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『 はつはるの舞、若葉の末 』
都外川 透子aa0347)&邦衛 八宏aa0046


 透明なガラスのような青い空に、刷毛で刷いたような薄い雲。
 光の欠片が混じっているような空気を胸いっぱいに吸い込んで、都外川 透子は「ああ、やっぱり違う」と思う。
 京の街は、建物や通る人の顔ぶれが変わっても、長い年月に育まれた独特のたたずまいを保っている。
 ぐるりと囲む山のせいだろうか。吹き抜ける乾いた風は何処か清浄で、晴れ晴れとした心地になれる。
 透子にとっては身体の隅々まで馴染んだ、懐かしい空気だ。

 それが元旦の空気となればまた格別だった。
 いつもと同じ空気なのに、まるで洗い上げられたような清々しさ。
「ええお正月やわぁ」
 ふふっと笑い、並んで歩く邦衛 八宏を見上げた。
「ああ」
 従兄の八宏の口数が少ないのはいつものことだ。透子は大振袖の袖を口元に当てて小さく笑う。その仕草は年齢の割に、妙に艶めいて見えた。

 二人の姓は違うが、辿れば同じ邦衛の家に連なる。
 邦衛の家業は古い時代から葬儀屋だった。年中無休が原則の仕事だが、さすがに元旦には彼らの仕事もほぼ休みである。
 そこで本家では、新年の挨拶には親戚一同が集まり顔を合わせる決まりになっていた。
 その為に八宏と透子もそろって帰省したのだが、皆が集まる前に少し時間をもらい、初詣に出かけることにしたのだ。
 透子は幼い頃に芸の才を買われて茶屋に養女に出されている。それだけに振袖の着付け方もどこか粋で、自然と身体に馴染んでいた。襟の抜き方にしても、裾の捌き方にしても、皮膚の一部のように自然なのである。
 八宏はといえば、いつも通りの黒いスーツ姿だった。艶やかな振袖の若い娘と、黒服の長身の男が並んでいると、まるで令嬢とその護衛役のようではある。
「ここは昔のまんまやわぁ」
 透子が神社の鳥居を見上げて声を上げた。
 昔、といっても、透子の年から考えればいかほどだろうか。
 八宏は内心そう思って可笑しくなったが、いつもの通りに表情は何の感情も浮かべていない。
 それは元からの性格のためでもあったし、彼の生い立ちのためでもあった。



 鳥居を超えると、空気が一層きりりと引き締まる。
 それほど大きくはないが由緒正しい神社で、参拝に訪れるのは地元の人間が多い。
 そろって本殿の前に立ち、手を合わせる。
 深く一礼して踵を返し、透子が八宏の顔を見上げた。
「うちはお稽古事……芸の上達、お願いしたのえ。おにぃちゃんは?」
「……そういう物はな、あんまり人に喋るもんやない」
 八宏の言葉にも、普段は出てこない故郷の訛りが混じる。
「ほな、当ててみましょか? 商売繁盛……は、お願いしたらあかんにゃなぁ」
 鈴を転がすような澄んだ声で透子が笑い、本殿の脇にある社務所を示した。
「ああ、おみくじひかへん?」
 八宏の腕を引くようにして、連れ立って行く。
 木製の古びた籤入れを持ち上げ、読み取りにくい番号を伝えて細長い紙を受け取る。
「吉、てどうなんやろねぇ?」
 透子が複雑な表情で首を傾げた。八宏は透子の頭越しに手元を覗く。
「精進すればよし、なら、願い事にはいい結果やろ」
「それもそうやねぇ。おにぃちゃんは?」
「……」
 つい、と、八宏の手からおみくじを抜き取り、透子は目を見張った。
「大吉やて! ええねぇ、おにぃちゃん」
「大吉は、後は下がるだけや」
 別にひねている訳ではなく、これでも透子を気遣っているのだ。
 透子には八宏の気持ちがよく分かっていた。
 普段が多弁な方ではないので、上手いフォローができないだけで、八宏はいつも自分に優しい。
「そんなことあらへんよ。お守り代わりに持ってたらえぇ。うちは神さんにお返しして、もう一度拝んでくるわねぇ」
 そう言っておみくじを結ぶ縄を見ると、既に透子の届く高さにはびっしりと白い紙が結び付けられている。
「ひとさまのをどかすのも、なんやきずつないわぁ」
 溜息をついてそう漏らす透子の手からおみくじがするりと抜ける。
「……一番上に結んでおこか」
 八宏は一番高い所に、しっかりと透子のおみくじを結び付けてくれた。
「おおきに。神さんによう見てもらえそうやわぁ」
 それから揃ってまた本殿に拝礼し、神社を出た。

