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『 とどめるものは 』
蒼聖ka1739)&朱殷ka1359


 いつもの通り、突然に。
 年越しの準備で忙しい里に、ふらりと朱殷が帰って来た。
 里は龍を憑かせるという部族の人々が住んでいる。久しぶりに戻った同胞を見て、それぞれが通りすがりに声をかける。
「やあ朱殷、帰って来たのか」
「今夜は酒宴だな」
 赤毛の大男は軽く手を振って挨拶に応えた。
「今日はちょっと用があって戻っただけでな。すまぬ」
 そこで朱殷の金色の目は、驚いたように自分を見つめる懐かしい顔を捉える。
「蒼聖。久しいな、息災だったか」
「朱殷こそ」
 穏やかに微笑む蒼聖の顔を見ると、朱殷の中に「戻って来た」という実感がわいてくる。里に留まり続けるのは性にあわず、気の向くままに外を出歩く朱殷だが、やはり里は特別な場所であった。
 何かと気の利く性質の蒼聖は、相変わらず里の皆を手伝っているらしい。ことに男手の足りない家を見つけては、なにかと面倒をみてやっているようだ。
 その証拠に、今もなにやら板きれだの大工道具だのを抱えている。

「相変わらず忙しそうだな」
 豪快に笑う朱殷だが、蒼聖はどこかさみしげな風情だ。
「お前こそ。折角帰って来たというのに、またすぐに里を出ていくのか。もう年の瀬だというのに」
「ああ……そうか」
 朱殷は立った今気がついたという表情になる。
 行事ごとなど気にしない生活で、冬が来て寒くなったという意識はあるが、新年の祝い事などには思い至らなかったのだ。
 なるほど、どうりで里もどこか落ちつかない様子だ。
 朱殷は暫く考え、なんの気なしに呟いた。
「そうだな。思い出したついでと言ってはなんだが、正月には戻ろう」
「本当か?」
 蒼聖の顔がぱっと明るくなった。
「それならば酒に合う料理を作っておこう。お前はどこかで美味い酒を見つくろってきてくれ」
 もう蒼聖の頭の中には色々なご馳走が並んでいるようだ。
 朱殷も釣られて、いかつい顔をほころばせる。
「うむ、それならば酒は任せよ」
 再開を約して、暫しの別れとなった。


 それからの蒼聖は忙しかった。
 年の瀬のこと、里での仕事は山のようにある。その合間を縫って街へ買い出しに行き、山鳥や野兎を探して森へ狩りに行く。
 だがそれも全て楽しい仕事だ。
「朱殷は肉が好きだが、旅の間は干し肉が多かろうしな」
 肉をさばき、味噌や麹に漬け込み、煮たり焼いたりあれこれ趣向を凝らす。
 大晦日の夜までかかって、蒼聖はとっておきの重箱にいっぱいのお節料理を作り上げた。
 そして約束通り、朱殷は戻って来たのだ。


 元旦はうららかな良い天気となった。
 夜中まで立ち働いていた蒼聖だったが、まだ暗いうちから起き出して山から顔を出した初春の太陽を拝む。
 今年は特別に良い年になりそうな気がした。

 だが案の定というべきか。同じように太陽を仰ぐ里人の中に、朱殷の姿はない。
 蒼聖は苦笑いを浮かべつつ、まあこういうところに出て来る朱殷ではないとも納得する。
 それでも太陽が中空に上がる頃になっては、さすがの蒼聖も待ちきれなくなった。
「やれやれ。放っておくと夜宴になってしまうな」
 風呂敷に包んだ大きな重箱を提げて、朱殷のねぐらに向かう。
 親しき仲にも礼儀あり。一応、家の前で声をかけてみるが、返事はない。
 里の中で襲われる心配はないのか、そもそも朱殷が襲われることを警戒していないのか、扉には閂もかかっておらず、蒼聖はそのまま中へ入る。
「おい朱殷。いないのか」
 そう言いながら部屋を覗くと、朱殷はまだ布団を被って眠っていた。
 蒼聖は呆れつつも、何処か安心する。
 ぐっすり昼まで高いびきを決め込むほどに、朱殷にとってここは安心できる場所なのだ。
 ――いつか他に気に入った場所ができて、もう戻って来ないのではないか。
 そんな不安も、気持ち良さそうな寝顔が拭い去ってくれる。

 蒼聖は朱殷の顔を覗き込みつつ、枕元に座りこむ。
「おい朱殷。もう昼だぞ」
「……」
 瞼がぴくぴくと動いたが、起きる様子はない。
 蒼聖はついに手を伸ばして、布団の上からかるく揺すってみた。
「俺の正月に付き合ってくれるのではなかったのか?」
「……ああ……」
 これでようやく朱殷が薄目を開いた。
「ああ……蒼聖。また随分と早いな」
 ふわあと欠伸をしながら、それでも布団の上に起き上がる。
 他の者なら無視するか、蹴り飛ばすかしかねないが、相手が昔馴染みの蒼聖であればこれでも素直に従っているほうなのだ。
「早いものか。もう半日が過ぎたぞ」
「なに、その分だけ冬は夜が長いからな」
 朱殷は燃えるような赤い髪を掻きながら、からからと笑った。


