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『かけがえのない 』
ミコト=S=レグルスka3953



「『前略金髪野郎様。アンタの頭の中、ちょいと掻っ捌いて覗かせてくれませんかね』……ってところか」
「わぁトリィ、夢がなーい」
「言ってろ、俺みたいなのを現実主義者って言うんだよ」
「まあまあ、ステンは繊細だから」
「わかってるじゃねぇか」
「言い方が変わると印象も変わるものだな」
「先輩それ皮肉か? ……で、言い出しっぺのお前ならなんて書くんだ、ミコ」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました♪」
 じゃぁーーーん!
 ぴょんと立ちあがる。とても大事な物を抱くように、両手で封筒を掲げるのはミコト=S=レグルス(ka3953)。淡いローズの封筒は見た目通り、微かに甘い花の香りがした。

 天文部の部室に集まる顔ぶれはいつも同じ。それはそうだ、ミコトが中心になって立ちあげなおしたばかりなのだから、この天文部を。
 学年が同じと言うだけの、部活としての最低人数を揃えただけの……その程度の縁で終わるだろうと思っていた。
『悪いやつではないけれど、変わり者』というミコトの噂は入学早々に広まっていたし、彼女が天文部を立て直そうとしているらしい、と言う話があがった時も、トルステン=L=ユピテル(ka3946)は無関心を決め込んで、帰宅部のまま高校生活の三年間を過ごす気でいた。
「クロス!」
 あの日、ミコトに思いっきり指さされるまでは。
「貴方のそのクロス、格好いいですね!」
 ストロベリーブロンドの髪、赤の瞳。見た目通り焔のような少女がじっと胸に下げたクロスチャームを見つめてくる。
(変わり者に絡まれるにしたって突然すぎやしないか)
 そんな珍しいものを身に着けていたつもりはないというのに。なんでそんなにご執心なんだ?
「あーまあ、どうも?」
 嵐には早く過ぎ去って欲しい。突然何様だ、無遠慮だとばかりの態度を前面に押し出す。大抵の興味本位の連中はこれで撃退できていた。変わり者とはいえ同じ年のミコトもきっと似たような理由だろうから、それが通用すると思っていた。
「違うところと、同じところと……当たりかもっ! ねえっその背中のは、楽器ですよね? ……えーっと」
 名前を知らないってどういうことだ? 家のことを聞きに来たんじゃないのか。
 じゃあ当たりってなんだ、俺はくじ引きかってーの。
「トルステン」
 しぶしぶ答える。家の話を自分から出すのは好きじゃない。
「ステン君ですね! うちはミコト=不知火=レグルス。……もう少し。ファミリー・ネームは?」
 いきなり愛称って馴れ馴れしいぞこの女。だから変わり者なのか。人好きがするってレベルを飛び越えてないだろうか。
 どんな家で育ったらこんな踏み込みの深い女が育……待て?
 今コイツはなんて言った?
 聞き覚えのある……いや、見覚えのある単語が含まれていたような。
(……)
 改めて見下ろす。先にじろじろと見てきたのはミコトの方だ、やり返したところで文句が来ることはないだろうとふんだ。……突拍子もない、いつもの自分であれば信じる気の起きないような仮説が浮かび上がってきたからだ。
 白くはない。青くもない。けれど改めて見下ろして、ミコトの髪に飾られた、真っ赤なリボンに目が留まった。
「……トルステン。トルステン=ラーセン=ユピテル」
 するり。単語の一つ一つを噛み含めるようにこぼす。目の前で自分が名乗るのを待っている、自らをうちと呼ぶ少女。
 にこりと笑ったのはなぜだろうか。自分はどんな顔をしているだろうか。
「突然こんなこと言うのもどうかと思うんですけど、ステン君。……天文学って、興味ありませんか?」



