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『フォンダンショコラから流れる想い。 』
ルシオ・セレステka0673

 『冒険都市』リゼリオ。その一角にごくひっそりと、その店は存在する。
 『レディ・ブルー』。木製の看板に彫り込まれた花の上で蝶と遊ぶ猫のモチーフは、そのまま店の紙袋や、ちょっとした小物にも用いられていて、一部では猫のお菓子屋さんという愛称で親しまれているのだとか。
 その『レディ・ブルー』の噂をルシオ・セレステ(ka0673)は、あちらこちらで耳にした事があった。例えば高級菓子店という話、庶民にも楽しめる安価なお店という話、あるいはよく知らぬまま土産を貰ったという話……
 それなのに、ルシオ自身は今日の今日まで、その店に行ったことはない。正確には、店の前まで案内をして貰ったことはあるのだけれど、その折には小さな店は満席で、遠慮して帰ってしまったのだ。
 以来、いつか行こうと思いながらも、なかなか機会を掴めずにいた。けれども今日、偶然近くまで立ち寄ったものだから、思い切って『レディ・ブルー』まで足を伸ばしてみようと、思って。
 件の通りに差し掛かると、程よい風合いを帯びた看板が風に揺れていた。その、揺れる猫に誘われるように近づいていくと、はめ殺しのガラス窓の向こうでお茶を飲む少女の姿が見える。
 今日も満席だろうかと思いながら、ルシオはカラン、とベルを鳴らして店内に足を踏み入れた。するとカウンターの脇に置かれた、ガラス張りの小さなショーウィンドウケースが、真っ先に目に飛び込んでくる。
 もちろん、それだけならまだ好事家の屋敷などにはあるし、街中でだって見かけない訳ではない。けれどもルシオの目を引いたのは、その中にケーキが収められていて、そこからひんやりとした空気が漂ってきたからだ。
 あれは、と眼差しを向けたルシオの無言の疑問に応えるように、カウンターの向こうで茶葉の壺を確認していたフロックコートの男が、穏やかに声をかけた。

「そちらは、お嬢様が作らせました魔導冷蔵庫です。――お客様、本日は何かお探し物でしょうか?」
「ああ……お茶と、ケーキを頂きたいのだけれど。今日はお忙しかったかな」
「とんでもございません」

 にっこり微笑んでそう言った、男が店内の片隅に置かれたテーブルセットへと眼差しを向けると、そこに座っていた少女がカタンと立ち上がる。あの、窓の向こうから見かけた少女だ。
 彼女の動きに合わせて、仕立ての良い華やかなドレスと真っ直ぐな黒髪が、華のようにふわりと揺れた。そうしてそのままフロックコートの男の傍らをすり抜け、店の奥へと姿を消してしまう。
 察するに、この店の関係者なのだろう。それを証明するように、申し訳ございません、と男がルシオに頭を下げた。

「失礼致しました。お嬢様はリゼリオへとお出でになって、日が浅くていらっしゃいますので……」
「とんでもない。お邪魔をしてしまったのでなければ良いのだけれども」
「ご心配はご無用です。お嬢様にはそろそろお勉強に戻って頂きたいと、わたくしも考えていた所でしたから」

 お客様のおかげで助かりました、と微笑む男の笑顔には含んだ物は見受けられなかった。だからルシオも頷いて、その言葉を素直に受け取っておく事にする。
 そうして、フロックコートの男――彼は執事で、この店では店長のようなものだということだった――に奨められるまま、席の用意が出来るまで魔導冷蔵庫のケースの中と、傍らのカウンターに並んだ焼き菓子を眺めた。ここに並んだお菓子はどれでも頼めるという事だけれど、どれもが見た目にも美しく、きっと食べても美味しいのだろうと容易に想像出来るから、つい目移りがしてしまう。
 いつぞやの少女が持っていた、パウンドケーキも美味しそう。クリームで見事にデコレーションされた、季節のフルーツのケーキも美味しそうだし、何種類か並んでいるクッキーも素朴ながら、いつぞや頂いた時には味わい深かった――
 そんな事を考えながら過ごすうちに、用意が出来たと案内された席は先ほどの少女が座っていた、店の中がよく見渡せる、けれどもあまり目立たない風情の壁際の席だった。本当にこちらでよろしいのですか、と尋ねる執事に、隅の席をと頼んだルシオはもちろんと頷く。
 とはいえ、何を注文するかはまだ、ここに至っても決まってはいなかった。どれもこれも美味しそうで、1つには到底決められそうにない。
 そのまま散々迷った末に、結局ルシオが注文したのは、執事のお勧めのケーキを2つと、紅茶を1つだった。何かを聞かれるかと、少し身構えたけれども執事は、ただ透明で、だからこそ何を考えているのかは窺い知れない眼差しを向けただけで、畏まりました、と頷きカウンターの向こうへと戻っていく。
 ――やがて運ばれてきたのは、チョコレートらしき茶色いケーキに、雪のように真っ白なクリームが添えられたお菓子だった。フォンダンショコラでございます、と執事が言いながら、ルシオの前に1つ、それから正面の席に1つ置く――そして香りの良い王国産だという紅茶はルシオの前にだけ。
 何を告げたわけでもないのに、と思う。思ったけれどもルシオは問わず、そうして執事も何も告げない。

「御用がございましたら、そちらのベルでお呼びくださいませ」

 最後にそう告げて一礼し、去っていく執事の背中に感謝を込めて、黙礼した。そうして眼差しを再び、目の前の空席へと向けて。
 心の中で、囁きかけた。

(……一度、来たかったんだ。気持ちだけでも付き合って……、良いでしょう?)

