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『意外とあっさり諸々の伝手が付いた後の話。 』
黒・冥月2778)&ノイン(NPC5488)

 瞼を開けると、見覚えのある天井が視界に入る。窓の外から陽が射し込んでいる事にもすぐに気付いた――それまで自分の意識が無かった事にも気が付いた。…いや、意識が無かったと言うより。

 私は、眠っていた訳で。
 そう自覚しつつ、黒冥月は今、自分が居る場所を――そして同時に現在時刻も認識し、起床する。

 ここは私の利用しているセーフハウスの一つ。
 今は朝で、目覚めたところ。それだけの事…である筈なのだが。

 …何だか夢見が悪かった、気がした。

 否、悪いと言う程の事でも無かったか。ただ、何やら妙な夢を見ていた気がする。…あの血の繋がらない姉妹が、私への態度が原因での他愛無い喧嘩をしている変な夢。恐らくは今自分がしている事が――手掛けている『仕事』が原因かとは薄々思う。…大した事では無いが…そのせいか、何だか寝覚めが良くない。
 少し顔を顰めつつ、ひとまずシャワーでも浴びるか、と起きたそのままシャワールームに向かう事をする。…余談ながら、私は就寝時には何も着ていない。眠る時にまで着衣と言うのはどうにも馴染まない――ついでに、朝のシャワー時にわざわざ服を脱ぐ手間が省けるとも言う。

 まぁ、夢見によっては、起きてすぐ気分転換の一つもしたくなるものだしな。



(――…そこではないどこかでのこと。

 例えるならば縺れた糸が一度すっきりと解かれて、また丁寧に編み直されたような感覚。時間の概念も意識の概念も――自己と他者、意識の区別すらも色々とあやふやな中、ふと懐かしい標になるような気配がした気がして、そちらへと意識が向かった。向かった先にあったのは、感じた通りに懐かしい気配を持つ勝気な『彼女』。…では、あるけれど、その気配が在る場所として何だかおかしいんじゃないかと言う気も同時にした――…ああ、この気配の渦巻き方は『呪物使いのあの人』が良く来るって言う出版社だったんじゃないか、と遅れて思い至る。
 ある意味「業界誌」として虚無の境界もそれなりに注目している『月刊アトラス』の編集部が入っているそこ。そもそも、あの『呪物使いのお兄さん』が僕にとっての懐かしい気配――…『彼女』をそこに呼び出したような気すらした。…その事自体が、あまり無い事でもある。

 それから。

『彼女』や『お兄さん』とは少し逸れたところで、『量産型霊鬼兵No.9の肉体』を最終的に破壊した、恩人の一人と言っていい『ただの影』と名乗った人も居た気がした。少し独特な印象の人だったから、その気配も何となくわかる気がする。
 場に在る気配と気配の接触や重なり方、その流れからして――…どうやら懐かしい『彼女』の気配も、大元を辿れば恩人のその『影と名乗った人』に呼ばれて来たのかな、と思える感じもあった。
『恩人の人』と『呪物使いのお兄さん』も、『彼女』が現れる前の時点で何やら話をしていたようだったし。

 いったい、何だろう、と思う…――)



 シャワーを止めて、軽く息を吐く。…さて。と気分を切り替えつつ、シャワールームを出てバスタオルを取る。身に残る滴を拭きながら、次に取るべき行動を思案。
 今私が手掛けている『仕事』について。ひとまず一気に話は進んだが…後は全て相手の連絡待ちになってしまったな、と思う。他の術者を下手に探せば情報が拡散する危険もあるし、この辺りでひとまず様子を見た方がいい段階だろう。現時点で手応えとしては悪くない。…いや、良過ぎて却って拍子抜けするような感すらあるか。その事自体も、一応、懸念要素として頭に置いてはおくべきかもしれない。いい事があれば悪い事もある。その逆も然り。順調であればこそ、そうでなくなった時の為に気を引き締めていた方がいい。

 …とは言え、それで今、何をするべきと言う事も無く。

 肌に貼り付く長い髪のタオルドライを行いつつ、つらつらと思考を廻らせる。次に取るべき行動――これ程一気に話が進むとは思っていなかったので、今日の予定は特に何も入れていなかった。

 なら、そうだな。

 …あの二人に感化された訳では無いが。

 私も“あの人”に会って来るかな。



(――…『彼女』と話していたと思ったら。

 今度は『呪物使いのお兄さん』の方と『月刊アトラス』の編集部が入っている建物から出て――かと思ったら大して経たない内に、今度は一人で建物に戻って来て。

 その建物の廊下で。『量産型霊鬼兵No.9』の――『ノイン』の、『僕』の恩人である『影』と名乗ったその人は、何やら少し上の方を――中空を見上げていて。

 そちらに向かって、何やら、話し掛けていた。
 …誰も、居ないのに。
 少し不機嫌そうな感じで、面倒だとでも言いたげな溜息。…何か、少し怒って見せているような。
 文句を言っているのかもしれない。

 誰に?

