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『Serenade〜揺り籠〜 』
斉凛ja6571


 血濡れの詩を口ずさもう。



 ――貴方に首を絞められて、
 ――わたくしは貴方を撃ち抜いた。



 痛みも、悦びも、全てが愛おしく。



 ――毒蛇の舌が捕らえたのは、赫い赫いエデンの林檎?
 ――いいえ。
 ――捕まったのは、わたくしの血。



 息を吸うように奪ってきた。
 髪を梳くように呑んだのは――貴方の甘い香り。



 脳裏も心理も突き刺して。
 あの日に告げたあの瞬間、甘酸っぱい“様式美”な紅い輪曲を今一度――。



「ご主人様に出逢わなければ、わたくしがこの感情(きもち)を知ることはなかったのですわ」



 赤薔薇の花弁が視界で咲いた。

 しかし、鼻腔に流れてくるのは薔薇の香りとは程多い錆の気配。小柄な身は弾かれた小石の如く弄ばれて、土埃が彼女の真白なメイド服を不快に撫でた。

「――立ちなさい。それとも、髪を引っぱり上げて立たせて欲しいのかい?」

 ゴクリ。
 地に伏せたまま、渇いた喉が血の混じる空気を飲む。

 ――ああ、ご主人様。

「凛君?
 全く、悪い子だ。いいかい? 俺を試そうだなんて……」

 従事の狭間にある感情が、鈍色の火が灯し歩くように近付いてくる“宵の桜”に身震いしてしまいそうで。





「――死ぬまで早いよ?」

 わたくしを戒めて。





 ガゥン!!

 彼女の――斉凛(ja6571)の愛銃が咆哮を発した。
 白い枯れ木が並ぶ冬の雑木林な世界に響き渡るのは、貪欲な鳴き声。

 続けて、二発目。
 三発、四発――と。スカートの裾を翻しながら後退する凛が、目前に位置する彼の追撃を防ぐ。酷薄な微笑を口元に浮かべて弾道を先読みしていた彼――藤宮 流架(jz0111)は、妖に鈍光を放つ日本刀を手に、切っ先低く、微動せず。

 迫るような緑玉の瞳は、凛を求めていた。

「ねぇ、どういうつもりかな?」

 まるで、寝違えた首の痛みが取れないような仕草で。

「俺を怒らせて、楽しい?」

 左手で首筋を押さえた流架が、声にならない笑いを呼気で発した。
 ――無性に泣き出したくなるのは何故だろうか。凛は息を詰め、身体に不釣り合いな狙撃銃を構えながら寂とした眼差しを彼へ。

「――ご主人様。わたくし、あの時より強くなれたでしょうか?」

 時は、過去の黄昏な山頂から現在(いま)へ移り。処は、流架の実家である骨董品店「春霞」の裏手。その二つが重なった理由(わけ)は――凛の残存なる祈り。

 また、あの時みたいに殺し合い致しましょ?

 だからどうか、分かって。
 視て。
 感じて。
 わたくしの――罰を。

 流架は一度、瞬きをしただけであった。
 凛の長い睫毛が切なげに揺れる。呼吸をすることすら憚れるような緊迫感の中、一呼吸置いた流架が溜息をついて前髪を乱暴に掻き上げた。

「質問に、質問で返さないでおくれ。主導権を握っているのは俺だよ。“今”も――“これから”も、ね」

 あ、と思った時にはもう遅かった。
 凛の頬はカッと紅潮し、えも言われぬ高揚が心を束縛する。反面、羞恥心のせいだろうか、身体が反応して“主”の視線から顔を伏せてしまいたくなった。だが、

「もう一度だけ、聞くよ?」

 ――故、“次”はない。

「教師の俺ではなく、昔の俺を怒らせようとしたのは――何故?」

 意識の熱が波打った。
 流架の姿が朧となり、凛の銃口は目標へ向け左右に短く微動する。逃がさない。紅玉の瞳に捉えたのは、貴方の姿形だけではない――。思想の残滓を余りなく拾い、貴方の心を理解したいから。

 ガゥン! ガゥン!

