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『音を紡いで絆を編んで 』
アルカ・ブラックウェルka0790



 ガランガランガラン!
 音の美しさではなく、ただ大きさを追求しただけの鐘の音が周囲に響き渡る。
「おめでとーございまーす!」
 目の前で満面の笑顔を向けてくるスタッフの声が辛うじて聞き取れる。この音はどうにかならないのかな!
(嬉しい事の筈なんだけど……!)
 ガランガランガラン!
 また、アルカ・ブラックウェル(ka0790)の頭に不協和音がこだまする。
「大当たりー!!」
 スタッフはアルカのこわばった表情を嬉しさの表現と勘違いでもしているのだろうか。だとしたら節穴だが……これでもかとばかりに鐘を振る。
(ああ、こんな音、うちの家族なら絶対に出さないのに!)
 耳をふさぎたいけれど、祝いの言葉を口々に告げてくる周囲の人々のせいで、それもままならない。音が不快だからって嫌な顔も出来やしない。
「特賞、貸別荘2泊3日宿泊券! なんと天然温泉付きだよ!」
 おめでとう、おめでとうお嬢さん!
 運がいいね、家族で行くのかい、親孝行なお嬢さんだね!
(ああ、わかったから早く、その鐘の音を止めて……!)

「遅いな」
 買い出しの荷物持ちとして連れてこられたカフカ・ブラックウェル(ka0794)は、待ち合わせ場所にしていた通りの角で、何度目かの同じ台詞を呟いた。
 妹に請われてついてきたという体だ。用向きを確認した上で、一人で出歩かせられないと考えて。男手が必要なはずだ、と自主的についてきたのが真実ではあるのだが。
 実際にアルカは一人では買いこめない量の物資を購入する計画へと変更したし、それらを遠慮なくカフカに持たせることにした。だからカフカとしては本望……ではあるのだろう。
 商店街で福引をやっていたという環境も働いた。買う額が多いほど福引券が手に入るのだ。お得感を刺激された女性の買い物にブレーキの存在を期待してはいけない。
(それも分かった上でついてきたが……遅すぎないか)
 福引にそう時間がかかるとも思えない。荷物番が必要だからと別行動をとったのは選択ミスだっただろうか。
 持てない量の荷物ではない、体力を無駄に浪費することを避けただけなのだが、やはりついていくべきだった。

