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『 ガラス細工の私 』
ファルス・ティレイラ3733


 そこは決して大きくはないが、狭さを感じさせない不思議なお店。落ち着いた外観に見合った店内には、毛足の長めな絨毯が敷かれていて。客が見て回りやすいような配置で並んだアンティークの長机の上にはレース編みのクロスが敷かれ、ディスプレイ用の器具やシルクの布などが置かれている。
 ある商品はアクセサリースタンドを使って。別の商品はシルクの布やベルベット張りの箱の中に鎮座している。そして並んだ一輪挿しには、綺麗な花が飾られている――ただし全て、ガラス細工だ。
 この店の商品は全て繊細なガラス細工。ただし普通のガラス細工ではない。『幸運をもたらすガラス細工』なのである。この店の商品は一定期間のレンタル。効果の程を知って購入したいと願う客も少なくはない。けれどもそれは別の話。いくらお金を積まれても、このお店で結べる契約は、一定期間のレンタルのみ。

「わぁ……すごい、綺麗なガラス細工ばかりですね〜」
 この店の女性店主からの依頼を受けて店内へと足を踏み入れたファルス・ティレイラは、感じるままに感嘆の声を上げた。そして自己紹介がまだだったことに気がつく。
「あっ、私、お手伝いの依頼を受けました、ファルス・ティレイラです。ティレイラと呼んでくださいっ」
「可愛い方ね。よろしくお願いするわ」
 早速手伝ってほしいの――挨拶もそこそこに店主はティレイラを店の奥へと導く。ティレイラは毛足の長い絨毯を踏みしめて後をついていきながら、この絨毯は万が一ガラス細工が落下した時のために敷かれているのかな、なんて考えていた。
「この奥が作業場なのよ」
 開かれた扉の先、先導されてついていくと別の部屋の扉が覗いた。店主がドアノブに手をかけて扉を引くと、オルゴールの音がクラシックの名曲を奏でていた。毛足の長い絨毯、アンティークの机とセットの椅子。窓には二重カーテンが引かれているが、アンティーク調の室内灯が明るさを確保してくれていた。CDだろうか、オルゴール調の名曲が部屋の雰囲気によく似合っている。
「たくさんのお花、と……」
 机の横の大きな壺にはたくさんの生花が挿されている。そして机の上には、お伽話に出てくる古ぼけた魔法のランプに似た器具が置かれていた。ティレイラにはここで自分がなにをするべきか、見当がつかない。
「あなたには、ここでガラス細工の花の作成をしてほしいの」
「ここで……ってあるのはたくさんの生花ですけれど……」
 不思議そうに首を傾げるティレイラの様子をくすっと笑みで迎えた店主は、テーブルへと近寄る。そして壺から一輪のガーベラを取り出し、机の上のランプのようなものへと触れた。すると。

 ふぅ……。

 吐息のように注ぎ口から生まれたのは、シャボン玉のようなキラキラした球体。灯りを受けて、見る角度によっては虹色にも見える。店主がガーベラを球体に近づけると、オーロラの薄膜が花を覆っていき――。
「わぁ! あっという間に硝子のお花に!」
 そう、この薄膜がコーティングすると、それは形を保ったままガラス細工へと変容するのだ。まさに魔法のガラス細工。
「簡単でしょう? 私がお店にでている間にここにある花を全てコーティングしてほしいの」
 突然大量のレンタル依頼が入ってしまって困っていたの――店主の言葉が遠くに聞こえるほどに、ティレイラはガラス細工ができる工程に目を輝かせている。
「椅子に座って作業をしてくれて構わないわ。よろしくおねがいね」
「はいっ、頑張ります!」
 元気よく返事をして、ティレイラは急いで椅子に座る。早く自分の手でガラス細工を創りだしてみたくてたまらないのだ。
「えっと……」
 ピンクのカーネーションを選びとり、ランプの先から出てきた球体にふれさせる。くるり。薄膜を絡めるように花を動かすと、オーロラが自然に花と茎を覆っていき――瞬きしている間にガラス細工のカーネーションとなった。花弁部分が仄かにピンク色を帯びているのが名残。
「綺麗……」
 ほぅ、と漏れるのは感嘆のため息。
(ピンクの花がこうなるのなら、他の色の花はどうなるのかな?)
 ベルベットの布の敷かれたバットに丁寧にガラスの花を置き、ティレイラは次はどの花にしようかと壺から顔をのぞかせている花達の側で手を動かす。
「じゃあ次はこれっ!」
 手にとったオレンジ色のダリアに薄膜を纏わせて。花がガラス細工になる工程はもちろん、出来上がったガラス細工が纏う元の花の色がとても綺麗で、そしてティレイラの心をワクワクさせる。色だけでなく花の種類が違えばやはり同じ色でもガラス細工になった時の顔が違うことに気がついてから、ティレイラの作業の手は止まることはなかった。時折「わぁ」だの「すごーい」だのの感嘆の言葉をはさみながら、順調に作業を進めていった。



