『いつか来る夜明け 』

ファーフナー（jb7826）

●
　一生、此処から抜け出せない。
　夜という檻に、自分の生は閉じ込められている。
　そう考えていた。



●
　日本人の掌返しの早さは、ある意味で見習うべきなのか。
　ハロウィーンを終えた途端にクリスマス一色、からの新年一色。
　目まぐるしく街の色は変わってゆき、人々は疑問も抱かずそれに乗る。
　買い出しに街へ出たファーフナーは、街路樹の傍らのベンチへ腰を下ろし、何を見るでなく人々の流れを眺めた。
　冬の日の陽射しは、冷たい空気の中に微かなぬくもりを散らす。
「あっ　ファーフナー！」
　と、そこへ。
　ベンチの後ろ側から、元気のいい少年の声が彼の名を呼んだ。
「ファーフナーも買い物か？　キグウだなっ」
　ニッと人懐こく笑うのは、少年堕天使のラシャ。戦闘任務で命を助けて以降、彼に懐いていた。
「……そんなところだ。お前のそれは」
　背もたれに手を掛け覗きこんでくる少年を、ファーフナーは振り返る。
「へへっ、ノート！　最近、書くことが増えてきたからな」
　人界知らずの少年は、学んだことをノートに書き留めて大切にしているそうだ。
「学園の購買のは、すぐに痛むんだよナ……。色んな店で探すのも楽しい」
　白のブルゾンに濃紺のボディバッグを合わせた姿はイマドキの若者となんら変わりなく、ずいぶんと人界に慣れたものだと感じさせるが……まだまだか。
「この世界は、楽しいな。発見することがイッパイだ」
　ファーフナーの隣に座り、少年は足を伸ばした。
　外見こそ成長期だが、少年に流れる時間は『人』より随分とゆっくりであることをファーフナーは知っている。
　昨年のクリスマスと体格は変わっていない。幾つかの戦いを経て、顔つきだけ少し大人びたろうか。
　ノートは、何冊になっただろう。
　ノートが埋まり、冊数が増え、経験や想い出が増えるほど、彼はこの世界にしっかりと根を張っていくのだろう。
　……いつかは、もう一つの故郷と感じるようになるのだろうか。
「努力しているんだな」
「そうじゃないと、生きていけないだろ。オレは、コレからもこの世界で生きていくんだから」
「…………」
　『この世界』において、天使とは悪魔とはどういった存在か。
　人間へ協力的な者も増えてきたとはいえ、『異質、孤立、疎外』といった風当たりは新しい場所へ行くたびに吹きつける。
（それでも、自らの意思で此処で生き、学んでいくことを選ぶのか）
「ファーフナーは、ニホンジンじゃないんだよな？　ニホンへ来た時、何か驚いたことはあったか？」
　男の思考は、少年の素朴な疑問で中断された。
「日本か。……そうだな」
　アメリカ・シカゴで育ったファーフナーにとって、日本の風習には驚きしかない。
（俺は、ラシャのような思いをもって日本を知ろうと思っていなかったな）
　生まれこそ人界だが。何処にも行き場はない、心休まる時はない、影と影の間を縫って生きてきた。
　神なんていないし、祈りなんて無駄だ。そう考えて来たが……
「ラシャ。もしも予定が無ければ、年明けに初詣でも行くか」
「ハツモウデ？」

　日本には、八百万の神が居るという。
　驚きというなら、それが最たるものだろう。日本の神は多すぎる。



●
　元旦を過ぎ、混雑のピークを越えたとある神社。
　石段の下で、ファーフナーは少年を待つ。
（人混みなんて、うっとおしいとしか感じなかったが……）
　その中に待ち人が居るだろうかと思えば、少しだけ印象が変わる。
　神への祈りもそうだ。
　『神は居ない』とファーフナーは信じていても、『祈るという文化』を知ること自体は、この地に住む人々への理解に繋がる。
（……文化、か）
　シカゴに居た時だって、考えたことが無かった。
　否、久遠ヶ原へ来てから考えるようになった、だろうか。

