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『 一年の計は、やっぱり元旦にあり 』
ka5673)&センダンka5722


 年の初めは不思議だ。
 沈んだ太陽がまた顔を覗かせる昨日の続きでしかないのに、辺りを照らす光はきらきらとまばゆくて、ぴいんと寒さに張りつめた空気は洗濯したての衣のように清々しい。
「お正月らしい、気持ちのいいお天気ですね」
 閏は白い息を吐いて、薄青の空を見上げた。
「こんなにいいお天気なのに、センはどうせまだ気が付いていないんでしょう」
 ――なんてもったいない。
 少しでも早く、他の誰でもないセンダンと一緒に初春の空を見たくて、道を急ぐ。
 胸元には、さも大事そうに風呂敷包を抱えていた。

 勝手知ったる他人の勝手とはよく言ったもので。
 閏は勝手口を勝手に開けて、センダンの家に入る。
 そもそもセンダンの家が人の住まいとして体裁を保っているのは、閏が細々と世話を焼いているからである。もし家に心があれば、自分の本当の主人は閏だと思っているかもしれない。
 年の瀬に綺麗に片づけた台所は、しんと静まり返っていた。
「セン、起きてますか」
 驚かさないように、ちょっと遠慮勝ちに声をかけてみる。それから答えを暫く待って、諦めたように履物を脱いで揃え、廊下を進む。
 角の生えた鬼の姿でありながら、閏は少し臆病で、心優しい性根の持ち主だった。
「セン? 入りますよ」
 障子をからりと開けると、案の定センダンは眠っていた。
 その部屋は一番日当たりのいい、庭に面した部屋で、センダンは廊下に背を向けている。
 どうやら一度は起きたらしく、枕や敷布団はない。
 片肘の上に頭を乗せ、上掛けだけを被って畳の上にじかに寝ているのだ。

 閏は半ば呆れ、半ば面白くなりながら、センダンの顔のほうへ回り込んだ。
 すうすうと平和な寝息を立てて、でかい鬼がまるで子供のように眠っている。
 暫くその寝顔を眺めていた閏だったが、やがてそっと声をかけた。
「セン、来ましたよ。お正月のあいさつぐらいさせてください」
 ――返事はない。
「センったら、ほら、ちょっと起きてくれませんか」
 軽く手をかけて肩をゆする。
「ねえセン?」
「……なんだてめえ、殺すぞ」
 ようやく薄目を開けたセンダンは、開口一番物騒なことを口走った。
 これはほとんどセンダンの口癖のようなものだが、閏はこの言葉を聞くと少し泣きたくなる。
 それでも本気ではないのはわかっている。
 本気でないのを確かめるように、一層強く身体を揺すった。
「セン!」
「……るっせえなあ……起きてるよ……」
 そう言うセンダンの頭が床にドスンと落ちた。肘のつっかいが外れたのだ。
「うひゃっ!?」
 閏は一瞬驚いて身を引く。
 センダンはようやく半眼になり、閏の膝に片手を伸ばしてきた。その手は膝に届かず、ぱたりと畳に落ちる。
「……飯」
 閏は目をぱちぱちさせ、それからこぼれるような笑みを浮かべた。
「……はいはい、わかりましたよ」

 いそいそと弾むような足取りで、閏は台所に戻る。
「あ、そうだ」
 そこでふと思い出したのは、抱えたままの風呂敷包みのことだった。
 中には折角のお正月、一緒に甘酒にして飲もうと思った酒粕が入っている。
「でも寝起きのセンに飲ませるわけにはいかないですね……」
 折角起きたものを、またいい気持ちで寝かせるのもなんだかもったいない。
「これはまた後日、一緒に飲むことにしましょうか。今はお腹がすいているようですしね」
 ふふっとひとり笑いし、閏は隠し場所を楽しそうに思案する。
 何と言ってもこの家のことは、住人のセンダンよりもよく知っているのだ。
「まあ酒粕じゃあ、見つかっても放ったらかしかもしれないですけどね」
 そこで一瞬、酒粕をそのままワイルドに齧るセンダンを想像する。
「いやいやまさか。幾らなんでも」
 閏はぶるぶると顔を振り、それでも隠し場所はやっぱりちゃんと考えようと思うのだった。



 閏が出ていった部屋で、センダンはぼんやりと胡坐をかいていた。
 こうやって起こされるのはいつものことだ。他の者なら問答無用で殴っていたかもしれないが、閏のことだけは諦めている。
 弱虫で、すぐ泣く癖に、変なところで頑固者。
 勝手に後をついてきてはああだこうだと説教臭くつき纏う。
「だが、飯が旨い」
 それが全てに勝った。
 ぼんやりした頭で、台所から聞こえる物音を拾う。
 米を研ぐ音はとうに済んで、火を起こす気配、それから菜を切る音。
 センダンはゆっくりと立ち上がり、のそのそと部屋を出た。