「今この時間に帰ろうとしていたってことは、帰宅部ですよね?」
 そう言っただけなのに、ついてきてくれたトルステンは本当にいい人だ。
 部活として認めてもらえるようになるまで、あと1人。見つけてすぐに手をのばすのは早すぎると思っていたはずだけれど。
 気がはやった。気付けば見学を進めていた。
 クロスと、目の色。楽器と……名前。この人はきっとそうだと思った。
 だって予感があったから。星の導きと言えば聞こえはいいかもしれないけれど。天文学的な奇跡が起き続けていたから。
 幼馴染に手伝いを求めた時、それまでずっと近くに居たはずの幼馴染に、違う何かが重なった。
 黙々と作業に勤しむ先輩は影が薄いなんて噂されているはずなのに、ミコトにははっきりとその気配に引き寄せられた。
 明るいクラスメイトは初対面だったはずなのに、すぐに隣に居るのが当たり前になった。
 そしてトルステンが4人目……自分を含めれば5人。どこか、今の自分達だけではない共通点がある。天文部の部員が増えるにつれ、その思いが強くなるにつれ。ミコトの高揚感は止まらなかった。
 ――やっぱり、とても良く似ている――
 トルステンを、その名前を聞いた時。そんな言葉がミコトの脳裏を占めた。
(貴方が、きっと)
 月のような雷のような金色。
 自分が皆に感じたように、皆も何か感じ取ってくれたのかどうか、真実は本当の意味では分からないのだけれど。
 見学だけと言っていたトルステンが正式に天文部員になった時、ミコトの中でカチリと、パズルのピースがはまった気がした。
 天文部として新しい高校生活が始まる、その最初の1ページでもあり。
 ミコトが幼いころから見続けているとてもリアルで大切な夢が、より色濃くミコトの大切なものと重なり形を成していく、最初の1ページだ。

 つい最近になって、5人が全員、同じような夢を見ている事がわかったから。
(本当に、みんな仲間だってわかるなんて……やっぱり運命だよ)
 だからちょっとしたおまじないのつもりなのだ、この手紙は。
「だってもし、もしもだよ? 夢の中で話せる機会があって、しかも声をかけられるって時がきたら」
 いつもは、ヒーローの体験を追いかけるように、同じ感覚を共有している。
 自分が動いているようで、自分では動かしていない感覚。
 自分の頭は体の外から自分を見下ろしているような感じで、身体にはなじまない。
 それは夢の中のヒーローのものだから。
 勝手に動く唇はヒーローの心の思うままに言葉を紡ぐ。
 その感情も、ヒーローが秘めるものも感じ取ることができた。
 けれど、その胸の内を、深いところまでは、推し量る事が出来なかった。
 今、私はこのヒーローになって、その通りに動いているのに。
 何度も繰り返すような夢は、次がどうなるのかを覚えているから。
 次第に『どうして次はこう動くのか』はわかるようになってきたけれど。
 戦い方はわかっても、ヒーローの心の動きはどうしても、本当の意味でわかる事が出来ない。
 なぜ戦うのか、なぜ強くなろうと思うのか。
 なぜ求めて、なぜ拒絶して、なぜ足を止めて……また、踏み出せたのか。
「『どうして、前に進み続けようとするんですか? 私も貴方みたいになるには、どうしたらいいですか?』これに、決まってるよね!」
 短く纏めるとするなら、こうだろうか。それは自分の夢でもあるけれど、同時にヒーローの夢でもあると思うから。時間も場所もまちまちで、ならどうしても聞きたいことに絞らなければならない。
「皆も聞いてみたいって思わないかな? あっ、ステン君はもっと直接的だったねっ」
 考えてみればそういう事だ。頭の中を覗くという事は。
(やっぱり、似てる)
「まー、ちょっと似てる所も、あるか?」
 他の3人が珍しいものを見た、と言わんばかりの視線を向けてくることに気付いて、トルステンはフンとそっぽを向いた。
「やっぱないない。非現実的だって」
「でも、こうして形にして、準備しておいたら本当に叶うかもしれないよっ?」
 手紙としてしたためて、枕の下に置いて眠ってみるとか。乙女のおまじないそのものの発想なのはわかっているけど。
「私は書くよ、ミコちゃん! 好みのタイプとか、直接聞いてみたいもんね!」
 今晩から試してみようかな。その日の部活は夢の話で盛り上がるのが一番の活動内容。部活誌には『観測予定の星までの実際の距離を調査』と書いておいた。



