをすっかりハナちゃんが気に入ってしまって」
「…私の覚えが確かなら、弊社の社員は特にハナちゃんと接してはいないようでしたが」
「えぇ。でもハナちゃんの一目惚れだったみたいで、余りに落ち込んで可哀想だったから、連れて来てあげたのよ」
「でしたらこのような辺鄙な場所ではなく、社でお迎え致しましたが…」
「お宅の女性社員さんが、ミハイルさんはここだとおっしゃるから」
 再び、叫び声が聞こえて来た。小さく遠いようだが、間違いなく叫び声だ。
 きっと逃げているのだろう。上司は、ひっそりとそう思った。相当全力で逃げているはずだ。何せその猿は…アウルの力を持ってしまっている。
 
 頑張って生き延びて帰って来いよ…。
 西へと傾き始めた太陽のほうを見やりながら、上司はそっと心の中で呟くのだった。
 
 


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
jb0544/ミハイル・エッカート/男/30歳/インフィルトレイター


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご発注頂きましてありがとうございます。呉羽でございます。

今回は、前回ご発注いただいた際の重要猿を再登場させました。あの時は写真だけでしたが、今回も猿に翻弄されて頂きました。
また前回は屋内でしたが、今回は思う存分破壊できる舞台をご用意して頂きましたので、すっきりと暴れさせて頂きました。

ともあれ、今回もご注文を頂きましてありがとうございました。
ご満足頂けましたら幸いでございます。
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エリュシオン
2016年01月12日

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