(迎えに行くしかないか)
 善は急げだ。足元に降ろしていた荷を抱え上げる。福引所の方角へと足を踏み出したのとほぼ同時に、聞き覚えのある足音がカフカの耳に届いた。
「お待たせお兄ちゃん!」
 駆け足の後に続く声に珍しい雰囲気を感じ取る。顔色を伺おうにも伏せ気味の表情は読み取れない。
 外れればすぐにそう言うだろう。アルカは勢いのままに動く性質の割に運が良い。つまり何かしら当ててきたという事なのだろうが……それにしては、声に喜色の混じりが少ないような。
「どうした?」
 嫌な事でもあったのか。ついていかなかった事を後悔する。福引程度と甘く見ていた。
「じゃーん!」
 そんな兄の懸念を笑い飛ばすように、アルカが差し出してきたのはひとつの封筒。
「なんと、旅行当てちゃったー!」
「ああ……福引所で何かあったのか?」
 予想済だから驚きは小さい。それよりもと問いを重ねれば、お兄ちゃんは誤魔化せないねとアルカが小さく舌を出した。
「鐘の音が気持ち悪くて。張り切って振ってくれたんだけどね」
 お祝いムードで抜け出すのも遅れちゃった。ごめんね?
「なるほどな」
 早く帰って休ませなくては。カフカの脳裏では予定が叩き出されている。
「とにかく帰ろう」
 勿論荷物は全て抱えて。足早に家路へと急ぐ。
「これ、4人までなんだって」
 頼もしい兄の背を追いながらアルカの声が跳ねる。兄の傍に戻った安心からか、先ほどまで残っていた不快感はもうほとんど残っていない。けれど断固として荷を離さない兄と知っているから、邪魔にならないように、狭まった視界を助けるようにカフカの隣を歩く。
「皆で行けたらって思ったけど……」
 この場合示されるのは、今ハンター生活をするうえで共に暮らしている、いとこや幼馴染達、近しい家族のことだ。けれど4人という枠に収めることは出来なかった。誰かを立てて誰かを振り落とすようなこともできない。
 どうしよう? そんな言葉を視線に込めるアルカ。
「アルカ。家に帰ったら手紙を書こう」
 4人。その符号は本当なら迷わなくてもいい数字だった。ただ、その理由付けに、ほんの少し時間がかかっただけのこと。
「父さんと母さんに?」
「ああ、もうすぐ誕生日だろ?」
 その贈り物として、二人を招待しようというのだ。
「皆も、それならって譲ってくれるだろうしね」
 元を辿れば家で使う物資を買った、そのおまけの福引券だ。しかし実際に当てたのはアルカだから、どう使おうとアルカの自由ではある。特にアルカに良い意味でも悪い意味でも甘い面々は、妹がそう決めたと告げれば文句を言ってくることはないだろう。
 けれど、おまけで恩恵にあずかる形になったカフカに対してはそうとは限らない。なにせ一部にとっては恋の障害でもあるのだ、カフカは。勿論それをカフカも自覚している。だからこそ計算した上での提案だ。
 両親の特別な日を祝いたい、というのも勿論本音だけれど。
「そうだね、それって素敵!」
 最近あったこともいっぱい手紙に書かないとね! アルカの足取りが軽くなる。
「一緒に旅行に行くのだから、その時話せるさ」
「じゃあ、うまく話せるように纏めておこうかな♪」
「それならいいんじゃないか?」



 フォーリンデンに届けられた手紙は勿論、ウィルシス・ブラックウェル(eb9726)とアルフィエーラ・L・ブラックウェル(ec1358)を大いに喜ばせた。
「フィエーラ! 子供達から素敵な招待状が届いたよ」
「招待状? どんなふうに暮らしているか、分厚いお手紙かと思ったけれど」
 便りのないのは良い便り……そんな考え方もあるけれど。遠く離れた家族からの便りというものはどんなものでも嬉しいもので。
 便りは長いもの、そうアルカが考えたのは母親似という事なのだろう。最近どんなことがあったとか、時折話が逸れそうになりながらも要点を纏めることに成功した文面はアルカの字だ。同じ筆跡が数枚分続いて、最後に短く添えられているのがカフカの字。
(色々と、考えてくれたみたいね?)
 共に暮らしているはずの兄や甥っ子達面々の顔を思い浮かべながら、どんなやり取りがあったのだろうかと思いを巡らせる。
「久しぶりに、あの子達に会えるのね」
 ほぅ。知らずため息が零れた。
「これだけ長く離れるのははじめてだったかな」
 どんな風に成長しているのか楽しみだね? ウィルシスの声に確かにそうだとアルフィエーラは頷く。
「そんな可愛い子供達には、何を用意して行くべきかしら?」
 早速旅行の支度をしなくては。夫に微笑みながら片眼をつむるアルフィエーラ。
「うん? ……ああ、そうか」
 ウィルシスもすぐに意図に気づく。来月には子供達の誕生日も控えているのだ。
「大きな荷物にしては、すぐ気づかれてしまうね」
 直接手渡すとすれば、大きさも制限されてしまいそうだ。
「何より、持ち帰る手間もかけさせてしまうかな」
「向こうの家まで一緒にいけばいいじゃない?」
「そうかもしれないけれど、ほら、手紙のここの部分。待ち合わせ場所が書いてある」
 カフカの字の部分だ。妻の視線が追いかけてくるのを確かめながら、ウィルシスが続ける。
「きっと別れるのもこの場所だと思うよ」
 故郷に立ち寄れば里心が大きくなるかもしれない。
 ハンターとなるために家を出たのに、両親に送り届けられてしまうのも面目が立たない。
 いつまでも子供ではないのだと、証を見せるためにも。
(一番は家族水入らず、4人だけで過ごすことを、大事にしてくれたのだと思うけれど)
 ウィルシスの推測はきっと真実に近そうだ。



