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『鬼も笑う 』
加倉 一臣ja5823


 12月。
 カレンダーに、赤いマルと浮かれた書き込み。
「あー、そっか。今日は……」
 モーニングコーヒーを片手に、加倉 一臣は一人呟いた。


「というわけで、ツレが同級生と飲み会なんですよ。こちらも、たまにゃサシでゆっくり飲みません?」
 事情を話すと、通話先から明るい笑い声が返ってきた。
『はは、そりゃ良いな。……うん? 加倉とサシって初めてか?』
「キャッ なんだか照れちゃう」
 それなりに長い付き合いなのになー?
 一臣の冗談にサラッと乗って返すのは筧 鷹政、学園卒業生でフリーランスの事務所を構えている。
『俺も空いてるからいいよ、どうする? そっち行こうか。俺のとこで宅飲みでも良いけど』
「隠れ家的な和風居酒屋ってのもいいですよね。後片付けいらない」
『それな』
「でも、たまには一人でお邪魔するってのも捨てがたいんですよね。ちなみに手土産には、塩辛やイカわさび漬けの完全つまみセットあたりが用意できるんですけど」
『家に来い』
「早い」




 なんの変哲もないワンルームマンション。
 『筧撃退士事務所』のドアを開ければ、自力改装で二階仕様の事務所と住居になっている。
「おっじゃまっしまーす」
「どーぞ。ちょうど、依頼先から日本酒貰ってさぁー」
 出迎えた赤毛の男は実に上機嫌である。
「ぬる燗でお願いします」
「フッ。出汁巻玉子くらいは作っておいたぜ。あと、もうすぐでピザ届くー」
「……筧さん、本気で飲む顔ですね」
 事務所へ入り、三歩進み、一臣は笑顔のまま止まる。
「…………飲むつもりですね?」
「今日くらい。今日くらいな!!!」
 机の上に山と積まれた書類。
 12月はお偉方のイベントが多いから護衛依頼が多くて仕事が多いのは嬉しいけど書類も増えて一人って大変ですよね!!
「1月下旬から本気出す……?」
「筧さん……」
「そういえば、そっちはどうなの? きちんとまとめてる?」
「確定申告ですか、領収書は月別にまとめてます☆」
※記帳してるとは言ってない


 寝て起きるだけといった住居スペースは、事務所と対照的にこざっぱりとしている。
「あ。この映画、俺観たなー。面白かったですよね」
「マジで? 昨日借りて来たばっかりでさ。オチは言うなよ」
「えーー」
 テレビの傍らに積んであるのはレンタルDVD。アクション、感動大作、ホラーとジャンルに一貫性が無い。
「あ、じゃあコレは? 俺も未だ観てないんで!」
「スパイものかー。飲みながらにはちょうどいいかもね」
 スリルのあるBGMを回して、飲み会スタート。

「あれ? 今の展開、どういう意味?」
「だからー、さっきの女性がワナだったんですって」
「ウソ え あれ?」
「……筧さん、一人で事務所やってて大丈夫ですか、なんかトラップに引っかかったりしてませんかー?」
「現物支給の事か!!」
「まさに今」
 映画を見ながらダラダラ飲みかと思ったら、涙酒だったらしい。
「いや、依頼主のお嬢さんが酒屋の一人娘さんだっていってね、お父さんが天魔に襲われちゃって店を畳むしかないからってことでね」
「人情話ですねぇ」
 空いた猪口に酒を注ぎながら一臣は話を聞く。
 一人で切り盛りする撃退士事務所に舞い込む仕事は、学園の斡旋所とはまた違った切り口だ。
「なけなしの、お父さんが遺してくれたお酒だからって、それはそれは健気だったわけよ」
 一人とはいえ、撃退士の雇用なんて一升瓶何本分になるかわからない。
 それでも娘の未来を思えば、鷹政はこの一本だけでいいと言ったのだ。
「まさか、有名ソムリエと婚約が決まってたとか思いませんよね。思い切り玉の輿でしたよね!!」
 金持ちと結婚したからといって、その財産が彼女のものになるわけでもないので。と言い聞かせて納得することに必死な最近であった。
「……涙拭いてよ」
「わさび漬けが染みるぜ……」




「あ。そういや、俺、誕生月なんですよ。何かください!」
 きり。
 適度に酔いが回って来たところで、一臣が唐突に切り出す。
「そーいや、そっか。目出度いよな、12月。よっし、特別に二階にある」
「書類以外。書類以外で」
「じゃあ……クリスマスツリーとか」
「なんで」
 書類以外、何もないというの。
「冗談だけどさ。えー、なんだろ。あげられるようなものってあったかなぁ」
「気持ちで良いんですってば」
「だけど、押しつけがましいのは嫌じゃない? せっかくのプレゼントなのに好みに合わなくて使ってもらえないのも悲しいし」
 案外と、鷹政は真面目に考え込んでいる。
「あー、わかるかも」
「姉貴なんかさー。誕生日プレゼント開くなり『コレ持ってる』ですよ。『あ、交換してきますね』しか言えなかったよ」
「筧さん、涙拭いてよ……」
 本日、何度目かのやり取りである。


 映画が大団円を迎える頃、つまみも切れはじめ。あり合わせで何か作ると一臣がキッチンに立ち、その間に鷹政は事務所へと上がっていった。
「――で、こういうのどうだろ。古いかな」
 ややあって戻ってきた鷹政が、テーブルに広げたのは。
「ウォレットチェーンですか」
「加倉、シルバーアクセ好きだよな。まあ、つけ過ぎてゴテゴテになるのも重いけど」
 古いけれど、よく手入れのされているものが三本。
「あげるよ、どれか一つ」
「!? いやいやいやいや」
 古いけれど安物じゃない、手入れを欠かさない程度に大事にしていることくらいは解かる。
「今日という日の記念も兼ねて? それから三十路直前おめでとう」
「うわああああああ」
「加倉、涙拭けよ……」
 越えてしまえば楽だって、偉い人が言ってた。




 さすがに泊まるわけにはいかない、最終電車が出る前にお開きとなる。
「はー、面白かった。ごちそうさまでした。それに、これも」
「こちらこそ。なんか良い具合に使ってやって」
 一臣が選んだのは、細身のチェーンだった。細工が軽やかで、何にでも合わせやすそうだ。
「いつかダブルデートしてみます?」
「いいねぇ。秋口には、俺も一息つけるかな」
「戦場でダブルデートの方が早い系……?」
「かもしれない」
 仕事があるのは有り難い。そういって鷹政は笑う。
「まずは、年明けの運試し! おみくじ楽しみです」
「大事な行事な!」
 気が付けば、何年連続で彼らと新年をすごしているだろう。
「皆にも、よろしく伝えて。そう遠くないうちに、俺も学園に顔出すからさ」
「書類整理依頼が斡旋所に並ばないことを祈ってますね」
「ほんとそれ」


 これまでのこと、これからのこと。
 語りはじめれば止まることを知らなくて、もう少しもう少しと引き伸ばしてしまうけれど、別れの時間はもうすぐそこ。
 鬼も笑うような未来の話も、きっとそう遠くない。

「今日は、遊びに来てくれてありがとな。また今度、ゆっくりしにおいで」
「是非」
 握手を交わし、また明日。日出ずる、その先へ。



【鬼も笑う 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja5823/ 加倉 一臣 / 男 /28歳/ インフィルトレイター】
【jz0077/ 筧 鷹政  / 男 /30歳/ 阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
まったりサシ飲み、雑談でしかないノベルとなりました……お届けいたします★
楽しんでいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2016年01月28日

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