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『turn into〜神託蒼記録〜 』
ジュード・エアハートka0410)&ユリアン・クレティエka1664)&フレデリク・リンドバーグka2490

 バン! バンッ! バン!!
 早朝にあがる花火の音は、今日が文化祭結構日の証。
 青少年の様々な感情が交錯する、祭が今、はじまる。



(各自がより似合うものを着るのが正義! ……って、どういうことなの)
 九条君カフェでアルバイトしてるんでしょう、接客係とか任せていいかな!
 確かに頷いた、接客の基本を皆に周知する役割も引き受けた。
 やるからには責任もってしっかりと。そのつもりで他の接客係にも丁寧に教えた。自分の仕事に自信もある。
 それと同じで、衣装係が張り切って皆の衣装を作ったのも、わかるのだけれど。でもっやっぱり!
(俺もあっちが良かった……!)
 ちらりと友人の衣装を見る。ゴシックを強く押し出した執事服。特に友人の衣装は要所にパンク要素が散りばめられていて……九条 子規の好みど真ん中をついている。
 羨ましい。つまり自分が身に着けている衣装は別のものだという事で。
 ちら。
 視線を下に落とすのも、正直辛い。
 けれどどんなに視線を逸らそうとしても、何時もの制服と比べてやたら視界に入りこんでくる。
 ふわふわ。すーすー。ふりふり。むずむず。
 スカートとか、パニエとか。
 リボンとか、鬘とか。
(なんで俺は女装なのっ……!?)
 泣きたい。叫び声をあげて逃げ出したい。
 けれど今自分がいるのは自分達の教室……を、飾り立てて作り上げたカフェのホール。クラスメイトのコレクションだと言うアンティークドールが静かな表情をたたえていたり、照明を抑え気味にしたりと雰囲気も整えてある。ああ、道具係もいい仕事しているなあ、と強引に泣きたい気持ちを誤魔化すしかない。
(接客係の責任者が、投げ出すわけにもいかないんだよね)
 客からの視線が痛いような気がする。
 渋るクラスの女性陣から逃げ切って、なんとか化粧だけは断固拒否させてもらったのだけれども……一般客の視線、特に男性からの視線が辛い。
(俺、男だからね? 確かにうちのクラス、男装とか女装とか、一言も書いていないけれど)
 自分は男なのだと気付いてもらうために化粧をしなかったのに……というのは、建前。
 化粧品の匂いをつけたくなかった、と言うのが本音だ。
(先生に会いたいのに)
 行けやしない。
 予想以上に客の入りがいいのだ。だが子規はその理由が自分にあるとは思っていない。
 可愛いモデル体型のウェイトレスが居る、なんて評判が出回っているだなんて。クラスメイトが皆、『九条の耳には入れないように』と、こんな所ばかり結託しているだなんて。
 気付かずにただ、仕事に没頭して衣装の恥ずかしさを忘れようと躍起になっている子規である。クラスメイト達のちょっとした違和感にも気づかず、こんな格好は先生に見せられるわけもない、と涙目になりそうなのに耐えている。
 その表情が更に可愛い、と周囲からの視線を集めているのだが。
 文化祭と、女装。非日常性に囲まれて、今の子規はやたら無防備だった。