「父さん! 母さん!」
「……アルカ」
 待ち合わせ場所に現れた両親に飛びつかんばかりに腕を広げたアルカ。その襟首をつかんで引き留めるような声音でカフカが呼び止めれば、アルカの動きがぴたりと止まる。
「あら、家族のハグは年齢も性別も関係ないものよ」
 だからいらっしゃい? アルフィエーラが広げる腕の中に、アルカが改めて飛び込む。
「道中、二人でお疲れ様だね」
 カフカの肩にぽんと手を置くのはこちらも微笑みをたたえたウィルシス。頭を撫でようと上げかけた手を自然に肩に持っていったのは秘密だ。村を出る前からだったはずだけれど、息子の目線はもうほとんど自分と同じところに届いていることに感慨を覚える。
(離れていた分、二人のことを、もっと小さかったように、思ってしまっていたかな?)
 今アルカを抱き締めているアルフィエーラもきっと、自分と同じ気持ちなのかもしれない。
 そして子供達も。
 母親に言われてからはアルカは止まらなかったし、カフカも止めなかった。
 離れていても、ハンターとして研鑽を積んで、ずいぶん一人前になってきたつもりでも。両親の前では自分達は子供なのだなと感じていた。

「ここからはそう遠くないから」
 少し移動はあるけどね。地図を確認しながら前を示すカフカ、道の安全を確認しながら先頭を進むのはアルカだ。最終的には徒歩である。件の別荘は広い敷地の中心に近い場所にあるのだった。
「変わった商売をする人もいるものだね」
 道中に受けた説明をさらいなおして言うのはウィルシスである。
 貸別荘という建物は地上2階、6LDKの洋館だという。部屋数も十分に、余らせるくらいに備えた間取りで定員4名。離れに温泉も併設。別荘を囲む敷地内には畑や果樹園も整えられている。森の中に獣が居ればそれを狩ることも可能、そして畑の野菜や果樹園の果実も、宿泊時には消費可能……自給自足を可能にした、贅沢な箱庭と言ったところだろうか。
 郊外にある小さな森そのものがひとつのレジャー施設と言ってもいいくらいだ。自分達のように福引等で客を泊める他は、金持ちの趣味道楽といった風情である。……なにせ、自然環境を別荘利用者の為に適切に整える、それだけでも随分な維持費がかかる筈なのだから。
「家族水入らずが満喫できるなんて素敵な趣向だと思うわ」
「行ったことがある人の話もきけたんだよ。森の空気も美味しいんだって!」
 散歩なんてできそうだよね? 森林浴とか?
「今日は難しいかもしれないけど、明日、2人でデートして来たら?」
「気分転換にもなると思う」
 アルカの提案をすかさずカフカが指示する。変わらず仲の良い両親への気遣いと言った形だ。
「「……」」
 何処か緊張を漂わせる双子の様子に、ウィルシスとアルフィエーラが顔を見合わせて。それから同時にくすりと笑った。
「折角だから、そうさせてもらうわね? でも……」
「……家族旅行を邪魔するような、不届きものの退治も忘れずに、だね」
 ガキィンッ!
 マテリアルを貪ろうとただ真っ直ぐに襲い掛かってくる黒い影。獣型をしているがすぐにわかる、雑魔だ。それも強いものではない。
 得物を構える両親を守るように双子もそれぞれ構える。アルカのダガーが雑魔の爪を弾き、ウィップが体勢を崩させる。
 カフカの放つ光が雑魔の体を焼き不快感を減らす。
 ウィルシスとアルフィエーラの魔法の矢が撃ち漏らしを片付ける。
 血の絆が紡ぐ、言葉の要らない連携。家族という名の調に乗って、低級雑魔は倒されていくのだった。



