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『 好奇心は諸刃の剣 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)


 その時間は、いつもの日常の一欠片になるはずだった。
 シリューナ・リュクテイアの魔法薬屋にファルス・ティレイラが手伝いに来ることは、日常的なことだからだ。

「お姉さま、随分とたくさんですね」
「そうね、まとめて仕入れたらかなりの量になってしまったの。ティレ、頼めるかしら?」
「はい、任せて下さい!」
 今日はシリューナが注文した魔法薬の材料が一度にたくさん届いてしまったため、店先に積み上がったダンボールや木箱を倉庫へと運ばなければならなかった。その役目を、ティレイラが仰せつかったというわけである。

「ふぅ、まだまだたくさんありますねー」
「そうね。それを全部倉庫に運び終えたらお茶にしましょうか。おやつも用意しておくわ」
「本当ですか!? 私、頑張ります!」
 シリューナの『おやつ』という言葉にティレイラの瞳が輝く。ご褒美というものは人の気持ちを左右する不思議で甘美な響きを持った言葉であり、存在だ。中でも美味しい食べ物が大好きなティレイラにとってはおやつという存在はとても大きくて。
「じゃあ、あとは頼んだわよ。くれぐれも丁寧にお願いね。中には衝撃に弱いものもあるから」
「はいっ。この『壊れ物』ってシールが貼ってあるのは特に注意します!」
 ティレイラの声が弾んでいる。相当この後のおやつを楽しみにしているのだろう。シュリーナはそんなティレイラを可愛く思いながら、お茶の準備のために店の奥へと戻っていった。



 あとに残されたティレイラは真面目に荷物を倉庫へと運び続ける。壊れ物シールの貼ってあるものや重い箱は丁寧に1つずつ、軽い箱は2つ重ねてみたり。あまり重ねすぎると前が見えなくなってつまづきそうになったので、一度にたくさん運ぼうと欲張るのはやめた。万が一落としてしまったり中身をぶちまけてしまった場合、確実に『お仕置き』を受けることは今までの経験からわかっていたから。
「ふぅ……結構たくさん運びましたから、あと少しですね」
 店の前に戻ってきたティレイラは大きくと息をついた。冷たい空気の中に吐き出された息は白く中空に広がり、ふわりと消えていく。冷えた指先にはぁ、と息を吹きかけて『手袋をしてくればよかった』と思いもしたが、あと少しすれば暖かい室内でお茶とおやつが待っていると思えば、頑張れる気がした。
(あと2つで終わり……あ、これは結構軽い)
 残った箱は大きいが軽めの箱と、その半分の大きさの箱。重ねて持ち上げてしまえば一度でいけるはずだ。ティレイラは箱を重ねて持ち上げる。小さな箱がずり落ちないように顎で抑えるようにして、ゆっくりと倉庫まで運んだ。ついさっきまで何往復もしていたのだから、道のりは覚えているし転びそうな場所も避けることを覚えていた。店の外側を通って倉庫までゆっくり歩いて行く。
「よしっ!」
 最後の2つを倉庫の中に据えて、全て運び終えたことを確認。ティレイラは一息ついた。
(今日は失敗しなかったから、お仕置きされずに美味しいお茶とおやつが♪)
 そんなふうにウキウキしながら視線を動かした時、ふと視界の端に引っかかるものがあった。
「?」
 ティレイラが視線を戻すと倉庫の奥の方のなにかと目があった気がした。
「??」
 むずむずと好奇心がうずく。ティレイラはゆっくりと倉庫の奥へと進む。入り口から差し込む灯りをたよりに「それ」をさがせば、大きな箱の上に鎮座していることがわかった。
「狐……でしょうか?」
 それは狐を模した像だった。口に宝玉を加えたその像が鎮座している大箱にはしっかりと封がなされているのが一見しただけでわかる。もしかしたらただの封ではなく封印のたぐいかもしれない、流石にティレイラの頭の中にもそんな考えがよぎったが、それよりも彼女の気を引いたのは狐が咥えている宝玉だった。
 何色と説明すれば良いのだろうか、僅かな光でも表情を変えてみせるその宝玉はティレイラの好奇心を刺激するのに十分だった。
「綺麗……」
 気がつけば手を伸ばしていた。そっと触れるくらいなら大丈夫だろう、そう思い狐の像を手に取る。そして宝玉に触れてじっと見つめると、ティレイラの赤い瞳が映りこみそうだった。
「わぁ……」
 見惚れながら宝玉に触れるティレイラ。軽く触れただけで狐の口の中で宝玉がくるりと回転した。軽く挟み込んでいるだけのようだ――なんて思ったその時。