「その顔はだめじゃないかな、子規さん」
 人気ぶりにも気が付いていないんだろうなあ。この先輩は。
 暮科 悠里の声に振り向いた子規の顔は、完全に女の子のそれだ。自分は知っているからいいけれど、知らなかったらどうだろう。周りの男性客みたいに、この人を女性だと思ってしまう気がする。
「え、何が?」
 その返しに、子規は自分がいつも通りに振る舞えているつもりであると気づく。
 実際はそんなことはない。何時もに比べると涙目なのは、悠里にしてみれば明白なわけだが。
 けれど普段の子規を知らない人から見れば、常に瞳を潤ませた可愛い人に見えるのかもしれない……そう結論付けて。
(大丈夫かな)
 少し声をかけるだけにしようと思っていたのだけれど。
「……声かけておこうか?」
 誰に、どんな。それを明確な言葉にしないで、声量も抑えて問いかける。先輩がこの状態から脱却する為の覿面の薬といえば、心当たりはひとつしかない。
「それは駄目っ」
 子規も正しく読み取った。だからこそ、すぐに答えが返ってくる。
(恥ずかしい、ってのは間違いないと思うんだけど)
 なにせ涙目だ。バイトで常に自然体であるかのように客を捌くあの九条先輩が、どこかぎくしゃくして見える。
 それはいつも近くで働いている悠里だからこそわかることであって、他の誰かが分かるとも思えない差ではあるのだが。
(ずっとそのままじゃ……)
 先輩のクラスを見る限りでは、いい効果なのだとは思う。客の入りがそれを証明している。
 けれどそれは文化祭が終わった最後の段階での結果であって、個々の状態は加味されていない。子規は、きっとこのままだとすり減って消耗されてしまうだけだ。
「……確かに、突然言われても困らせるだけですよね」
 悠里は確かに子規の恋路の協力者だけれど、それは子規の側だけで。相手と特別親しいわけではなかった。
 つまり、伝えたとしても不振に思われる可能性が高い。
(してあげられることが無いというのは、辛いものみたいだ)
 気にかけているからなおさらである。

「暮科くんも居たんですね!」
 丁度良かった! と笑顔を振りまきながら二人の傍に歩いてくるのは、西洋を意識したワンピースドレスを纏う城里 陸である。
「え? ……陸、だよ、ね?」
 名指しされた悠里が恐る恐る答える。声音がいつもより少し高いとか、髪型が違うとか。服装だけではなく大小いくつもの差異があるのだけれど、確かに陸の顔だ。
 まじまじと見る悠里に気付いた陸は心得ていて。これまでにも何度も繰り返したのと同じように、二人の前でくるりと回ってお辞儀して見せた。
「化粧もしてるんだ……わあ」
「勿論、今日は本番ですからね♪」
 にこにこ、笑顔はやはり絶やさない。バイト中の接客用笑顔ともまた違うように意識している陸である。誠実さを感じさせるような、万人受けの業務用笑顔とは違うのだ、いっそあざといくらいの笑顔と表現すべきかもしれない。
 狙いは様々あるのだが、今はとにかく……
「うちのクラスは宣伝にも力を入れているんですよ!」
 是非見に来てくださいね。二人に声をかけた後、すぐに周りの客たちにも笑顔を振りまく。広告を配って宣伝する方法もあるのだが、それは開始早々配り終えてしまっていた。
 ビラ配り担当のクラスメイト達が声を上げて宣伝する横で、陸はその笑顔だけで広告を受け取ろうとする客を呼び寄せ、ビラの在庫をゼロにしたのだ。勿論その時も今と同じ衣装姿である。
(広告がなくても、衣装を着て口内を歩き回るだけで宣伝になると思うんですよね)
 そしてその狙いは当たっているようだ。どこのクラスかと口々に訪ねてくる客達一人一人に、丁寧に陸は答えていく。文化祭のパンフレットだってあるのだ。参加者に興味を持ってもらえば。そしてクラスを言えば。必要な情報はそれで事足りるのだ。
 なお陸の役はそのものずばり「女装する少年の役」である。クラスメイトから推薦抜擢され、誰からも異論は起きずに決定した役である。
 自分の外見が有効に使えるならそれで構わないというのが陸のひとつのポリシーでもある。辞退することもなく、練習にも熱心に取り組んだ。必要なら周囲の女子たちのしぐさもしっかりと研究し……今に至る。
(皆、普通に女生徒だと思ってるみたいですね)
 それも狙いの一つなので、敢えて自分から教えるようなことはしない。どんな役か、知らない状態で劇を見に来てもらえたらいいと思うし、実際に知って驚いてもらう事も、きっと楽しめるひとつの要素になると思うから。