 大丈夫、最終的には私が頂くから、と。告げた言葉は今は亡き、けれども今なお心に棲む婚約者へと向けたもの。
 そうして『一緒に』フォークを取って、まずはケーキをじっくり眺めた。フォンダンショコラ、そう執事が呼んでいたこのケーキは、お皿もお湯か何かで暖めてあるのだろう、全体的に暖かい。
 とろり、溶け始めているクリームに急かされるように、フォークでさっくりとケーキを割ると、中からチョコレートが流れ出した。それと、クリームを絡めとるようにケーキの生地を取り、そっと口に運ぶとほろりと崩れる。
 甘みと、苦み。それから、また別の甘味。
 舌の上でクリームが蕩け、その柔らかさをチョコレートの苦みと甘みが拭い去る。それをまた、クリームの柔らかな甘さが包み込んで昇華する。
 ああ、と微笑み息を吐いた。

(……うん。来て良かった)

 この、甘みと苦みのコラボレーションを味わえただけでも、今日来た意味はあったと思える。そうでしょう、と空席に向って眼差しを投げ、ルシオはまた小さく微笑んだ。
 羽目殺しの窓の外を眺めれば、聖夜祭、場所によってはクリスマス、聖輝節とも呼ばれる催しに備えて、街は少しずつ彩られつつった。道行く人々もどこか楽しげで、眩しく見えるのは気のせいだろうか?
 そう思いながら人々を、街を眺めてのんびりとケーキを味わう。こういった味わいは、ルシオの暮らしていた森にはなかったものだ――恐らく、森の外ならではなのだろう。
 森の外の世界。――貴方が旅をした世界。

(……貴方は旅の途中、何を見て、何を口にしていたの?)

 心の中の面影に問いかけて、そんな自分に苦笑する。きっとその話を婚約者はしてくれたはずだし、自分はそれをちゃんと聞いていたはずなのに、今になって思い返してみても、肝心のことはちっとも思い出せないのだ。
 聞いていたようで聞いていない事が多いものだと、寂しさにも似た気持ちで思う。大切に思う事はいつだって、過ぎ去ってしまってから気付くのだ。
 こくり、紅茶を口に含むと馥郁とした香りがいっぱいに広がった。貴方もこの香りを味わったことがある? とまた胸の中で問いかけた。
 応えは、返らない。返らない事をもうずっと昔から知っていて、それでも時々こうして問いかける。

(――急いだ旅じゃないけれど、もう尊い友を二人も見送ったよ)

 彼が目の前に居るのなら、そう語り掛けたかった。話を聞いて欲しかった。言葉を、聞きたかった。
 けれどもそれは叶わないと、ルシオはもうとっくに知っている。彼は変わらずそこに居ると、居てくれると信じていても、この目にその姿が映らない事は変わらない。
 映らないから、不安になる。寂しくなる。――どんなに心の中で語りかけても、なお話したい事ばかりが増えていく。
 それでも今は、一緒に居るのだと信じたいから。
 ゆっくりと2人分のフォンダンショコラを頂いて、街をゆく人々を眺めた。1度だけ、執事が紅茶のお代わりを入れに来たけれど、それ以外は『2人きり』で。
 ――紅茶の最後の一滴を飲み干して、ルシオはゆっくりと立ち上がった。

「ご馳走様。とても美味しかったよ」

 お会計を済ませて礼を言い、またお越し下さいませ、と礼儀正しく見送ってくれる執事に背を向ける。カラン、と店のドアベルを鳴らして外に出れば、心地良い寒さが全身を包み込んだ。
 ほぅ、と息を吐く。今度は友人達も一緒に来たいものだ、と思った――みんな喜ぶだろうかと、幾人かの顔を思い浮かべる。
 そうしながら歩き出した、ルシオの後姿を看板の猫が、蝶と戯れながら見送っていた。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /   PC名    / 性別 / 年齢 / 職 業 】
 ka0673  / ルシオ・セレステ / 女  / 21  / 聖導士

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
お待たせしてしまいまして、本当に申し訳ございません。

お嬢様の『レディ・ブルー』でのひと時の物語、如何でしたでしょうか。
お言葉に甘えて、アドリブというかアレンジというか、思う存分綴らせて頂いてしまいました。
クリスマスに華やぎ始めるリゼリオの街の、片隅でいつもと変わらない時間が流れている、そんな場所だったりするようです。
もしイメージと違うなどあられましたら、いつでもお気軽にリテイクをお申し付けくださいませ(土下座

息子さんのイメージ通りの、過去の痛みを抱いて進むノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
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蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2016年01月21日

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