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『 SilentじゃないけどHolly-night 』
ザラーム・シャムス・カダルja7518)&カーディス=キャットフィールドja7927


 その日は、ある瞬間までのザラーム・シャムス・カダルにとって、ありふれた、いつも通りの日でしかなかった。
 つまり暇を持て余し、なにか退屈を紛らわせることでもないかと思いつつベッドに寝転がり、けれどきっとこのまま夜になってお腹がすいて、食事を済ませてまたベッドに戻る、それで終わる一日だ。
 それでもそんな一日は幸せだ。
 大きく伸びをしてから、ごそごそと愛用の枕やクッションを心地よい位置に置き直していると、頭の上のほうから着信音が鳴り響いた。

「……誰じゃ、我が安寧を邪魔する輩は」
 ふわあと欠伸を一つ、のろのろと手を伸ばしてスマホを取り上げたザラームは、表示された名前に思わず跳ね起きる。
 別に相手から見える訳でもないのに、なぜかベッドの上で正座して背筋を伸ばして着信ボタンを押した。
「あー……もしもし?」
『突然お電話してすみません、今よろしかったですか?』
 少し他人行儀名程にきちんとした、カーディス=キャットフィールドらしい切り出し方だった。
 いつもどおりの穏やかな笑みを浮かべているのだろう。その顔を想像して、ザラームの口元にも微かな笑みが浮かぶ。
「ああ、問題ないのじゃよ。なにかあったのか?」
『実はですね、今日はアルバイトだったんですけれど。ザラームさん、ケーキはお好きだったりしますでしょうか?』
「ケーキ……?」

 カーディスの言葉の前後の繋がりがわからず、ザラームは首を傾げた。
「食わぬではないが」
『ああよかった! もしよろしかったらですけれど、余ったケーキがありまして。一緒に食べませんか?』
 ようやくザラームにも経緯がわかった。
「ああそれならば我が部屋に来ると良いのじゃ」
『有難うございます! 少し買い物してから伺いますから』
 そして電話が切れた。

「ケーキか……それにしてもあやつのアルバイト先というのは、随分と気前が良いようじゃ」
 ザラームはそう言って、ふとスマホの画面に目をやった。
 そこには時刻と共に日付が表示されている。
「……今日はクリスマスイブではないか」
 ザラームはようやく理解した。
 余ったケーキとはそういうことか!
「こうしてはいられぬのじゃ。何か、準備を……!」
 だが寝ることに特化した部屋は、少し物をどければそれなりに片付いてしまう。
 一応コロコロを床に走らせお掃除のまねごとをしてみたが、家事スキルに大いに難のあるザラームのこと、それ以上余計なことはしない方が良さそうだった。
「そうだ、イブといえばケーキだけというわけにもいかぬじゃろうに。カーディスに電話を……」
 はっと気付く。カーディスは「買い物してから」と言ったではないか。
「……カーディスの事じゃ、そこを見過ごすような迂闊なことはすまいな」
 ザラームは突然、髪を掻き毟りながらそこらじゅう走り回りたいような気分になった。
「……っ、あー、そうじゃ、酒! 酒は幾らあっても構わんじゃろぅ、酒を調達して来るぞ!!」
 いつも眠そうにベッドに寝転んでいるザラームが、脱兎の勢いで駆け出して行った。



 辺りが暗くなる頃、カーディスがやってきた。
 両手にいっぱいの荷物を器用に抱えて、ザラームの部屋のドアの前で丁寧に挨拶する。
「突然押し掛けてしまって本当にすみません。あ、これ、ケーキです!」
「ああ、うむ。何もないところじゃがまぁ入るが良い」
 ザラームは大きなケーキの箱を受け取り、カーディスを招き入れた。
 その目の前で、不幸な事故が起きてしまった。
「お邪魔いたしま……ウッ!」

 ガン。

 長身のカーディスが扉の上の枠に派手に額をぶつけ、その場にうずくまる。
 ザラームは暫くの間、あっけに取られてそれを見ていた。
「おい。大事ないか」
「へ、平気、なのです……慣れておりますから」
 額を赤くして笑って見せるカーディスを見ているうちに、大変だと思いながらもザラームは笑ってしまう。
「……おぬし、案外と間抜けじゃのぅ。少し冷やすと良いのじゃ」
「うう……すみません」
 よろよろと部屋に入ったカーディスは荷物をテーブルに置いて、濡らしたタオルを受け取る。