「すごいなあ……」
 ぽつりと聞こえた声に陸と悠里が振り向く。声の主は子規だ。零れたのは、陸が堂々と一般客達に対応できていることに対しての尊敬の念である。
 劇の会場は体育館や多目的ホールなどの特別教室だ。いつも使っている教室とは離れているのが普通である。そこから喫食系の出し物がある棟まで、更には学年の違うこの場所に。役で必須の衣装とはいえ女装したまま、一人で堂々と歩いて来れるその度胸は今の子規には全くないものだった。
 今だって、この教室の中でだけ、そう自分で自分に言い聞かせているから何とかなっているのだ。
 コツを聞いてみるべきなのだろうか、けれど先輩としてそれもどうなのか。ほんの少しぽかんとした様子の後輩二人を前に慌て始める。
「あっごめんね二人とも、今のなしでいいかな」
 気弱になっちゃってごめんねと頭をかいて話を終えようとする子規。その両手が自分の目の前で振られたことを確認してすぐ、陸はがっしと子規の手を掴んだ。
「大丈夫ですよ! 似合ってますから!!」
 そのままで大丈夫大丈夫! 少し強いくらいの語調で断言する。
「そう、かな? ……ありがとう」
 作ったものではないけれど、弱弱しくも感じられる笑顔が子規の顔に浮かんだ。
 悠里が心配そうに眉尻を下げている事にも気づいているけれど、陸は笑顔でそれを封殺するのだった。

「本当に子規先輩、あのままで大丈夫なのかな」
 そろそろ次に行きますねと、陸と共にカフェを出て。悠里がぽつりと問いかける。
「俺は、声をかけておこうかって言って、断られちゃったんだけど」
 あれって逆効果じゃないのかなと、確かめるように。
「ええ、逆ですよ」
 さらり。勿論それを狙ってああ言ったのだと答える陸に、悠里は開いた口が塞がらない。
「な……なんっ」
「その方が、手っ取り早いと思ったんですよね」
「えっ?」
 どういうこと、と尋ね直そうにも、すれ違う人たちに笑顔を振りまくことに余念のない陸と話すのは意外と難しい。自分も衣装で回ればクラスの為になったかなと、少し別の考えが頭をよぎった。
「暮科君、今日は妹さんも見学に来るんでしたっけ?」
 突然の話題転換に、反応が遅れた。
「うん、うちの劇には間に合うように顔を出すって言ってたかな。勿論陸のクラスの劇も連れていくつもり」
 でもまたどうして?
「……うん、それなら丁度いいかも」
 うん、と一つ頷く陸。飲み込めない悠里はただ首を傾げるだけだ。
「じゃあその後で、九条先輩のクラスにも行きますよね。それでわかると思いますよ」
「あ、うん、そうなんだ?」



(ある意味でピンポイントと言うか)
 籤引きで引き当てたの役はマキューシオ。悠里のクラスはロミオとジュリエットを演目にしていた。
 インターハイ前の身には出番の少ない役はありがたいと、決まった時は思っていたものだけれど。
 ちらりと自分の足を見下ろす。予選で捻ってしまい、結果を残すことは出来なかった。まだ一年だからいいじゃないかと周りはフォローを入れてくれたけれど、足の速さには自身があったから。
 己の管理能力とか、もしかしたら驕っていたのかもしれないとか、結局色々と考えすぎてしまって。完治した今もこうして時々引きずってしまう。
(しかもさっさと殺される役だもんなあ)
 倒れ込むという行為が捻った時を思い出す。トラウマになるほどではないけれど。
 練習の時だって、捻った時の感覚を思い出して有効に活用したりもしているけれど。
 だからこそ、気分が落ちてしまうと言えばいいのか。
「お兄ちゃん、お疲れ様!」
「お疲れ様です!」
 陸と共に悠里を待っていた妹は、そんな兄の様子を察しているようで、衣装のまま出てきた悠里の腕を組んではしゃいだ様子を見せる。
「ありがと。血糊つくから気をつけな」
「乾いているの確認したから大丈夫」
 人が多いから、案内してもらわないといけないし。何より珍しい格好のお兄ちゃん、しっかり写真にも撮らないとと笑う。
「家で皆に見せる気だろ」
 まあいいけどねと苦笑しながら、陸の先導で、陸のクラスの劇へと連れ立っていく。