 凛は、影のない予測地点へ発砲。
 一つは弾かれ、一つは紙一重でかわされる空気を感じだ。外れてはいない。寧ろ、当たりだ。

「(ご主人様、あの戦いは必要でしたのよ。それによってわたくしは――、っ!?)」

 不意打ちであった。

 いや、不意打ちにさせられてしまった。
 眼帯で隠されていない瞳へ、揺らぎを映したつもりはなかったというのに。気配か。それとも、彼の“本質”が、凛の“性質”を既に暴いていたからなのであろうか。

 彼が見せた、真正面からの大胆な詰めに惑わされてしまった。
 凛は抵抗する瞬もなく間合いを突破され、端整な流架の面が凛の表情を逃さない。――これでは、逆だ。

「くっ……!」

 形振り構わずの体勢で発砲する凛。
 しかし。乾いた一発の銃声音は虚空へ消え、与えられたのは心地良い罵詈雑言。

「――程度の低い攻撃はおやめ。





 それで俺をヤれると思ってんのか? あぁん?」

 乱暴に掴まれた銃身は左手で払いのけられ、凛から視認した右下方から柄頭が襲ってきた。

「あ、んぅ!!」

 右の脇腹を容赦なく抉られる。
 呼吸を遮断されたあの時のように、圧迫されるような激痛に身悶えそうになった。そのまま、頭(こうべ)を垂らした凛の身体は流架の回し蹴りで吹き飛ばされる。
 
 意識のない判断で銃身を盾にしたが、その威力は強烈で。

「はっ、……ぅ……!!」

 大木が撓るのではないかという衝撃で背中を打ち据えられた。
 身体が痛みを憶え、アドレナリンが溢れる。落とした腰と脳髄が軋み続けて痺れているような違和感の中、此方へ近づいてくる彼の気配は凛にとって絶対的で。

「――ご、主人……様……」

 そろり。
 陶器のような白い肌が、口の端を伝う朱で濡れた。
 構わない。
 求め、伸ばした腕が、どうか――と。

「わたくし、は……わたくし達は……歪み続けたままで、いいのですわ……」
「――何?」
「どうか、……どうか……お赦しになって差し上げて。ご自身のことを」

 あの日、あの瞬間、舞い散った純然なる殺意。
 彼は殺そうとした。彼は殺しかけた。凛を含めた、大切な教え子達を。洗脳されたのは理由、結果は変わらない。彼なら、流架なら――そう言うだろう。
 分かっていた。
 だから、敢然と貴方の罪悪感に立ち向かい、

「――受け容れますわ。ご主人様のお心も、全て」

 しかし、畏れた。一介のメイドが主に対して恐れ多いのではないか、と。
 ――。
 俯きそうになる顎を、刀身の反りでとられた。
 視線が結ばれたまま、暫く沈黙が流れる。己の真意を問われているような羞恥と、甘い容貌の色香が凛を純に狂わせた。

 微動する瞳が凛を凝視している。
 その目を見つめ返して、凛はひっそりと胸の内を告げ続けた。

「お心の痛みに打たれないで下さいませ。ご主人様が“危惧”する天秤は、わたくしが――……わたくしの心が満たしますわ。もう二度と、傾かせません。



 どうかわたくしを、」

 言葉にすると、何故か切なさで胸が軋んだ。

「信じて下さいませ」

 ――。

 流架は睫毛を緩やかに一度閉ざす。
 そして、声を呑む気配。

「君は、欲張りだな……」

 語りかけと共に睫毛を持ち上げると、凛が夢路を辿るような心地の面で流架の次の言葉を待っていた。赤薔薇の雫を宿した瞳が、うっとりと細まる。

「……俺には負けるがね」

 殆ど、声にならなかった。
 微かな愁眉で息を漏らすように囁くと、流架は刀身を引いて凛の掌に自分の温もりを添える。そして、彼女の傍らへ膝をついた。

「馬鹿な子だ」

 掛けた言葉とは裏腹に、流架の目元が弛む。

「命じてもいない気遣いをするものではないよ」

 四本の指の背で、凛の頬から目尻をさらりと撫でた。身体の芯から甘く震えだしそうになるのを堪えながら、「いいえ……」と、凛は小声で口にする。

「それが、ご主人様に仕えるメイドなのですわ」

 ――伝えたかった。
 貴方の心は、主の唯一である“メイド”が慰めるべきことであるのだと。

「――まあ、ご主人様。手の甲に傷が……」
「やや? ああ、小枝が掠めたかな。君の状態に比べたら大したことではないよ。舐めとけば治る」
「いえ、小さな傷もきちんと消毒を――」
「じゃあ、君がして?」