 少し歩くと、賑やかな通りに出る。古い店にはお正月らしく、きちんと戸を立てて静かに閉めているところもあったが、初詣の客目当てに開いている店も多い。
「ちょっと土産物を見たいんやけど」
 八宏が京都らしい、細々とした雑貨を並べた店の前で足を止めた。
 透子は目を丸くして、面白そうに店と八宏を見比べた。
「珍し。おにぃちゃんがこないなとこ寄らはるやなんて」
「煩いのを置いてきたからなぁ」
 それぞれに英雄を残しての帰省だった。確かに彼らにとってはこういった品は珍しいだろう。
「……ああ、そうやねぇ」
 透子の表情に、ほんの少しだけ我儘で意地悪な、少女特有の棘がうかぶ。
 幼いころから親しんでいるおにぃちゃんに透子よりも近い存在があることは、本当のところ余り面白いことではない。
 そのせいもあって、わざと八宏から離れて、店の別の一角へ足を向けた。
「ほな、うちはこれでも。一人で心細ぉしとるやろから」
 張り子の狐面を取り上げ、ひっくり返したりして眺める透子。

 それを横目で見ながら、今度は八宏が僅かに眉を寄せた。
 透子の英雄がどうやら異性らしいというので、まるで年頃の娘を持つ父親のような不快感が拭えないのだ。
 透子は顔の横に面を並べ、僅かに首を傾げた。
「そのうちおにぃちゃんとは、ちゃんと顔ぉあわせて欲しぃわぁ」
 八宏は無言のまま、その面と、自分の英雄が喜びそうな綺麗な砂糖菓子の詰め合わせを持って、勘定を済ませる。
「あら。えぇの?」
「……お年玉」
「まあまあ、おおきに」
 嬉しそうに受け取る透子は、普段より幼く見える。それは八宏の前で見せる、年相応の顔なのだった。
 


 本家に戻った二人を、親戚一同が待ち構えていた。
「お久しゅうおす」
 透子がしとやかに座り、手をついて挨拶する。八宏も儀礼は弁えているので、きちんと頭を下げた。
 それぞれが、やれ立派になっただの、綺麗になっただのと、賑やかに話しかけて来る。エージェントになって故郷を離れている二人を、皆が心配しているのだ。
 あらたまった挨拶を終えた後、座敷では膳を並べて宴会が始まる。
 一同が酒を酌み交わし、ご馳走をいただく。
 八宏も酌を受け、酌を返し、次第に表情が柔らかくなっていく。
 いい具合に酔いが回った頃に誰かが言い出した。
「せっかくやし、透子ちゃんひとさし舞うてんか」
「せやせや。こんな機会、滅多にあらへんえ」
 透子は頭を軽く下げて承諾する。
「……そやし、まだ舞妓見習いやさかい、堪忍な」

 座敷の上手に、場所が開けられる。
 扇を手にした透子が、そこに静々と進み出てきた。
 ついさっきまでころころと笑い、「おにぃちゃん」に甘えていた少女の姿は一変していた。皆の視線が透子に注がれ、ぴぃんと座敷の空気までが張り詰める。
 親戚の中で三味線の心得のあるもの、唄の心得のあるものが、初春のめでたさを歌い上げる小唄をあわせた。
 その前で透子は堂々と舞った。
 袖をつまむ指も、返す扇も、正に初春の清浄な光そのもの。
 だがそれだけではない、何かしら得体のしれない力が、少女の形を取っているような不思議な舞だった。

 舞い終えると、ほう、と一同から溜息が洩れた。
「いやえぇ仕込みやなあ」
「しもたなぁ、外に出さへんかったらよかったなぁ」
 透子はそのような声を、慣れた様子で穏やかな笑みと共に受け流す。
 去り際に、八宏と視線を合わせた。
「……天女さんと見紛うたわ」
 口数の少ない八宏には、精一杯の、だが心からの称賛だった。
「……へぇ。お目だるおした」
 他の誰にも見せなかった、花がほころぶような微笑みが透子の顔にうかぶ。


 透子の舞に潜むものは、八宏にも、この場にいる一族にも宿る。
 強さの程度はあるものの、受け継がれてきた血の中には、確かに宿業とでも呼ぶべきものがある。
 透子の舞姿に目を奪われながらも、誰もが心の奥底で繋がり、それを感じている。
 舞は、透子自身の、そして皆の業をも昇華させていくのかもしれない。
 だからこそ一族には一層愛おしい。
 若い芽は皆の願いを受けてすくすくと伸び、葉を広げ、いつか美しい花を咲かせるだろう。
 ――八宏自身はどうだ?
 昇華させることができるのか。手懐けることができるのか。

 八宏はひとまずそれを焼いて宥めるかのように、杯に満たした酒を飲み干した。
 


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa0347 / 都外川 透子 / 女 / 14 / 人間】
【aa0046 / 邦衛 八宏 / 男 / 28 / 人間】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、お正月の一幕をお届け致します。
京都の新年の、独特な空気感が出せていましたら幸いです。
尚、リンクブレイブでの設定上、何か不具合がありましたら申し訳ありません。
この度のご依頼、どうもありがとうございました。
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2016年02月01日

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