 …『僕』に?

 何の根拠も無いけれど、何となくそう思った。…いや、根拠ならあるかもしれない。『彼女』と『恩人の人』がここで顔を合わせていた事自体が、「それ」なのだけれど。根拠と言うには薄弱かもしれない。でも、二人が顔を合わせた時の――その時の雰囲気が。『僕の死に目』のあの別れ方の後になる筈なのに――それにしては、『彼女』の様子がとても柔らかかったから。
『僕』自身は『この人』の事を恩人だと感じているけれど、『あの時のあの状況』では、『彼女』の方はまずそう受け取ってくれるとは思っていないから。なのに今ここでこの二人が顔を合わせて、『彼女』は『僕』が想像していたより、『恩人の人』にずっと優しい受け答えをしているようだった事に軽く驚いて。それどころか、強がりの中に何処か気安さすら見えた気すらして。
『僕』なりに、どうしたらこの二人の間で、そんな風になれるかの状況を考えて。

 何か、『僕』の事を――それも、「『彼女』がそれを信じられる」事を前提とした、『僕』が「戻る」話をしていたのかもしれない、と自然と頭に浮かぶ。
 それで、中空に向かって話し掛けていた「あれ」は、何か、『僕』に対しての文句でも言っていたのかもしれない。

 そんな気がした…――)



 墓参りとなれば、花の一束も用意はする。

 誰にも邪魔をされないだろう人気の無い山奥。見晴らしの良い場所――であるのはせめてもの慰みでもあるか。
 ここが、あの人の眠る場所。
 場所が場所であるから少し足が遠退いていたが、それでも標の一つも無いその場所を忘れる事は無い。

 用意した花を置く。
 久しぶりの、逢瀬。

 …暫し、想いを廻らせる。



(――…もし、『あの二人』が話していた事が、『僕』が思った通りの事であったなら。

 待たせてしまっている事を改めて思い知る。でも、あの様子だと。何かしら、『僕』の為にと『彼女』らの方でも動いてくれているのかもしれない、とも思う。

 何だか、申し訳無さも浮かんでくる。
 そう思い付いてしまったら、気だけが急くが――急くのも、良くない。
 …却って、事態が悪化しかねないのもわかっているから。

 今は、『僕』は、『僕』として――『ノイン』として自己を認識しておく事がまず第一に必要な事。…気を抜くと、意識の境目があやふやになりかねないのが今の状態。依って宿るべき場所や、他者に認識して貰える頼りが殆ど無いから、「自分」の気持ちだけで『僕』と言う意識を形成しなければならない状態になる。
 気持ちが余計な方向に逸れてしまうと、肝心の「そこ」のところが少々危うくなりかねない。

 …『僕』はどうして「ここ」に来たのだったっけ。
 懐かしい『彼女』の気配に惹かれてもあったのかもしれない。けれど、それだけじゃなかった気がした。
 …ああそうだ。
『彼女』の気配を見付けて、惹かれたのが切っ掛けではあったのだと思う。でも、それだけが理由じゃない。ここに来て初めて、今の『僕』が誰かに見られている気がした、のが一番の理由だったかもしれない。
 その「見ていた誰か」が、『呪物使いのお兄さん』。
 元々、大した面識は無い相手だったのだけれど…それでも一応、知っている人だった事に少し驚いた。でも、『僕』が誰であるのかまでは――多分、『僕』だとまでは気付かれてなかったんじゃないかな、と思う。…でもそれでも、他者に認識して貰えるだけでも『僕』の形成には助けになるから。
 だから、『僕』は暫くこの付近に居る事にしたんだったっけ。