 センダンが台所に行ったからといって、手伝えることは何もない。
 飯が早く炊ける訳でもない。
 だが他になにもすることがないので、上り框に腰かけて、コマネズミのように立ち働く閏の姿をぼんやりと眺める。
「もう少し寝ててもいいんですよ」
「お前が叩き起こしたんだろ、何言ってんだ」
 のっそりと立ち上がり、土間に降りる。センダンより頭一つ小さな閏の後ろに立ち、手元を見下ろす。
「……なんです?」
「……別に」
 そう言いつつ、閏が右の釜の様子を身に行けば右に、左のまな板の前に立てば左に、うろうろとついて行く。
 やがて米の炊きあがる、甘く暖かな匂いが立ち昇ってきた。
「ああ、ちょうどいい具合に炊けましたよ」
 杓文字で返しながら、閏が嬉しそうに笑う。
「お前の飯の炊きあがりがマズかったことなんかないだろうが」
 センダンは事実を述べただけだ。だが閏は目を見張りそれから何故か涙ぐんだ。
「……おにぎり、もうすぐですからね」

 ほかほかと湯気を立てる飯を、水と塩をちょいと付けた手に乗せて、閏はリズミカルに握り飯を作る。
 具を入れないシンプルな塩むすびだ。だが閏はこれが一番のご馳走だと思っている。
 持って崩れず、齧りつくとほろりと粒のこぼれる握り飯は、身体も心も気持ち良く満たしてくれる。
「と、これでよし。次は……」
 お皿に綺麗に並んだ握り飯を満足そうに眺め、閏は肩辺りで広げた両手をぶらぶらさせた。その手を不意に固い腕がつかみ、ひとさし指が柔らかく暖かい、湿り気のあるものに包みこまれる。
(えっ……!)
 見なくてもわかる。閏の指についた飯粒を、センダンが丁寧に一粒ずつ啄んでいるのだ。
 閏はかっと顔が熱くなるのを感じた。
「もったいねぇだろう」
 口をパクパクさせるだけ、閏は言葉を出すこともできないでいるのに、センダンはお構いなしに全ての指から飯粒を拭い去るまで手を離さなかった。

 おにぎりに雑煮がわりの汁物を添えて。
 運ぶことと、布団を片付けてお膳を出すことだけはセンダンも手伝った。
「さあ、お待たせしました。沢山食べてくださいね」
 二人は揃って、日当たりのいい部屋でお膳を囲む。
 センダンはどんどんおにぎりを平らげる。その食べっぷりが余りに見事で、閏は思わず嬉しくなってしまう。
 そしてときどき思い出したように、自分も少しずつおにぎりを齧る。
 今日も塩むすびは絶妙の出来栄えだった。
「ところで」
 半分ほどを胃袋に収め、お茶を飲んで、センダンがようやく一息ついた。
「なんです?」
「お前、今日は何しに来たんだよ」
「ああ!」
 閏はおにぎりをひとまずお皿に置いて、膳から少し離れて居住まいを正す。
 それから丁寧に頭を下げた。
「あけましておめでとうございます」
 センダンが目を丸くした。今日がお正月だということを見事に忘れていたのである。
「……あー……」
 寝て起きて、飯を食って。その繰り返しに過ぎない日々。
 けれどそんな日々にはいつも、律儀で、煩くて、おせっかい焼きの旧友がいた。
「どうぞ今年も宜しくお願いしますね」
「おう……まあ、よろしく」
 センダンはわずかに視線を逸らし、ぼそりと呟いた。


「今年もいい年になりそうですねえ」
「旨い飯がたらふく食える年だったら文句はねぇ」
「そうですね……ああそうだ、甘酒も作りましょうか。折角のお正月ですし」
「……おう。飯を食ってからな。閏、お前あんまり食ってないだろう」

 膳を囲んでいつも通りに、穏やかに過ぎる日々。
 それでも少しの驚きと、少しの喜びに彩られた、大切な日々。
 今年も相変わらずだったと言えるような、そんな時間を共に過ごして行けるように。
 一年はいつも通りに始まるのだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka5673 / 閏 / 男 / 34 / 鬼 / 符術師】
【ka5722 / センダン / 男 / 34 / 鬼 / 舞刀士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせしました、穏やかなお正月の光景をお届します。
東方のご出身とのことで、舞台は少し古い時代の日本の家をイメージして執筆しました。
元々のPC様の設定と大きく逸れていないようでしたら幸いです。
この度のご依頼、どうも有難うございました。
初日の出パーティノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2016年01月25日

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