 壺の中の生花は半分ほどに減っていた。同時にバットの上に並べられたガラス細工の花の数は増えている。仕事は順調だ。花がガラス細工に変容した時の生花との違いや引き継がれる色などを見るのが楽しくて、夢中で一気に作業をしてしまった。
「ふぅ……」
 昂揚もだいぶ落ち着いて息をついたティレイラは、本当に息つく間もなく作業に没頭していた自分に気がついた。少し休憩しようと椅子の背にもたれると、四肢から力が抜けていくのを感じる。知らずのうちに熱中しすぎて身体中に力が入ってしまっていたのだ。
(座りっぱなしだし、ちょっと身体を伸ばしたいな)
 そう思い、椅子から立ち上がる。背伸びをしたり身体を曲げたりして、身体の緊張を解くつもりだった。立ち上がり、手を伸ばして頭の上の方で繋ぎ、身体を左右に傾けて――。

 ――どんっ!

「!!」
 机にぶつかってしまった! もちろん、意図してのことではない。気を抜きすぎてしまったのだ。ここは壊れやすい大切な物が多いというのに。
「あぶなっ……!」
 テーブルからはみ出した、ガラスの花の乗ったバット。そのままでは床に落ちてしまう! ティレイラはとっさにバットの下に入り込んで落下を防いだ。下からバットを押して机の上へと戻す。
(ほっ……)
 絨毯に尻餅をついた状態でほっと胸をなでおろしたティレイラ。依頼で作成した品を落下させて壊してしまっては依頼人に顔を会わることができない。だから、バッドが落下せずに安心したのだが。

 ――ぐらっ……ガタンッ!!

「えっ!?」
 気がついた時にはもう遅かった。
 バッドを戻した時に、バッドでランプを押してしまったのだ。バランスを崩したランプが、ティレイラの足のあたりにおちていた。
「あ、ああっ……!!」
 魔法道具故にそう簡単に壊れないように作られている可能性は高い。それでも大切な道具を落下させたことが問題なのだ。背筋にひやりとしたものが走る。だが、ランプを拾い上げる間は与えられなかった。
「きゃっ!?」
 落下の衝撃のせいだろうか、ランプが一段と大きな薄膜を吐き出したのだ。そしてちょうどその場所にあったティレイラの足を包み込んでいく。
「あ、んっ……」
 薄膜のひんやりとした感触に意図せず変な声が出てしまった。けれどもそれを気にしている暇などなかった。なにせ、最初のひと吐きでティレイラの下半身は薄膜に覆われてしまったのだから。
(こ、このままじゃ、私もガラス細工になっちゃう……!)
 とにかく逃げなければ、ティレイラの思考にはその思いだけが満ちていて。人間の姿のまま竜の尻尾と翼を生やして逃げようと試みる。羽を羽ばたかせて、這ってでも逃げなければ――その思いを邪魔するのは、侵食してくる薄膜のもたらす感覚。ひんやりとした、けれどもくすぐったさを伴った撫でるような感覚が段々と上半身へと近づいてくる。
「いやっ……」
 じわり、ティレイラのルビーのような瞳に涙がたまる。けれども薄膜はティレイラが逃げることを許さない。背をそっと撫でるように侵食されれば、意図せず甘い声が漏れる。胸元をくすぐるように触れられれば、羞恥と恐怖と快感に似た不思議なものがティレイラを襲う。
「た、す……」
 すべてを言葉として紡ぐことはできなかった。涙目のまま、ティレイラは全身をコーティングされてしまい、そしてガラス細工になってしまったのである。


「あらぁ」
 しばらくの後、作業の進捗を確認しに来た店主がそれを見つけて思わず声を上げたのも無理は無い。花のコーティングを頼んだはずが、竜少女のガラス細工が出来上がっているのだから。
「これは凄いわねぇ」
 ガラス製のティレイラに触れて店主は状態を確かめる。素材の珍しさ、美しさと状態の良さが素晴らしく良いバランスで、世にも珍しく魅力的なガラス細工が出来上がっていた。
「まあ、時間が経てば元に戻るし……しばらく利用させてもらいましょうか。お給料は上乗せするわ」
 ガラスとなったティレイラには聞こえていないかもしれない。けれども店主は律儀にそう告げて、ガラスのティレイラを店頭へと飾ったのだった。


 ティレイラが『仕事』を終えることができたのは、数日後のことである。



            【了】




■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■

【3733/ファルス・ティレイラ様/女性/15歳/配達屋さん(なんでも屋さん)】


■         ライター通信          ■

 この度はご依頼ありがとうございました。
 ティレイラ様を書かせていただくのは二度目になりますね。
 ティレイラ様の一生懸命さや無邪気さ、ちょっとドジなところなどを上手くかけていればいいのですが。
 少しでもご希望に沿うものになっていたらと願うばかりです。
 この度は書かせていただき、ありがとうございました。
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2016年01月15日

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