▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『お菓子の誘惑 』
ファルス・ティレイラ3733

 ファルス・ティレイラの手には本があった。とある豪邸に現れたモンスターを退治する依頼をこなした際に、お礼としてプレゼントされた本であった。
『手作りお菓子の作り方』と表紙に書いてあり、見た目は本屋で売っていそうなほど平凡だった。
 しかしその本は、本の中の世界に潜り込める魔法の本だという。
「さっそく試してみないとね!」
 好奇心旺盛なティレイラはさっそく試してみることにした。
 両手で本を持ち、目を閉じて教えられた呪文を唱えた。
 呪文を唱え終わると本が大きく光りだし、ティレイラの全身を包んだ。

◆■◆

 目を開いたティレイラは嬉しくて声を上げた。
 バター香るビスケットで出来た石畳に、ピンクや黒のキャンディーの街頭、生クリームたっぷりの二段ショートケーキの側面には窓や扉があって人が出入りしており建物のようだった。
 見える物すべてがお菓子で出来ていた。
 吸い込む空気は、ティレイラの心をときめかすには十分すぎるほど、とろけるように甘かった。
 ティレイラは嬉しくなって、翼を生やして飛びながら散策することにした。
「やあ! かわいいお嬢さん。今朝収穫したばかりのフルーツを使ったタルトはいかが?」
「自慢のチーズケーキと牛乳、食べてっておくれ」
「こっちには生チョコレートがあるよ!」
 行く先々でティレイラはお菓子の世界の住人に声をかけられ、手作りお菓子をプレゼントされた。ティレイラは勧められるがまま喜んで食べた。不思議と、口の中では噛めば噛むほど美味しさは広がるのに、喉を通ればまったくお腹にたまらなかった。だからか、ケーキでもクッキーでもアイスでも、甘い物をいつも以上に食べることができた。
 ある程度食べてから不思議そうにしているティレイラに、お菓子を勧める住人たちは口をそろえて言った。
「大丈夫。ここは本の中、現実じゃない。いくら食べても太らないよ」
「さぁ、食べて、食べて!」
「もっと凄くて美味しいお菓子をティレイラのために作ったんだ! 特別な場所を用意したよ。行こう!」
 口元についたザッハトルテのチョコを拭いていたティレイラは『もっと美味しい』『ティレイラのため』『特別』といった単語を聞いて、とても嬉しくなった。
 何の疑いもなく手招きする住民に付いていった。

■◆■

 そこは他の建物と同じお菓子で出来ていたが、格が違った。
 巨大な館のようだったが、壁はすべてビスケットがレンガ積みされ、ガラスのように透き通った飴細工が施された窓は美しく、ティレイラのために開かれた扉には紅色の薔薇の装飾。よく見ると飴だったが、美しく可憐な姿は本物のようだった。
「ここにあるお菓子はみんな、住民の手作り菓子と違って、ちゃんとした職人が作っているのよ。ようこそ、ティレイラ。待っていたわ、さあ早く」
 ティレイラのように長い黒髪の赤い瞳をした館の女主人が優しく笑顔で迎えた。サッとティレイラの背中へ回り、「早くおいで」と言いながら背中を押し、館の中へ連れて行った。
 館に入ると暗く長い廊下が続いていた。床に敷かれた赤い絨毯を挟むように像が飾られていた。苺のショートケーキ、タルト、パイ、プリン――。お菓子単体の像もあれば、お菓子を持った女性の像もあった。ケーキと少女が混ざり合ったような奇妙な像もある。
 ティレイラは女主人に手を引かれて前へ進んでいたが、どこか後ろ髪引かれるような、心は前に進んではいなかった。女主人の冷たい手から伝わる感覚は、優しい笑顔の裏側に悪魔のような、魔族のようなものがいる気がしていた。今は害がなくとも、無事に館を出ることができるのか、本から現実に戻ることができるのか。先ほどまでとは違い、心が不安になっていっていた。
「さあ、ティレイラのために特別なお菓子を用意したわ。さっきのお菓子よりもっと美味しいからね」
 廊下を抜けると、目が眩むほど光が差し込む明るい部屋へ案内された。広い部屋の中央に長方形の長机があり、その上に零れ落ちそうなほどお菓子が置かれていた。
「はい、あーん」
 圧倒されているティレイラの不意をつくように、女主人はひと匙のケーキを食べさせた。
 アップルパイだったが、極上のバターと希少小麦を丁寧に混ぜ込んで作られたサクサクのパイ生地にシナモンが効いた林檎の旨味が口にいっぱいに広がり、とても美味しかった。その美味しさはティレイラの不安を消し去るようだった。
「す、すごく美味しい! こんな美味しいお菓子を食べてもいいんですか?」
「うふふ。もっと美味しいお菓子があるわよ、さあ」
 ティレイラは椅子に座り、机の上にあるお菓子をよく見てみた。言葉の通り、先ほどのお菓子とは比べ物にならないほどの職人技が光るお菓子が並んでいた。上等で上品なお菓子の数々は口にすればするほど、口がとろけ、胸が躍るような感覚がし、ティレイラの気分は上昇していった。何品か食べた後のティレイラは、新しく届けられた出来立てのお菓子に歓声を上げながら、上機嫌でお菓子を頬張っていた。
 そんな様子を笑顔で眺めていた女主人はティレイラが上機嫌になったのを確認すると、口を開いた。
「……ティレイラ。実は魔法のようなお菓子があるんだけど……こっちにおいで」
 別室の扉を少し開けた女主人はティレイラに手招きしていた。出されたお菓子の虜になっていたティレイラは女主人に誘われるがまま別室へ入っていった。

◆■◆

 ティレイラの腕に絡みついた粘液は蜂蜜のようにとろとろと滴り、生温かく肌に張り付いていた。粘液が指先のように丸く尖り、ティレイラの腕を辿って顎をひと撫でした。
「は、離してぇ……」
 ティレイラが別室に入ってすぐ、女主人の姿はなく、代わりに女主人の身長くらいある魔法液がティレイラに襲いかかっていた。とろとろした粘液はティレイラの腕や腰を離さない。優しく愛でるようにティレイラの身体をじわじわ包み込んでいった。
 ティレイラは抵抗しようにも、お菓子の心地よい甘い香りでとろけた心を切り替えることができず、また腕や腰を生温かく包み込まれ動きが取りづらく、粘液のなすがままにされていた。
「あぁ……ティレイラ、なんて可愛いの」
 ティレイラの耳元で火照った囁きが聞こえた。女主人の声だった。この声が聞こえるとティレイラの足に力が入らなくなっていった。声に魅力の魔力が込められているかのようだった。
「うぅ……」
「あぁ、その苺のような唇、マシュマロのような頬っぺた……お菓子のように食べるのはもったいない。あぁあ……いつまでも私の傍にいてほしいぃぃいいい」
 ティレイラは甘い香りと心地良さで全身の力が抜けていき、夢心地のまま意識を失った。それでもなお、女主人はティレイラの身体を弄んでいた。
 やがてティレイラの身体は蜜でコーティングされたような光沢になり、魔法で出来上がった像となった。そして他の像と同様、廊下に並べられた。
 抵抗した際に伸ばした掌の上に、女主人はティレイラが嬉しそうに食べていたケーキを置いた。
「いつまでも、このお菓子たちのように愛していくからね」
PCシチュエーションノベル(シングル) -
大木あいす クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年01月25日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.