 ポロッ……とんっ……コロコロコロ……。



「!?」
 なんと、狐の口から宝玉がはずれて床に落ちてしまったのだ。ヤバイ、ティレイラの心の中が一気にその言葉でうめつくされていく。狐の像を適当に大箱の上に置き、床に跪いて転がった宝玉を捜す。
(まずいです……お姉さまにバレたら絶対にお仕置きです!)
 焦るティレイラ。だが焦れば焦るほど宝玉は見つからない。荷物と荷物の間に入り込んでしまったのだろうか、這いつくばるようにして探すと、漸く見つけることができて。安心して手を伸ばす。もう、綺麗な宝玉を眺める余裕なんてなかった。早く戻さなくては、それしか頭にない。
「は、はいらないです……」
 だが元のように上手くはめることはできない。その上なんだか身体中がむず痒い気がしてきた。床に這いつくばったから埃のせいだろうか。しかし――。

 ふぁさっ。

「え?」
 自分の背後から予想だにしない音が聞こえてふと振り向くと、そこにはふさふさした毛の束。いや、まるで狐の尻尾のようなものがあった。しかもそれはティレイラの尾骨の辺りから生えているようなのだ。
「えぇぇぇっ!?」
 驚かずにいられるだろうか。例に漏れず驚いて声を上げたティレイラの頭部で何かがピクピク動いた。思わず頭に手をあててみると、耳のようなものがある。
「耳っ!?」
 そしてその耳に触れた手までもまるで狐のように変化していて――。
「ええっ……どうしたらっ……!?」
 とっさに魔力を放出する。それでも狐化を止めることはできなかった。ただ魔力で近くの箱を倒してしまっただけである。数瞬のうちに頭部までも狐化してしまい、気がつけばティレイラの面影を遺した狐獣人に変身してしまった。
「ど、ど……」
 ティレイラは状況が飲み込めず、あわあわしながら倉庫にあった鏡を覗き込む。そこには確かに自分だとわかるが狐の顔をした少女が写っていた。


「ティレ? 騒がしてけどどうかし――」
「!?」


 シリューナの声だ。これはまずい。振り返るまでもなく、彼女の途切れた言葉から状況は良くないであろうことが想像できる。この姿のまま見つかったとなれば……。
「あらあら……」
 倉庫の騒がしさが気になって様子を見に来たシリューナだったが、倉庫内の様子を見て一瞬で状況を理解した。
「ティレ、預かり物の狐の像に悪戯したわね?」
「こ、これはっ……」
「しかも、外気に触れさせないように封をしていた箱までめちゃくちゃにしてしまって」
「えっ……」
 シリューナ言葉にティレイラは辺りを見回す。確かに、変化に抵抗しようと魔力を使った時に倒してしまった箱の蓋が開いて中身がこぼれ出てしまっていた。
「悪い子には」
「……お仕置き、ですか?」
 上目遣いのティレイラにシリューナはふふふと笑みを浮かべて、ティレイラの頭から順に触れて、その手を下へと下ろしていく。後頭部から背中、そして尻尾。
「あ、んっ……」
 くすぐったかったのか、ティレイラが甘い声を漏らした。
「ふさふさで可愛いわね。しっかりとその姿を確かめさせてちょうだい」
 毛並みを確かめるようにシリューナは手を動かしていく。ティレイラは声を抑えようとして口元に手を当てているが、その姿もまたシリューナにとっては堪能すべき大切な物。
「こんな素敵な素材、放っておくのももったいないわね?」
「や、やっぱりっ……」
 シリューナが使ったのは石化の呪術。いつものお仕置き。
「やっぱりこうなるのー!?」
 ティレイラの嘆きはシリューナを喜ばせるスパイスの一つ。嘆いたまま石になったティレイラを様々な角度から眺めていく。
「ああっ……いつもと違う姿でもティレの可愛さは健在ね。このラインなんてゾクゾクするわ」
 耳に尻尾、首筋などを味わうように触れていく。そのたびにシリューナの心は高揚していった。右から、左から、後ろから。どの角度から見ても飽きない――いつまでも眺め続けられるのは、シリューナの悪い癖。
「はっ……」
 ふと気づけば冬の日の短い陽は落ちていて、倉庫内も暗くなっていた。
「そうね、もうしばらくこのままにしておきましょうか」
 呟いてシリューナは石化したままのティレイラを大箱の上にのせる。
「罰として、もうしばらくそこにいなさい」
 封と重しとして一石二鳥――ふふふ、と微笑みながらシリューナは満足気に倉庫の扉を締めたのだった。




                 【了】




■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■

【3785/シリューナ・リュクテイア様/女性/212歳/魔法薬屋】
【3733/ファルス・ティレイラ様/女性/15歳/配達屋さん(なんでも屋さん)】


■         ライター通信          ■

 この度は再びのご依頼ありがとうございました。
 少しでもご希望に沿うものになっていたらと願うばかりです。
 この度は書かせていただき、ありがとうございました。
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東京怪談
2016年01月25日

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