 ささやかな宴席が始まった。
「まずは互いに無事で新年を迎えられたことに」
 蒼聖が酒を満たした酒杯を手にする。
「そうだな。無事でなければ酒も飲めん」
 朱殷も同じように杯を掲げる。
「乾杯」
「乾杯」
 朱塗りの杯の中、芳しい香りを立てる酒を同時に飲み干す。
 正月らしい、きりりとした清々しい辛みが喉を焼きながら胃の腑へと滑り落ちていく。
「……さすがの見立て。いい酒だ」
 ほうと息をつき、蒼聖が言った。
「吟味した酒もお前が相手ならば一層美味い」
 朱殷はそう嘯いて、笑いながら徳利を傾けて蒼聖の杯に酒を満たす。
「待て待て。飲んでばかりは身体に毒だ。それにせっかく作ったのだ、少しは箸をつけてくれないか」
 杯を傍らに置き、蒼聖はいそいそと重箱を開く。
 縁起物なども添えて、目にも鮮やかな料理が並んだ。
「これは豪華だな。相変わらずまめなことだ」
 早速箸を取り上げた朱殷は、嬉しそうに好物の肉をつまむと口に運んだ。
「うむ、旨い。それに酒に合う」
 それからは食べては飲み、飲んでは食べ。

 その合間に蒼聖はぽつりぽつりと朱殷が不在の間の里の話などを語る。
 どこそこの家に子供が生まれたこと。
 どこそこの家では戦に出た主人が怪我をしたこと。
 それからこのご馳走を作るために、山で多少は苦労したこと。
 そんな他愛のない話を、朱殷は頷きながら聞いていた。
 蒼聖はふと、年の瀬に朱殷が見たときと同じ、どこかさみしげな翳を浮かべた。
「……はは。お前には少し、狭すぎる世界の話だったかもな」
 困ったように杯に視線を落とし、その困ったことを飲み干すように杯を煽る。
 朱殷は何も言わなかった。
 何も言わないままに、また手を伸ばして蒼聖の杯に酒を注ぐ。


 蒼聖には朱殷の性分がよくわかっている。
 一箇所にずっといられないことも、狭い世界の狭い人間関係に縛られることを好まないことも。
 そして自由闊達に生きるのが朱殷らしいとも思っている。
 地に足をつけて生きる蒼聖には、とても真似できないことだ。
 だから蒼聖は自分の役割を、朱殷の帰る場所を里に守ることと決めたのだ。
 いつ気まぐれを起こしても「おかえり」と言える存在であると――。

 杯を重ねるうちに、いつしか重箱の中身は消えてなくなり、酒も残り少なくなっていた。
「ああ、良い酒の酔いは心地が良いな」
 謡うようにそう言って、蒼聖は外の景色を眺めた。
 いつしか空は灰色に塗りつぶされ、寒々とした冬の景色が広がっている。
 蒼聖は立ちつくす枯れ木が、ひとりで過ごす自分のようだと思った。

「叶うなら、来年の正月もこうして過ごしたいな」
 それは心からのひとりごと。
 朱殷は残り少ない酒を惜しむように杯を口に運び、同じように外の景色を見ていた。
「さて、な。為らば来年まで離してくれるなよ」
 冗談めかして零す言葉に思わず蒼聖が振り向く。だが。
「降って来たか」
 朱殷の言葉に釣られてまた空を見上げると、鳥の羽根のように、無数の白い物がはらはらと降り落ちてきた。
「お前が珍しいことを言うから、ほら。雪も降り籠めてお前を留まらせようとしているぞ」
「……ならば仕方がない。もう少し付き合え」
 朱殷が立ち上がり、別の酒瓶を取りに行った。

 己の思うがままに生き、思うがままに世を彷徨う。
 朱殷がそうしていられるのは、ここに戻るべき場所があるからだ。
 里を遠く離れてひとり眠る夜も、暗い心を照らす月があれば侘しさも覚えず。
 勝手な言い草だが、鳥が飛んで行くのは、いつか戻る巣があればこそ。
 戻ればいつもそこに、穏やかな銀の瞳が待っている。

「離し難きは、私の方か」


 雪は果たして、誰の願いに降り積もる。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1739 / 蒼聖 / 男 / 38 / 人間(クリムゾンウェスト) / 霊闘士】
【ka0028 / 朱殷 / 男 / 38 / 人間(クリムゾンウェスト) / 霊闘士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、元旦のささやかな酒宴の一幕になります。
台詞等は少しアレンジさせて頂きましたが、イメージを大きく損なっていないようでしたら幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました。
初日の出パーティノベル -
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ファナティックブラッド
2016年01月27日

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