 少し騒がしい始まりになったが、気を取り直して準備を始める。
 買い込んだチキンにサラダを並べ、カーディスはチーズやハムを乗せたカナッペを用意していく。
 ザラームは言われたとおりに皿を並べながら、楽しそうなカーディスを見て小さく笑った。
(まだ額が赤いのじゃ……)
 テーブルの真ん中には立派なケーキ。赤くて可愛いサンタのろうそくがちょこんと乗っている。
「さ、火をつけますよー! ザラームさん、電気を消してくださいな」
「よし」
 カーディスはケーキの上のろうそくの他にも、大きな金色のろうそくを何本か買い込んでいた。それに火をつけると、部屋が暖かく優しい光に満たされる。
 それから向かい合って座り、スパークリングワインを注いだグラスを合わせた。
「メリークリスマスですよ、ザラームさん」
「メリークリスマスじゃな、カーディス」
 かちん。
 涼やかな音が響く。

 クリスマスイブのご馳走は素晴らしかった。
 カーディスのチョイスが的確だったのはもちろんだが、食事の相手も理由の一つだ。
 ザラーム自身はその意味を本当に理解していた訳ではないが、心地よくまわっていく酔いにかなり油断していたことは間違いない。
 グラス越しに見える、カーディスの顔。いつも愛用している猫のきぐるみ姿では見られない、生真面目でやさしい緑の瞳がザラームに微笑みかける。
「おやもう1本空いてしまいましたね。もう1本ぐらいは大丈夫でしょうか」
 カーディスは新しい瓶を取り上げ、ソムリエナイフを器用に扱い栓を開ける。
 その白い指をぼんやりと見つめながら、ザラームはぼそりと呟いた。
「おぬし、誰か好きな相手はおらぬのか」

 その瞬間。
 ポンと軽快な音が響き、コルクの栓が宙を飛ぶ。
「上手く抜けまたのですよ! さあどうぞザラームさん」
 嬉しそうに、そしてちょっと得意そうにニコニコしながら、カーディスは泡をたてる飲み物をグラスに注いでくれた。
「ああ……うむ」
「あれ、どうなさったんですか? もしかして酔いましたか? 少しお顔が赤いですよ」
「な、なんでもないのじゃ! ほれ返杯じゃ、おぬしも飲め!!」
 ザラームにはわかっていた。
 別に返答を誤魔化した訳でも何でもなく、カーディスはこういう男なのだ……。
「そういえばさっき、なにかおっしゃってませんでしたか?」
 グラスを差し出しながら、カーディスが小首を傾げた。
 憎たらしい程の天然ぶりだ。だからザラームは、少し困らせてみたくなったのだ。
「いや。今日はクリスマスイブじゃろう?」
「そうですね?」
 カーディスは相変わらずニコニコしている。
「そんな日にお家デートに持ち込むとは、カーディスもやるのぅと思ってな」
 ふふん、と笑って、ザラームはグラス越しに流し眼を送ってみせた。
「え? おうちでーと……?」

 次の瞬間、カーディスは額だけではなく、顔から白い首筋まで真っ赤になっていた。
「そ、そんなつもりはなかったのですーー! 私は、ただ、ケーキをザラームさんと頂きたいと思って!! し、信じてください!!」
 何を言っても言葉がむなしく漂って行く。
 カーディスもようやく自分が無意識のうちにやらかしたことを悟った。
 相手は気の合う友人というだけでなく、魅力的な、妙齢の美女なのである。
(そ、そうですよね、こんな日に女性の部屋に押し掛けて、お酒を飲ませて……ぎゃああああああ私としたことがーーーー!!!!)
 顔を覆って突っ伏すカーディスを眺め、ザラームはグラスを煽った。
「よいよい。男はそれぐらいの甲斐性があったほうがよいのじゃ」
「ザラームさん、いま、すっごく面白がってますねーーー!?」
 ザラームの澄ました横顔を、カーディスは涙目で見つめて唸るしかない。


 賑やかで騒がしいディナーは、しっとりした恋人同士のクリスマスには程遠いけれど。
 今年のメリークリスマスは、他の誰でもないあなたといっしょに楽しもう。
 次のメリークリスマスはどうなるのか……それは神様だけが知っている。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja7518 / ザラーム・シャムス・カダル / 女 / 20 / アストラルヴァンガード】
【ja7927 / カーディス=キャットフィールド / 男 / 20 / 鬼道忍軍】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました。
随分と時期がずれてしまいましたが、クリスマスのひとときをお届けします。
ご指定ではクリスマスの日とのことでしたが、イブのディナーと解釈して執筆しました。
問題がないようでしたら幸いです。
このたびのご依頼、誠に有難うございました。
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エリュシオン
2016年02月08日

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