　――今からでも間に合うだろうか。
　――遅くはないだろうか。

　今までとは違う思いをもって、この国での暮らしを始めてみようか。
　人混みから、こちらに向けて振る両手だけが飛び出していることに気づき、ファーフナーは待ち人のもとへ向かった。



●
　長い石段。質素な鳥居。冷たい手水舎。氷の張った池。
　破魔矢やお札、お守りを手に行き交う人々。
　境内では獅子舞が子供の頭を齧っている。
「！！？　人が襲われてる！」
「違う。あれは獅子舞と言って、子供の健康や学業成就を願うものだ」
　飛び出そうとしたラシャの手首をファーフナーが掴んで止める。
「……噛まれてるのに？」
「噛まれることで、効果がある――と言われている。真偽は知らんが、そう信じているんだろう」
「へぇええええ……」
　一瞬、どこのディアボロかサーバントかと思った。
　凶悪な獅子の面構えにラシャはそう零すが、
「よくよく見ると、なんだか可愛いな」
「……そうか？」
「動きも面白い。こんなの、どこの神社でもやってるのか……」
　理解はできなくても、少年は『そういうもの』と受け入れる。
（こういうところだろうか）
　疑い疑われ、人を欺き生きてきたファーフナーに、無いもの。もしかしたらあったかもしれないが、失って久しいもの。
　壁を作らず、何でも素直に吸収する少年の姿を見ているだけで、ファーフナーにも少しだけ世界が色づいて感じられた。


　最後の鳥居をくぐると、行列の向こうに拝殿が見える。
「アレは知ってる、狛犬！！」
「その向こうが拝殿だ、参拝の仕方は予習してきたか？」
「……くず鉄？」
　産廃ではなく。

　鈴を鳴らして柏手を打つ。
　目を伏せ祈るは、一年の息災や己への誓い。
（たとえ神が居なくても）
　何やら長々とお祈りをしている隣の小さな気配に、僅か口元を緩めながらファーフナーは思う。
（無駄では、ないのだろう）
　この少年の幸せを願うことや、自分自身の意識に決意を刻むこと。
　誰に話すでなく、そっと胸の裡で語ること。
　一年という始まりに、こうした時間を過ごすこと。
　なるほど、日本の文化も悪くはない。



●
　帰りは、寄り道をせずに。ここまでが風習のうち。
「ファーフナーは、何を願った？」
　大吉と書かれたおみくじを大切にブルゾンのポケットへしまいながら、ラシャは訊ねる。
「秘密だ」
「ケチー。……まあ、あんまり大声で話すことでもナイのか。だから神様にお祈り、なのか」
「そういうことだ」
　天使だ悪魔だと化け物が日常を脅かすようになっても、人々の習慣に根付いた信仰が廃れることはなかった。
「ニンゲンはたくましい」
　幸せそうに行き交う人々を、ラシャは振り返った。
　守っていきたいな。そう呟いて。
（……なんだろうな）
　無垢ゆえの強さなのか。眩しさなのか。ファーフナーは目を細め、ラシャを見下ろす。
「えーと。今年もヨロシクお願いします？」
「こちらこそ」
　たどたどしい新年のあいさつを交わし、銀髪の男と金髪の少年は、肩を並べて人混みの中に消えていった。


　抜け出せない夜の檻。
　その向こう側が、ほんの少しだけ明るくなり始めているような気持を抱いて。
　何かが、何処かが、少しずつ変わり始めている。
　変わろうと思うことができる。
　そんな、眩しい気持ちと共に。




【いつか来る夜明け　了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb7826／　ファーフナー　／　男　／５２歳／　呪われしもの】
【jz0324／　　ラシャ　　／　男　／１４歳／　羅刹の堕天使】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました！
前回のクリスマスから一年、今年は初詣風景をお届けいたします。
何かが変わっていきそうな、決意と予感の始まり。
お楽しみいただけましたら幸いです。

初日の出パーティノベル

佐嶋　ちよみ

エリュシオン

2016年02月02日