「……っていう初夢をみたんです、アスさん」
 UPC本部へ新年最初の仕事を物色しにきたアンドレアス・ラーセン(ga6523)をつかまえて、不知火真琴(ga7201)はロビーでそんな風に説明を続けていた。
 例年、年越しは皆で大掃除と鍋会に参加している。だから改めて新年の挨拶を交わす必要は無い。
 新年最初のひと眠りがとても壮大で、やたら現実的で……自分に憧れている誰かが居て。その誰かの周りには、仲間が傍に居て。
 少女が体験しているのは自分の記憶だと言う事は、すぐに気付いた。
 だからこそ現実感があったのかもしれない。
 だとすれば、あの夢はただ、自分の記憶を整理するためのものだったのかもしれない。
 幼馴染が、幼馴染と言うだけではなくなった、新しい年だから。共に駆けていくと決めたばかりだから。それが引き金になっただけなのかもしれないけれど。
 自分のための夢、そう片付けるには。少女と言う存在がとても、人間的過ぎて。
(うちよりも、ずっと……)
 真っ直ぐに育ったのだろうな。
 そう思わせる夢で。
(あの子は私を強いって、そうなりたいって思っていたみたいだけど)
 自分達よりも幼い少年少女達の、それこそ青春とも呼べるべき高校生活の欠片。
 眩しくて、どこか羨ましい気がして。誰かに聞いてほしくなった。
 一人で抱えているだけでは勿体ないような、誰かに話して初めて、何かを見つけることが出来るような。
(羨ましい、なんて)
 そう思う事を許されてるのかはわからないけれど。
(ただの夢、だけど……)
 初夢だというのは見過ごせなかった。
 ここに来れば誰かに会えると思って……そうして、アンドレアスを見つけた。
 丁度いいと思った。
 今の真琴に取って、一番、話を聞いてほしい相手、聞いてもらうべき相手だと、思ったから。

 夢は驚くほど整然と、時間に忠実に進んでいて。だからこそ説明は難しいものではなかった。
「聞きたいことがあるから、って。うち宛の手紙を書いたりするんです」
 手紙の内容も勿論知っている。だって書いている少女の目線で夢を見ていたのだから。
「『帰る場所は要らないから、前に進んでいくだけ』」
 一つ目の答えは、迷いなく答えられる。
 もう一つは?
「『私になることは、本当に貴方の正解?』……ですかね」
 質問に質問で答えるなんて、邪道だと分かっている。
 幸せになれるかどうかではなくて、正解かどうか。そう聞くのはそれが真琴だからだ。自分がどうして正解と言う言葉を選んでいるのか、疑問に思ってもいない。
 今の真琴にわかるのは。
 自分と違う生き方をしてきている少女が、自分と同じになることは必ずしも正解とは限らない、と言う事だけ。
 今の自分の仲間と、少女に取っ手の仲間はとてもよく似ていた。
 違うのは……生き方と、年齢と、立場と。
 これだけ違うところが多いのだから、同じ答えが正解なんて私は答えられない。そんな無責任なことはできない。
 私になる、ということは。幼馴染の手を取ろうとすること。
 けれど、例えば。
 あの少女のように、高校生ぐらいの頃に、アンドレアスと出会っていたら?
 この人とも幼馴染と呼べる関係だったとしたら……?



(何俺、試されてんの?)
 真琴の話を聞きながら、その真意がどこにあるのだろうかとアンドレアスは思考を巡らせる。
(収まる所に収まって、気配り担当は卒業させてもらえるかと思ったんだがよぉ)
 初夢の内容は作り話ではないと言うこと位、真琴の顔を見ていればわかる。
 一度惚れた女なのだ、自分が選ばれることはなかったけれど、それでもこうして友人関係に戻ろうと思えるくらいのイイ女なのだ。それくらいの変化くらい読み取れる。
 どう見ても想いあっている二人がやっと、一歩関係をすすめたかと思えば。
(結婚前の新婦か)
 付き合い始めたばかりで、もう求婚されたのかお前は。マリッジブルーか!
 そう言ってやりたい。暴言だとわかっているから、頭の隅にポイ捨てる。後でカラオケにでも言って叫んで来てやろうか。海でもいいけど。
(しゃーねーな)
 俺に聞かせるあたり不安なのかもしれないけどよ。背中を押したり、助けたのは俺だ。だから聞く権利も義務もあるのはわかってる。
 真琴がまだ、気持ちに真正面から向き合うことに慣れきっていないのは、これもずっと見ていたのだからわかる。決意と慣れは少し別のものだから。
 これも、もう一度友人になっていくための必要なプロセスだと言うなら、きっちりクリアしてやろうじゃねーか。
 自分を目指している誰かが自分の道をなぞろうとしている。きっと真琴は、自分も誰かも真琴自身だと捉えたのだろう。だとすればアンドレアスが言うべき言葉はそう多くない。
「正解かどうかなんて、お前も俺も判断する立場にねーじゃん」
 お前はお前、夢の女が現実に居るのか、夢の中の空想なのかわかんねーけど。
「そいつが決めるのが『正解』だろ」
 夢の中の少女からは得られなかった答え。
 聞きたいけれど、そう断言していいのか不安になったお前の心が導いた答え。
 俺からも同意を得て、安心したかった答えはこれでいいのか、真琴?
(俺の中のメモリは消えねぇんだよ)
 消すつもりもないし、消せるものでもない。全て抱えていくと決めてもいるが。
 特別繊細なそいつに触れる回数は、減らしていきたいところだな?