『呪物使いのお兄さん』は、月刊アトラスの出版社に居るだけじゃなくて、『彼女』と個別に会っている時もあった。そちらは『僕』にとっても見覚えがある気がする場所――虚無の境界が秘密裏に使っている施設の何処かだったんじゃないかと思う。はっきり認識は出来ないけれど、何となくそれっぽい気配が渦巻いている気がした。…色々あやふやなのがもどかしい。でも、もどかしいと思える意識が――思い出したい、はっきりさせたい、わかりたいと望める意識が、また『僕』が『僕』である事を認識する力にもなるから、それもそれでいいのだとは思う。
 …思えるけれど、もどかしい。

『この二人』もまた、何かの話をしている…のだと思う。『彼女』の様子が、さっき『恩人の人』と話した時と同じような感じの気がした。一見強がってるみたいだけど、その実では何だか、凄く険が取れていて。
 でも、『恩人の人』の時とは違って、『呪物使いのお兄さん』相手だと何処か緊張している感じもした。
 したが。

『呪物使いのお兄さん』が、そんな『彼女』の頭にこっそり手を伸ばして、さりげなく、何か引っ張るような仕草をしていて。

 ?

 …今、こっそり髪の毛一本抜いた…のかな?
 そんな気がした。
 それから、『呪物使いのお兄さん』はまた、何となくこっちを見た気がした。…さっき、引っ張るような仕草を見せた指先を、小さく振るようにして見せて。
 結局、『彼女』は「それ」には気付いていないようで。
『彼女』の方は、一拍置いてから――今の『呪物使いのお兄さん』がした一連の行為とは全然関係無さそうな感じで、また話し始めて。『呪物使いのお兄さん』の方は、やっぱりさりげなく『彼女』からさっきの指先を――そこに抓んでいるものも隠していて。

『呪物使いのお兄さん』は『僕』に何か伝えようとしているのかな? と言う気はした。
 でも、今のがどういう事なのか、何をしているのか、『僕』の意識の中ではまだ具体的な像が結び付かない。

 もう少し、様子を見ていてみよう…――)



 伝えたい事はたくさんある。
 あるけれど、声高に多くを語る事も無い、とも思う。
 私と貴方の間なら。
 今ここでこうやって、逢えさえすれば、それで。

 だから。
 今の仕事の――ノインの事を念頭に置いて、この場で眠る貴方への言葉を紡ぐ事にする。
 他愛無い、世間話みたいな報告を。

「貴方も何処かで私を見ててくれてるのかしら」

 ふと、そう思う。
 あの仙人らしい妙な男が言っていたように、魂だけの状態で、ノインがあの場に「居た」と言うのなら。
 …「ここ」に居るだけじゃなくて、貴方も何処かで。

 でも。

「蘇らせようとしたら貴方はきっと怒るわよね」

 すぐ、そうも思う。
 今はもう、怒りと悲しみと――復讐心に駆られたあの時程の激しい苦しみは、さすがに続いてはいない。…でも、少しだけ、ほろ苦い。

「貴方を助けてはあげられなかったけれど…あの子たちの望みは叶えてあげられるように頑張るわ」

 罪滅ぼしと言う訳でも無いけれど。
 重ねてしまった…訳でも無いけれど。

 あの子たちの場合は、初めから、事情が違うから。初めから、理の外側に居る子たち――死を経る事を前提とした約束なんて真似。命を弄んでいると言うなら生み出されたその時から。その「弄ばれていた命」からの脱却…とでも言えそうな意味を持つ今回のノインの件。
 それもまた――「不自然」ではあるのだろうけれど。それでも。
 ただ純粋に、望んで、望まれての事であるならば。

 叶えてあげたい、と思う事は、悪い事では、無い筈だ。

 …そうよね? と貴方に同意を求めてもみる。
 微笑んで首肯して貰えた気が、した。

 そのままで、暫し時を忘れて過ごす。吹き抜ける風が、心地好い。
 と、山奥と言う豊かな自然の中で、不意に場違いな電子音が響き渡った――自分自身から。携帯に着信。殆ど自動的に携帯を取り出し、液晶表示で相手を確認――探偵からと確認し、すぐに通話に出る。
 伝えられたのは、ノインの素体の「姪」の方と会う算段が付いたとの報告。
 了解した旨を伝えて、すぐに通話を切る。

 それから、再び貴方が眠る場所を見る。…離れるのも名残惜しい気がするけれど、そろそろ街に戻る頃合い。
 貴方との逢瀬は、今はこれまで。

 …また、来るわね。

【探偵さんからの電話を受けて束の間の逢瀬から現実へ。さて、お次は】
PCシチュエーションノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2016年02月03日

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