 風よけの木々、離れに続く道を彩る秋の花達。
「さっそく探検しなくちゃね、母さん!」
「そうね、窓を開けて外の空気を入れてあげないと」
 森の中にひっそりとたたずむお屋敷、という風情の洋館である。人の手は行き届いているはずだけれど、ブラックウェル一家の来訪はシーズン最初のものだと聞かされていた。預かっていた鍵を使って玄関の扉を開いたアルカは部屋の確認と窓開けを、アルフィエーラは埃避けを外す作業へと向かって行く。実際は2人とも、言葉通りに洋館の中を楽しむつもりだ。
「畑は少し離れているらしいから」
「果樹園もね。二人で見てくるよ」
 ウィルシスとカフカは簡単な荷解きを終えてすぐ、2人の背に声をかけた。夕食の支度をはじめるまではまだ十分に時間があるが、同時に食材の確保も必要だ。
「「いってらっしゃい」」
「「いってきます」」

 畑には夏から続けて成る秋野菜、秋が旬の果実が果樹園に数種類並んでいる。
 森に少し入れば茸を見つける事も出来た。
「湖もあるみたいだ。魚が居れば……」
 今から釣るのは少し賭けだろうか。明日ならあるいは?
「途中で狩れた獲物があるから、今日はそれで十分じゃないかな」
 好物の魚介の可能性を前に判断に迷うカフカ。その様子に気付いてウィルシスが声をかける。低級雑魔を倒した際に残った獣のことだ。それこそ雑魔になりたてだったようで、こういったケースは大体が美味しく食べられる事が多い。魔法で少し焼けた以外大きな欠損もないから、普通のジビエと同じように食べられるはずだ。
「今日使うだけの野菜を収穫すればいいと思うよ」
「……茸は取りに行かせて、父さん」

「しっかり男女別になっているのねえ」
「お風呂だしね。でも、家族風呂? っていうんだって!」
 楽し気な声を上げるアルフィエーラに、案内に書いてあった記述をそらんじるアルカ。
「母さん、背中流そうか?」
「お願いしようかしら……ところで、あれ何だと思う、アルカ?」
 アルフィエーラが示すのは、湯船を仕切る柵に取り付けられた取っ手である。小さな窓のようにも見える。
「ドアノブみたいにも見えるけど……後で確認すればいいんじゃない? その為にも身体、洗っちゃお! 座って母さんっ」
 そんな母娘の会話はもちろん、男湯の方にも聞こえている。
「……父さん」
「僕達も、さっさと洗って湯に浸かっておくべきみたいだね」
 父息子の視線の先には、取っ手のない小さな窓……に目える、柵の区切り。つまるところ、柵とは男女の湯を分ける仕切りのことで、窓とは、二つの湯の視界を繋げる唯一の場所と言うことになる。女湯の方からしか開けられないようになっているようだけれど。
((見ても見られても、誰も騒ぎはしないだろうけれど……))
 家族なのだ、面倒な事態にはならないと2人ともわかっている。けれど。何が起きるかわからないのが、非日常の定説と言うものだから。念には念を入れるべきだ。

「夕ご飯は二人で作るから!」
「父さんと母さんは休んでて」
「二人のお祝いも兼ねてるんだからねっ!」
 そう言った子供達が食事作りをする間、ウィルシスとアルフィエーラは楽譜を取り出し曲作りへと勤しむことに。
 今日新たに見つけた子供達2人の成長のこと。調理の合間に交わす親子の会話もこっそりと楽譜へと書き留めていく。
「フィエーラ、こっちはこの音で……ほら」
「ならこの節はこの言葉を乗せましょう?」
 曲作りに集中し始めた両親の声を背景に、双子も料理を整え終える。
 トマトと玉葱のサラダ、香草と塩胡椒をもみ込んだ肉の串焼き、たたいた肉のトマト煮と芋と野菜を合わせてホワイトソースをかけたオーブン焼き、一度マリネした肉と茸や野菜を合わせた蒸し焼き、発酵のいらない薄めのパン、獣の腸と根菜を煮込んだスープが食卓に並んだ。
「明日はまた別の食材も試してみたいわ」
 アルフィエーラとアルカは、キッチンにある食糧庫から保存食の類も見つけていた。その成果と、男二人が確認して来た食材の目安。全てを楽しむには2泊3日では足りないかもしれないほどだ。
「早い時間から採取しないといけないね?」
 明日は楽しみつくす日だねと言うウィルシスに、皆が頷いた。