「にしてもだ」
 銀髪で眼鏡で、でもクロスで? ヴァイオリンだったか? まー俺も弾けるけど。
「俺だったらこうか。『てめぇん中自分で捌いてから来い』」
 理屈っぽい、頭の固い野郎だなー青いなーうっわ。年が近いにしたって限度があるだろ年寄りか!
 実年齢はともかくとして、アンドレアスは永遠の自称18歳である。
「笑って追い返してやるね! そういう奴は自分を理解してるようで足元みえてねーからなー」
 わざとらしく腹を抱えて笑ってやる。新年初笑いとは縁起がいいなと、笑い飛ばす勢いで。
(だっせぇ)
 笑いながら、ポイ捨てした暴言の隣に、自嘲の笑みを投げ込む。
 真琴から聞いただけの、間接的に知っただけの存在。ただの青い少年。
 だというのに、その内面を理解できてしまう自分に。分からないと誤魔化す自分に可笑しくなって。
 少年が手紙を書かないのは、届くと本気で思っていないからだ。俺だってそうするね。あったらすぐいってやりゃぁいいんだよ。
 初夢とはいえただの夢だ。だから俺もこの話を本気だと取っていない。だから笑い飛ばす。
(万が一、奥が一とか、まーそれくらいの可能性で、事実だとしてよぉ?)
 そいつが俺で、俺もそいつで。
(1個は褒めてやってもいい)
 少年が、少女にどこか冷たい態度をとる所。少女は気にしていないようだったけれど。
(俺だって、俺が俺じゃなくなって、真琴じゃなくなった真琴ともう一度出会ったら)
 少しくらいは嫌いになっておきたい。俺と同じ思いをしないように。
 俺と同じ古傷を作らないで済むように。
(真琴のこと言えねぇな、言ってねーけど)



「ステン君、ステン君聞いてー!」
「……何だ」
 朝は弱いんだって言ってなかったっけ、俺。欠伸を噛み殺し、眉間の皺も深く。けれどもそれも見慣れた光景なものだから、ミコトは気にせずトリステンの前にいつも通りの笑顔を向ける。
「久しぶりにね、試したんだ! だから成果を聞いてほしくて!」
 何をだ。言葉が足りてないだろう、それ。そう思いはするものの、声に出すことはしないトルステン。黙って話を聞いていれば、そのうち不足部分も判明するのだと言う事はわかっている。天文部の仲間と言うだけの関係だった頃なら、いちいち聞き返したりしただろうけれど。
 ハンターになって、同じ家に天文部の仲間たち全員で暮らすようになって、それなりの時間がたっている。
(無駄は嫌いだ)
 どうせミコトもいつも通り好きに話すだろうからと、顔を洗いに水場に向かう。
(うんうん、聞いてくれるんだもんねーステン君!)
 笑顔のまま、ミコトは話を聞かせるために後ろをついていく。勿論移動中も貴重な時間だから、話はすぐに続けていく。
「荷物の中にね、リアルブルーで書いた手紙を見つけたんだよ!」
 夢の中のヒーローに、質問するために書いた手紙のことだ。コロニーから非難する時も、忘れずに持ってきていたのだ。いつ、その機会が訪れるかわからないから、そう言って。
 じゃぁーーーん!
 いつかと同じように掲げられたそれは、少しくたびれていたけれど。まだかすかにローズの香りが残っていた。あの時の手紙であることは変わらない。
「……で」
 いい加減そのおまじない諦めたら? そんな空気がトルステンの沈黙から聞こえる気がする。
「かなーり、いいところまでいったんだよ!」
 あの人の声は聞こえなかったけど、こっちの声が届いた、そんな手ごたえがあった。
 すごいでしょ! と胸を張るミコト。
「ま、よかったんじゃねーの」
「でしょ? だからね、今日からまた毎晩はじめようと思って!」
「好きにしたら」
 非現実的だと思うけど。言ってもやめるわけじゃないのはわかっている。ミコトはしたいようにするし今までだってそうしてきている。今更自分が止められるとも思わない。手紙があの時と同じであるように、ミコトはミコトのままだ。

 キッチンからパンの焼けるにおいが漂ってくる。
「ミコー、朝ごはんできてるよー」
「トリィ起こせた−?」
「早く来ねーと食われちまうぞ、誰とは言わないが」
「起きてる、今行く」
「待ってーうちも一緒に食べるー!」
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2016年01月14日

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