 重ねていた掌を反して、「はい」――凛へ寄せた。
 声もなく、凛は小さく口を開く。なんという切り返しをするのだろう、この人は。読めない。――読みたく、ない。ご褒美は、知りたくない。

「あっ、……もっ、勿論なのです、わ……!」

 首を伸ばし、形の良い唇が細波を宿しながら流架の手の甲へ――、





「なんてね?」

 すぃ、と。
 触れたのは吐息。離れたのは温もり。
 呆気にとられる凛の視界で、流架はいつもの穏やかな表情で小さく笑って眉を浮かせた。

「はぅ……ず、狡いですわ、ご主人様ぁ……」
「そうだよ、先生は狡いんだ。君は厄介な人間を主にしてしまったね。ふふ、諦めなさい」

 感情が雪崩のように止めどなく滑り落ちていくようで。

 平素に、どことなく浮世離れ。
 巧妙に“表”を淡い薫りで隠して、そのまま己ごと攫ってしまう――。彼は平素に、危うい。

 目尻を朱で染めながら、凛は口を手元で押し当てた。息を吐くように忍びない声が唇から零れる。

「その危うさでもって……ご主人様は“意識”なく、“自分以外の人間”だけにお優しいのですね」
「優しい? 俺が?」
「ええ。――ご主人様、最初から分かっていらしたのではないですか? わたくしの真意を」
「……何のことかな?」
「わたくしの力に合わせて“エスコート”して下さったのですね。“感情”も、名目というだけの“勝負”も――」

 身に受けた痛みは真であっても、全ての箇所が急所から外れているのは勿論――後(のち)の今、痛みが浅くなっているのだ。
 流架は暫し、じっと凛を見つめると、薄い笑みを浮かべて腰をあげた。

「さあ、先生は知らないな」

 言葉を置いて、くるり。
 背を向ける流架の姿がどこか遠くに感じて、凛は焦る気持ちを抑えられなかった。急いで立ちあがろうとする。

「――っ」

 直後、凛は小さな声を発して膝からぺたんとへたり込んだ。
 右の足首。
 大木を背にした時――受け姿勢に違和感を覚えていた凛であったが、どうやら払拭が不可能であったようだ。「(情けないですわ……)」と、凛の表情が翳る。

 流架が振り返る。

「見せなさい」
「い、いえ、大したことではありませんわ」
「それは俺が決めることだ」

 片膝をついて、流架は凛の足に触れた。
 眉を顰めた案じ顔は、教師のそれ。だが、凛の鼓動は沸騰した気泡のようだった。

「ん、捻挫のようだね。俺の家で冷やそう。おいで」
「あっ――」

 視線が一気に上昇する。
 ふわりと持ち上がったのは凛の身体。流架の両の腕がしっかりと彼女を捉え、丁寧に己の胸元へ寄せる。所謂――。

「(おっ……お姫様抱っこ……!!)」
「家はすぐそこだが、君を歩かせるわけにはいかないからね。失礼するよ」

 わたくし飛べます。
 そんな言葉は釘バットでホームラン。星になれ。

「あっ、ぅ、……ご、ご主人様……その、ここまでしていただいて……わたくし、申し訳ないですわ」
「あ、そう? ――じゃあ自分で、」
「Σやっ、いやっ! いやですわ! このままで!」

 ――。
 暫し見つめ合う。やにわに、流架がくすりと笑った。

「いいよ。凛君がそう言うなら」

 やられた、と直感する。
 彼の真意を測る前に到着する結果がいつもコレで。

 だが、何一つ悔しいことはない。
 何故なら――、















「わたくしのご主人様ですもの」


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja6571 / 斉凛 / 女 / 13 / 貴方のメリー〈maiden〉ゴーランド】
【jz0111 / 藤宮 流架 / 男 / 26 / 君のフェス〈宵桜〉ティバル】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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愁水です。
平素よりお世話になっております。

ご希望のえしゅえm……ゴホンゴホン!――は、如何でしたでしょうか?(
物理的な感じよりも言葉寄りになってしまいましたが、お気に召して頂ければ幸いです。サービスショットはお姫様抱っこからのアングル、ということでご容赦願えれば……!

此度のご依頼、誠にありがとうございました。PC様のお心に少しでもお応え出来ていれば嬉しい限りです。
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エリュシオン
2016年02月01日

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