 秋の果物と言えば葡萄や林檎が定番だろうか。どれが食べごろだろうかと、共に比べ、時にその場で齧りながらみずみずしい果実を選び取っていく。
「お兄ちゃん、ちょっとふらついてるのは気のせい?」
 ぐっすり眠ったアルカは元気いっぱいだ。カフカも早めに寝てはいるのだが、早朝に置き出し湖に釣りに行ったため他の三人よりも睡眠時間が短いだけである。
「眠いなら後で午睡の時間をとればいいさ」
「膝枕してあげましょうか?」
 からかうような声をかける両親は勿論それを分かっている。2人が目覚めてすぐのころ、釣果を抱えてカフカが帰ってきたのである。
「母さん、それは父さんにやってあげてくれ」
 僕はいいからと丁重に断るのは照れも含んでいるからだ。

 カフカの釣り上げてきた魚をメインにした昼食の後。
「それじゃあ少し、行ってくるよ」
「2人も自由にしていていいのだからね?」
 両親を森林浴デートに送り出してからが双子の本番である。
「洗って皮を剥いていけばいい? お兄ちゃん」
「塩水につけるのも忘れずにな」
 カフカの初歩的な指摘にわかってると小さく舌を出すアルカ。まずは必要な数を揃えなければと林檎をはじめ果物を必要な大きさへとカットしていく。
 その間にカフカが他の材料の計量だ。アルカが探検中に見つけだした食材で必要なものは賄えるようになっていた。
(最初から心配はしていなかったけど)
 流石別荘と言うべきだろうか。ちょっとした調味料ひとつとっても品質の良さが伺えるのだ。
「あ、お兄ちゃん今ボクのこと褒めたくなった?」
 目が合ったアルカがわざとらしいウインクを寄越す。
 確かにアルカが福引で当てなければこんな風に家族の誕生日を祝う事なんてなかった、そう思っていたのは確かだ。
「そうだな、偉いと思う」
 だから素直に答えたのだが。
「っお兄ちゃん、やっぱり休んだほうがいいんじゃない!?」
 あとはボクがやっておくからと台所から追い出そうとするアルカ。
「焼き加減、完璧にできる自信は?」
「……やっぱり居て」
 ウィルシスに似たのか、家事はカフカの方が得意だと言う事実に背を押す手が弱まった。
「ただ刃物使うところは全部ボクがやるからね! それでいこうっ」

「ねえフィエーラ、2人がくれるのは、どんなサプライズだと思う?」
「ウカってば……わかってて言っているのでしょう?」
「それは勿論、僕達の可愛い子供達だからね」
「果物のケーキ、かしらね」
「君だってわかっているんじゃないか」
「それは勿論、私達の可愛い子供達だからよ」
 同じ言葉を返されて、これはひとつ取られたねとウィルシスが笑う。
「焼き上がるにはまだ時間がかかるだろうからね……?」
「あら、ならどうするの?」
「カフカには悪いけれど」
 くすくすと、小さく笑い声を零しながら柔らかい草の萌える場所を選んで座りこむ。アルフィエーラがその隣へと腰を下ろせば、ウィルシスは自然に妻の肩を抱き寄せる。
「確かに、寝心地は良さそうね?」
 贅沢な森林浴ねと、笑い声をあげながら2人、草の上に倒れ込んだ。