 陸の役作りは完璧だった。
 戦場の女神とあがめられた少女が、もし少年が女装することで作り上げられた偶像だったら?
 主役は、この大それた偶像作戦を思いついた名もなき策略家。
 陸は準主役として、戦場の女神として利用されることになる女顔の少年の役だった。
 大河ドラマ顔負けの壮大なテーマを据えつつも、策略家と少年、世話係などの裏方にあたる人々に焦点をあてることで親しみやすくした脚本は、なんでも二次創作を得意とするクラスメイトのオリジナル作品らしい。
「だから声音もずっと変えてたんだ」
「すごかったですっ! 本当に女の子みたいでした」
 興奮気味の暮科兄妹に感想を告げられて陸が自然な笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます」
「でもまだ声、そのままなんだ?」
「あー、それはですね」
 声を潜める陸に、耳を寄せる兄妹。
「本当の女子生徒だと思われてるみたいなんですよ」
 夢を壊すのも忍びないですし、文化祭が終わるまでは、このままでいようかと思って。
「……お疲れ様」
「ここまで来たら最後までとも言いますしね♪」
「回ったりとかはしないんですか?」
「これから子規先輩のカフェに案内してくるけど、どうする?」
 一緒に回るかどうかを尋ねる悠里。
「兄妹水入らずの邪魔はしませんよ?」
 暮科君の舞台を見ながら、十分エスコートさせてもらいましたしね!



(本当だ……)
 妹と二人でお茶の時間を楽しむのは、勿論子規のクラスのカフェだ。
 そこで悠里は陸の言葉が真実だったことを知る。
(子規先輩、なんだかもう、いつも通り……ううん、それよりも機嫌がいい?)
 動きそのものはアルバイトの時と同じに、つまり自然になっている。
「悠里君、今日は心配かけちゃってごめんね、これ、2人に俺からのサービスってことで♪」
 あとで陸君も来たら、そっちにもサービスしないとね? ウインクを飛ばす余裕も見せる子規。その変わりように悠里は頭がついていかない。かわりに妹がありがとうございます、等と応対してしまうくらいだ。
「お兄ちゃん?」
「あっ!? あ、ごめんごめん。ちょっと考え事をね。でも、もう大丈夫」
 効果覿面の薬が。知らないうちに作用していたらしい。それは間違いない。

「……せっかくやるんですから。これくらいの役得はないとですよね♪」
 一般参加者の投票で決まるという、男女別の人気投票。校内票が存在しないその企画は、それこそ文化祭実行委員くらいしかその存在を知らない。
 入賞者は食堂の食券が贈与される。その額は大きなものではないが……女装までしたのだ、自分だけの為のご褒美はあっていいじゃないか?
 そういうわけで、今年のミスには一年の城里 陸。準ミスには二年の九条 子規が選出されたそうである。
 なお副賞として、入賞者は翌年の受験者向けパンフレットに写真掲載権利が贈られるのだが……それは、もう一人の準ミスに全て任されたそうである。
「流石に女装写真をそこまで正式な形で残したくはありません♪」
 学校側も、女装させてまでの撮影は押し通さなかった。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka0410/九条 子規(ジュード・エアハート)/男/二年/メイドプリンセス】
【ka1664/暮科 悠里(ユリアン)/男/一年/マキューシオ・フラッグ】
【ka2490/城里 陸(フレデリク・リンドバーグ)/男/一年/ミスグランプリ】
ゴーストタウンのノベル -
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2016年01月15日

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