「「誕生日おめでとう!!!」」
 果物たっぷりのバースデーケーキをお茶請けに、それぞれが好きな紅茶や香草茶、絞りたての果汁を選んでのお茶会。
 庭にテーブルセットを出しば、即制のテラスカフェの出来上がりだ。
「2人の共同制作だよ!」
 果汁を混ぜ込んだスポンジはふんわり爽やかに。クリームはシンプルに真っ白なものを。甘く煮た果物はスポンジの隙間にクリームと重ねて、フレッシュなカットフルーツはケーキの上に綺麗並べて。
 どこをとっても秋の香りに満ちたケーキに仕上がっていた。
「味は保証する」
 言外に、監修は自分だと告げるカフカの言葉。すぐさまアルカがきっと兄を睨もうとして、両親の前だったと慌てて笑顔に戻る。大好きな両親を祝うのが一番なのだから。
 微笑ましい様子を眺めて、そして互いに視線を合わせて。
「「ありがとう、2人とも」」
 ウィルシスとアルフィエーラも、息のあった言葉を返すのだ。

 道中だけでは話しきれなかった、ハンター生活のこと、日々のたわいない出来事は尽きることが無いけれど、時折ぽかりと穏やかな時間が訪れることがある。誰の声もあがらなくても、ただ家族が揃っているだけで満足を感じるタイミング。大抵は、少しの間をあけてから、誰かが次の話題を持ち出してくる。
 けれど、その瞬間だけは違った。
 バースデーケーキの乗っていた皿が空になったからかもしれないし、皆が皆、いつ言い出そうかと互いを見計らってばかりで、ついに抑えがきかなくなったからかもしれない。
 音を楽しもう。
 ウィルシスとアルフィエーラが吟遊詩人であること、カフカとアルカも音楽の心得がある事。
 ブラックウェル一家が皆音楽を愛している事。
 ウィルシスが横笛を、カフカがヴァイオリンを持ち出して。
 アルフィエーラとアルカが互いの声を、高さを合わせはじめて。
 ウィルシスがメロディを確かめるように一節吹けば、カフカが伴う音を奏でる。
 アルフィエーラが最初の音を長く響かせれば、アルカがはじめの言葉を重ねて紡ぐ。
 その曲は、故郷で暮らしていた時に、何度も繰り返した曲だから。
 誰が最初か、小さな目配せ、ひとつ。
 一拍、置いて。
 カフカの伴奏がはじまる。
 ウィルシスの旋律が編み込まれる。
 アルカの声が先を行き、アルフィエーラの声が追いかけて時に重なり、交替し。
 一家の紡ぎ出す音は庭だけでなく、洋館の中を巡り、森へ広がり、空へのぼり……溶けていく。
 いくつもの曲を、音を重ね、呼吸を重ね……
 また、初めの曲へと戻る頃には、四人とも。
 音楽で編まれた衣に包まれているように、家族と言う名の絆、その一体感に身をゆだねていた。

 お茶会のお礼だと、夕食はウィルシスが腕を振るった。
 睡眠時間が短かったカフカと、張り切って力を出し切ったアルカ。子供たちは今、満腹で。リビングのソファーで二人、アルフィエーラの肩を借りて眠っている。
『……もっと、堂々と甘えてくれたって、いいのにね』
 起こさないようにと、テレパシーの魔法で行うのは、秘密の会話。
『それだけ2人が大きくなったという事だよね』
 頼もしくて、少し寂しくて……それでもやっぱり嬉しい事だとウィルシスは思う。
『フィエーラ?』
『なぁに、ウカ?』
 ゆっくりと、愛し気に。アルフィエーラの声音もゆっくりになっている。
『用意していたプレゼント、今が丁度いいと思うな』
 より優しい音が出るように、横笛に吹き込むブレスは柔らかく。ウィルシスの伴奏に、アルフィエーラの歌声が広がり、のびていく。
 ラ・ラ・ラ……♪
 小さなころから聞かせていた、子守歌。
 新しく知った子供達の魅力をアレンジと言う形で、伴奏に乗せて。
 今の家族のあり方を、新たな歌詞として声に乗せて。
 子供達の寝顔を眺めながら、籠めるのは……
「「あなたたちのことを、愛してる」」
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石田まきば クリエイターズルームへ
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2016年01月12日

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